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二十三章 いざ、サランディールへ

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心配をかけまいとそう微笑んだミーシャだったが──マリーはその先でむぅぅ、と顔を膨らませた。

そうしてミーシャの前にやってきて、真っ直ぐ真剣にミーシャの顔を見る。

「なんでもなく、なさそうですわ」

強く、そう言ってくる。

ミーシャはそれに少し困って……けれどマリーの真剣な表情に、正直にきちんと応える事にした。

「──悩み、というのではないのだけど。
リッシュとジュードのサランディールに偵察に行ってくれるというあの話──。
何だか、引っかかってしまって……」

「?引っかかる?」

『?』でいっぱい、という様な表情のマリーに、ミーシャは小さく頷く。

丁度お茶の準備の整ったテーブル席にマリーに掛ける様促して、そうして自分もその正面の席に座った。

マリーの侍女が、自分が聞いてはいけない事と察したのだろう、何も言わず静かに一礼して退室する。

パタンと静かに部屋の戸が閉まったのを確認してから──ミーシャは言う。

「──飛行船の飛ぶルートや気候、今のサランディールの様子を見てきてくれるという話だったでしょう?
だけど、本当にそれだけなのかしら。
リッシュもジュードも、何かを隠している様な気がするの。
とても重要な、何かを」

それはレイジスとグラノス大統領たちとの会合で、リッシュがサランディールの偵察をしてくると言い出したあの時からずっと感じていた事だった。

大統領も、リッシュがそういう話をする事を前もって分かっていて、話をわざと振った様にも見えた。

ミーシャの言葉に、マリーは「うう~ん」と顎に手を当て目線を上にして、この頃のリッシュやジュードの様子をよくよく思い出してみる。

そういえばジュードは初めはリッシュに同行するのを渋っていた様子だったのに、翌日には全くそんな風ではなくなっていた様に思う。

逆に何か、腹が決まった様な。

単純に『リッシュ様が説得されたのかな~』などと思っていたのだが、そのリッシュも、そういえばミーシャにサランディール行きの話を振られると目を泳がせて話をなるべくそこから離そう、はぐらかそうという雰囲気だったのを見た事があった。

