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二十四章 潜入

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◆◆◆◆◆

出来るだけ怪しまれねぇ様に、ごくごく普通に平静を保ちながら城内を歩く。

ダンの執務室のある辺りは、これまた警備のしっかりしたエリアだった。

各所に置かれた見張りの兵。

慌ただしく廊下を小走りで行く、何かの資料を山の様に抱えた文官。

その中で手ぶらで、しかも大して急いでる風もなく歩いている俺は、残念ながら完全にこの場から浮いていた。

忙しそうに立ち働いている文官達はまぁ俺を見ても一瞬見惚れちまうくらいだが、見張りの兵に関しちゃあそうはいかねぇ。

別にガン見してくるって訳じゃあねぇんだが、その視線はさり気なくきっちり俺の動向を見てんだよな。

一階から二階、三階と、どこにいる兵にしてもその感じは同じだった。

……そーなんだよな。

こいつらしっかり仕事してんだよ。

俺ん中じゃあサランディール城は宰相に牛耳られて好き勝手されてるって印象だったからよ。

城の連中は多少なりとも反感を持ってて、腐って仕事に精が出ねぇ奴だって一定数いると思ってたんだが。

根が真面目なのか仕事は仕事としてキッチリ割り切ってんのか、兵にしろメイドにしろ、意外にそういう腐った感じの奴がいねぇんだよな。

まぁ、ミーシャやジュードがいた国だし、根が真面目っていう国民性みてぇなもんがあんのかもしれねぇ。

それで言うとガイアス辺りはその国民性(なんてモンが本当にあるんだとしたら)から大分外れてるよーな気もするが。

んなどうでもいい事を考えながら──。

やって来たのは結局、ダンの執務室の前だった。

~だってよ。

こうもキッチリ見張りをされてたら、俺みてぇなただのメイドがその辺を無駄にうろちょろ、なんて出来る訳ねぇだろ?

始めは道に迷ったフリでもしてやり過ごせばいいかと思ってたが、こりゃあムリだぜ。

あっさり「それならこちらですよ」と指摘されてやや不信感のある目で見られちまうのが目に見えてる。

もうちっとマシな理由でも考えて行動すりゃ良かった。

ダンの執務室の扉の前に立った瞬間、そこに立つ二人の兵が、じっと俺の顔を見る。

もちろん(残念ながら)俺のこの超絶美人顔に惹かれてる……って訳じゃあなさそうだ。

俺は──その二人ににっこり微笑んで、適当に作り上げた用事を言う事にした。

「メイドのリア・スノーウィルと申します。
メイド長よりダン・ラードレー様に言伝があって参りました」

もちろんマーシエからの言伝なんか、ただの一っ言もねぇ。

何の用もねぇのにダンの仕事の邪魔すんのは気が引けたが……。

まぁレイジスの為の調査の一貫(?)だって事で許してくれるだろ、たぶん。

そう勝手に自分に納得しつつ表面上は本当の事の様に言ってのけると、見張りの兵が小さく俺に会釈して扉の前から退いてくれる。

その小さな会釈が──何となく、何かの想いが乗った会釈、みてぇに感じた。

それも『美人でかわいいリア』に惹かれての感じじゃねぇ。

いや……気のせいかもしれねぇが。

俺は、何となくこっちも小さく二人に会釈して、扉の前に立つ。

コンコン、と二度軽くノックすると、扉の向こうから「どうぞ」とダンの声が返って来た。

俺は「失礼します」とそっと返して扉を開けた。

若干の申し訳なさから、初めは顔だけちょっと覗かせるようにして中の様子を見る。

さっき中庭から窓を見た時と同じ様に、ダンは窓に背を向ける形で机に向かい、座っていた。

机の上に整然と積まれた書類の多さに、やっぱり少し申し訳ねぇ気になる。

丁度何かの書類から羽ペンを置いて──。

そうして俺の顔を認めると、穏やかに微笑む。

「リアくんか。
どうした?何かあったかな?」

声と同じに穏やかに親身に聞いてくれる。

『リアさん』でも『リアちゃん』でもなく『リアくん・・』と呼んでくれたのは、女装姿の俺に対するせめてもの配慮なのかもしれねえ。

幸い部屋の中には今は誰もいなさそうだったんで、俺はダンの言葉に曖昧に笑って、思い切って中に入る事にした。

いつものクセでテキトーにバターンと扉を閉めかけて──ちゃんと『メイドのリア』らしく丁寧に上品に扉を閉める。

まぁねぇとは思うが、もし万が一にもマーシエに見られたり耳に入ったりしたらめちゃくちゃに怒られるからな。

そんな俺の懸念に、ダンももしかしたら気づいたのかもしれねぇ。

僅かに苦笑した様な、そんな気がした。

俺は扉から離れ、外に声が漏れなさそうな位置まで移動してから──部屋の中に他に誰もいなさそうなのも確認し、さっきのダンの質問に答えた。

「~悪ぃ、特に用って程の用は何もねぇんだ。
城の中を探索しようと思ったんだけどよ、兵の警備がしっかりしてっからうろちょろ出来なくってさ。
何か用事のあるフリして、結局ダンの執務室まで来ちまった。
仕事の邪魔にならねぇ様にするからさ、ちょっとの間隅っこにいさせてもらっててもいいかな?」

正直に白状して問いかけた先で、ダンが軽く笑う。

「もちろん。
丁度そろそろ一度休憩を取ろうと思っていた所だ。
隅っこなどにいる必要はないよ」

俺に気を遣ってそう言ってくれたのか、それとも本当にそろそろ休憩を入れるつもりだったのかは分からねぇが、とりあえず邪魔に思われた感じはしねぇ。

俺はちゃっかりここに居座る事にした。

「メイドの仕事には慣れたかね?
マーシエの指導は厳しいだろう」

少し笑いながら言ってくるって事は、やっぱりダンも分かってんだな。

俺は思わず「いや、ほんとそうなんだよ……」とぼやきかけて、誤魔化し混じりに咳払いをする。

「ああ、いや、まぁ、それなりに、かな。
おかげさまでどんどん礼儀正しくなっていくよ」

言うとダンがははは、と笑う。

「それは何よりだ」

笑いながら「それで」と話を続けた。

「それで、ここ二、三日で何か進展はあったかな?」

穏やかな中にも、ほんの僅かにそこに真剣の色が混じる。

俺はそいつに、こっちも少しだけ真面目になって一つ肩をすくめて見せた。

「──いや。
これと言って新しい事は何にも。
ガイアスに前もって聞いてた通りだったよ。
城の警備はしっかりしてるし、城で働いてる人達は皆俺が見る限りちゃんとしてる。
もー少し怠けてる兵士とかがいるとこっちも仕事がやりやすいんだけどな」

ぼやき混じりに言うと、ダンが軽く笑う。

「それは最高の褒め言葉だな。
皆が聞いたら喜ぶだろう」

俺はそれにも軽く肩をすくめて見せる。

そーして「ところでさ、」と一つ話題を投げかけた。

「ミーシャ……姫様から城の隠し通路について聞いた事があるんだけど、それって城のあちこちにあるもんなのかな?
『隠し通路』ってんだから図面にゃわざわざ載せねぇだろ?
この辺にもあったりすんのかな?」
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