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二十章 レイジス

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◆◆◆◆◆

それから俺は、飛行船の中を隅から隅まで二人に案内して回った。

つっても、机の上がごちゃごちゃのままで汚ねぇダルクの部屋だけは『ここは整理してなくて汚ねぇから』って言って案内を飛ばしちまったんだが。

そんでもジュードはやたらに色んなトコで驚いてくれるし、レイジスは俺が軽く(?)設備について説明すると感心しながら頷いてくれるし、案内人としちゃあ俺は中々楽しい時を過ごす事が出来た。

そーやってあらかた全部飛行船の事を説明し終えて──俺達は改めて甲板の上に出る。

と──レイジスが一言「リッシュくん、」と声をかけてきた。

俺は何の気なしにレイジスの方を振り返る。

そーして……思わず軽く目を瞬いた。

珍しくレイジスが、王子らしい真面目な顔をしていたからだ。

その事に若干気圧されつつ……俺はレイジスの呼びかけに「お、おう……」と返事する。

レイジスは真面目な顔もそのままに、真っ直ぐ俺を見つめ、問いかけてくる。

「──こうして飛行船を隅々まで案内してくれたという事は──“答え”は決まったと思って、いいのだろうか?」

言ってくる。

俺はそいつに、こっちもシュッと真面目にレイジスを見返した。

そーして、言う。

「──ああ、そのつもりだ。
俺は……あんたに協力する。
この飛行船が──俺の操縦の腕が、サランディール奪還に役立つってんなら、そうさせてもらおうと思ってる」

きっぱりと言うと……レイジスが俺を見つめ、頷く。

そーして、今は俺のすぐ横に並んだミーシャの方へ視線を移した。

「──ミーシャ。
お前もそれに異論はないのか?」

ミーシャに向かって、珍しく一片の微笑みもなく、真面目な様子で問いかける。

その問いかけで──レイジスもミーシャがこの事に乗り気じゃねぇ事を知ってるって事に気がついた。

ミーシャはスッと覚悟を決めた目でレイジスを見返し、

「異論はない──と言えば、嘘になるわ」

きっぱりと、言い切る。

レイジスがそれに深く頷いた。

ミーシャは「だけど」と言葉を続ける。

「リッシュがそうすると決めたのだから……。
私も、覚悟は決まっています。
サランディール奪還の折には、私もリッシュに同行する。
もうサランディールの事これは、兄上だけの問題じゃない。
リッシュを巻き込む事になる以上、それは私自身の問題でもあるのだから」

いつになくキッパリとした男前(……っつぅのもなんだけど)な口調でミーシャが言う。

俺は思わず目をまあるくしてそんなミーシャの横顔を見た。

『リッシュを巻き込む事になる以上、』

つまり、俺がサランディールの事に巻き込まれる(……なんて風には俺は全く思っちゃいねぇんだが)事がねぇなら自分ミーシャにとってサランディールの事は問題にならねぇんだとそういう意味合いだ。

それは『サランディールのミーシャ姫』としての言葉じゃなく、もちろん『冒険者ダルク』としての言葉でもなく、『ミーシャ』ってぇ一人の女の子としての、言葉だった。

しかも俺に同行すると言ったミーシャの声音には、絶対ぇに誰にも文句は言わせねぇって言う様な、決然とした響きがあった。

前者に対してなのか、それとも後者のミーシャもサランディール奪還の時には俺に同行するっつった事に対してなのか──レイジスが、こいつも目をまあるくして妹を見下ろす。

もちろんその斜め後ろに大人しく控えていたジュードもだ。

俺は、半分戸惑いながらもちらっと俺の足元に佇む犬カバへ視線を送る。

犬カバの方でも俺をちらっと見上げてきた。

さてレイジスの反応はどうなるか。

んな勝手は許さねぇ、お前を同行させる気はねぇと一刀両断に伏されるか、それとも んな冗談はやめろ、これは遊びじゃねぇんだから大人しくヘイデンの所ででも待っていなさいと大人な対応でやんわり断られるのか。

