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十七章 ノワール貴族
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そうしてテーブルを挟んだ斜向かいの席に、やっぱり俺と同じ様に何かを考え込んで座ってるミーシャの方へそっと視線を転じた。
時刻は昼下がり。
じーさんが用意してくれた昼食も平らげヘイデンは適当な頃合いに自室へ。
執事のじーさんは残った俺とミーシャ、それに犬カバの為に温かい紅茶(と、犬カバにはミルク)を淹れてそのまま退出していった。
犬カバはもうすっかりミルクも飲み干して、くるんと床に丸まってうとうと昼寝しかかってんだが……。
ミーシャはそっと静かに紅茶のカップを両手にし、その紅茶の水面を伏し目がちに見つめたまま、さっきからずっと動いてねぇ。
紅茶が冷めちまってんのにも、俺がミーシャを見てんのにも、どーやら気づいてねぇみてぇだ。
一体何を んなに真剣に考え込んでんのか……。
レイジスと再会してからミーシャはこーゆー風にぼぅっと一人考え込んでる事が多かった。
レイジスと会えた事は心の底から喜んでたと思うし、ミーシャが俺とレイジスの飛行船の話を聞いてた訳でもねぇし……。
ミーシャが何をんなに考え込んでんのか分からねぇ。
と──んな事を考えてたら。
このダイニングルームの外──たぶん廊下の方から──『りりりん、りりりん』と明るく軽妙なベルの鳴る音がする。
たぶん、電話だろう。
旧市街の俺の家にも、昔ダルクと住んでたあの家にも、電話なんて大層なもんはなかったが、俺だって電話の鳴る音くらいは分かる。
ギルドやカジノにあるゴルドーの執務室で電話が鳴るのは何度か目にしてるしな。
……まぁ、実際に取ったことはねぇけど。
程なくしてベルの音が止んだ。
どーやら電話が切れたのか、さもなきゃ執事のじーさんが出たらしい。
それにしても、ヘイデン家に電話がかかって来るなんて珍しいな。
俺のうろ覚えなガキの頃の記憶でも、ここん家の電話が鳴るのを聞くのは数えるほどだったって気がする。
俺は んな事を思いながらもテーブルに片肘をついて手で顎を支え、ほけ~っと視線を斜め天井へ向ける。
どっちにしたってヘイデン家にかかって来る電話なんて俺には全く関係ねぇもんな。
考えなきゃならねぇ事は山程あるし、ミーシャのこの様子も気になるし……。
な~んて事を考えてたんだが。
ちょっとの間を置いて、ダイニングルームの戸がノックされる。
「──失礼致します。
リッシュくん、ギルドのシエナ様よりお電話が入っておりますが」
いきなりのじーさんの言葉に──
「~へっ?俺?」
思わずそう問い返す。
しかもシエナからって……?
ガタンとそのまま席を立って、そのまま斜向かいのミーシャと顔を見合わせる。
足元で犬カバがもぞっと動いた。
◆◆◆◆◆
「も、もしもし?」
慣れねぇ電話の受話器を耳に当て、俺は電話越しに問いかける。
何だか独り言を言ってるみてぇで、どーも電話口に向けてしゃべんのはヘンな感じがする。
初めて使うから当然だが、違和感ありまくりだ。
けど、電話の向こうの人物はどうやらこいつに慣れてるらしい。
「ああ、リッシュかい?」
と至って普段通りに声をかけてきた。
当然っちゃ当然だが、電話を通して聞こえる声はちゃんとシエナのもんだった。
「あんたに電話をかけるなんて初めてだねぇ。
そっちはうまくやってるかい?
