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二十五章 アルフォンソ
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俺がそいつに思わずほけっとして顔を上げる中、そいつはニヤニヤしながら声をかけてきた。
「リアちゃ~ん、君、こんな所で何してたんだ?」
聞き覚えの、あり過ぎる程ふざけた声。
もわん、と漂う酒の臭い。
濃い色の金の短髪に、軽薄そうな灰色の目。
いかにも士官らしい、がっしりした体格に、赤の制服。
──ジェノだ。
~げっ……。
嫌な所で嫌な奴に出会っちまった。
思わず目線で辺りを見渡すが、案の定近くにゃ誰もいやしねぇ。
『つまりその……無類の女好きだと』
『兄はその……あまり分別のあるタイプの人間ではありません。
出来れば近づかない事をお勧めします』
俺の脳裏につい先日言われたばかりのオレットの言葉が蘇る。
おいおいおい、冗談じゃねぇぞ。
んな奴と んな人気のない所で会ってられるか。
俺はなるべくジェノと顔を合わさねぇ様注意しながら「あ、いえ、」とそいつに返事する。
「ちょっと道を間違えちゃっただけで。
もう行きますね、ではでは失礼しま~す……」
言いながらもそそくさとジェノの脇を通り抜けようと一歩足を前に出したんだが。
ジェノが意地悪く ずい、とその前に出て進路を塞いでくる。
「~おっと。
どこに行くんだよ?
せっかく二人きりで会えたんだ、楽しくお話しようぜぇ?」
ニヤニヤしながら言って、俺の左手を握ってくる。
ぞっわあ~っと一瞬で全身に鳥肌が立った。
「えっ、遠慮します!」
キッパリハッキリ断って、ついでに握られた左手も振り払って俺は今度こそジェノに背を向け早足に歩き去る。
ジェノはそれ以上引き止めはしなかったが。
「ああ、そうそう」
と俺の背に声を投げかけてきた。
「『開かずの間』って呼ばれてる所が、もう一つあるぜ。
右塔の最上階にある部屋だ。
うちの親父が夜な夜なあの辺を歩いてんだよな。
何があるかは知らねぇが」
行ってくる。
俺は思わず怪訝な顔で後ろを振り返った。
そこにはジェノのさっきと変わらねぇニヤニヤ笑いがあるだけだ。
俺は──思わず片眉を上げてジェノを見つめ、そうしてそれ以上の言葉がなさそうな事を確信してから、その場を後にしたのだった──。
◆◆◆◆◆
俺は、更に悶々としながら城の廊下を歩いていた。
『リアちゃ~ん、君、こんな所で何してたんだ?』
『『開かずの間』って呼ばれてる所が、もう一つあるぜ。
右塔の最上階にある部屋だ』
ジェノのニヤニヤ笑いと軽薄そうな声が頭に浮かぶ。
あいつ……あの言葉は、単に俺の興味を引く為に言っただけの言葉、だったか……?
まさか俺がさっきのあの部屋の鍵を開けて中に入った事に気づいてた、なんてこたぁねぇよなぁ……。
それに、だ。
『うちの親父が夜な夜なあの辺を歩いてんだよな。
何があるかは知らねぇが』
極めつけの、この言葉……。
何でそこで宰相セルジオの話題を出して来たか、だ。
これってよ、分かりやすく何かのワナなんじゃねぇのか?
俺があちこち嗅ぎ回ってんのを知ってて、人気のねぇ右塔に誘い込んで吐かせる気、とか。
つーか行ったらジェノの奴が待ち構えてて誰もいねぇ部屋に引きずり込まれて……なんてこたぁねぇよなぁ?
