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二十四章 潜入

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次の日の午前早く──

俺は鏡の前に座ったまま、自分の姿を真正面から見ていた。

俺の後ろにはクライン夫人が『うーん』と困った顔で顎に手を当て同じく鏡の中の俺を見ている。

そして夫人の右横にはガイアスもいるんだが、こっちも渋面だ。

ちなみに言やぁ犬カバは俺の足元辺りにくるんと体を丸めて寝転びつつ、顔だけを俺の顔へ向けニヤニヤしている。

その俺はというと……。

いつもは後ろで軽く縛るだけの金髪を、キッチリと一つにまとめたお団子頭に。

顔にはほんのちょこっと白粉おしろいを叩《はた》いて、更には黒っぽいメイド服を着て鏡の前に映っている。

つまりは女装姿だ。

「うーむ……」と唸り声を上げたのはガイアスだ。

「もうちょっとこう……冴えない、というか、地味~な感じに出来んのか?
これではあんまり美人すぎて人目を引くだろう。
どこぞの騎士や士官から声をかけられまくるかもしれんぞ」

「そうは言われましても、これでもほとんど手を加えていませんのよ。
元々のお顔立ちが整ってらっしゃるから、これ以上地味にするのは無理ですわ」

とは夫人だ。

「うーむ……仕方がない、これで行かせるしかなさそうだな」

言葉通りに仕方ねぇってな様子でガイアスがそう渋々の決断をする。

ってぇか……。

「あの、さ?
俺は何でまた女装で城に潜り込む事になってんだよ?
別にフツーに『リッシュ』として城に入れる様にしてくれてりゃあ……」

何の問題もなかったのによ、とごくごく普通に当たり前の疑問を投げかけた俺に、ガイアスが分かってないなとばかりに首を横に振る。

「君に騎士団に入ってそつなくこなせるだけの腕があるかね?
それとも書記官の様な仕事に就くだけの知識と教養が?
君がもっとも怪しまれず、誰にも警戒されずに城内である程度自由に歩き回れる仕事は何かね?」

……そう言われると俺にゃあ「……メイドの仕事です」と答える他ねぇ。

そりゃあさ、この頃ちょっとは剣術だってかじってそれなりに扱える様にはなってきたが、それでもジュードと手合わせしてる感じ、とてもじゃねぇが『騎士団に入ってそつなくこなす』程の腕があるとは思えねぇ。

かと言って、簡単な事務作業だけってんならともかく『書記官の知識と教養』なんて言われると、そいつもかなり厳しい。

詰まる所……俺が城である程度まともに働ける可能性のある仕事ってなると、メイドの仕事くらいしかねぇってこったろう。

けどよー、どうせなら女装じゃない方法で潜入したかったぜ。

せっかく借金返して女装しなくて済む様になったってのに、これじゃ何だか逆戻りだ。

そんな俺の思いとは裏腹に、ガイアスは「よろしい」といかにも真面目くさった様子で返事する。

が……。

このやけに澄ました顔……。

絶対ぇ半分はお遊びで仕組んだだろ。

ヘイデンから俺やミーシャが変装の名人だって聞いてる、みたいな事を言ってたし、きっと俺の女装の話を聞いて こりゃ面白ぇや、とかなんとか思ったんだろ。

思うが、聞いてあっさり肯定されんのもどーにも癪だから、とりあえず黙っておく。

と──そこで。

コンコン、と部屋の戸がノックされた。

「──旦那様、そろそろ出発のお時間です」

言ったのは、この家の本当の・・・御者番、ヨハンだ。

こいつはガイアスの変装した『御者のヨハン』の姿とは全く違って、きちっとした服装と身なりをしている。

歳は二十歳の中頃ってとこだろうが、どこに出しても恥ずかしくねぇどころか、王様専属の御者だって言われてもおかしくねぇ程だ。

ガイアスのおっさん……よくあのナリで自分はヨハンだなんて名乗れたよな。

本物のヨハンが泣いちまうぜ。

そんな本物のヨハンの声に、ガイアスが「おおそうか」と応じて見せる。

俺もそれに合わせて立ち上がる。

そーして部屋の戸が開き、その先にいたヨハンと目が合った──瞬間。

「~っ!!?」

ヨハンが大きく動揺した様に目を見開き、俺を見る。

まるでドシャーン!と雷にでも打たれちまったみてぇだ。

この反応にゃあ、この頃じゃ馴染みがある。

ヨハンの奴……俺に──というよりまあ、いつも風に言やぁ『リア』に、か──惚れたな?

