210 / 254
二十三章 いざ、サランディールへ
6
しおりを挟む
気づいてみりゃあ、馬車の中で空いた席はただの一つしかなかった。
ジュードの目の前、犬カバの隣。
~って、おい。
俺だけミーシャから距離あるじゃねぇか。
俺から見て、ジュードの右隣がミーシャだから、俺とミーシャとは斜め向かいってな位置関係になっちまってる。
俺は隣の犬カバに、
「あ~……犬カバ?
お前一人で一席とかってサイズじゃねぇだろ?
俺の膝に乗っけてやるからそこ……」
変わってくれよ、なんて言おーとしたんだが。
犬カバはツーンとして聞かんフリして、逆にそのまま席にしっかり寝っ伏した。
そーして何故か、任務達成ってばかりの目でジュードの方を見る。
~まさか。
嫌~な予感に苛まれながらもそのジュードを見ると。
ジュードが犬カバの目線によくやったとばかりに一つ頷いて、懐から取り出したジャーキーを一本放ってやる。
犬カバがしっかり寝っ伏したままハッシと器用にそいつを両前足でキャッチした。
~って、おいおい!
二人は共謀してんのかよ!
つーか犬カバ、ジャーキー一本で何飼い慣らされてやがんだ!
俺が一人密かに歯噛みする中──
「ハッ!」
意外に勇ましい掛け声を掛けて、御者のじーさんが馬に一鞭くれる音が聞こえてきた。
ガクン、と一つ馬車の中が揺れ、外に見える景色がゆっくりと動き出す。
俺は慌てて(仕方なく)ミーシャから遠い、空いたその席に腰を下ろした。
くっそ~……ジュードと犬カバのヤロー、後で覚えてろよ。
◆◆◆◆◆
南南西の方角から、ふんわりと優しい風が吹く。
天気は快晴。
土地はなだらかで、空を阻むモンは何もねぇ。
──あれからしばらく。
俺は未だにミーシャから一番離れた斜め前の席に……。
……じゃあなく、ミーシャからもっと離れた、馬車の前方外側にある御者席の方へ席を移動していた。
ただ大人しく御者のじーさんの隣に座って地図を広げ、飛行船を安全に飛ばすのに必要な情報をそこに書き込んでいく。
……一応念の為言っとくが、別に俺は犬カバやジュードに馬車内からも追い出されたって訳でも、ミーシャと向かい合わせに座れなかったからって拗ねてこっちに移動してきた訳でもねぇんだぜ?
結局この方が視界も開けるから周囲の様子もよく分かるし、風向きなんかの気象状況もチェック出来るし、何よりじーさんに「ちょっとそこで止まってくれ」ってな指示も出しやすいってぇ事に、馬車に乗り込んでものの三十分もしねぇ内に気づいたからだ。
って、んな単純な事、初めてから気づいとけよって話だが、どーも俺はミーシャの事に気ぃ取られ過ぎちまってたらしい。
ま、御者のじーさんも何も言わなかったし、とりあえず気にしねぇ事にしておく。
ちなみにジャーキー一本でジュードに魂を売りやがった犬カバは、あんなに頑として譲らなかったミーシャの正面の席をあっさり捨てて、今は何故か俺の膝の上に乗って目の前に広げられた地図を見ている。
……まぁ、何だっていいんだけどな。
サランディールの王都にあるガイアスのおっさん家までは軽く見積もっても二日弱はかかりそーだ。
そこまでに出来るだけ詳細なデータを取っとかねぇと……とサラサラと地図にペンを走らせてっと。
不意に隣の御者のじーさんが「ところで、」と話を一つ降ってきた。
「──カルトというのは珍しい名字でございますな」
ほんの世間話みてぇな調子で聞いてくる。
俺は ふ、とじーさんの方へ目をやった。
そーして……表面上は、特に何て事もねぇ風を装いつつ「ああ、」と簡単に答える。
「……ちょっとした知り合いのを、勝手に使わせてもらってんだ。
そいつ、もう何年も前に死んじまってるし、何も問題ねぇかと思って」
ごくごく軽い感じで、言う。
じーさんが何で急に俺の名字を話題に乗せてきたのかはよく分からねぇ。
ダルクやダルクのじーさんの事を知ってて、それで問いかけてきたのか。
それともただ単にあんまり聞かねぇ名字だなと思って話のタネにしただけなのか。
……まぁ、どっちにしたって関係ねぇ。
ダルクの事はもう随分昔の話だからな。
当の本人達ももうこの世にいねぇんだし。
そう思って答えた先で、じーさんは俺が思う以上にあっさりと「左様でございますか」とあっさり話を終わらせた。
結局、大した話題でもなかったのか。
ガタン、ゴトン、と馬車が揺れる。
ゆっくりと変わりゆく景色と、静かな時間──。
俺は気を取り直して情報を書き込んでいく作業に戻ったのだった──。
◆◆◆◆◆
サランディールの英雄、ガイアス・クラインの屋敷に辿りついたのは、最初の目算をほんの少しオーバーした、そこから二日後。
夕方を過ぎて、もう夜だっつってもいい様な、そんな時間帯の事だった。
俺らが到着した時にゃあすでに屋敷の人達が明かりを灯して外で待っていてくれていた。
御者のじーさんに続いて俺と犬カバが御者席の方から降りると、出迎えの人達の中でも一番前に立つ、とびきりキレイな女の人が俺に上品に会釈した。
その上品な立ち居振る舞いに俺は慌てて会釈で返す。
この人……年は、四十の半ばか、もう少し上ってとこだろーか。
きちんと整えられた栗色の髪と、青い眼。
今のこの立ってる位置的にも、品のいい雰囲気的にもこの人が『クライン夫人』で間違いなさそーだ。
『クライン夫人』がちらっ、ちらっと何か気になってるよーな様子で、馬車馬の顔に手をやり撫でてやっている御者のじーさんの方へ視線を向けている。
それに、出迎えに出てる屋敷の人達の中にも、ギョッとしたよーな慌ててるよーな目でじーさんを見てる人がちらほらいる……よーな気が……??