……なんか、考えるだけで寒気がしてくるぜ。
けど、まぁ。
とりあえず行かねぇって選択肢はねぇよな。
とにかく全力で周りの様子に気を配って(特にジェノの奴が待ち伏せしてねぇかどうかは確実にチェックして)気をつけながら見に行ってみるしかねぇ。
思いつつ、右塔へ向けて歩く。
右塔は、その名前の通り城の正門から見て右手にある石造りの塔だった。
もちろん右塔ってくらいだから、城の左側には全く同じ造りの左塔もある。
それぞれの塔の高さは城から頭ひとつ抜き出て高い。
俺の頭ん中の地図によれば、二つの塔の中身も全く同じ造りだったはずだ。
塔の内壁に沿う様に上に続く螺旋階段。
塔の四分の三くらいの位置に一ヶ所と最上階に一ヶ所小さな窓があるが、窓はそこだけ。
そして部屋は、最上階のワンホールのみっていうシンプルな造りだ。
城本体(って言うのか?分からねぇが)からは完全に独立してて、左右どっちの塔に行くにも、一旦城の外に出て城の中庭から向かうしかねぇ。
そしてその塔の入口前には常に一人、警備の兵が立っている。
ガイアスの話じゃあこの二つの塔は大昔には使われていた事もあるが、今は全く使われちゃあいないらしい。
何故かってぇと、
「左塔はその昔王が愛人を囲う為に作らせた塔でな。
右塔は何かの不始末を起こした王族の牢として使われていた時期がある。
牢といっても広くて快適な、ほとんど『部屋』みたいなものらしいのだがな。
どちらの塔ももう百年近くは使われていないはずだ。
念の為入口には警備兵がおるが、さほど重要視された施設ではない」
んだそうだ。
まぁ愛人を囲う塔と牢の塔の造りが全く同じってどうなんだ?って疑問はあるにしても。
侵入にゃあちょっと頭を捻らなきゃならねぇかもな。
さほど重要視された施設じゃねぇっておっさんは言ったけど、それでも警備兵が入口に立ってんだろ?
そこをどうするか、だ。
今んとこ塔内に入れる隠し通路みてぇなモンも特に見つかっちゃいねぇし、塔をよじ登って窓からこっそり侵入、なんて元より出来る訳もねぇ。
さすがのさすがにマーシエやダンからの遣いで──なんて言い訳は使えそうにねぇし、そもそも出来れば警備兵にバレずに侵入してぇ所だ。
「リアちゃ~ん、君、こんな所で何してたんだ?」
聞き覚えの、あり過ぎる程ふざけた声。
もわん、と漂う酒の臭い。
濃い色の金の短髪に、軽薄そうな灰色の目。
いかにも士官らしい、がっしりした体格に、赤の制服。
──ジェノだ。
~げっ……。
嫌な所で嫌な奴に出会っちまった。
思わず目線で辺りを見渡すが、案の定近くにゃ誰もいやしねぇ。
『つまりその……無類の女好きだと』
『兄はその……あまり分別のあるタイプの人間ではありません。
出来れば近づかない事をお勧めします』
俺の脳裏につい先日言われたばかりのオレットの言葉が蘇る。
おいおいおい、冗談じゃねぇぞ。
んな奴と んな人気のない所で会ってられるか。
俺はなるべくジェノと顔を合わさねぇ様注意しながら「あ、いえ、」とそいつに返事する。
「ちょっと道を間違えちゃっただけで。
もう行きますね、ではでは失礼しま~す……」
言いながらもそそくさとジェノの脇を通り抜けようと一歩足を前に出したんだが。
ジェノが意地悪く ずい、とその前に出て進路を塞いでくる。
「~おっと。
どこに行くんだよ?