ミーシャや犬カバは退屈してんじゃないのかい?」
明るい口調でシエナが言うのに、俺はしどろもどろになりながら「お、おう、」と返事にもならねぇ返事をする。
「……まぁ、大丈夫だ」
「ヘイデンから、ミーシャの兄さんの話は聞いてるよ。
ミーシャも喜んでたろ?」
「……お、おう」
言うと……向こうは俺の返事に怪訝に思ったらしい。
「……。
まさかとは思うけど。
あんた、初めての電話に緊張してんのかい?」
「~ん、んな訳ねぇだろ!」
思わずそう言うと「ふぅ~ん?」と明らかに疑う口調でシエナがそう言う。
俺はごほんっと一つ咳払いして「で、」と語気を強めて問いかけた。
「急に電話なんかして、何か用かよ?」
たぶん、いくらシエナでも何の用もねぇのにわざわざ電話なんかかけてこねぇだろ。
そう思って問いかけると、シエナがほんのちょっとの間を開けて──『まぁいいけどね』って目をしたのが何故かはっきり分かった──言う。
「……ああ、ちょいと気になる話を耳に挟んでね。
念の為あんた達にも伝えといた方がいいだろうと思って、電話したのさ」
「──気になる、話……?」
思わず怪訝な声で問うと、俺の足元にいつの間にか来た犬カバが『何だ何だ?』と言わんばかりに俺の顔を見上げる。
シエナが続ける。
「この頃この付近であんた……まぁ、リアの事だけど……と犬カバの事をいやに探ってる、妙な男がいてね……。
もしかしてこの男が見世物屋の言ってたっていう『ノワール貴族』じゃないかと思って、一応連絡しておく事にしたのさ。
あんたが働いてたカフェや、旧市街の家、ギルドにも来て、あんたと犬カバの事を探ってる。
近々、そっちにも行くかもしれないよ。
しばらくはあんたも、外を出歩かない方がいい」
電話口からのシエナの言葉に──ひやりと冷たいもんが背筋に流れる。
もしかしたら、そのうち来るかもとは思っていた。
けど、きっと杞憂に終わるだろうとも思ってた。
そもそも犬カバが追われてるってぇのも若干疑ってたくれぇだ。
そいつがいきなりこんな身近に現れて、俺らの事まで嗅ぎつけてたなんて……。
正直、思いもしなかったぜ。
犬カバが小さな丸い目で俺を不思議そうに見上げて来る。
俺は思わず唾を飲み込んだ。
「──……分かった。
こっちでも気をつけておく」
苦い気持ちでそう答えると、シエナが電話の向こうで一つ頷いた様な気がした。
「……まぁ、街じゃああんたらは『親戚の看病の為に遠くの街へ行った』って話になってるし、この辺でそれ以上の情報が得られなきゃ、お貴族様も他所へ行くだろう。
今は大人しくしておいで」
シエナが言うのに、俺は「おう」と一言頷く。
「じゃあまた何かあれば電話するよ。
ヘイデンやミーシャにもよろしく伝えといとくれ」
言うのに、俺はそれにも「おう、」と請け負った。
「じゃあ切るよ」ときちんと丁寧にも前置きしてから──ガシャンとシエナが電話を切った。
後に残ったのは『ツーツー』っつぅ機械音だけだ。
まぁきっと、このまま受話器を元の定位置に戻して置いてやりゃあいいんだろう。
そう考えて受話器を電話機の上に置いてやる……と──電話の途中から俺の隣に来ていたミーシャが小首を傾げて俺を見ていた。
「──シエナさん、なんて?」
あんまりいい話じゃねぇって事は雰囲気で勘づいてたんだろう、ちょっと重みのある真剣な声でミーシャが問いかけてくる。
俺は──思わずくるっと目を回して「あ~……」と声を出す。
今の電話の内容、言っておいた方がいいモンなのか、言っても不安にさせるだけなのか考えた為だったが──……ちょっと考えて、きちんと言っておく事にした。
