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十七章 ノワール貴族
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まるでプツリと糸が切れた操り人形の様に生気がなくなっちまっている。
ただ、脇を支えられ、引き立てられて歩いているだけ。
そこにはもう、ついさっきまでの執念すら存在してねぇみてぇだった。
黒い顔色、痩け過ぎた頬。
目は虚ろで──それでも流れ続ける、土に塗れた黒い涙。
もしかしたら、とその横顔を見て、俺は思う。
──もしかしたら、この男が生きている姿を見るのは、これが最後になるかもしれねぇ。
自死だけは冒険者達が注意してくれるだろうからねぇだろうが、それがなくてももう長くはねぇ。
そんな気配がする。
男の小さな背が冒険者達に支えられながら歩いて遠ざかっていく。
──喉元まで、声が出かかった。
──このまま死んじまったりなんか、すんなよ。
ゆっくり静養して、体力を取り戻して、罪を償ったら今度は新しい人生を生きてくれ。
あんたの娘だって、きっとそれを望んでる……。
だが、声にはならねぇ。
そいつを言うにはあんまりにも白々しい。
そう思えたからだ。
もしガキの頃の俺が、死んじまったダルクを蘇らせる方法があると知ったら──俺はこの男と同じ様に、犬カバの命を求めただろうか?
ぼんやりと、んな事を考える。
冒険者達が様々に声を上げながら、捕らえた男を引き立てる冒険者二人の方へ駆け寄ったり、俺らの方に無事を確認したりして事後処理をしていく。
その全部が俺には遠いところで起こってる出来事みてぇに感じた。
「──リア、」
ミーシャが声をかけてくる。
ふいに男からそっちへ目をやると、ミーシャが困った様な微笑みで俺を見返した。
その腕の中の、妙にしょぼくれた犬カバを見る。
ふわっとした、今は黒い毛並み。
小っちゃくてブサイクで生意気で。
だけどなんでなんだか……こいつの姿を見てると何故かあったかい気持ちになる。
俺はふっと笑って、しょげた犬カバのデコッぱちを小さく小突く。
犬カバが俺の顔を見てじわわと涙に目を潤ませた。
俺は思わずミーシャと二人顔を見合わせて笑う。
きっと──きっとガキの頃の俺が犬カバの事を知っても、その伝承を知っててダルクを生き返らせてぇと思ったとしても──……たぶん途中で諦めてただろう。
んなに愛想のあるかわいい犬をダルクの為に殺すなんて、きっと出来なかった。
そうだと、思う。
俺とミーシャがいい感じに笑ってる……ところで。
そいつを邪魔する様に ごほんっ、とジュードが咳払いをしてくる。
ちっ……。
せっかく二人(と、まぁ今日は一匹も一緒に入れてやるかぁ)でいい感じになってたってぇのによ。
俺は思わずジュードへ ムッとした視線を投げかけたんだが。
そのジュードと俺との間を阻む様にレイジスが俺とミーシャのすぐ前に立ち塞がる。
しかも腕を組んで口を曲げ、いつになく厳しい目で俺とミーシャ、その腕の中の犬カバを見据えている。
怒ってるよーに見えんのは……どーやら気のせいって訳じゃなさそうだ。
ミーシャも同じ事を感じ取ったんだろう、兄貴を見上げてピタッと片手を口に当て、微笑みを引っ込めた。
「~二人とも随分と楽しそうに和んでいるが、本当に危ない所だったんだぞ。
分かっているのか?」
珍しく……つっても普段のレイジスを んなに知ってるって訳でもねぇが……大人らしい、ちゃんとした兄貴みてぇな調子で怒ってくる。
それにミーシャが反省した様に「ごめんなさい」と謝ったんで俺もそれに倣ってしおらしく「ごめんなさい」とレイジスに謝る。
レイジスは はぁっ、と一つ嘆息して、そうして──
「~だが、二人が無事で良かった……」
俺とミーシャを両腕で抱き締め 抱き寄せて、心底安堵した様に言う。
耳元で囁かれる声。
大きな腕。
もしも俺が今の見た目通りに女の子だったら……もしかしたら、かなりドキドキしたのかもしんねぇ。
もし俺が『リッシュとして』ここにいたんなら、俺らの事を心底心配してくれた兄貴に、こっちもかなり感動したかもしんねぇ。
けど今の俺は──心底腰が引けたまま、サァーッと血の気が上から下へ引いていくだけだった。
一緒にレイジスに抱き寄せられたミーシャと、その腕の中の犬カバがそれぞれ戸惑いとプッという半笑いの笑みで俺を見ている。
こっからじゃレイジスの胸しか見えねぇがその後ろのジュードが『終わったな』っていう顔と気配を醸し出してんのもハッキリと感じ取れた。
単に遠目に(いや、俺の変装なら近くても問題なさそうだが)見るだけなら、俺の見た目は十分『女の子』で通る。
だがさすがに……抱き締めた感触は誤魔化せねぇだろう。
~『リア』が男だって、気づかれる。
リアとリッシュが双子だったなんてぇウソもバレるし、たぶん俺とミーシャがいい感じにお付き合いしてるなんて知ったら絶対ぇ反対される。
つーかたぶん……恨まれる。
俺を騙してたのか、真剣な気持ちを踏みにじって影で笑っていたのか……?ってな。
俺が青ざめながらミーシャと共に抱かれるままになってると、
「おい!フラれ男!!
どさくさに紛れてリアさんにくっついてんなよ!?」
冒険者の一人が目ざとく見つけて怒りの声を上げる。
俺は……何とも言えずたらたらと汗をかきながらレイジスをただ見上げる。
レイジスが──ふいに俺を見る。
レイジスが何を思ったかは分からねぇ。
ただ、どーやら違和感には気づいちまったらしい。
「……これは、失礼」
いかにも王族らしい言い方で言って、レイジスがようやくパッと俺と──ミーシャから手を離す。
そーして……何か一人考え込む様にして首を傾げ、自身の顎に手を当てる。
たぶん……絶対ぇ、気づかれた。
俺が絶望の淵に立たされたままそんなレイジスを眺めている……と。
「──リア、ダルク、それに──ジュード、」
ふいに後ろから、声をかけられた。
俺とミーシャが同時に振り返り、ジュードがそっちへ視線を向けると──……。
そこには馴染み深いロイの姿と、その足にしがみついて離れようとしねぇリュートの姿があった。
普段仏頂面で通ってるロイの顔にはちょっとの疲れと、深い安堵の表情がある。
見た感じどーやらリュートにもどこにも怪我はなさそうだ。
そいつにこっちも安堵する。
「~リュートを救ってくれた事、感謝する。
本当に……ありがとう」
珍しく……どっか感極まった様な声で、言う。
そいつがリュートへの気持ちを表していた。
やっぱり、リュートをロイに引き取ってもらって良かった。
そんな事を思う。
ミーシャもきっと同じ事を考えてるに違いねぇ。
やんわりと優しく微笑んで「──いや、」とそっと首を横に振った。
「~さっ、もう夜も遅い。
犯人は捕えたし、今日はもう引き上げよう」
冒険者の一人がそう声をかけてきて──……その場はもうお開きになる。
俺はじんわりと温かい気持ちのまま、皆と共に丘を下りかけて……そーして後ろからひどくゆっくりとついてくるレイジスの存在を思い出し、思わずハッとする。
ちら、と目線だけでレイジスを振り返る。
隣のミーシャもそいつに気づいた様にレイジスへ小さく視線を向けた。
レイジスは──未だに顎に手をやったまま小首を傾げて何かを考え込んでいた。
俺にゃあレイジスの思考を読み取ることなんか出来ねぇが、たぶん『リア』の正体について考えてるんだろう。
青ざめながら下を向き歩き進める俺に──ミーシャがレイジスから俺へと視線を戻す。
その視線が語っている。
『もう、本当の事を話してしまう方がいいわ。
これ以上誤魔化し続けるのは厳しいと思う』
……ってな。
んな事は俺にだってもちろん分かっちゃあいるんだけどよ……だけど……。
こっちからそいつを切り出す勇気なんか、俺にはねぇよ……。
ただ、脇を支えられ、引き立てられて歩いているだけ。
そこにはもう、ついさっきまでの執念すら存在してねぇみてぇだった。
黒い顔色、痩け過ぎた頬。
目は虚ろで──それでも流れ続ける、土に塗れた黒い涙。
もしかしたら、とその横顔を見て、俺は思う。
──もしかしたら、この男が生きている姿を見るのは、これが最後になるかもしれねぇ。
自死だけは冒険者達が注意してくれるだろうからねぇだろうが、それがなくてももう長くはねぇ。
そんな気配がする。
男の小さな背が冒険者達に支えられながら歩いて遠ざかっていく。
──喉元まで、声が出かかった。
──このまま死んじまったりなんか、すんなよ。
ゆっくり静養して、体力を取り戻して、罪を償ったら今度は新しい人生を生きてくれ。
あんたの娘だって、きっとそれを望んでる……。
だが、声にはならねぇ。
そいつを言うにはあんまりにも白々しい。
そう思えたからだ。
もしガキの頃の俺が、死んじまったダルクを蘇らせる方法があると知ったら──俺はこの男と同じ様に、犬カバの命を求めただろうか?
ぼんやりと、んな事を考える。
冒険者達が様々に声を上げながら、捕らえた男を引き立てる冒険者二人の方へ駆け寄ったり、俺らの方に無事を確認したりして事後処理をしていく。
その全部が俺には遠いところで起こってる出来事みてぇに感じた。
「──リア、」
ミーシャが声をかけてくる。
ふいに男からそっちへ目をやると、ミーシャが困った様な微笑みで俺を見返した。
その腕の中の、妙にしょぼくれた犬カバを見る。
ふわっとした、今は黒い毛並み。
小っちゃくてブサイクで生意気で。
だけどなんでなんだか……こいつの姿を見てると何故かあったかい気持ちになる。
俺はふっと笑って、しょげた犬カバのデコッぱちを小さく小突く。
犬カバが俺の顔を見てじわわと涙に目を潤ませた。
俺は思わずミーシャと二人顔を見合わせて笑う。
きっと──きっとガキの頃の俺が犬カバの事を知っても、その伝承を知っててダルクを生き返らせてぇと思ったとしても──……たぶん途中で諦めてただろう。
んなに愛想のあるかわいい犬をダルクの為に殺すなんて、きっと出来なかった。
そうだと、思う。
俺とミーシャがいい感じに笑ってる……ところで。
そいつを邪魔する様に ごほんっ、とジュードが咳払いをしてくる。
ちっ……。
せっかく二人(と、まぁ今日は一匹も一緒に入れてやるかぁ)でいい感じになってたってぇのによ。
俺は思わずジュードへ ムッとした視線を投げかけたんだが。
そのジュードと俺との間を阻む様にレイジスが俺とミーシャのすぐ前に立ち塞がる。
しかも腕を組んで口を曲げ、いつになく厳しい目で俺とミーシャ、その腕の中の犬カバを見据えている。
怒ってるよーに見えんのは……どーやら気のせいって訳じゃなさそうだ。
ミーシャも同じ事を感じ取ったんだろう、兄貴を見上げてピタッと片手を口に当て、微笑みを引っ込めた。
「~二人とも随分と楽しそうに和んでいるが、本当に危ない所だったんだぞ。
分かっているのか?」
珍しく……つっても普段のレイジスを んなに知ってるって訳でもねぇが……大人らしい、ちゃんとした兄貴みてぇな調子で怒ってくる。
それにミーシャが反省した様に「ごめんなさい」と謝ったんで俺もそれに倣ってしおらしく「ごめんなさい」とレイジスに謝る。
レイジスは はぁっ、と一つ嘆息して、そうして──
「~だが、二人が無事で良かった……」
俺とミーシャを両腕で抱き締め 抱き寄せて、心底安堵した様に言う。
耳元で囁かれる声。
大きな腕。
もしも俺が今の見た目通りに女の子だったら……もしかしたら、かなりドキドキしたのかもしんねぇ。
もし俺が『リッシュとして』ここにいたんなら、俺らの事を心底心配してくれた兄貴に、こっちもかなり感動したかもしんねぇ。
けど今の俺は──心底腰が引けたまま、サァーッと血の気が上から下へ引いていくだけだった。
一緒にレイジスに抱き寄せられたミーシャと、その腕の中の犬カバがそれぞれ戸惑いとプッという半笑いの笑みで俺を見ている。
こっからじゃレイジスの胸しか見えねぇがその後ろのジュードが『終わったな』っていう顔と気配を醸し出してんのもハッキリと感じ取れた。
単に遠目に(いや、俺の変装なら近くても問題なさそうだが)見るだけなら、俺の見た目は十分『女の子』で通る。
だがさすがに……抱き締めた感触は誤魔化せねぇだろう。
~『リア』が男だって、気づかれる。
リアとリッシュが双子だったなんてぇウソもバレるし、たぶん俺とミーシャがいい感じにお付き合いしてるなんて知ったら絶対ぇ反対される。
つーかたぶん……恨まれる。
俺を騙してたのか、真剣な気持ちを踏みにじって影で笑っていたのか……?ってな。
俺が青ざめながらミーシャと共に抱かれるままになってると、
「おい!フラれ男!!
どさくさに紛れてリアさんにくっついてんなよ!?」
冒険者の一人が目ざとく見つけて怒りの声を上げる。
俺は……何とも言えずたらたらと汗をかきながらレイジスをただ見上げる。
レイジスが──ふいに俺を見る。
レイジスが何を思ったかは分からねぇ。
ただ、どーやら違和感には気づいちまったらしい。
「……これは、失礼」
いかにも王族らしい言い方で言って、レイジスがようやくパッと俺と──ミーシャから手を離す。
そーして……何か一人考え込む様にして首を傾げ、自身の顎に手を当てる。
たぶん……絶対ぇ、気づかれた。
俺が絶望の淵に立たされたままそんなレイジスを眺めている……と。
「──リア、ダルク、それに──ジュード、」
ふいに後ろから、声をかけられた。
俺とミーシャが同時に振り返り、ジュードがそっちへ視線を向けると──……。
そこには馴染み深いロイの姿と、その足にしがみついて離れようとしねぇリュートの姿があった。
普段仏頂面で通ってるロイの顔にはちょっとの疲れと、深い安堵の表情がある。
見た感じどーやらリュートにもどこにも怪我はなさそうだ。
そいつにこっちも安堵する。
「~リュートを救ってくれた事、感謝する。
本当に……ありがとう」
珍しく……どっか感極まった様な声で、言う。
そいつがリュートへの気持ちを表していた。
やっぱり、リュートをロイに引き取ってもらって良かった。
そんな事を思う。
ミーシャもきっと同じ事を考えてるに違いねぇ。
やんわりと優しく微笑んで「──いや、」とそっと首を横に振った。
「~さっ、もう夜も遅い。
犯人は捕えたし、今日はもう引き上げよう」
冒険者の一人がそう声をかけてきて──……その場はもうお開きになる。
俺はじんわりと温かい気持ちのまま、皆と共に丘を下りかけて……そーして後ろからひどくゆっくりとついてくるレイジスの存在を思い出し、思わずハッとする。
ちら、と目線だけでレイジスを振り返る。
隣のミーシャもそいつに気づいた様にレイジスへ小さく視線を向けた。
レイジスは──未だに顎に手をやったまま小首を傾げて何かを考え込んでいた。
俺にゃあレイジスの思考を読み取ることなんか出来ねぇが、たぶん『リア』の正体について考えてるんだろう。
青ざめながら下を向き歩き進める俺に──ミーシャがレイジスから俺へと視線を戻す。
その視線が語っている。
『もう、本当の事を話してしまう方がいいわ。
これ以上誤魔化し続けるのは厳しいと思う』
……ってな。
んな事は俺にだってもちろん分かっちゃあいるんだけどよ……だけど……。
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