せっかく二人きりで会えたんだ、楽しくお話しようぜぇ?」
ニヤニヤしながら言って、俺の左手を握ってくる。
ぞっわあ~っと一瞬で全身に鳥肌が立った。
「えっ、遠慮します!」
キッパリハッキリ断って、ついでに握られた左手も振り払って俺は今度こそジェノに背を向け早足に歩き去る。
ジェノはそれ以上引き止めはしなかったが。
「ああ、そうそう」
と俺の背に声を投げかけてきた。
「『開かずの間』って呼ばれてる所が、もう一つあるぜ。
右塔の最上階にある部屋だ。
うちの親父が夜な夜なあの辺を歩いてんだよな。
何があるかは知らねぇが」
行ってくる。
俺は思わず怪訝な顔で後ろを振り返った。
そこにはジェノのさっきと変わらねぇニヤニヤ笑いがあるだけだ。
俺は──思わず片眉を上げてジェノを見つめ、そうしてそれ以上の言葉がなさそうな事を確信してから、その場を後にしたのだった──。
◆◆◆◆◆
俺は、更に悶々としながら城の廊下を歩いていた。
『リアちゃ~ん、君、こんな所で何してたんだ?』
『『開かずの間』って呼ばれてる所が、もう一つあるぜ。
右塔の最上階にある部屋だ』
ジェノのニヤニヤ笑いと軽薄そうな声が頭に浮かぶ。
あいつ……あの言葉は、単に俺の興味を引く為に言っただけの言葉、だったか……?
まさか俺がさっきのあの部屋の鍵を開けて中に入った事に気づいてた、なんてこたぁねぇよなぁ……。
それに、だ。
『うちの親父が夜な夜なあの辺を歩いてんだよな。
何があるかは知らねぇが』
極めつけの、この言葉……。
何でそこで宰相セルジオの話題を出して来たか、だ。
これってよ、分かりやすく何かのワナなんじゃねぇのか?
俺があちこち嗅ぎ回ってんのを知ってて、人気のねぇ右塔に誘い込んで吐かせる気、とか。
つーか行ったらジェノの奴が待ち構えてて誰もいねぇ部屋に引きずり込まれて……なんてこたぁねぇよなぁ?
……なんか、考えるだけで寒気がしてくるぜ。
けど、まぁ。
とりあえず行かねぇって選択肢はねぇよな。
とにかく全力で周りの様子に気を配って(特にジェノの奴が待ち伏せしてねぇかどうかは確実にチェックして)気をつけながら見に行ってみるしかねぇ。
思いつつ、右塔へ向けて歩く。
右塔は、その名前の通り城の正門から見て右手にある石造りの塔だった。
もちろん右塔ってくらいだから、城の左側には全く同じ造りの左塔もある。
それぞれの塔の高さは城から頭ひとつ抜き出て高い。
俺の頭ん中の地図によれば、二つの塔の中身も全く同じ造りだったはずだ。
塔の内壁に沿う様に上に続く螺旋階段。
塔の四分の三くらいの位置に一ヶ所と最上階に一ヶ所小さな窓があるが、窓はそこだけ。
そして部屋は、最上階のワンホールのみっていうシンプルな造りだ。
城本体(って言うのか?分からねぇが)からは完全に独立してて、左右どっちの塔に行くにも、一旦城の外に出て城の中庭から向かうしかねぇ。
そしてその塔の入口前には常に一人、警備の兵が立っている。
ガイアスの話じゃあこの二つの塔は大昔には使われていた事もあるが、今は全く使われちゃあいないらしい。
何故かってぇと、
「左塔はその昔王が愛人を囲う為に作らせた塔でな。
右塔は何かの不始末を起こした王族の牢として使われていた時期がある。
牢といっても広くて快適な、ほとんど『部屋』みたいなものらしいのだがな。
どちらの塔ももう百年近くは使われていないはずだ。
念の為入口には警備兵がおるが、さほど重要視された施設ではない」
んだそうだ。
まぁ愛人を囲う塔と牢の塔の造りが全く同じってどうなんだ?って疑問はあるにしても。
侵入にゃあちょっと頭を捻らなきゃならねぇかもな。
さほど重要視された施設じゃねぇっておっさんは言ったけど、それでも警備兵が入口に立ってんだろ?
そこをどうするか、だ。
今んとこ塔内に入れる隠し通路みてぇなモンも特に見つかっちゃいねぇし、塔をよじ登って窓からこっそり侵入、なんて元より出来る訳もねぇ。
さすがのさすがにマーシエやダンからの遣いで──なんて言い訳は使えそうにねぇし、そもそも出来れば警備兵にバレずに侵入してぇ所だ。
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