どーせこの俺がとぼけて隠し事したってすぐにバレちまうんだ。
だったら早々に打ち明けておいた方がいいだろ。
それに、隠してたからって特段いい事がある様にも思えねぇしな。
そう考え、俺は一つ肩をすくめて言う。
「──この頃街で、リアと犬カバの事を妙に探ってる男がいるから気をつけろって。
たぶん、見世物屋が言ってたノワール貴族だろうって話だった」
言うと──ミーシャがきゅっと眉尻を下げる。
時刻は昼下がり。
じーさんが用意してくれた昼食も平らげヘイデンは適当な頃合いに自室へ。
執事のじーさんは残った俺とミーシャ、それに犬カバの為に温かい紅茶(と、犬カバにはミルク)を淹れてそのまま退出していった。
犬カバはもうすっかりミルクも飲み干して、くるんと床に丸まってうとうと昼寝しかかってんだが……。
ミーシャはそっと静かに紅茶のカップを両手にし、その紅茶の水面を伏し目がちに見つめたまま、さっきからずっと動いてねぇ。
紅茶が冷めちまってんのにも、俺がミーシャを見てんのにも、どーやら気づいてねぇみてぇだ。
一体何を んなに真剣に考え込んでんのか……。
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レイジスと会えた事は心の底から喜んでたと思うし、ミーシャが俺とレイジスの飛行船の話を聞いてた訳でもねぇし……。
ミーシャが何をんなに考え込んでんのか分からねぇ。
と──んな事を考えてたら。
このダイニングルームの外──たぶん廊下の方から──『りりりん、りりりん』と明るく軽妙なベルの鳴る音がする。
たぶん、電話だろう。
旧市街の俺の家にも、昔ダルクと住んでたあの家にも、電話なんて大層なもんはなかったが、俺だって電話の鳴る音くらいは分かる。
ギルドやカジノにあるゴルドーの執務室で電話が鳴るのは何度か目にしてるしな。
……まぁ、実際に取ったことはねぇけど。
程なくしてベルの音が止んだ。
どーやら電話が切れたのか、さもなきゃ執事のじーさんが出たらしい。
それにしても、ヘイデン家に電話がかかって来るなんて珍しいな。
俺のうろ覚えなガキの頃の記憶でも、ここん家の電話が鳴るのを聞くのは数えるほどだったって気がする。
俺は んな事を思いながらもテーブルに片肘をついて手で顎を支え、ほけ~っと視線を斜め天井へ向ける。
どっちにしたってヘイデン家にかかって来る電話なんて俺には全く関係ねぇもんな。
考えなきゃならねぇ事は山程あるし、ミーシャのこの様子も気になるし……。
な~んて事を考えてたんだが。
ちょっとの間を置いて、ダイニングルームの戸がノックされる。
「──失礼致します。
リッシュくん、ギルドのシエナ様よりお電話が入っておりますが」
いきなりのじーさんの言葉に──
「~へっ?俺?」
思わずそう問い返す。
しかもシエナからって……?
ガタンとそのまま席を立って、そのまま斜向かいのミーシャと顔を見合わせる。
足元で犬カバがもぞっと動いた。
◆◆◆◆◆
「も、もしもし?」
慣れねぇ電話の受話器を耳に当て、俺は電話越しに問いかける。
何だか独り言を言ってるみてぇで、どーも電話口に向けてしゃべんのはヘンな感じがする。
初めて使うから当然だが、違和感ありまくりだ。
けど、電話の向こうの人物はどうやらこいつに慣れてるらしい。
「ああ、リッシュかい?」
と至って普段通りに声をかけてきた。
当然っちゃ当然だが、電話を通して聞こえる声はちゃんとシエナのもんだった。
「あんたに電話をかけるなんて初めてだねぇ。
そっちはうまくやってるかい?
