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二十二章 グラノス大統領
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◆◆◆◆◆
マリー・グラノスは、その部屋のすぐ目の前まで来て──そうしてそのドアをノックするか否か、迷っていた。
そう、冒険者ダルク──もとい、サランディールのミーシャ姫の部屋のドアをノックするか否かを。
ドアの前には二人の警備が張り付いている。
マリーは父からミーシャの身の回りのお世話をする様にと言い使っているし、ミーシャの許しがあれば警備の二人も特に邪魔はしないだろう……けれど。
ううう……ちょっと緊張しますわ……。
はぁぁ、と密かに胸の内で息を吐いて──マリーはそれでも気を取り直し、二人の警備を無視して(二人はやはり邪魔はしてこなかった)部屋のドアをノックする。
そうして中へ向けて声をかけた。
「ダルクさ……こほん、ミーシャ様?
グラノスの娘、マリーでございます。
お邪魔してもよろしいでしょうか?」
緊張しながら言ってみる──と。
「どうぞ」
中から涼やかなダルクの──……いや、『ミーシャ姫』の声が返ってくる。
マリーはドキドキしながら「失礼します」と断って部屋の戸を開け中に入った。
中へ入ると、ちょうど正面の窓に寄り掛かる様にして佇むダルクの──ではなく、ミーシャ姫の姿があった。
黒のショートヘアーにすみれ色の瞳。
色白の肌と、男物の服。
男装の麗人とはこの人の為にある言葉なのかもしれないと思う程、キリリとして格好いい、まさに貴公子の様な姿だ。
その姿に思わず見惚れてしまいそうになりながら、マリーは緊張もそのままに声をかける。
「あっ、あの。
父から、ミーシャ様の身の回りのお世話をする様にと言い付かっておりますの。
何かご不便などはなかったですか?」
「ええ、とても快適に過ごせています。
ありがとう」
ふんわりと優しく微笑んで、言ってくれる。
マリーはそれに微笑みで返した。
一拍を置いて。
「あの──マリーさん」
ミーシャが再び口を開く。
マリーが「はい?」とおっとりと聞き返す中、ミーシャは眉尻を下げて口を開く。
「私の素性のこと……ずっと嘘をついてしまって、ごめんなさい。
言えるタイミングはいくつもあったのに……言い出せなくて」
言った顔はいつもの──と言うほどマリーは彼女のいつもを知っている訳ではないのだが──『冒険者ダルク』の顔ではなかった。
上品で可愛らしい『ミーシャ』の顔だ。
こうして見ているともう、どうして今まで女性と気づかなかったのだろうと自分でも疑問に思う程だ。
マリーは半ば慌てながらも「いいえ、そんな」と声を上げた。
「とんでもありません。
ミーシャ様のお立場を考えれば、当然そうして然るべきでしたわ。
私こそ、サランディールのお姫様とも知らず……。
これまでにご無礼がありましたら申し訳もありません」
言うとミーシャがこちらも「いいえ、そんな事ある訳がないわ」と少し慌てて返す。
その、互いの慌てぶりに。
「ふふっ、」とどちらからともなく笑みが溢れた。
二人揃ってくすくすっと笑ってしまう。
「それにしても、ダルク様が本当は女性の方だったなんて驚きましたわ。
剣の腕もおありですし、何よりキリリとされていてとってもイケメンさんなんですもの。
あっ、こんなことを言ったら失礼かしら」
思わず口に手を当て言うと、ミーシャが柔らかに微笑んだまま首を横に振る。
そうして意外な事を教えてくれた。
「──あれは、一番上の兄を真似てみただけなの。
兄ならどういうふうに立ち回るかな……って。
剣は城にいた頃、レイジス兄上から習って。
周りからは姫が剣を振るうなどはしたないとよく言われたけれど」
当時を懐かしむ様にミーシャが言う。
その仄かな微笑みに、マリーはこちらも思わずにっこりした。
と、ふいにそのマリーの目の端に、テーブルの上に置かれたある一つの包みが目に入った。
ここに来て一度開いたのだろう、包みは少し解けていて、隙間から柔らかな色のすみれ色の布地が見えている。
そういえばこの包み、宿へ泊まってもらった時も、それにこの迎賓館に来た時も、ミーシャは大切そうに持っていた。
「あの、ミーシャ様、そのお包み……」
気になって聞いてみると、ミーシャが ああ、と少しだけ困った様にして微笑んだ。
そうしてそっと包みを開いて見せてくれる。
それはきれいな仕立ての服だった。
一つはシンプルだが上品な白のブラウス。
もう一つは先程包みの端から少し見えていた、すみれ色の布地のタックスカートだ。
包みにはそれとは別にちょっとした化粧道具のセットも入っている。
マリーはそれらをパッと一眼見てミーシャの顔をうきうきした様子で振り仰いだ。
「まぁ、素敵なお洋服!