思わず訝しみつつ、客席側に座ってたジュード、それにそのジュードに手を貸されたミーシャが馬車から降りるのを待つ……ところで。
「だっ……だだ……っだ……っ、旦那様!!」
出迎えの人達の中でも一番奥側に立っていた小柄で小太りの男がこっちの方を向いて動揺した様にワッと大きく声を上げる。
~旦那様……?
つーかこっちにゃ俺と御者のじーさんしかいねぇ……って、まさか……?
思わず片眉を大きく上げて俺のすぐ近くに立つ御者のじーさんを見やる。
金髪碧眼のミーシャ、ジュードも小太りの男の声にこっちの方を──つーか御者のおっさんの方を見た。
それに。
「……あなた……」
クライン夫人が、何とも言えねぇ声で御者のじーさんに話しかける。
御者のじーさんはようやく馬の顔を撫でるのをやめ、そうして口の端だけでニヤリと一つ笑った。
~まさか……マジかよ?
俺と犬カバが唖然としてそのじーさんの顔を見る中、じーさんは『ニヤリ』を引っ込め、クライン夫人の横へ歩いて行き、そーして馴れ馴れしくも夫人の背に手をやる。
夫人へ向けて「ただいま戻った」と短い挨拶をしてから、俺達へと顔を向ける。
ジュードの目の前、犬カバの隣。
~って、おい。
俺だけミーシャから距離あるじゃねぇか。
俺から見て、ジュードの右隣がミーシャだから、俺とミーシャとは斜め向かいってな位置関係になっちまってる。
俺は隣の犬カバに、
「あ~……犬カバ?
お前一人で一席とかってサイズじゃねぇだろ?
俺の膝に乗っけてやるからそこ……」
変わってくれよ、なんて言おーとしたんだが。
犬カバはツーンとして聞かんフリして、逆にそのまま席にしっかり寝っ伏した。
そーして何故か、任務達成ってばかりの目でジュードの方を見る。
~まさか。
嫌~な予感に苛まれながらもそのジュードを見ると。
ジュードが犬カバの目線によくやったとばかりに一つ頷いて、懐から取り出したジャーキーを一本放ってやる。
犬カバがしっかり寝っ伏したままハッシと器用にそいつを両前足でキャッチした。
~って、おいおい!
二人は共謀してんのかよ!
つーか犬カバ、ジャーキー一本で何飼い慣らされてやがんだ!
俺が一人密かに歯噛みする中──
「ハッ!」
意外に勇ましい掛け声を掛けて、御者のじーさんが馬に一鞭くれる音が聞こえてきた。
ガクン、と一つ馬車の中が揺れ、外に見える景色がゆっくりと動き出す。
俺は慌てて(仕方なく)ミーシャから遠い、空いたその席に腰を下ろした。
くっそ~……ジュードと犬カバのヤロー、後で覚えてろよ。
◆◆◆◆◆
南南西の方角から、ふんわりと優しい風が吹く。
天気は快晴。
土地はなだらかで、空を阻むモンは何もねぇ。
──あれからしばらく。
俺は未だにミーシャから一番離れた斜め前の席に……。
……じゃあなく、ミーシャからもっと離れた、馬車の前方外側にある御者席の方へ席を移動していた。
ただ大人しく御者のじーさんの隣に座って地図を広げ、飛行船を安全に飛ばすのに必要な情報をそこに書き込んでいく。
……一応念の為言っとくが、別に俺は犬カバやジュードに馬車内からも追い出されたって訳でも、ミーシャと向かい合わせに座れなかったからって拗ねてこっちに移動してきた訳でもねぇんだぜ?
