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十八章 ゴルドーからの依頼

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リュートもこのままじゃヘンな体勢になっちまうって気づいたんだろう、ちょっと焦って俺と俺の足にしっかり抱きついた自分の腕とを交互に見て──そーしてすごすごと足に抱きついた腕を離した。

っし!

まずはひっつき虫病問題解決だな!

……と、思ったんだが。

リュートは大人しくベンチに座った俺の横に掛けて、ぎゅっと小せぇ手で俺の服の裾を掴む。

……どーあっても、離れるって気はないらしい。

俺は……若干心配になってリュートに声をかける。

「……どーしちまったんだよ?リュート。
お前、こないだまでこんなんじゃなかったじゃねーか」

きっと──……こないだのノワール貴族の事があったから、怖かったから、ちゃんと知ってる人間にくっついててぇんだろうと、そう思う。

思うが……それにしたってこの様子はリュートにしちゃあヘンだ。

いつもわりと人懐っこくって元気で。

犬カバが来りゃあすぐに二人で楽しく遊びだしてんじゃねーか。

もうノワール貴族は捕まったし、そもそもこの世にすらいねぇ。

リュートがこれ以上怯える必要なんかねぇってぇのに。

思いながら言う……とリュートが何か言いたそうな顔でおずおずと俺の顔を見上げる。

……おっ?

何か言いそ~か……?

ちょっと期待しつつリュートの返事を待つ……ところで。

「クッヒー」

丁度のタイミングで犬カバが元気に戻ってきて声を上げ、ぴょ~んとジャンプして俺とリュートの間に潜るように滑り込んできた。

とたん、リュートがハッとした様に口をつぐんじまう。

「…… い・ぬ・カ・バ~」

お前ってやつはどーゆータイミングで戻ってくんだよ。

せっかくリュートが何か話そーとしてたってぇのに、引っ込めちまったじゃねぇか。

思わず責める口調で言う……が当の本人は何の事だか分からなかったらしい。

「ク……クヒ?」

俺が何したってんだよ?と言わんばかりに返しつつ……それでも、何か間が悪かったって事くらいは感じ取ったらしい。

きゅぅ、とかわいらしく鳴いてみせつつ弁明し、俺とリュートとの間で小さく縮こまる。

が、そいつもほんの一瞬だけだ。

ミーシャが両手にアイスを二個ずつ持って戻ってくんのを見てパッと立ち上がり、パタパタッと尻尾を振る。

そーしてシュタッと地面に降りて“いい子な可愛いわんちゃん“らしく座って『待て』の姿勢で待つ。

ミーシャはそいつに優しさの混じる小さな苦笑で応えてみせた。

けどよ、両手が塞がってたんじゃ犬カバにアイスやんのも難儀だろ。

そう考えて、俺はミーシャからリュートの分と俺の分、計二つのアイスを受け取ってやる。

「サンキュー、助かったぜ」

へらっと笑ってミーシャに告げると、ミーシャがにこっと微笑む。

ゴルドーんとこに行く時にゃあ中々に冷てぇじと目を受けたが、今は正真正銘いつも通りの心からの微笑みだ。

どーやらとりあえず、俺がレイジスを騙してるって事は頭ん中から消し去ってくれたらしい。

その事に内心ホッとしつつ、俺は「ほらよ」とリュートにミーシャから受け取ったアイスクリームを渡してやる。

リュートの目がキラキラ輝いた。

おっ、こりゃとうとう俺から手ぇ離してアイスに夢中でかぶりつくんじゃねぇか?