絶対ミーシャ様にお似合いになりますわね!
迎賓館の中なら『ダルク様』のお姿でいなければならない理由はありませんもの。
早速おめかししたいところですわね!」
るんるんと心弾ませながらマリーがいうのに、ミーシャはやはり少し困った様に微笑んで見せた。
マリーはそれにこてんと首を傾げる。
「……?
お洋服、あまりお気に召さないのですか?」
問うと、
「いいえ、そうじゃないの」
ミーシャがはっきりとそう口にする。
そうして少し目線を下に落とした。
「ただ、今の自分にはもったいなくて……。
このプレゼントは、こちらへ出立する前に街のギルドのマスター……シエナさんから頂いた物なの。
機会のある時に使ったらいいって。
昨日宿で包みを開けたら、こんなに素敵なお洋服やお化粧品が入っていて……。
きっと、大統領にお会いしたり、こういった迎賓館の様な場所に出ても恥ずかしくないよう、計らってくれたのだと思う。
とてもうれしくて……実は宿でこっそり着てみたの」
秘密の告白をこっそり教えてくれるように、ミーシャはマリーに小さく微笑んで見せた。
けれど、すぐにそれが困った様な悲しげな微笑みに変わる。
「だけど、そうして鏡の前に立った時……何だか分不相応だ、と思ったわ。
こんなに素敵なお洋服をいただいて、おめかしして……。
そんな権利が、今の私にあるのか……と」
マリーはむむむむむっと口をきゅっと曲げた。
「権利だなんて、そんなもの必要ありませんわ。
ここに、こんなに素敵なお洋服があって、絶対にお似合いになるミーシャ様がいらっしゃって、おめかしする機会もあるのですもの。
それにギルドのマスターさんだって!
もしミーシャ様に分不相応だとお思いなら、そもそもこんな素敵なお品を贈ったりなさいません。
私にお任せくだされば……そうだわ!」
いい事を思いついた!とばかりにマリーの顔がパッと明るくなる。
そうしてグッと両手で握り拳を作って張り切る様に胸の前にやる。
そのまま「ちょっとお待ちくださいませ」とだけ告げて、うれしそうにパタパタッと部屋を出、駆けていってしまった。
ミーシャは目をぱちくりさせながら、その開いたままの扉を見つめたのだった。
◆◆◆◆◆
それからしばらくの後──
「出来ましたわ!」
と、うれしそうに誇らしげな声を上げたのはマリーだった。
マリーのすぐ横にはこれまたうれしそうで誇らしげな様子のマリー付きのいつものメイド。
そして二人の目の前──白のふんわりしたクッション椅子に座り、ドレッサーの前で当惑気味に目を瞬かせたのはミーシャだ。
シンプルながらも上品な白のブラウスと、瞳と同じ、すみれ色のふんわりとしたタックスカートを着た少女──もちろん自分だが──が鏡の向こうからこちらも当惑気味に自分を見返している。
くるりと上を向いた長いまつげ。
陶器のように滑らかな白い肌。
ほんのりと上気したように見える柔らかな頬。
桜色の小さな唇。
見慣れたはずの自分の顔だが、一年もの間ずっと男装していた為か、はたまたマリーおすすめの街で流行りのメイクの為か、いつもとは全く違う風に見える。
「まぁ……本当になんて素敵なんでしょう。
もう少しお髪が長ければ、もっともっと素敵なアレンジがたくさん出来ますのに」
とメイドが言えば、
「本当にそうですわねぇ。
でもショートヘアもすきっとしていてとっても素敵ですわ」
とマリーが心からの言葉でさらに褒めてくれる。
マリー・グラノスは、その部屋のすぐ目の前まで来て──そうしてそのドアをノックするか否か、迷っていた。
そう、冒険者ダルク──もとい、サランディールのミーシャ姫の部屋のドアをノックするか否かを。
ドアの前には二人の警備が張り付いている。
マリーは父からミーシャの身の回りのお世話をする様にと言い使っているし、ミーシャの許しがあれば警備の二人も特に邪魔はしないだろう……けれど。
ううう……ちょっと緊張しますわ……。
はぁぁ、と密かに胸の内で息を吐いて──マリーはそれでも気を取り直し、二人の警備を無視して(二人はやはり邪魔はしてこなかった)部屋のドアをノックする。
そうして中へ向けて声をかけた。
「ダルクさ……こほん、ミーシャ様?
