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二十章 レイジス
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こんなどこの馬の骨ともしれねぇ男に、まるで対等の者に頼むみてぇにきちんと頭を下げて、言ってくる。
それに、
「──レイジス様……」
ジュードが驚いた様に声を上げかけて──そうして頭を振ってこいつも俺に向き直り、深く頭を下げた。
ミーシャと、足元の犬カバが揃って俺の顔を見上げる。
俺は──真っ直ぐレイジスに向き直って「ああ」とはっきりとした口調で答えた。
「~もちろん!
サランディール城までだろーがどこへだろーが、この俺が責任を持ってあんたを送り届けてみせる。
だから、任せてくれ!」
力を込めて言い切った先で──頭を上げたレイジスが俺に温かく微笑んで「ありがとう」と口にしたのだった──。
◆◆◆◆◆
暗闇ばかりが支配するその場所に、彼《・》は壁に背をもたれて一人、座り込んでいた。
だらんと床に落ちるがままになっている両手は、手の平を上に向けている。
音もなく、光もなく、自分が生きているという感覚すらない。
目も虚ろで──もしも光ある場所で彼《・》を見た者があったとしたら、彼の事を『廃人だ』と評しただろう。
どれほどの時、どれほどの年月をそこで過ごしたのかは、もはや彼には分からない。
今が朝なのか昼なのか──それすらも分からず、また興味を持つほどの頭脳も、もはや持ち合わせてはいなかった。
コツ、コツ、コツと一つの靴音がこの部屋の外にある階段を上がってくる。
靴音が部屋の前で止まり、ガチャガチャと鍵を鳴らす音が、この無音の空間に流れた。
そして、戸が開く。
だが彼《・》は──暗闇の中、部屋に座り込んだままの彼《・》は、そちらに見向きもしない。
ただ戸が開く前と変わらず暗闇の何処かを虚ろな目で眺めているだけだった。
戸を開けた人物が部屋にランタンの灯りをもたらしても、ピクリとも反応さえしなかった。
戸を開けた人物がニヤリと笑って彼の前に膝をつく。
そうして持ってきた粥をスプーンに掬い、彼に食べさせてやった。
まるでしゃべらぬ鳥に、餌付けでもする様に。
口の前にスプーンを持っていけば彼がぼんやりと口を開け、粥を食べる。
それだけだ。
彼《・》にはもう感情もなく、思考もない。
ただ目の前に出されたものを、出されたままに食すだけだ。
おそらく自分がここへ来なければ、数日食事を与えなければ、彼《・》は間違いなく飢えて死ぬだろう。
呻きも騒ぎもせぬうちに。
自分は彼《・》の命を支配していると言っても過言ではなかった。
その事にほくそ笑みながら、その人物は口を開く。
「ご気分はいかがですか?《殿下》」
我ながら、嫌味ったらしい口調だという事はよく分かる。
だが彼《・》は、それにも何の反応も示さなかった。
その彼の横っ面をピシャリと手の甲で打って──その人物は、食事をさすのも早々にやめ、そのままその場に立ち上がる。
持ってきた灯りも、食事も手に持ち、そのまま彼《・》に背を向け部屋を出る。
そんなものはもはや必要ないと知りながらもしっかりと鍵をかけ、再び長い階段を降り始めた。
── ひと思いに殺せてしまえれば楽なものを。
そう、強く思うがこれが主《・》の望みであるのだから仕方がなかった。
自分を今のこの『総帥』という地位にのし上げてくれたのは、我が主だ。
主に逆らえば次は自分の命が危ないという事を、その人物はしっかりと理解していた。
コツ、コツ、と来た道を引き返しながら──彼はまた別の事へ思考を移したのだった──。
それに、
「──レイジス様……」
ジュードが驚いた様に声を上げかけて──そうして頭を振ってこいつも俺に向き直り、深く頭を下げた。
ミーシャと、足元の犬カバが揃って俺の顔を見上げる。
俺は──真っ直ぐレイジスに向き直って「ああ」とはっきりとした口調で答えた。
「~もちろん!
サランディール城までだろーがどこへだろーが、この俺が責任を持ってあんたを送り届けてみせる。
だから、任せてくれ!」
力を込めて言い切った先で──頭を上げたレイジスが俺に温かく微笑んで「ありがとう」と口にしたのだった──。
◆◆◆◆◆
暗闇ばかりが支配するその場所に、彼《・》は壁に背をもたれて一人、座り込んでいた。
だらんと床に落ちるがままになっている両手は、手の平を上に向けている。
音もなく、光もなく、自分が生きているという感覚すらない。
目も虚ろで──もしも光ある場所で彼《・》を見た者があったとしたら、彼の事を『廃人だ』と評しただろう。
どれほどの時、どれほどの年月をそこで過ごしたのかは、もはや彼には分からない。
今が朝なのか昼なのか──それすらも分からず、また興味を持つほどの頭脳も、もはや持ち合わせてはいなかった。
コツ、コツ、コツと一つの靴音がこの部屋の外にある階段を上がってくる。
靴音が部屋の前で止まり、ガチャガチャと鍵を鳴らす音が、この無音の空間に流れた。
そして、戸が開く。
だが彼《・》は──暗闇の中、部屋に座り込んだままの彼《・》は、そちらに見向きもしない。
ただ戸が開く前と変わらず暗闇の何処かを虚ろな目で眺めているだけだった。
戸を開けた人物が部屋にランタンの灯りをもたらしても、ピクリとも反応さえしなかった。
戸を開けた人物がニヤリと笑って彼の前に膝をつく。
そうして持ってきた粥をスプーンに掬い、彼に食べさせてやった。
まるでしゃべらぬ鳥に、餌付けでもする様に。
口の前にスプーンを持っていけば彼がぼんやりと口を開け、粥を食べる。
それだけだ。
彼《・》にはもう感情もなく、思考もない。
ただ目の前に出されたものを、出されたままに食すだけだ。
おそらく自分がここへ来なければ、数日食事を与えなければ、彼《・》は間違いなく飢えて死ぬだろう。
呻きも騒ぎもせぬうちに。
自分は彼《・》の命を支配していると言っても過言ではなかった。
その事にほくそ笑みながら、その人物は口を開く。
「ご気分はいかがですか?《殿下》」
我ながら、嫌味ったらしい口調だという事はよく分かる。
だが彼《・》は、それにも何の反応も示さなかった。
その彼の横っ面をピシャリと手の甲で打って──その人物は、食事をさすのも早々にやめ、そのままその場に立ち上がる。
持ってきた灯りも、食事も手に持ち、そのまま彼《・》に背を向け部屋を出る。
そんなものはもはや必要ないと知りながらもしっかりと鍵をかけ、再び長い階段を降り始めた。
── ひと思いに殺せてしまえれば楽なものを。
そう、強く思うがこれが主《・》の望みであるのだから仕方がなかった。
自分を今のこの『総帥』という地位にのし上げてくれたのは、我が主だ。
主に逆らえば次は自分の命が危ないという事を、その人物はしっかりと理解していた。
コツ、コツ、と来た道を引き返しながら──彼はまた別の事へ思考を移したのだった──。
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