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十五章 大空へ!

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俺は、う~んと大きく伸びをする。

ギルドの中──カウンター席の前での事だ。

あれから──……店主は、犬カバを追っているという旦那やノワール王の使者の目を少しでも誤魔化す為にって、その足で一人エスティリアへ向けて旅立った。

話によれば、荷物も他の見世物達も全てエスティリアの新店に置いて、きちんと信頼の置ける人間に世話を頼んであるらしいから、後は身一つで向こうへ渡るだけらしい。

「ほんの少し痕跡を残しておけば、あのお方ならすぐ私がエスティリアに発った事に気がつくでしょう。
ここにいる犬カバからあの方の目を逸らすのに、少しは尽力出来るかと思います」

そんな風に言っていた。

店主が発った後ギルドに一番に出勤してきたシエナに事情を話すと、(……まぁ、相当呆れられたが)何にも言わずに店主の道の安全をエスティリア方面のギルド支部に頼んでくれた。

「先日の大統領との会議であんたが国境警備隊の問題を提議したからね。
ノワールと関係する様な怪しい人物は、現地の警備隊に止められるだろう。
見世物屋もバカじゃあなさそうだし、きっと無事にエスティリアへ渡れるさ」

とは、シエナの言葉だ。

店主が去ったギルドの裏口の戸の前に一人腰を下ろして、犬カバがどことなく寂しげな目で戸を見つめている。

まぁ……店主には一人でキューキュー泣いてたよーなガキの頃に拾われたってんだし……。

多少なりとも恩も愛着もあったんだろう。

俺はくるっと目を回してニヤリと笑い、裏口の戸の前で黄昏てる犬カバに声をかけた。

「お前、もう店主の事が恋しくなったのか?」

からかう口調で問いかけると、犬カバがピクッと体を動かした。

そうして、

「ブッフ」

鼻を鳴らしてプイッと戸に背を向けてみせた。

まるでんな訳ないだろって言わんばかりだ。

俺はそいつに笑いながら──まだ開業前のギルドの中でカウンターに肘を曲げて突き、ちょっと真面目になって頬に手をやりこの先の事を考える。

ノワール王や……それに店主の言う『旦那』に追われている(らしい)犬カバ。

そして同じくノワール王に、自分が生きてる事がバレるとまずいミーシャ。

もしも二人のうちの一方の存在がバレたら、芋づる式にもう一方もノワール王の前に引きずり出されちまう可能性が高い。

特に最近は俺たち三人、この辺じゃあ何かと目立つ存在になっちまってるからな。

今まで通りにこのまま普通に生活してても安心って訳には、行かねぇかもしれねぇ。

何か対策を考えねぇと。

と──考え耽っていた俺の隣の席に、ミーシャがそっと腰を下ろす。

カウンターの向こうで書類を棚に上げていたシエナが、そいつに気がついた様にちょっとこっちを見た。

ミーシャが……少し意を決した様に一つ息をついて、言う。

「……これからの事だけれど、」

言った言葉に真剣味がある。

俺は自然にミーシャの横顔を見た。

「今まで通りに生活する訳には、行かないと思う。
リッシュも知っているのよね。
ノワール王が……以前の私の、婚約者だった事」

ミーシャが、言ってくる。

その、確信を持った問いかけに……

俺は一つ息を飲んで、ミーシャの横顔を見つめる。

……やっぱり、気づいてたか。

一瞬、『何の事だ?』って誤魔化そうかとも思ったんだが。

その横顔を見てたら……な~んか嘘はつけねぇ様な気持ちになった。

仕方なく一つ呼吸を置いて、

「──ああ。
ジュードから、聞いた。
ノワール王にミーシャの生死が知られちまうとマズイって事も、分かってる」

正直に答える事にした。

「だから最後に、店主さんに『それでも犬カバを引き取るか』と聞かれた時、困った顔をしたのよね。
犬カバも、そうだったんでしょう?」

俺と、それに丁度裏口の戸の前からトテトテと俺の足元付近まで戻ってきていた犬カバにも顔を向けて、ミーシャが優しい口調で「二人とも心配してくれてありがとう」と言う。

そいつに俺は頭をカリカリ掻き、犬カバは「くきゅっ」とそわそわしながら俺の足の裏手に隠れた。

ミーシャがそれにふんわりと笑う。

そうして急に真面目な顔になって、続けた。

「~ノワール王アランは……本当に恐ろしい人よ。
私は一度しかお会いした事がなかったけれど、噂通りとても冷たい目をした……冷たい考えを持つ人だった。
あの人が犬カバを捕らえてその血を求めるというのなら、きっとそうするでしょうし、私の生存を知ったら、私を利用してサランディールを手中に収めようとするでしょう。
どちらの場合もたぶん、手段は選ばない。
私が恐れているのは、ノワール王や犬カバを追っているという貴族の人が私や犬カバを見つけ出してしまう事だけではなくて……その目が、私たちに関わったリッシュやシエナさん、ヘイデンさん達の方に向いてしまう事なの。
それに……もし飛行船の事まで知られてしまう事になったら……」

