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二十四章 潜入

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「はっ、はい」

つまりガイアスのおっさんの紹介だろーがレイジスの遣いだろーが関係ねぇ、ちゃんとやれってこった。

ま、俺だってもちろんここで問題起こして何にも探れねぇままおめおめと帰る気はねぇ。

メイドの仕事、きっちりこなしつつやらせてもらうぜ。

しっかりと覚悟を決めて返事した俺に

「──私からも一つ、」

とダンが真剣な声で続けた。

「宰相セルジオには十分気をつけられよ。
あの男は勘が鋭い。
貴殿が直接接する機会はおそらくなかろうが、ほんの僅かでも疑念を抱かれればここまで殿下がされた全ての事が無駄になる。
細心の注意を払って行動するように」

『殿下』ってぇのはもちろん、レイジスの事だ。

ダンにこう渋い声で静かに真剣に言われると、何か俺も胸に響くモンがある。

俺は気持ちと顔を引き締めて『分かった』と言いかけて──マーシエの視線に気づいてきちんと「分かりました」と敬語で返す。

どーもマーシエからは礼儀作法とか、そーゆーのに厳しそうな雰囲気を感じるんだよな。

実際きっとそうだろう。

俺の返事に、ダンが重く一つ頷いた。

そうしてふと、ほんのわずかに目を細め、俺を見る。

そいつはまるで、何かひどく懐かしいモンにでも触れた時みてぇな……。

そんな目線、だった。

な……んだぁ?

俺は思わずどうかしたのか?と口を開きかけたんだが。

俺の声が出るより先にマーシエが「では、」と声を発する。

「互いの紹介も終わった事ですし、もういいでしょう。
私はスノーウィルさんを連れて、メイド長としての務めに戻ります。
ラードレー卿、それにガイアス。
あなた方二人が私の執務室にいつまでも入り浸っていては怪しまれます。
何か良からぬ事を企んでいるのではないかとね。
お二人共、出来れば先に出て頂けますか?
その方が自然でしょう」

言う。

ガイアス相手にも、立場的には相当位が上のはずのダン相手にも全く容赦ねぇ。

が、二人共特段ムッとする様子はなかった。

ガイアスとダンは二人互いに目配せし、口元には若干の苦笑を交えつつ、

「分かった」

「そうだな」

マーシエの意見に同意する。

ガイアスが俺の肩をポン、ポン、と軽く二度叩いて、ダンと共に退出する。

扉を閉める直前、

「ところでダンよ、久々に会ったのだ、少し飲まんか」

「こんな日の明るい内にか?
私には仕事があるのだぞ」

「ハッハッハッハッハッ。
そんな細かな事、いちいち気にするんじゃない」

「全く細かな事ではないんだが」

「ハッハッハッハッ」

な~んて会話が聞こえたりもしたが。

俺が意識をそっちに取られかける中。

コホン、とマーシエが一つ咳払いをしたんで、俺はハッとしてマーシエへ視線を向けた。

「──それで、」

とマーシエは俺の真ん前まで来て──そうして。

ズズイ、とさらに一歩俺に近づき、俺の両肩に手を置く。

「殿下と姫は本当にご無事なのですね?お二人のご様子は?
ケガなどしておられないでしょうね?食事はきちんと取られていますか?」

やや前のめりで問いかけてくる。

さっきまでのキリリと冷静なマーシエからは想像も出来ねぇ程の勢いだ。

その勢いに半ば気圧されつつも、

「あっ、ああ……。
二人共、ちゃんと元気だぜ。
ケガもしてねぇし、食事もちゃんと食ってるし」

さっきまで気にしてた敬語を忘れ、俺は答える。

その答えにマーシエは心の底からホッとしたみてぇだった。

「そ、そうですか」

一つ落ち着きを取り戻し、俺の両肩から手を離して照れ隠しにだろうコホン、と咳払いをしてみせた。

俺は、思わずニヤッとしちまいそうになるのを抑えてそんなマーシエに問う。

「レイジスやミーシャの事、すげー心配してたんだな。
二人とは結構親しかったのか?……いや、ですか?」

最後の辺りでマーシエからの厳しい目線に遭い、一瞬で敬語に直す。

マーシエは、一応はそれで許してくれたみてぇだ。

溜息にもならねぇ小さな息をついて語ってくれた。

「あなたの言う親しい、とは少し意味が違いますが、ええ、とても心配していました。
私はお二人の乳母を務めていた時期もあったのです。
今はメイド長という立場ですけれどね」

