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二十二章 グラノス大統領

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城にいた時とはまた違う、楽しげな二人のやりとりにミーシャは戸惑うばかりだ。

けれど──

──何だか、楽しい。

そんな事を思った。

マリーもメイドも、朗らかで明るくて。

こちらの気持ちまでほぐれていく様だ。

コンコン、と部屋の戸がノックされる。

マリー付きのメイドがそれに応えて出、用件を伝え聞いてマリーとミーシャの元へ戻ってくる。

「お食事の用意が整った様です。
うふふ。
皆様、ミーシャ様のお姿を見たら、きっと息を飲んでしまいますでしょうね!」


◆◆◆◆◆


ホールの方に食事の用意が整ったってんで、俺は犬カバ、ジュードと共に執事らしい男の後について迎賓館の長廊下を歩いていた。

ジュードと今後の事を話し合ってから──まぁ、一部呪いが何だっていう話まで挟む事にはなっちまったが──およそ二、三時間の後って頃合いだ。

例によって例の如く、犬カバはもちろん当然ってばかりに俺の足元横に『すっげぇお利口な犬』然としてつんと鼻を上げて優雅についてくる。

が、まぁ別に誰もそれを止めたりしなかったから、犬カバが来たって問題はねぇんだろう。

つーか……。

迎賓館の料理か。

俺も犬カバもグラノス大統領邸での食事やら何やら、この頃はなかなか贅沢な食を取れてる訳だが、迎賓館が出す料理ってのは一体どんなモンなんだ?