ミーシャや犬カバは退屈してんじゃないのかい?」
明るい口調でシエナが言うのに、俺はしどろもどろになりながら「お、おう、」と返事にもならねぇ返事をする。
「……まぁ、大丈夫だ」
「ヘイデンから、ミーシャの兄さんの話は聞いてるよ。
ミーシャも喜んでたろ?」
「……お、おう」
言うと……向こうは俺の返事に怪訝に思ったらしい。
「……。
まさかとは思うけど。
あんた、初めての電話に緊張してんのかい?」
「~ん、んな訳ねぇだろ!」
思わずそう言うと「ふぅ~ん?」と明らかに疑う口調でシエナがそう言う。
俺はごほんっと一つ咳払いして「で、」と語気を強めて問いかけた。
「急に電話なんかして、何か用かよ?」
たぶん、いくらシエナでも何の用もねぇのにわざわざ電話なんかかけてこねぇだろ。
そう思って問いかけると、シエナがほんのちょっとの間を開けて──『まぁいいけどね』って目をしたのが何故かはっきり分かった──言う。
「……ああ、ちょいと気になる話を耳に挟んでね。
念の為あんた達にも伝えといた方がいいだろうと思って、電話したのさ」
「──気になる、話……?」
思わず怪訝な声で問うと、俺の足元にいつの間にか来た犬カバが『何だ何だ?』と言わんばかりに俺の顔を見上げる。
シエナが続ける。
「この頃この付近であんた……まぁ、リアの事だけど……と犬カバの事をいやに探ってる、妙な男がいてね……。
もしかしてこの男が見世物屋の言ってたっていう『ノワール貴族』じゃないかと思って、一応連絡しておく事にしたのさ。
あんたが働いてたカフェや、旧市街の家、ギルドにも来て、あんたと犬カバの事を探ってる。
近々、そっちにも行くかもしれないよ。
しばらくはあんたも、外を出歩かない方がいい」
電話口からのシエナの言葉に──ひやりと冷たいもんが背筋に流れる。
もしかしたら、そのうち来るかもとは思っていた。
けど、きっと杞憂に終わるだろうとも思ってた。
そもそも犬カバが追われてるってぇのも若干疑ってたくれぇだ。
そいつがいきなりこんな身近に現れて、俺らの事まで嗅ぎつけてたなんて……。
正直、思いもしなかったぜ。
犬カバが小さな丸い目で俺を不思議そうに見上げて来る。
俺は思わず唾を飲み込んだ。
「──……分かった。
こっちでも気をつけておく」
苦い気持ちでそう答えると、シエナが電話の向こうで一つ頷いた様な気がした。
「……まぁ、街じゃああんたらは『親戚の看病の為に遠くの街へ行った』って話になってるし、この辺でそれ以上の情報が得られなきゃ、お貴族様も他所へ行くだろう。
今は大人しくしておいで」
シエナが言うのに、俺は「おう」と一言頷く。
「じゃあまた何かあれば電話するよ。
ヘイデンやミーシャにもよろしく伝えといとくれ」
言うのに、俺はそれにも「おう、」と請け負った。
「じゃあ切るよ」ときちんと丁寧にも前置きしてから──ガシャンとシエナが電話を切った。
後に残ったのは『ツーツー』っつぅ機械音だけだ。
まぁきっと、このまま受話器を元の定位置に戻して置いてやりゃあいいんだろう。
そう考えて受話器を電話機の上に置いてやる……と──電話の途中から俺の隣に来ていたミーシャが小首を傾げて俺を見ていた。
「──シエナさん、なんて?」
あんまりいい話じゃねぇって事は雰囲気で勘づいてたんだろう、ちょっと重みのある真剣な声でミーシャが問いかけてくる。
俺は──思わずくるっと目を回して「あ~……」と声を出す。
今の電話の内容、言っておいた方がいいモンなのか、言っても不安にさせるだけなのか考えた為だったが──……ちょっと考えて、きちんと言っておく事にした。
どーせこの俺がとぼけて隠し事したってすぐにバレちまうんだ。
だったら早々に打ち明けておいた方がいいだろ。
それに、隠してたからって特段いい事がある様にも思えねぇしな。
そう考え、俺は一つ肩をすくめて言う。
「──この頃街で、リアと犬カバの事を妙に探ってる男がいるから気をつけろって。
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