グラノスの娘、マリーでございます。
お邪魔してもよろしいでしょうか?」
緊張しながら言ってみる──と。
「どうぞ」
中から涼やかなダルクの──……いや、『ミーシャ姫』の声が返ってくる。
マリーはドキドキしながら「失礼します」と断って部屋の戸を開け中に入った。
中へ入ると、ちょうど正面の窓に寄り掛かる様にして佇むダルクの──ではなく、ミーシャ姫の姿があった。
黒のショートヘアーにすみれ色の瞳。
色白の肌と、男物の服。
男装の麗人とはこの人の為にある言葉なのかもしれないと思う程、キリリとして格好いい、まさに貴公子の様な姿だ。
その姿に思わず見惚れてしまいそうになりながら、マリーは緊張もそのままに声をかける。
「あっ、あの。
父から、ミーシャ様の身の回りのお世話をする様にと言い付かっておりますの。
何かご不便などはなかったですか?」
「ええ、とても快適に過ごせています。
ありがとう」
ふんわりと優しく微笑んで、言ってくれる。
マリーはそれに微笑みで返した。
一拍を置いて。
「あの──マリーさん」
ミーシャが再び口を開く。
マリーが「はい?」とおっとりと聞き返す中、ミーシャは眉尻を下げて口を開く。
「私の素性のこと……ずっと嘘をついてしまって、ごめんなさい。
言えるタイミングはいくつもあったのに……言い出せなくて」
言った顔はいつもの──と言うほどマリーは彼女のいつもを知っている訳ではないのだが──『冒険者ダルク』の顔ではなかった。
上品で可愛らしい『ミーシャ』の顔だ。
こうして見ているともう、どうして今まで女性と気づかなかったのだろうと自分でも疑問に思う程だ。
マリーは半ば慌てながらも「いいえ、そんな」と声を上げた。
「とんでもありません。
ミーシャ様のお立場を考えれば、当然そうして然るべきでしたわ。
私こそ、サランディールのお姫様とも知らず……。
これまでにご無礼がありましたら申し訳もありません」
言うとミーシャがこちらも「いいえ、そんな事ある訳がないわ」と少し慌てて返す。
その、互いの慌てぶりに。
「ふふっ、」とどちらからともなく笑みが溢れた。
二人揃ってくすくすっと笑ってしまう。
「それにしても、ダルク様が本当は女性の方だったなんて驚きましたわ。
剣の腕もおありですし、何よりキリリとされていてとってもイケメンさんなんですもの。
あっ、こんなことを言ったら失礼かしら」
思わず口に手を当て言うと、ミーシャが柔らかに微笑んだまま首を横に振る。
そうして意外な事を教えてくれた。
「──あれは、一番上の兄を真似てみただけなの。
兄ならどういうふうに立ち回るかな……って。
剣は城にいた頃、レイジス兄上から習って。
周りからは姫が剣を振るうなどはしたないとよく言われたけれど」
当時を懐かしむ様にミーシャが言う。
その仄かな微笑みに、マリーはこちらも思わずにっこりした。
と、ふいにそのマリーの目の端に、テーブルの上に置かれたある一つの包みが目に入った。
ここに来て一度開いたのだろう、包みは少し解けていて、隙間から柔らかな色のすみれ色の布地が見えている。
そういえばこの包み、宿へ泊まってもらった時も、それにこの迎賓館に来た時も、ミーシャは大切そうに持っていた。
「あの、ミーシャ様、そのお包み……」
気になって聞いてみると、ミーシャが ああ、と少しだけ困った様にして微笑んだ。
そうしてそっと包みを開いて見せてくれる。
それはきれいな仕立ての服だった。
一つはシンプルだが上品な白のブラウス。
もう一つは先程包みの端から少し見えていた、すみれ色の布地のタックスカートだ。
包みにはそれとは別にちょっとした化粧道具のセットも入っている。
マリーはそれらをパッと一眼見てミーシャの顔をうきうきした様子で振り仰いだ。
「まぁ、素敵なお洋服!