試しにいつものお愛想でにこっとちょっと微笑んでやると、ヨハンの顔が目に見えて赤くなる。

ヨハンはふるふるっと首を横に振って、更にはゴホンゴホンと小さく咳払いまでして俺から視線を外し、「で、ではどうぞ……」と俺とガイアス、そしてクライン夫人に声をかけ、慌てて先導する。

ガイアスが『ほらな』と言わんばかりに、夫人が困って心配した様に互いに目を合わせるのが分かる。

けど、こりゃ俺のせいじゃねぇぞ?

夫人だってこれ以上どうにもならないって言ってたんだしよ。

思いつつ廊下を進んで玄関口まで来たところで。

心配そうな横顔のミーシャの姿がそこにあった。

ちなみに言やぁその奥にはいつも通りに真面目くさったジュードの顔、そしてこの屋敷の使用人の人達の顔もある。

ミーシャが俺に気がついた。

「~リッ……シュ、」

初めの『リッ』の辺りはただただ心配そうに、だけど俺のメイド姿を見てだろう、『シュ』の頃にゃあちょっと複雑そうな声で、ミーシャが俺に呼びかける。

……まぁ、理由は大体察しがつくぜ。

メイド姿が思いの外サマになりすぎちまってるからな。

こっちを振り向いたジュードもめちゃくちゃ引いた目で見てるしよ。

俺を先導するかの様に前を歩いてた犬カバも、声には出さないが体を震わせて笑ってんのが分かる。

くっそ~……。

本当ならもっとこうちゃんとシリアスな感じで『気をつけてね』だとか『頼んだぞ』だとか言われてもいいトコだってのに、女装のせいで全然締まんねぇじゃねぇか。

思いつつ、ミーシャを心配させる訳にゃあいかねぇから、俺は自分の姿の事はこの際気にせず、へらっと笑ってミーシャに応える。

「それじゃあ、行ってくるよ。
ま、なんて事ねぇよ。
安心してここで待っててくれ」

言うと、ミーシャが眉尻を下げて元気なく「うん……」と答える。

そう──今回の潜入はこの俺一人でする事になっている。

顔の割れてるミーシャやジュードはもちろん、犬カバもここで留守番だ。

普段のミーシャなら絶対ぇ自分も行くと言って聞かねぇだろうし、ダメだと言われても自分の力で潜入しちまいそうな所だが、今回はどうやらその辺は心配なさそうだ。

ガイアスのおっさんに、

『姫のその身勝手な振る舞いが逆にリッシュくんの命を危うくし、兄上様の計画を破綻させる事になるのですぞ、ご自分の立場を弁《わきま》えられよ』

なんてキッパリハッキリと怒られたからだ。

まぁ、ミーシャの口はきゅっと曲がってたし文句はありそうだったが、ガイアスの言う事が正しいのが分かるからだろう、いつもみてぇに『でも!』と反論する事はなかった。

かなり不満そうだったのは確かだが。

おっさんもさ、じーさん御者に変装してみたり、俺を女装で城内に潜り込ませる手配をしたりと色々ふざけたトコもあるが、あのミーシャをこーしてたったの一言で止められるってんだからさすがだぜ。

伊達にサランディールの英雄なんて呼ばれちゃいねぇな。

思いつつ……俺はそのまま、何気なくってな感じでミーシャの斜め後ろに立つジュードへ視線をやる。

ジュードが俺の視線に気付き──そうしてキリリとした騎士らしい顔で一つ微かに頷いた。

俺もそいつに小さく頷き返す。

……ジュードには、ガイアスの屋敷ここでアルフォンソの情報を出来るだけ拾っておいてもらう様頼んである。

俺が城の中での調査を、ジュードがここでの情報収集をして、互いの情報を組み合わせてアルフォンソの行方を探し出そうって腹だ。

そんな長い期間かける訳には行かねぇが、そんでもやれる期間内にやれるだけの事をするっきゃねぇ。

短期決戦だ。

俺は気合を込めて「よし、」と一つ声を上げ、言う。

「それじゃあ、行ってくる!」
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