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二十三章 いざ、サランディールへ

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「じーさん、誰だ?
俺の事、リッシュ・カルトって呼んだみてぇだけど……?」

向こうの正体が分からねぇ内に、こっちの身元を晒すのは心許ねぇ。

敢えて俺が『リッシュ』なのかそうじゃねぇのかハッキリさせねぇ形でじーさんに問いで返す……と。

じーさんがヒゲもじゃの顔の下で微かに笑った──様に見えた。

そうして「これは失礼、」と一言前置いて、答えを返す。

「わが主人、ガイアス・クライン様よりあなた様方ご一行を迎えに行く様にと仰せつかりました、御者のヨハンと申します。
馬車はあちらに停めております。
どうぞこちらへ」

じーさんが、言ってそのまま歩き出す。

俺は思わずジュードやミーシャへ目線を向けた。

こんな薄汚れたじーさんが、サランディールの英雄ん家の御者?

ホントかよ?

問いかけるつもりでミーシャとジュードへ目線を向けた先で、二人も戸惑い混じりに視線を返してくる。

俺の足元付近までやって来ていた犬カバも額にシワを寄せてじーさんの後ろ姿を見ていた。

まぁ……さ。

こっちには相当腕の立つジュードとミーシャがいるし、いざとなりゃ犬カバの最強必殺技の屁だってある。

もしじーさんがおかしなマネしても問題にゃならねぇとは思うが。

軽はずみにじーさんを信じて、なんだかよく分からねぇ面倒に巻き込まれんのはゴメンだぜ。

俺は、すでに俺らに背を向け先を歩き出してるじーさんに一つ、ちょっとした鎌をかけてみる事にした。

「……ところでじーさん、ガイアスのおっさんから何か聞いてっかな?
俺ら、一刻も早くおっさん家に着かなきゃならねぇんだ。
道中景色見たりする余裕ねぇから、なるたけ全速力で馬車走らせてもらいてぇんだけど」

言うと──。

じーさんがひたと立ち止まって怪訝そうに俺の方を振り返り、見る。

そーして同じく怪訝そうに口を開いてきた。

「……貴方様はトルスからサランディールまでの気候の研究をしながら当家へ向かわれる予定だと聞きましたが。
全速力で道中駆け抜けますとその研究は出来ぬと思いますが、それでよろしいので?」

聞いてくる。

……普通に考えるなら。

もしこのじーさんに悪い企みがあったとしたら、俺の『全速力で馬車を走らせろ』って注文にただ『はい、分かりました』と答えりゃあいい。

その方が俺らに逃げられる機会も消せるし、自分の役目もさっさと終わらせられるからな。

まぁ、俺がそう考えるだろうと予測して今の言葉を返したってんならこっちは完全にお手上げなんだけどよ。

じーさんのこの目を見る限り、どーもそーゆー心配は無用みてぇな気がするぜ。

俺はそう思い定めて、じーさんの問いに答える。

「そーだった。
途中途中で地形や風向きなんかも計測してぇから、逆に止まってもらう事もあるかもしんねぇ。
旅路は急がねぇから我がままに付き合ってくれっと助かるんだけど」

