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二十三章 いざ、サランディールへ

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気づいてみりゃあ、馬車の中で空いた席はただの一つしかなかった。

ジュードの目の前、犬カバの隣。

~って、おい。

俺だけミーシャから距離あるじゃねぇか。

俺から見て、ジュードの右隣がミーシャだから、俺とミーシャとは斜め向かいってな位置関係になっちまってる。

俺は隣の犬カバに、

「あ~……犬カバ?
お前一人で一席とかってサイズじゃねぇだろ?
俺の膝に乗っけてやるからそこ……」

変わってくれよ、なんて言おーとしたんだが。

犬カバはツーンとして聞かんフリして、逆にそのまま席にしっかり寝っ伏した。

そーして何故か、任務達成ってばかりの目でジュードの方を見る。

~まさか。

嫌~な予感に苛まれながらもそのジュードを見ると。

ジュードが犬カバの目線によくやったとばかりに一つ頷いて、懐から取り出したジャーキーを一本放ってやる。

犬カバがしっかり寝っ伏したままハッシと器用にそいつを両前足でキャッチした。

~って、おいおい!

二人は共謀してんのかよ!

つーか犬カバ、ジャーキー一本で何飼い慣らされてやがんだ!

俺が一人密かに歯噛みする中──

「ハッ!」

意外に勇ましい掛け声を掛けて、御者のじーさんが馬に一鞭くれる音が聞こえてきた。

ガクン、と一つ馬車の中が揺れ、外に見える景色がゆっくりと動き出す。

俺は慌てて(仕方なく)ミーシャから遠い、空いたその席に腰を下ろした。

くっそ~……ジュードと犬カバのヤロー、後で覚えてろよ。


◆◆◆◆◆


南南西の方角から、ふんわりと優しい風が吹く。

天気は快晴。

土地はなだらかで、空を阻むモンは何もねぇ。

──あれからしばらく。

俺は未だにミーシャから一番離れた斜め前の席に……。

……じゃあなく、ミーシャからもっと離れた、馬車の前方外側にある御者席の方へ席を移動していた。

ただ大人しく御者のじーさんの隣に座って地図を広げ、飛行船を安全に飛ばすのに必要な情報をそこに書き込んでいく。

……一応念の為言っとくが、別に俺は犬カバやジュードに馬車内からも追い出されたって訳でも、ミーシャと向かい合わせに座れなかったからって拗ねてこっちに移動してきた訳でもねぇんだぜ?

結局この方が視界も開けるから周囲の様子もよく分かるし、風向きなんかの気象状況もチェック出来るし、何よりじーさんに「ちょっとそこで止まってくれ」ってな指示も出しやすいってぇ事に、馬車に乗り込んでものの三十分もしねぇ内に気づいたからだ。

って、んな単純な事、初めてから気づいとけよって話だが、どーも俺はミーシャの事に気ぃ取られ過ぎちまってたらしい。

ま、御者のじーさんも何も言わなかったし、とりあえず気にしねぇ事にしておく。

ちなみにジャーキー一本でジュードに魂を売りやがった犬カバは、あんなに頑として譲らなかったミーシャの正面の席をあっさり捨てて、今は何故か俺の膝の上に乗って目の前に広げられた地図を見ている。

……まぁ、何だっていいんだけどな。

サランディールの王都にあるガイアスのおっさん家までは軽く見積もっても二日弱はかかりそーだ。

そこまでに出来るだけ詳細なデータを取っとかねぇと……とサラサラと地図にペンを走らせてっと。

不意に隣の御者のじーさんが「ところで、」と話を一つ降ってきた。

「──カルトというのは珍しい名字でございますな」

ほんの世間話みてぇな調子で聞いてくる。

俺は ふ、とじーさんの方へ目をやった。

そーして……表面上は、特に何て事もねぇ風を装いつつ「ああ、」と簡単に答える。

「……ちょっとした知り合いのを、勝手に使わせてもらってんだ。
そいつ、もう何年も前に死んじまってるし、何も問題ねぇかと思って」


ごくごく軽い感じで、言う。

じーさんが何で急に俺の名字を話題に乗せてきたのかはよく分からねぇ。

ダルクやダルクのじーさんの事を知ってて、それで問いかけてきたのか。

それともただ単にあんまり聞かねぇ名字だなと思って話のタネにしただけなのか。

……まぁ、どっちにしたって関係ねぇ。

ダルクの事はもう随分昔の話だからな。

当の本人達ももうこの世にいねぇんだし。

そう思って答えた先で、じーさんは俺が思う以上にあっさりと「左様でございますか」とあっさり話を終わらせた。

結局、大した話題でもなかったのか。

ガタン、ゴトン、と馬車が揺れる。

ゆっくりと変わりゆく景色と、静かな時間──。

俺は気を取り直して情報を書き込んでいく作業に戻ったのだった──。

◆◆◆◆◆

サランディールの英雄、ガイアス・クラインの屋敷に辿りついたのは、最初の目算をほんの少しオーバーした、そこから二日後。

夕方を過ぎて、もう夜だっつってもいい様な、そんな時間帯の事だった。

俺らが到着した時にゃあすでに屋敷の人達が明かりを灯して外で待っていてくれていた。

御者のじーさんに続いて俺と犬カバが御者席の方から降りると、出迎えの人達の中でも一番前に立つ、とびきりキレイな女の人が俺に上品に会釈した。

その上品な立ち居振る舞いに俺は慌てて会釈で返す。

この人……年は、四十の半ばか、もう少し上ってとこだろーか。

きちんと整えられた栗色の髪と、青い眼。

今のこの立ってる位置的にも、品のいい雰囲気的にもこの人が『クライン夫人』で間違いなさそーだ。

『クライン夫人』がちらっ、ちらっと何か気になってるよーな様子で、馬車馬の顔に手をやり撫でてやっている御者のじーさんの方へ視線を向けている。

それに、出迎えに出てる屋敷の人達の中にも、ギョッとしたよーな慌ててるよーな目でじーさんを見てる人がちらほらいる……よーな気が……??

思わず訝しみつつ、客席側に座ってたジュード、それにそのジュードに手を貸されたミーシャが馬車から降りるのを待つ……ところで。

「だっ……だだ……っだ……っ、旦那様!!」

出迎えの人達の中でも一番奥側に立っていた小柄で小太りの男がこっちの方を向いて動揺した様にワッと大きく声を上げる。

~旦那様……?

つーかこっちにゃ俺と御者のじーさんしかいねぇ……って、まさか……?

思わず片眉を大きく上げて俺のすぐ近くに立つ御者のじーさんを見やる。

金髪碧眼のミーシャ、ジュードも小太りの男の声にこっちの方を──つーか御者のおっさんの方を見た。

それに。

「……あなた……」

クライン夫人が、何とも言えねぇ声で御者のじーさんに話しかける。

御者のじーさんはようやく馬の顔を撫でるのをやめ、そうして口の端だけでニヤリと一つ笑った。

~まさか……マジかよ?

俺と犬カバが唖然としてそのじーさんの顔を見る中、じーさんは『ニヤリ』を引っ込め、クライン夫人の横へ歩いて行き、そーして馴れ馴れしくも夫人の背に手をやる。

夫人へ向けて「ただいま戻った」と短い挨拶をしてから、俺達へと顔を向ける。
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