そんな事を考えながら行く先を見守った先で。

レイジスはしばらくミーシャを見つめて、

「本気なのか?」

一言、尋ねる。

ミーシャはそれに「ええ、」と何の迷いもなく答えてみせた。

その、答えに。

レイジスがトン、と自らの額に片手をついて ふーっと長い、息を吐く。

そいつは時間にすりゃあほんの数十秒程の出来事だったが、おそらくレイジスの頭ん中じゃあ様々な考えが巡らされたんだろう。

ジュードや俺、それに犬カバまでもがあおのレイジスの次の言葉に注目する中──レイジスはそっと額から手を離し、顔を上げてミーシャを見た。

ミーシャが挑む様に兄の顔を見上げる。

レイジスは言った。

「──分かった。
どうせ言って大人しく聞くつもりはないんだろう?
好きにするといい」

言うのに──ミーシャがパッと顔を輝かせ「はい!」と元気に返事する。

だが、俺とジュードは思わずギョッとして声を上げた。

「おっ、おい、マジかよ?」

「正気ですか!?」

二人揃って声を上げるのに、レイジスが「ん?」とのんきに返してくる。

先に声を上げたのは、ジュードだ。

「これほど危険な事をこうもあっさりと……!
姫にもしものことがあったら、一体どうするおつもりですか!!」

本気の本気で怒ってレイジスに訴える。

けど、レイジスの答えは明確だった。

「ミーシャだってその辺りは覚悟の上だろう。
もし逆に、その覚悟なく単に戯言を言っているのだとしたら、その代償は自分の命で贖ってもらう事になる。
これは遊びではないのだから」

「……レイジス……」

じり、と俺の胸の中で、何かが焦げる様な嫌なモンが流れた。

レイジスの言う事は──……たぶん『正論』なんだろう。

危険が伴うかもしんねぇトコに出張るってんだから、当然そこは覚悟はしとくべきだ。

もちろん『最悪の事態』を避ける為にありとあらゆる善策は立てるべきだが、それでもダメになっちまったら、最悪そこには死が待ち受けてるかもしんねぇ。

そういう意味じゃ、もちろんレイジスの言う事は間違っちゃいねぇ。

間違っちゃ、いねぇんだけどよ。

『その代償は自分の命で贖え』なんてそりゃ、悪の親玉が言うようなセリフだぜ。

もっとこう、オブラートに包まれた優しい言い方ってのがいくらでもあるだろうに。

『危険な場所に行くんだから覚悟が必要だぞ』とか『怪我したり、下手すりゃ死んじまう事になるかもしんねぇが本当に大丈夫か、分かってるか?』とかさ。

その物言いに思わず絶句しちまったジュードにだろう、レイジスはちょっと肩をすくめてふっと空を──つってもまぁ、見えんのは当然岩壁だけだが──見る。

そうして「だがまぁ、」と風の様にさらりとした声で言葉を続けた。

「ミーシャはリッシュくんといる、と言ってるんだ。
俺たちと共に宰相セルジオを討ちに行く、というのではなくな。
元々向こうに着いたらリッシュくんには安全な場所で待機していてもらおうと思っていた。
ミーシャもそこに留まっているというだけなら、そんなに目くじら立てて反対する事もないだろう」

「それは……そうかもしれませんが……」

レイジスの“やんわり”の口調にいなされる様に、ジュードが言う。

俺は──俺の隣ですっきりと晴れやかな表情でいるミーシャの横顔を見た。

ミーシャはああ言ってたが、レイジスだってちょっとくらい反対するだろーと俺は内心思ってたんだが……。

初めにミーシャが言った通りになっちまったな。

それがいいのか悪いのかは分からねぇが……。

思っていると、ふいに

「──リッシュくん、」

レイジスに改めて呼びかけられる。

俺は慌てて「おっ、おう……」と戸惑いながらレイジスへ顔を戻した。

レイジスがそれにやんわりと穏やかに微笑み俺を見つめる。

「妹はこの通りのじゃじゃ馬娘だが、君の事を心から慕い、信頼している様だ。
妹の事、よろしく頼む」

「あっ、ああ、」

戸惑いながらも答えると、レイジスがそっと微笑んで見せる。

そーして改めて顔を引き締め「そして」と言葉を続けた。

「──君を危険に巻き込む事を承知で改めてお願い申し上げる。
どうか我が国の宰相セルジオを討つ為の作戦に──サランディールを奪還する為の作戦に、君の力を貸して欲しい。
君のこの飛行船を、君のその操縦の腕を、サランディールの民私達の為にお貸し願えないだろうか?」
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