絶対ミーシャ様にお似合いになりますわね!
迎賓館の中なら『ダルク様』のお姿でいなければならない理由はありませんもの。
早速おめかししたいところですわね!」
るんるんと心弾ませながらマリーがいうのに、ミーシャはやはり少し困った様に微笑んで見せた。
マリーはそれにこてんと首を傾げる。
「……?
お洋服、あまりお気に召さないのですか?」
問うと、
「いいえ、そうじゃないの」
ミーシャがはっきりとそう口にする。
そうして少し目線を下に落とした。
「ただ、今の自分にはもったいなくて……。
このプレゼントは、こちらへ出立する前に街のギルドのマスター……シエナさんから頂いた物なの。
機会のある時に使ったらいいって。
昨日宿で包みを開けたら、こんなに素敵なお洋服やお化粧品が入っていて……。
きっと、大統領にお会いしたり、こういった迎賓館の様な場所に出ても恥ずかしくないよう、計らってくれたのだと思う。
とてもうれしくて……実は宿でこっそり着てみたの」
秘密の告白をこっそり教えてくれるように、ミーシャはマリーに小さく微笑んで見せた。
けれど、すぐにそれが困った様な悲しげな微笑みに変わる。
「だけど、そうして鏡の前に立った時……何だか分不相応だ、と思ったわ。
こんなに素敵なお洋服をいただいて、おめかしして……。
そんな権利が、今の私にあるのか……と」
マリーはむむむむむっと口をきゅっと曲げた。
「権利だなんて、そんなもの必要ありませんわ。
ここに、こんなに素敵なお洋服があって、絶対にお似合いになるミーシャ様がいらっしゃって、おめかしする機会もあるのですもの。
それにギルドのマスターさんだって!
もしミーシャ様に分不相応だとお思いなら、そもそもこんな素敵なお品を贈ったりなさいません。
私にお任せくだされば……そうだわ!」
いい事を思いついた!とばかりにマリーの顔がパッと明るくなる。
そうしてグッと両手で握り拳を作って張り切る様に胸の前にやる。
そのまま「ちょっとお待ちくださいませ」とだけ告げて、うれしそうにパタパタッと部屋を出、駆けていってしまった。
ミーシャは目をぱちくりさせながら、その開いたままの扉を見つめたのだった。
◆◆◆◆◆
それからしばらくの後──
「出来ましたわ!」
と、うれしそうに誇らしげな声を上げたのはマリーだった。
マリーのすぐ横にはこれまたうれしそうで誇らしげな様子のマリー付きのいつものメイド。
そして二人の目の前──白のふんわりしたクッション椅子に座り、ドレッサーの前で当惑気味に目を瞬かせたのはミーシャだ。
シンプルながらも上品な白のブラウスと、瞳と同じ、すみれ色のふんわりとしたタックスカートを着た少女──もちろん自分だが──が鏡の向こうからこちらも当惑気味に自分を見返している。
くるりと上を向いた長いまつげ。
陶器のように滑らかな白い肌。
ほんのりと上気したように見える柔らかな頬。
桜色の小さな唇。
見慣れたはずの自分の顔だが、一年もの間ずっと男装していた為か、はたまたマリーおすすめの街で流行りのメイクの為か、いつもとは全く違う風に見える。
「まぁ……本当になんて素敵なんでしょう。
もう少しお髪が長ければ、もっともっと素敵なアレンジがたくさん出来ますのに」
とメイドが言えば、
「本当にそうですわねぇ。
でもショートヘアもすきっとしていてとっても素敵ですわ」
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