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二十二章 グラノス大統領

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◆◆◆◆◆

そうして何の事もねぇ犬カバとののんびりした散歩を終えた、夕刻頃──。

宿に戻って支度を整え丁度一息ついた頃に、マリーが馬車で迎えにきてくれた。

その馬車に乗って、数分の距離を移動してから──。

俺と──そしてもちろん当然の様に俺にくっついてきた犬カバはマリーに促されるまま大統領邸に上がらせてもらったのだった。

俺は若干キンチョーしつつ、マリーの後ろについて犬カバと二人、大統領邸内の廊下を大人しく歩く。

マリーはいつもどーりのほほんとした朗らかな調子で世間話をしながら邸内を簡単に案内してくれているが、俺にはその話の半分も頭に入ってこねぇ。

広い邸内。

重厚な壁や床。

品のいい、いかにもお高そうな調度品や美術品の数々。

高い天井に、きらきらと輝くシャンデリア……。

古い貴族の家柄のヘイデン家や、成金のゴルドーんトコとも全く雰囲気が違う立派すぎる大統領邸は、俺にゃあ場違いな気がしてどーにも居心地が悪い。

俺のすぐ横を大人しく歩く犬カバも、自分の足跡で床を汚しちまったりしねぇかとでも思ってるよーに、たまに後ろを振り返りつつ、気を遣いながら歩いている。

まぁ、俺も気分的には似た様なもんだが。

そーしてマリーが最後に案内してくれたのが、どうやら今日の食事処らしい大きなダイニングルームだった。

マリーが戸を開けるとそこにはもう幾人かの使用人がいて、ほとんどの用意を終えていた。

白いきれいな布をかけられた大きく立派な長方形のテーブルに、そいつに合わせた立派な木の椅子。

テーブルの中央には明るい色のきれいな花が飾られ、ナプキンやフォークやナイフ、スプーンなんかもキチッと並べられ、すっかり夕食の準備も出来上がってる。

案内されるままマリーに続けて部屋に入ると、使用人達が礼儀正しく俺とマリーへ礼をした。

マリーはごく当たり前のようにそいつに小さく頷いてから、俺にほんわかしたいつもの微笑みで口を開く。

「もうじきに父も来ると思います。
どうぞ、おかけになってお寛ぎください。
お茶もご用意いたしますわ」

にこにこっといつもどーりの笑顔でマリーが言うのに、俺は若干気後れしつつも「おっ、おう、」と答える。

マリーが……それに気づいてんのか気づいてねぇのか、にこっと笑ってみせた。

そうして──こっそりと内緒話でもする様に俺に顔を近づけ、他の誰にも聞こえねぇ様な小さな声で言う。

「大丈夫ですわ。
リッシュ様ならきっと何もかもうまくやり遂げられます。
リッシュ様、がんばっ!ですわ」

俺はこいつにも「おっ、おう」と同じく小声で答えた。

マリーが──最後にもう一度にこっと微笑んで俺から少し離れ、今度は普通に口を開く。

「私は今回席を外しますわ。
男同士、ゆっくりとお食事とお話をお楽しみくださいませ。
お帰りの際も、ちゃんと馬車をご用意しておきますのでどうぞご安心くださいね」

マリーが言う。

マリーが席を外すってぇのは、たぶん俺が例の件について話しやすい様にって事だろう。

俺としちゃあ少しでも事情を知ってるマリーにもいてもらった方が心強いし安心感もあるんだが……まぁ、甘えた事は言ってられねぇよな。

俺はマリーの言葉にこっちも笑顔で「ありがとう」と礼を言う。

俺は表面上はゆったりとリラックスした風を装い優雅に茶を戴きつつも、内心では頭をフルに回転させて今日のこれからの事を考えていた。

レイジスのサランディール奪還に、グラノス大統領が協力してくれそうか、どうか。

こいつをそれとなく・・・・・探るってぇのは、実はかなりの難問だ。

あんまぐずぐずやってっと機会も逃すかもしんねぇし、下手すりゃ大統領の機嫌を損ねるって事にもなりかねねぇ。

『何が言いたいのかはっきり言ってみたまえ』

なぁんてあの大統領の口からど迫力で言われたら、さすがの俺も縮み上がっちまうよ。

だったらヘンな小細工なしに最初から堂々と話を持ち出した方がいいのか……。

迷う所ではあるよな。

つーかまずはどんな風に話題をサランディールに持ってったもんかなぁ……。

気軽に(?)引き受けちまったはいいが、これって結構責任重大だぜ。

んな事を考えながら茶を飲み大統領を待つ事しばらく。

「主人が参りました」

執事が一言、声をかけてくる。

俺と犬カバは二人揃って無意識の内にピンと背筋を伸ばして、ちょっと立ち上がりかけながらそいつに対応する。

と、ものの三秒も経たねぇ内に、お待ちかねのグラノス大統領本人がやってきた。

たぶん、目一杯仕事をしてきた直後のはずだが、その顔にゃあ疲れは微塵も見えねぇ。

むしろ気力に溢れてるってな感じだった。

「いやぁ、リッシュくん、遅れてすまない。
久々だが、元気にしていたかね?」

前に会った時と同じに、人懐っこい、人好きのする笑み。

心底再開を喜んでくれてるらしい大統領に、俺は「あっ、ああ」とちょっと笑顔で返した。

「大統領も元気そうで良かったよ」

言うと、大統領も笑顔で返してくれる。

「まぁ座りなさい。
お腹も空いただろう、食事にしようじゃないか」


◆◆◆◆◆ 


大統領ん家での食事は、俺が想像してたよりずっとラフで気楽なもんだった。 

トマトソース仕立てのごった煮や、コーンスープにサラダ、ステーキに、甘いにんじんとポテトが添えられた一皿。 

さっぱりとしたイチゴのシャーベット。 

どれも最高級に美味いが気取りすぎず、腹いっぱい食っても胃もたれしなさそうな、そんなメニュー構成だった。

(俺が気にしてねぇだけかもしれねぇが)完璧な食事のマナーが入り用な雰囲気でもねぇし、本当に大統領との食事を和やかに楽しむってな雰囲気だ。

もっとお堅い感じのディナーなんかを想像してたんで内心ホッとしたぜ。 

犬カバにもミルクとドッグフードが振る舞われてたが、どーやらこいつも最高級に美味かったらしい。 

普段なら味ちゃんと分かってんのか?ってくらいに がっつく様に食う犬カバも、今日は一口一口おいしさを噛み締める様にして食っている。 

その犬カバの食い方を見て大統領が「賢そうな犬だと思っていたが、食べ方も上品だなぁ」なぁんて褒めちぎったもんだから、いつにも増して上機嫌だった。 
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