「確かに。
何かお隠しになっている気がすると言われれば、そんな気もしますわ。
でも一体、何を──?」

「分からないの。
リッシュは隠し事が苦手だから──大体いつも、ちゃんと聞いたり問い詰めれば、答えが返って来るのだけれど」

うう~ん、とマリーは再び唸る。

どんなに考えてみても、リッシュやジュードが何を隠しているのかはマリーには見当もつかなかった。

「それにね……何だか悪い予感がするの。
リッシュの事も、ジュードの事ももちろんちゃんと信用してるわ。
だけど……」

地下通路に眠るダルクの、あの屍になった姿が、何故か頭の片隅から離れない。

それは飛行船の鍵を取りに行った時にゴルドーに聞いた、あの話・・・のせいだと──そんな気がしていた。

ミーシャは──心を決めてマリーに向き合う。

「マリーさん、お願いしたい事があるのだけれど」

「はっ、はい。
私に出来る事なら」

軽く請け負ったその一言を──後にマリーは心の底から後悔する羽目になったのだった──……。


◆◆◆◆◆


「じゃあ、行ってくるよ」

と、俺は見送りに出てくれた皆の前で片手を上げて、言う。

皆っつっても、レイジスとマリー、それに迎賓館ここでの滞在中俺達の世話をよくしてくれたマリーの侍女の三人だ。

一緒にサランディールに向かうジュードはもちろん見送られる側の人間だし、それに犬カバも、

「クッヒ」

しっかり俺の足元からレイジス達に挨拶する。

つまりは俺にくっついてくるつもりらしい。

グラノス大統領にゃあ昨日の夜、明日は見送りに出られないからと旅の無事を祈る言葉をもらった。

さて、一番気になるのは一人だが……。

「くれぐれも、気をつけて。
無事の旅路を祈っている」

レイジスが、ちゃんとした兄貴らしい声と態度で言ってくれる。

俺はそれに「ああ。任せとけって」とちゃんと請け負ってから──ここに出てずっと気になっていた事を、聞く。

「ところでよ、ミーシャの姿が見えねぇみてぇだけど……?」

言うと、レイジスが苦笑してみせた。

そうして穏やかな口調もそのままに言う。

「ミーシャなら、気分が優れず見送りに出られないと言っていた。
まぁ、複雑な乙女心というやつだ。
悪く思わないでやってくれ」

レイジスがそう言った瞬間──っつーよりむしろ俺がミーシャの事を聞いた辺りから──マリーの目がそわそわと横へ泳いでったよーな気もしたが……。

まぁ、気のせいだろう。

なんにしろ俺は何だか残念に思いながら「……そっか」とだけ返事する。

まぁ、さ。

出発前にミーシャの顔が見れねぇのは残念だが、そんなに長い旅路を予定してる訳じゃない。

ひと月やそこらで全て調べて帰ってくるつもりだ。

そん時にミーシャの明るい笑顔を見られりゃ、それでいいか。

と──レイジスが少しの間を置いて──

「時に、リッシュくん」

声をかけてくる。

「ん?」と一言で問いかけると、レイジスは言う。

「もし道中──サランディールで思わぬ顔と出会ったら……いや、そんな事がない様祈ってはいるんだが……とにかく、よろしく頼むよ。
まぁ、リッシュくんとジュードがいれば安心だと思っているが……」

「??
思わぬ顔って?」

あんまりにもアバウトな事を頼んでくるレイジスに、思わず問いかける──が。

レイジスは小さく苦笑して頭を振っただけだった。

……なんだぁ?

まったくもって謎の頼みに、隣にいたジュードと顔を見合わせるが、ジュードの方でも全く見当がつかないらしい。

……まぁ、いいか、なんだって。

どうせサランディールにゃあ俺の知り合いは一人もいねぇ。

知り合いのいそうなジュードにならともかく俺に言ったってぇのが謎だが、これ以上何も言わねぇって事はそう大した事でもねぇんだろう。

そう簡単に考えて、俺は軽く肩をすくめて、

「じゃ、行ってくる」

そう挨拶する。

レイジスはこんな行きがけに謎な頼みをしてくるし、普段なら元気に明るく『行ってらっしゃいませ、リッシュ様!』くらい言ってくれそうなマリーもそわそわしてそれどころじゃねぇって感じだし。

それにミーシャも見送りに出て来てくんなかったしさ。

な~んかどーも調子狂う事ばっかだが……俺と犬カバ、そしてジュードの三人は、いざ、サランディールへ向けて旅立ったのだった──……。


◆◆◆◆◆


その日の夕刻、迎賓館にて──

「そうですか、無事、出発しましたか」

と穏やかにレイジスに向け声をかけたのは、公務の為リッシュやジュードらの見送りに行けなかったグラノス大統領だった。

今は公務を終え、ようやくレイジスやミーシャ、そして娘のマリーがいるはずの迎賓館へ足を運び──そうして今まさに、ちょっとしたティーブレイクを、と小洒落た丸テーブルの席に掛けた所だ。

目の前にいるのは、こちらは席に掛けたまま、穏やかに「ええ」と返事を寄越してくれたレイジス。

そしてその横の席に掛けているのはマリーだ。

マリー付きのメイドが温かいお茶を三人の前に出してくれる。

ちょっとした焼き菓子も揃っていた。

だが──

「おや?ミーシャ姫は?」

レイジスがいて、マリーまでいるのに、何故かミーシャの姿がそこにない。

その事にふと気がつき、ごくごく自然に聞いた先で。

マリーが「ええ?」と完全に声を裏返して問い返してくる。

その様子が……何故かおかしい。

「え、ええっと……。
ミーシャ様は、お加減が優れなくって、あの、その……」

言いながら、声がどんどん小さくなっていく。
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