サランディールが求めた飛行船を、今度はノワールが求める可能性がある。

そう、言おうっていうのがすぐに分かった。

確かにそいつはちょっとぞっとする話だ。

もしんな事になったら、ノワールはサランディールがダルクにした様な悠長な・・・事はしてくれねぇだろう。

飛行船の存在を──それに何より犬カバの血が不老不死の力を持っていると知っているかもしれない・・・・・・俺やその周りの人間を、有無を言わさずぶっ殺して飛行船を手に入れる。

そこに『飛行船を譲る様迫る』みてぇな生易しい判断はたぶんねぇ。

そうして手に入れた飛行船を何か良からぬ事に使うだろうって事まで容易に想像がついた。

ミーシャは「だからね……」と話を続けようとする。

俺はその先の言葉を聞く前に──

「~ちょっと待った、」

思わず声を出してそいつを止める。

ミーシャの言いそうな事が想像できたからだ。

シエナも同じ事を考えたんだろう、何か言いたそうな顔でミーシャを見ていたが、俺が先に声を上げたからか、喉まで出かかってた口をきゅっと閉じた。

代わりに、言ってやんなと言わんばかりに顎をしゃくってみせた。

俺は続ける。

「……言っとくけど、今更俺とかシエナとかに遠慮して、犬カバとミーシャの二人だけでこの街を出て行く……なんて話はナシだぜ?
それじゃあ結局何の解決にもならねぇ。
貴族の旦那が店主の言った様に執念深くって、ノワール王が噂通りのヤバイやつだってんなら、尚更な」

言った俺に同意する様にシエナが そうだよ、と真剣に頷く。

「あんた一人で出来る事には限りがあるって、前にヘイデンにも言われたろう?
それに第一、飛行船の存在も、犬カバがここにいる事も、それにあんたが生きている事も、絶対にノワール王の耳に入るって決まってる訳じゃないんだから……。
ヘタに動く方が目を引いちまう可能性だってある。
それに、飛行船の事だけど。
私はね、いざとなったらノワールにくれてやったって、いいと思ってる」

真剣だが、思いの外 穏やかな顔と声で、シエナが言う。

ミーシャがそれにパッと顔を上げて反論の声を上げかけた。

「でも、あの飛行船は……!」

ミーシャが言いかけるのに、シエナがゆっくりと横に頭を振る。

「……もちろん、やらなくて良いならそれに越した事はないけど。
でもねぇ、誰かの命を張ってまで、守り通さなきゃならないものじゃないと私は思う。
あれは、所詮『物』なんだから」

しみじみした口調でシエナが言う。

そこには──十二年前の、ダルクの死が根本にある。

もしあの時、ダルクが意地も何も張らずに大人しくサランディールに飛行船を譲り渡していたら。

もしかしたら──ダルクは今もここで生きていたかもしれない。

その想いは確かに俺の胸の内にもあった。

シエナは思いを振り切る様に肩をすくめて、笑ってみせた。

「~とにかく。
もう少し建設的に考えてみよう。
きっともう少しマシなアイデアがあるだろうさ」

シエナが楽観的に、言う。

俺だってその考えには大賛成だ。

けど実際問題、どうすんのが今の一番ベストなんだろう。

ダルクと犬カバが今まで通りに街を出歩いて生活するってのは、確かにちょっとリスクがある。

見世物屋の店主がしばらくの間はノワール貴族の旦那の目を引きつけてくれるだろうが、そこに犬カバがいねぇとなれば、他を探し出すだろう。

万が一こっちに戻ってきてギルドででも情報収集すれば、俺たちが『ピンク色のブサイクな生き物を捕獲する』依頼を請けていた事はすぐに知れる。

聖獣がどうのなんてぇ事情を知らねぇラビーンやクアン、ギルドの冒険者達にちょっと話を聞けばいいだけなんだからよ。

『聖獣』を捕まえる依頼を請けたリアとダルク。

そこにはいつもひっつく様にして出歩いている黒い犬(?)がいる。

上手く繋げようと思えば、そいつが自分の追い求めている聖獣だって結びつけれねぇ事もねぇ。

とりあえず、今このタイミングでどっかへ雲隠れするんなら、全く何の理由もナシにって訳には行かねぇだろう。

するなら誰が聞いてもある程度納得するよーな、テキトーないい理由をつけての雲隠れだ。

まぁ街を離れる理由くらいは何とでもなるとして。

問題は隠れ先だな。

あちこち動き回って周りに『黒い犬とイケメンダルク』の情報を与えちまうより、大人しく過ごして見つからねぇって方がいい様にも思うが……。

と考える俺の頭に。

ふとある一つの場所が浮かんだ。

俺はにやりと笑って、犬カバ、シエナ、それにミーシャの顔を見て口を開く。

「……だったらよ、こーゆうのはどうかな?」
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