言うと、

「承知致しました」

じーさんが澄まして答える。

そーして再び俺らに背を向け歩き始めた。

俺は未だに──というより一層問う様な眼差しで俺を見るミーシャとジュード、それに犬カバに『まぁ大丈夫そうな気がするぜ?』と目だけで返して肩をすくめて見せる。

ジュードは変わらず怪訝そーに眉を寄せていたが……。

ミーシャは気を取り直すように胸に手を当て一つ息をついて、俺を真っ直ぐ見て微笑し頷いた。

そーして何も言わず俺の横を通り越してじーさんの後につく。

犬カバはそわそわっと片足を軽く地面から持ち上げたまま、先へ踏み出すかどーかミーシャの後ろ姿とこの俺の顔を交互に見上げていたが……。

俺はそいつに応えてやる事が出来なかった。

ミーシャの瞳に、微笑みに、すっかり心を奪われちまっていたからだ。

いつもとは全く違う長い金髪に、碧眼に……。

パッと見た目にゃあ『ミーシャ』だって分からねぇ様な大変装だが、その柔らかな微笑みも瞳もいつもと全く変わりねぇ。

俺があんまりぼけっとしてたからか、ジュードが俺の横を通り過ぎがてらゴン、と拳を頭に一つぶつけていく。

痛ぇと声を上げる程でもねぇが、わりに強めにやられたその拳に──俺はポリポリと頭を掻いて先を歩くミーシャとジュードの後ろ姿を見る。

そんな俺に。

どーゆー意味でか、犬カバが俺の足にポン、と一つ前足をタッチして、そのまま何も言わずにとてとてとジュードの後についていったのだった──。


◆◆◆◆◆


じーさん御者が(っつーよりもまぁ、正確に言やぁガイアスのおっさんが、か)用意していた馬車は思いの外上等だった。

キリッとした黒が基調の馬車で、乗り口のある面の窓の下中央には金色で一つの紋章が堂々と描かれている。

大盾と、その盾の上に×の形で組まれた二振りの剣。

そいつをオリーブの葉らしきもんで囲った、いかにも武人の家の紋章って感じの紋章だった。

もっと細けぇトコを見てみりゃ、きっとここが他ん家の紋章とは違うぜ!みてぇな部分がいくつもあるんだろーが。

と、その紋章を俺と同じく見たミーシャが俺を振り返ってにこっと一つ微笑んでみせる。

確認する意味でミーシャの半歩後ろに控えたジュードへ目線を向けると、ジュードもこっちを見、こくりと一つ頷いた。

つまりこいつがガイアスのおっさん家の紋章って事で間違いねぇんだろう。

ジュードがちゃんとした騎士らしくミーシャに手を貸し、馬車に乗るのをエスコートする。

そのすぐ脇をいつもどーりサササッと通り抜けて誰より早く馬車に乗り込む犬カバの姿を眺めやって……。

俺はふと思い返すことがあって、ガイアスのおっさん家の紋章に目を留める。

……そういや……。

昔こーゆーのを見た事があった。

ダルクが本棚の奥に隠し持っていた、あの青い雫型の石のついたペンダント。

そこに透かしみてぇに入っていた、紋様みてぇなアレだ。

当時はただの透かし絵くらいに思ってたんだが──……。

ありゃもしかして、『紋章』だったんじゃねぇのか?

大きく翼を広げた鳥が、両足で剣を水平に持った、紋章。

鳥の背後に描かれた大盾が、いかにもそれっぽい・・・・・

そーいやジュードの話によりゃあ、ダルクのじーさんは城の鍛冶屋だったらしいしな。

大盾や剣は、ガイアスのおっさん家の紋章のそれとはまた違う意味でそれらしい。

が……。

いくら城勤めの鍛冶屋っつっても、カルト家は んな紋章持ってるよーな、そんな大層な家柄だったのか?

それに、だ。

あの時……。

なんでダルクの奴、あのペンダントを見られてあんなに動揺してたんだ……?

確かに逃亡者って手前、自分の家の紋章の事を周りに知られていい事がねぇのは分かるが……。

……それだけ、だったか……?

あの真っ青な顔。

痛い程強く掴まれた肩。

『こいつの事、誰にも言うな。
──いいな?』

真っ青なまま言った言葉。

逃亡者だからの反応だったとしても……何だかダルの性格とはどーもそぐわねぇ……気がする。

「──リッシュ?」

馬車の内側から、ミーシャが顔を傾げて声をかけてくる。

その向かいの席からは、犬カバがどっか心配そうな様子で俺を見ていた。

……っと、余計な事考えてる場合じゃねぇ。

俺は俺のやらなきゃいけねぇ事に集中しなけりゃな。

心配そうに俺を見る二人にへらっと笑いかけて、俺は「悪ぃ悪ぃ」と明るい調子で馬車に乗り込む。

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