結局この方が視界も開けるから周囲の様子もよく分かるし、風向きなんかの気象状況もチェック出来るし、何よりじーさんに「ちょっとそこで止まってくれ」ってな指示も出しやすいってぇ事に、馬車に乗り込んでものの三十分もしねぇ内に気づいたからだ。
って、んな単純な事、初めてから気づいとけよって話だが、どーも俺はミーシャの事に気ぃ取られ過ぎちまってたらしい。
ま、御者のじーさんも何も言わなかったし、とりあえず気にしねぇ事にしておく。
ちなみにジャーキー一本でジュードに魂を売りやがった犬カバは、あんなに頑として譲らなかったミーシャの正面の席をあっさり捨てて、今は何故か俺の膝の上に乗って目の前に広げられた地図を見ている。
……まぁ、何だっていいんだけどな。
サランディールの王都にあるガイアスのおっさん家までは軽く見積もっても二日弱はかかりそーだ。
そこまでに出来るだけ詳細なデータを取っとかねぇと……とサラサラと地図にペンを走らせてっと。
不意に隣の御者のじーさんが「ところで、」と話を一つ降ってきた。
「──カルトというのは珍しい名字でございますな」
ほんの世間話みてぇな調子で聞いてくる。
俺は ふ、とじーさんの方へ目をやった。
そーして……表面上は、特に何て事もねぇ風を装いつつ「ああ、」と簡単に答える。
「……ちょっとした知り合いのを、勝手に使わせてもらってんだ。
そいつ、もう何年も前に死んじまってるし、何も問題ねぇかと思って」
ごくごく軽い感じで、言う。
じーさんが何で急に俺の名字を話題に乗せてきたのかはよく分からねぇ。
ダルクやダルクのじーさんの事を知ってて、それで問いかけてきたのか。
それともただ単にあんまり聞かねぇ名字だなと思って話のタネにしただけなのか。
……まぁ、どっちにしたって関係ねぇ。
ダルクの事はもう随分昔の話だからな。
当の本人達ももうこの世にいねぇんだし。
そう思って答えた先で、じーさんは俺が思う以上にあっさりと「左様でございますか」とあっさり話を終わらせた。
結局、大した話題でもなかったのか。
ガタン、ゴトン、と馬車が揺れる。
ゆっくりと変わりゆく景色と、静かな時間──。
俺は気を取り直して情報を書き込んでいく作業に戻ったのだった──。
◆◆◆◆◆
サランディールの英雄、ガイアス・クラインの屋敷に辿りついたのは、最初の目算をほんの少しオーバーした、そこから二日後。
夕方を過ぎて、もう夜だっつってもいい様な、そんな時間帯の事だった。
俺らが到着した時にゃあすでに屋敷の人達が明かりを灯して外で待っていてくれていた。
御者のじーさんに続いて俺と犬カバが御者席の方から降りると、出迎えの人達の中でも一番前に立つ、とびきりキレイな女の人が俺に上品に会釈した。
その上品な立ち居振る舞いに俺は慌てて会釈で返す。
この人……年は、四十の半ばか、もう少し上ってとこだろーか。
きちんと整えられた栗色の髪と、青い眼。
今のこの立ってる位置的にも、品のいい雰囲気的にもこの人が『クライン夫人』で間違いなさそーだ。
『クライン夫人』がちらっ、ちらっと何か気になってるよーな様子で、馬車馬の顔に手をやり撫でてやっている御者のじーさんの方へ視線を向けている。
それに、出迎えに出てる屋敷の人達の中にも、ギョッとしたよーな慌ててるよーな目でじーさんを見てる人がちらほらいる……よーな気が……??
思わず訝しみつつ、客席側に座ってたジュード、それにそのジュードに手を貸されたミーシャが馬車から降りるのを待つ……ところで。
「だっ……だだ……っだ……っ、旦那様!!」
出迎えの人達の中でも一番奥側に立っていた小柄で小太りの男がこっちの方を向いて動揺した様にワッと大きく声を上げる。
~旦那様……?
つーかこっちにゃ俺と御者のじーさんしかいねぇ……って、まさか……?
思わず片眉を大きく上げて俺のすぐ近くに立つ御者のじーさんを見やる。
金髪碧眼のミーシャ、ジュードも小太りの男の声にこっちの方を──つーか御者のおっさんの方を見た。
それに。
「……あなた……」
クライン夫人が、何とも言えねぇ声で御者のじーさんに話しかける。
御者のじーさんはようやく馬の顔を撫でるのをやめ、そうして口の端だけでニヤリと一つ笑った。
~まさか……マジかよ?
俺と犬カバが唖然としてそのじーさんの顔を見る中、じーさんは『ニヤリ』を引っ込め、クライン夫人の横へ歩いて行き、そーして馴れ馴れしくも夫人の背に手をやる。
夫人へ向けて「ただいま戻った」と短い挨拶をしてから、俺達へと顔を向ける。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる