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十七章 ノワール貴族
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「そいつは心強い。
女性相手の方が向こうも油断するだろうからって話だったが、さすがにリアちゃん一人を犯人に近づけるんじゃ心配だからな」
「ああ、私もそう思う。
可能なら犬の引き渡しは私が、厳しい様なら引き渡し役はリアに負ってもらうが、その場合もなるべく近づいて、警戒するつもりだ。
リアとリュートは私が必ず守る」
ミーシャが男前に んな事を言うのに、冒険者は一層安堵したみてぇだったが……俺の方は内心 おいおいおい、とツッコミどころ満載だった。
ちょっと待てよ。
んな話、俺はこれっぽっちも聞いちゃいねぇぞ!
つーか、これってフツーなら俺がミーシャに言う様な言葉じゃねぇか!
……いや、まぁ、俺の見た目と対外的にゃあ(悲しい事に)これで合ってんだけどよ。
そーゆー問題じゃねぇだろ。
つーか犯人がミーシャの顔を知ってたら、どーする気だよ?
この頃じゃあせっかく頼りになりそうな(?)レイジスってぇ兄貴が現れて、これからちったぁミーシャも安心して暮らせる様になるって思ってたのに、これじゃあ何もかも台無しになりかねねぇ。
「お……」
おい、と思わず周りも気にせず地声でミーシャに声をかけかけた俺の言葉を遮って、
「それで、先ほど話にあった黒犬はどこに?」
ミーシャが冒険者に問いかける。
冒険者は「ああ、それなら──……」と声を継ぎ、目顔でその場所を示しかけたんだが。
俺の足元にふわふわっと馴染みのある毛並みが触った。
俺と、その俺の反応に気づいたミーシャが驚いてそいつを見やる中、
「──クヒ?」
と、やたらに可愛らしく小首を傾げて俺とミーシャを見上げる黒い犬が一匹。
「いっ……犬カバ?」
「どうしてここに……」
俺とミーシャ、声を上げたのはほぼ同時。
俺とミーシャはそのまま思わず顔を見合わせて──そーして再び足元の犬カバの方へ、困って目を戻す。
冒険者の男はそんだけで大体の事情を把握したらしかった。
ちょっと息をついて言う。
「まぁ、一応話しとくが、囮用に用意した黒犬はこの茂み沿いに真っ直ぐ進んでもらった先にいる。
ほら、うっすら茂みの後ろに隠れる人影が見えるだろ?
あそこだ。
リュートくんの保護者のロイも来てるが、ちょっと動揺しちまってるからな、話すならそこそこで切り上げた方がいい。
本当は家で待機して貰いたかったんだがね。
……とにかく第一はリュートくんの身の安全の確保だ。そろそろ時間だし、交渉しっかり頼んだぞ」
「ああ」
「クッヒ!」
この俺一人を差し置いて、ミーシャと犬カバが合わせて言う。
ミーシャは『任せろ!』って意味らしい犬カバの返事にのみちょっと眉を下げて不安そうな、何か言いたげな表情をしたが、俺からすりゃあ二人とも似た様なもんだぜ。
きちんと話をつけてぇが、時間もねぇし周りの連中に聞き咎められず話を出来そうな場所もねぇ。
第一この二人、俺がここで何を言ったってどーせ聞きやしねぇだろう。
そんなら、取れる方策は一つだ。
俺は覚悟を決めて茂みから抜け出し、すっくとその場に立った。
木の根元近くに立つ犯人らしい人影がこっちに気づいた様に体を向けてくるのが分かる。
俺の横で遅れを取らずミーシャも立ち上がる。
足元の犬カバも(まぁ、向こうからは茂みに隠れて見えねぇだろうが)すっくと四本足でその場に立った。
俺は冒険者を安心させる様にちょっと微笑みかけて『行ってくる』の意を込めて一つうなづき『落雷の一本木』へ向けてゆっくりと歩き出す。
当然の様に俺の横に並んでついてくる犬カバとミーシャに、俺は他の誰にも聞き取れねぇ様な小声でボソッと言う。
「──犯人との交渉は俺がする。
つっても単なる時間稼ぎだけどな。
ミーシャ、俺が犯人を引きつけてる間、隙を見て裏手に回ってリュートを解放してやってくれ。
犬カバ、」
呼びかけると犬カバが「クヒ、」と真剣な調子で返事する。
俺はその犬カバの首根っこを掴んで持ち上げ、自然な動きでそいつを抱っこした。
「どーせお前、交渉用の黒犬を使うったって大人しく待つ気はねぇだろ。
向こうにニセモン摑まされたって逆上されても面倒だ。
交渉にはお前を使う。
いざとなったらお得意の屁で応戦しろ。
俺にも犯人にも遠慮はいらねぇ。
思いきりぶっ放せ」
言ってやると、犬カバが「ブッフ!」と鼻を鳴らしてやる気を見せる。
俺はそいつによし、と一つ頷いた。
と──ダダッと周りの冒険者の手を振り切って俺の方へ走り寄り、後ろから呼び止める声があった。
「~リア!」
振り返ってみるまでもねぇ。
ロイだ。
俺の頭の中に顔面蒼白、取り乱しまくりのロイの姿が浮かんだ。
しかも冒険者連中がそのロイを引き戻して こら、だの 大人しくしていろ、危ないだろう、だの小声で諫める声が聞こえる。
~やれやれ。
俺も人の事は言えねぇが、ここにも頭に血が上り過ぎな男がいたか。
『ロイも来てるが、ちょっと動揺しちまってるからな、話すならそこそこで切り上げた方がいい』
ほんのちょっと前、冒険者に言われた言葉は、たぶん正しいだろう。
つーか今ロイに捕まったらそこそこで切り上げるなんて事自体させてもらえなさそうだ。
俺は思わず肩を竦めそうになるのを堪えて『大丈夫だ』って意を込めてひらひらっと後ろへ向けて手を振った。
そーしてそのまま歩き出す。
ロイがどう思ったかは分からなかったが、ちゃんと冒険者連中が取り押さえといてくれるだろーし、何も問題ねぇだろ。
むしろ問題はミーシャの方だ。
隙を見てリュートを解放してくれと頼んだはいいが、素直にそいつに従ってくれんのかどうか……。
当のミーシャはほんの少しの間後ろ髪を引かれる様な調子で立ち止まり、ロイの方を見ていたが──決意を固めたらしく、すぐに俺に追いついて小声で俺に声をかけてきた。
「──リュートの解放の件、任されたわ。
必ず無傷で助け出す。
……犬カバの事は、お願いね」
言ってくるのに──俺は内心ほんの少しほっとしながらも、犬カバを抱く手に力を込めた。
ニッと笑って「おう、」と一言で答える。
さぁて、行動開始だ。
◆◆◆◆◆
その男は──俺が想像してた『ノワール貴族』の容貌とは、大分イメージが違っていた。
元は上等だったらしい服は長旅のせいか構わなかったせいか、かなりボロくて汚ねぇ。
ぜぇ、ぜぇ、と浅いのに荒い、苦しげな呼吸。
さっき遠目で揺れてるよーに見えたのはどうやらこのおかしな呼気と、たまに体を支えきれずにふらつき、どうにかその場に踏みとどまる……その一連の動き、だったらしい。
ほんの微かに雲間が開いて、月の光がうっすらと男の顔を浮かび上がらせる。
ひどく落ち窪んだ目に、色濃く目の下に染み付いているクマ。
服の裾から出た手と手首は、ほとんど骸骨も同然だった。
その、姿を丘の下から見上げて──
──こいつは、もうあまり長くねぇな。
そう、本能的に感じ取る。
なんて言やぁいいのか……男の姿からは、死の気配が漂っている。
ほとんど死人も同然で、ただただ気力だけでどうにか生きながらえている──そういう風だ。
男のすぐ近くには座ったまま木に縛りつけられているリュートの姿がある。
見た目には怪我もなさそうだが……その目は不安げに男の姿を見つめていた。
捕まっちまって怖ぇ、とかそういう風じゃねぇ。
どうも、男の様子を心配して不安に思ってる……そんな感じだ。
予想とは大分違う二人の様子に半ば戸惑って──俺は犬カバを抱いたまま、隣のミーシャを見やる。
ミーシャもちら、と俺の方へ戸惑いがちな目線を投げてきた。
どうやらミーシャも俺と同じような事を感じ取ったらしい。
俺は視線を男の方に戻して、そうしてそっと息をつく。
とにかく、話してみなけりゃ何も始まらねぇ。
俺は犬カバを抱いたまま丘の中程へ向けてゆっくりと登りだす。
途中、ようやく俺の姿に気づいたのかリュートが「リア!」とパッと明るい声を上げてきた。
対する男の方は何も反応しねぇ。
いや、反応しねぇってのは正しくねぇか。
ギラつく双眼は俺を──俺に抱っこされた犬カバを、しっかりと捉えている。
けど一方で俺の斜め後ろに控えめについているミーシャには全く目線をやらねぇ。
その存在に、気づいてすらいねぇみてぇだ。
俺は丘の中腹を少し過ぎた辺りで立ち止まって、男へ向けて声をかける。
「──あなたが見世物屋の店主さんを追っていたノワールの貴族様……ですよね?
犬カバちゃんを……あなたの仰る『聖獣』を、連れてきました」
女性相手の方が向こうも油断するだろうからって話だったが、さすがにリアちゃん一人を犯人に近づけるんじゃ心配だからな」
「ああ、私もそう思う。
可能なら犬の引き渡しは私が、厳しい様なら引き渡し役はリアに負ってもらうが、その場合もなるべく近づいて、警戒するつもりだ。
リアとリュートは私が必ず守る」
ミーシャが男前に んな事を言うのに、冒険者は一層安堵したみてぇだったが……俺の方は内心 おいおいおい、とツッコミどころ満載だった。
ちょっと待てよ。
んな話、俺はこれっぽっちも聞いちゃいねぇぞ!
つーか、これってフツーなら俺がミーシャに言う様な言葉じゃねぇか!
……いや、まぁ、俺の見た目と対外的にゃあ(悲しい事に)これで合ってんだけどよ。
そーゆー問題じゃねぇだろ。
つーか犯人がミーシャの顔を知ってたら、どーする気だよ?
この頃じゃあせっかく頼りになりそうな(?)レイジスってぇ兄貴が現れて、これからちったぁミーシャも安心して暮らせる様になるって思ってたのに、これじゃあ何もかも台無しになりかねねぇ。
「お……」
おい、と思わず周りも気にせず地声でミーシャに声をかけかけた俺の言葉を遮って、
「それで、先ほど話にあった黒犬はどこに?」
ミーシャが冒険者に問いかける。
冒険者は「ああ、それなら──……」と声を継ぎ、目顔でその場所を示しかけたんだが。
俺の足元にふわふわっと馴染みのある毛並みが触った。
俺と、その俺の反応に気づいたミーシャが驚いてそいつを見やる中、
「──クヒ?」
と、やたらに可愛らしく小首を傾げて俺とミーシャを見上げる黒い犬が一匹。
「いっ……犬カバ?」
「どうしてここに……」
俺とミーシャ、声を上げたのはほぼ同時。
俺とミーシャはそのまま思わず顔を見合わせて──そーして再び足元の犬カバの方へ、困って目を戻す。
冒険者の男はそんだけで大体の事情を把握したらしかった。
ちょっと息をついて言う。
「まぁ、一応話しとくが、囮用に用意した黒犬はこの茂み沿いに真っ直ぐ進んでもらった先にいる。
ほら、うっすら茂みの後ろに隠れる人影が見えるだろ?
あそこだ。
リュートくんの保護者のロイも来てるが、ちょっと動揺しちまってるからな、話すならそこそこで切り上げた方がいい。
本当は家で待機して貰いたかったんだがね。
……とにかく第一はリュートくんの身の安全の確保だ。そろそろ時間だし、交渉しっかり頼んだぞ」
「ああ」
「クッヒ!」
この俺一人を差し置いて、ミーシャと犬カバが合わせて言う。
ミーシャは『任せろ!』って意味らしい犬カバの返事にのみちょっと眉を下げて不安そうな、何か言いたげな表情をしたが、俺からすりゃあ二人とも似た様なもんだぜ。
きちんと話をつけてぇが、時間もねぇし周りの連中に聞き咎められず話を出来そうな場所もねぇ。
第一この二人、俺がここで何を言ったってどーせ聞きやしねぇだろう。
そんなら、取れる方策は一つだ。
俺は覚悟を決めて茂みから抜け出し、すっくとその場に立った。
木の根元近くに立つ犯人らしい人影がこっちに気づいた様に体を向けてくるのが分かる。
俺の横で遅れを取らずミーシャも立ち上がる。
足元の犬カバも(まぁ、向こうからは茂みに隠れて見えねぇだろうが)すっくと四本足でその場に立った。
俺は冒険者を安心させる様にちょっと微笑みかけて『行ってくる』の意を込めて一つうなづき『落雷の一本木』へ向けてゆっくりと歩き出す。
当然の様に俺の横に並んでついてくる犬カバとミーシャに、俺は他の誰にも聞き取れねぇ様な小声でボソッと言う。
「──犯人との交渉は俺がする。
つっても単なる時間稼ぎだけどな。
ミーシャ、俺が犯人を引きつけてる間、隙を見て裏手に回ってリュートを解放してやってくれ。
犬カバ、」
呼びかけると犬カバが「クヒ、」と真剣な調子で返事する。
俺はその犬カバの首根っこを掴んで持ち上げ、自然な動きでそいつを抱っこした。
「どーせお前、交渉用の黒犬を使うったって大人しく待つ気はねぇだろ。
向こうにニセモン摑まされたって逆上されても面倒だ。
交渉にはお前を使う。
いざとなったらお得意の屁で応戦しろ。
俺にも犯人にも遠慮はいらねぇ。
思いきりぶっ放せ」
言ってやると、犬カバが「ブッフ!」と鼻を鳴らしてやる気を見せる。
俺はそいつによし、と一つ頷いた。
と──ダダッと周りの冒険者の手を振り切って俺の方へ走り寄り、後ろから呼び止める声があった。
「~リア!」
振り返ってみるまでもねぇ。
ロイだ。
俺の頭の中に顔面蒼白、取り乱しまくりのロイの姿が浮かんだ。
しかも冒険者連中がそのロイを引き戻して こら、だの 大人しくしていろ、危ないだろう、だの小声で諫める声が聞こえる。
~やれやれ。
俺も人の事は言えねぇが、ここにも頭に血が上り過ぎな男がいたか。
『ロイも来てるが、ちょっと動揺しちまってるからな、話すならそこそこで切り上げた方がいい』
ほんのちょっと前、冒険者に言われた言葉は、たぶん正しいだろう。
つーか今ロイに捕まったらそこそこで切り上げるなんて事自体させてもらえなさそうだ。
俺は思わず肩を竦めそうになるのを堪えて『大丈夫だ』って意を込めてひらひらっと後ろへ向けて手を振った。
そーしてそのまま歩き出す。
ロイがどう思ったかは分からなかったが、ちゃんと冒険者連中が取り押さえといてくれるだろーし、何も問題ねぇだろ。
むしろ問題はミーシャの方だ。
隙を見てリュートを解放してくれと頼んだはいいが、素直にそいつに従ってくれんのかどうか……。
当のミーシャはほんの少しの間後ろ髪を引かれる様な調子で立ち止まり、ロイの方を見ていたが──決意を固めたらしく、すぐに俺に追いついて小声で俺に声をかけてきた。
「──リュートの解放の件、任されたわ。
必ず無傷で助け出す。
……犬カバの事は、お願いね」
言ってくるのに──俺は内心ほんの少しほっとしながらも、犬カバを抱く手に力を込めた。
ニッと笑って「おう、」と一言で答える。
さぁて、行動開始だ。
◆◆◆◆◆
その男は──俺が想像してた『ノワール貴族』の容貌とは、大分イメージが違っていた。
元は上等だったらしい服は長旅のせいか構わなかったせいか、かなりボロくて汚ねぇ。
ぜぇ、ぜぇ、と浅いのに荒い、苦しげな呼吸。
さっき遠目で揺れてるよーに見えたのはどうやらこのおかしな呼気と、たまに体を支えきれずにふらつき、どうにかその場に踏みとどまる……その一連の動き、だったらしい。
ほんの微かに雲間が開いて、月の光がうっすらと男の顔を浮かび上がらせる。
ひどく落ち窪んだ目に、色濃く目の下に染み付いているクマ。
服の裾から出た手と手首は、ほとんど骸骨も同然だった。
その、姿を丘の下から見上げて──
──こいつは、もうあまり長くねぇな。
そう、本能的に感じ取る。
なんて言やぁいいのか……男の姿からは、死の気配が漂っている。
ほとんど死人も同然で、ただただ気力だけでどうにか生きながらえている──そういう風だ。
男のすぐ近くには座ったまま木に縛りつけられているリュートの姿がある。
見た目には怪我もなさそうだが……その目は不安げに男の姿を見つめていた。
捕まっちまって怖ぇ、とかそういう風じゃねぇ。
どうも、男の様子を心配して不安に思ってる……そんな感じだ。
予想とは大分違う二人の様子に半ば戸惑って──俺は犬カバを抱いたまま、隣のミーシャを見やる。
ミーシャもちら、と俺の方へ戸惑いがちな目線を投げてきた。
どうやらミーシャも俺と同じような事を感じ取ったらしい。
俺は視線を男の方に戻して、そうしてそっと息をつく。
とにかく、話してみなけりゃ何も始まらねぇ。
俺は犬カバを抱いたまま丘の中程へ向けてゆっくりと登りだす。
途中、ようやく俺の姿に気づいたのかリュートが「リア!」とパッと明るい声を上げてきた。
対する男の方は何も反応しねぇ。
いや、反応しねぇってのは正しくねぇか。
ギラつく双眼は俺を──俺に抱っこされた犬カバを、しっかりと捉えている。
けど一方で俺の斜め後ろに控えめについているミーシャには全く目線をやらねぇ。
その存在に、気づいてすらいねぇみてぇだ。
俺は丘の中腹を少し過ぎた辺りで立ち止まって、男へ向けて声をかける。
「──あなたが見世物屋の店主さんを追っていたノワールの貴族様……ですよね?
犬カバちゃんを……あなたの仰る『聖獣』を、連れてきました」
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