……と、思ったんだが。

リュートはいかにも取りづらそうにしながら俺から遠い左手を伸ばしてアイスを受け取る。

近い右手は、俺の服の裾を掴んで離さねぇままだ。

リュートはアイスを受け取って──そのままかぶりつこうとしたんだが。

ハッとした様に一瞬止まって、俺とミーシャにぺこんっと頭を下げて礼を言う。

「ダル、リッシュ、ありがとーございます。
いただきます!」

ちゃんと丁寧に挨拶して──それからよーやくアイスにかぶりつく。

食べっぷりはもちろんいいが、前にカフェの保存庫でやったオレンジん時みてぇながっつき方じゃあねぇ。

ちゃんとそれなりに礼儀正しく、子供なりにもわりときれいにアイスにかぶりついてる。

食いモンもらってちゃんと礼を言えたってぇのもそうだが、どーやらロイがそーゆー事も教えてるらしいってぇのがこんなトコからも分かる。

ミーシャもふふっと小さく微笑んで、よーやく犬カバの前にも犬用アイスを(多分そうだろう、一個だけ色味が違うから)置いてやった。

「クッヒー!」

パタパタッとうれしそうに尻尾を振りつつ犬カバは声を上げたが……。

どーやらこいつは「サンキュー」って感じの声じゃなく、「やったぜー!」って感じの声みてぇだ。

お前……もうちょっとリュートを見習えよ。

半ば呆れつつアイスを食って……俺は幸せそうにアイスをペロペロ舐めてる犬カバから、再びリュートの方を横目に見る。

リュートの向こう側にミーシャが座って……そのミーシャもさり気なくリュートの事を見つめる。

そーして静かに上品にアイスを食べ始めながら……そっと俺の方へ視線を移した。

その視線と──たぶん似た様な目をしちまってただろう、俺はミーシャを見返して、思う。

さぁて、これからどうしたもんか。

どーすりゃリュートのこのひっつき虫病を治してやれんのか。

さっき──俺に何か言いかけたあれ。

あれが聞けりゃあ解決の糸口ぐらいにはなりそうな気はする。

犬カバがタイミング悪く戻ってきたからしゃべんのやめちまったみてぇだけどよ。

……つーかそもそも、それが妙な話なんだよな。

ミーシャが戻ってきたんで話すんのをやめたってんならまだ分かる。

けど、犬カバはただの犬だぜ?

俺らの言葉を理解してる風ではあるが、しゃべれやしねぇし、他の人間にリュートの話を言いふらすなんて事も絶対ぇに出来やしねぇ。

そんな犬カバに何聞かれよーが、別に一向に構わねぇじゃねぇか?

思うが、リュートが話をやめちまったのは事実だ。

リュートが何を言おうとしたのか見当もつかねぇが……。

とりあえずは、さっき言いかけた言葉をもう一度ちゃんと聞いてみなけりゃな。

俺はそっとリュートの様子を窺いつつ……なるたけ気楽な調子で「なぁ、リュート?」と問いかける。

リュートがはむはむとアイスを頬張りながら俺を見上げた。

俺は言う。

「さっきさ、何かいいかけてくれたろ?
何か話してぇ事があんなら聞くぜ」

一応、そう問いかけてみる。

リュートは……はむん、とアイスを食べる口を止めて──ピタッと止まって俺を見る。

その目が……たぶん無意識に、なんだろうが……俺らの足元でもりもりアイスを食ってる犬カバに向いた。

俺と、それにミーシャもその目線を追う様に犬カバを見る。

と──

「……クヒ?」

よーやく注目されてんのに気づいたんだろう、ほっぺた中に溶けたアイスをくっつけて、犬カバが目をぱちぱちさせて俺らを見上げる。

そーして小首を傾げた。

リュートは……何でかきゅっとちっちゃく口を引き結んで犬カバを、悲しいもんでも見るよーな目で見る。

ふるふる、と頭を横へ振った。

「~何でもない」

一丁前に、そう断言してくる。

けど……何でもねぇ事はねぇってのは、丸分かりだぜ。

俺の服の裾を握った手に、ぎゅっと力が入ってる。

チビながらに見せる表情は、普段の天真爛漫なリュートとは全然違う。

俺は思わず──口をへの字に曲げて、ミーシャの方を見る。

ミーシャもリュートの『何でもない』がウソだって事に気づいてんだろう。

心配そうにリュートを見つめて……俺を見る。

分かってるよ。

どうにかしてやらなきゃ、だよな。

考えつつ……ふっと俺はある事を思いついた。

まぁ、思いついたって程大した思いつきでもなかったが……。

とにもかくにも、俺はニヤッと笑って言う。

「──ところで、この後の事だけどよ、」

言いかけた先で、犬カバがアイスからむくっと顔を上げ、リュートが目を二度も瞬いて俺を見上げる。

ミーシャが物問いたげに俺を見る中──……俺は、続きの言葉を口にしたのだった──。
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