言う。

俺が思わず目をぱちくりさせる中、マーシエはそこでまた一つ息をつき、続けた。

「……ガイアスからお二人の事を聞いた時は、驚きました。
アルフォンソ様同様、あの内乱で亡くなられたものとばかり……」

言いかけるマーシエに俺はハッとしてその言を遮った。

「~そのアルフォンソはさ、本当に内乱で死んじまったのか……じゃなく、ですか?
聞いた話じゃ遺体は誰も見てねぇんだろ?
噂では実は生きてて、宰相に乗っ取られたサランディールを取り戻す為に水面下で準備してるって……。
レイジスやミーシャだってこーして生きてたんだ、アルフォンソだって、もしかして……」

思わぬところでアルフォンソの名が出たんで、つい前後も考えず問う。

だってよ、ここを逃したらもうマーシエからアルフォンソの名が出てくる事はねぇような気がしたんだ。

マーシエはわずかに眉を下げ、そうして首を横へ振った。

「可能性は、低いでしょう。
そもそもあの内乱で殿下と姫がご無事でいらした事自体奇跡としか言いようがありません。
私達も噂の正否を確かめなかった訳ではありませんが……」

そう言って、肩を落とす。

裏は取れなかった、とそーゆー訳だ。

遺体がどこにも出なかったんだ、マーシエ達だって相当にアルフォンソの行方を探したのには、違いねぇ。

それでも何も出なかった。

けど……。

同じ様な状況で、ミーシャもレイジスもそれぞれ生きてたんだ。

アルフォンソだって“もしも”があるかもしんねぇ。

それに、ジュードが見た内乱の日の出来事……。

一体全体どーゆー成り行きで んな事になっちまったのかまるで分からねぇが、その後アルフォンソが誰かに殺されちまったとは俺にはどーしても思ねぇんだ。

マーシエは心を整理する様に一つ息をつき、弱く微笑んで見せる。

「──殿下と姫の事、詳しく聞かせてくださいますか?
今日までどの様な生活をしてこられたのか、そのご様子も」

マーシエの弱い微笑みに、俺は「ああ──」と頷いて話を始めたのだった──。

◆◆◆◆◆

マーシエがようやくホッと息をついて俺を質問責めから解放してくれたのは、そこから一刻半も過ぎて後の事だった。

そこで分かった事は一つ。

マーシエがどんだけ本気で二人の事を心配しまくってたかって事だ。

例えばミーシャが男装してギルドの仕事をしてた、な~んて話のとこじゃあもう真っ青になっちまってさ。

どんな依頼を請けていたのか、怪我をする様な事はなかったのか、依頼主や冒険者達に絡まれる事はなかったのか……だのなんだの、とにかく怒涛の勢いで質問責めに遭った。

まぁ、マーシエん中じゃあミーシャは城で蝶よ花よと育てられた可愛い姫君なんだろうし、しょうがねぇんだろうが。

一方のレイジスの方はってぇと、こっちはこっちで違った面で大変だ。

あの方は一つ事に当たろうとすると睡眠も食事も忘れてのめり込みがちだ、きちんとどっちも取ってる様子だったか、内乱の事でひどく気落ちをしたのではないか……等々。

まぁ、そんな風にめいいっぱい二人の事を心配してくれてるマーシエだからこそ、ガイアスもきっと手伝ってもらおうと声をかけたのに違いねぇ。
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