俺やジュードはともかく、ミーシャやレイジスってぇ隣国の姫と王子のいる席で出される料理なんだから、相当いいモンを出してくれるに違いねぇ。

ほんと、んなモンばかり食ってたら二度と普通の食事で満足出来なくなっちまうかもしれねぇよ。

特に犬カバはさ。

なんて事を考えながら三人揃ってホールへ案内されていく途中、その廊下で。

「あっ!リッシュ様!」

丁度部屋を出た所だったんだろう、廊下へ出てきたマリーが、俺の顔を見るなりパッと明るい表情で声をかけてくれた。

いつも以上にパァァッと明るい、なんだかうきうきした調子だ。

マリーの側にはいつものマリー付きのメイド。

そしてマリーのすぐ後ろには──……ある一人の女の子の姿があった。

艶やかな黒髪のショートヘア。

雪みてぇに白い肌に、桜色の小さな唇。

長いまつ毛に縁取られた、柔らかなすみれ色の瞳。

シンプルな白のブラウスに、目の色と同じ、すみれ色のスカート。

細やかで、ぎゅっと抱きしめたらすぐに折れちまうんじゃねぇかってくらい華奢な背格好……。

そいつは、俺がこの世で見た誰よりも綺麗な女の子だった。

たぶん、大体の男を掴まえても俺と同じ感想を持つだろう。

街にもしこの子がふわっと現れたら、『リア』の人気なんかきっと一瞬で影に隠れちまう。

思わず目に留めて離せなくなる様な、そんな美少女、だった。

その女の子の姿を見た瞬間に。

俺はバカみてぇに目を丸くしたままその場に固まっちまった。

俺の足元で同じく立ち止まった犬カバが「クヒ、」と同じ様に『彼女』を見上げ、目を丸くするのが分かる。

後ろのジュードの事までは気が回らねぇが、たぶん軽く目を張るくらいはしただろう。

「リッシュ、」とその女の子がどこか戸惑いがちに俺に声をかけてくる。

その声はいつもの『ミーシャ』と同じはずだが、耳から入って抜けていった柔らかな声に、俺は何かの魔法にでもかけられたみてぇになっちまった。

ドキドキ、とも違うし、ましてや惚《ほう》けちまったっていうのとも違う。

どーゆー訳か、頭の先から指の先、足の先までわぁ~っと何か、のぼせ上がっちまってどうしようもねぇような、そんな感覚だった。

いや、やっぱり惚けてんのか。

女の子が──ミーシャが、困った様に小さく微笑んで俺を見つめる。

「──やっぱり、変な感じよね」

苦笑混じりに言う。

言ってくる、柔らかな声もいつもと一緒。

その、困った様な微笑みだって、これまで見てこなかった訳じゃねぇはず、なんだが。

俺は、自分でも珍しいと思うほどしどろもどろに「あっ、ああ、いや……」と否定とも肯定ともつかねぇ返事を返す。

いや、どーやらそーする事しか出来なかった。

『何言ってんだよ、めちゃくちゃかわいーよ!よく似合ってる。どっこも変なんかじゃないぜ!』って大絶賛してぇほどなんだが、動揺してんのかなんなのか、その最初の一文字すら喉から先に出てこねぇ。

そんな中、丁度いい──悪い、か?──タイミングで、俺の後ろから「ああ、」とこっちも耳なれた鷹揚な声が届いた。

──レイジスだ。

「ミーシャか。
そういう姿を見るのは久しぶりだなぁ。
よく似合ってるよ」

俺の言いたい一言をあっさりと言ってのける。

ミーシャはやっぱり小さく微笑んでそれに「ありがとう」と返した。

側で見ているマリー付きのメイドも、何だか誇らしそうだ。

マリーは何でかきょとんとした目を俺に向けていたが──俺はそいつにも全く反応出来なかった。

自分でも分かる程顔が赤く、のぼせ上がっちまってるのを感じる。

つんつん、と犬カバが、前足で俺の足を軽く叩く。

ミーシャに何か声かけるつもりなら今だぞ~って知らせてでもいるみてぇだったが……。

俺は結局、完全に惚けちまったまま、その機会を逃したのだった──。


◆◆◆◆◆


縦一閃に、ジュードは剣を振るう。

振るった剣が夕闇に染まる宙空を斬り裂き、風が縦に割れる音が耳に届く。

それを、何度も何度も繰り返す。

──この迎賓館に来てから数日。

サランディール奪還に関する手筈は、レイジスやグラノス大統領らの手によって着々と取り進められている。

その間ジュードに出来る事と言えば、許しをもらって迎賓館の中庭の隅でこうして度々剣の鍛錬を積む事くらいのものだった。

『俺とお前、二人でサランディールに潜り込んで、アルフォンソの事を探るんだよ。
アルフォンソが本当は生きてんのか死んでんのか。
もし生きてんならサランディールの表舞台から降りて、今一体どこで何をやってんだか。
俺とお前でそいつを探る』

『可能かどーか、じゃなく、やる・・んだよ。
無理かどうかはやってみなけりゃ分からねぇ。
問題は、そうしてぇ気持ちがあるかないか、だ』

リッシュの言葉が脳裏に蘇る。

これまでの一年間──サランディールに留まる事こそ出来なかったが、ジュードだってただただ手をこまねいて過去を嘆いて過ごしてきた訳ではない。

どんなに小さな噂話でも情報でも、何か今の──そして当時のアルフォンソに関係する事はないか、その存在を示唆する情報はないかと、探り続けてきた。

その結果このトルスに亡命していたレイジスを見つけ出し、偶然にとはいえミーシャともこうして再開する事が出来た。

それでも、アルフォンソの情報だけは、ただの一つも得る事はなかった。

もし本当にアルフォンソの“今“を知りたくば、リッシュの言う通り、実地でサランディールへ行って探ってくるしかない。

それはもちろん口で言う程簡単な事ではないはずだが、ジュードにとってこれが一年前の真実を知る為の、最後のチャンスになるかもしれない。

そう思うと、ただ部屋の中に籠ってじっとしている事が出来なかった。

──必ずアルフォンソ様の“今“を掴んで見せる。

すでに亡くなっていると言うのなら、その確かな証拠を見つけてみせる。

あの日の事は何だったのか。

アルフォンソは一体どういう理由で内乱を引き起こし、王と王妃を手にかけたのか。

納得の行く、理由を知りたい。

僅かに上がった息を整えながら──ジュードは静かに剣を鞘に戻す。
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