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十四章 犬カバ
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情にも訴えず、駆け引きもナシ。
おまけに今のこの段階で俺の方から金の話を持ち出した上、『店主の言い値でいい』とまで言い切っちまった。
普段の俺なら、絶対ぇ口が裂けても言わねぇ言葉だ。
けど──……元々、犬カバを引き取るって決めた時点で、そうなる事は覚悟の上だった。
そりゃあ もちろん、もし『リア』の力で無償で譲ってもらえるってんなら、その方がラッキーだとは思っちゃいたけどよ。
そう単純には、行かねぇだろうしな。
それに──こいつは単なる俺の勘、なんだが。
店主は──……このおっさんは、たぶん必要以上に値をふっかけてくる様な事はしねぇ気がする。
相手が街一番の美女、リアだって事もあるが、そいつがなくったって……。
この、いかにもお人好しで気の良さそう(いや、弱そう、の間違いか?)な店主が、んな事をするとは思えねぇ。
そんな俺の読みを体現する様に──……店主がほんのちょっと目元に涙を滲ませた。
「リアさん……。
お金を人から借りてでもとは……。
そんなにもこの子の事を……」
……。
思った以上に、感動してくれている。
さっきの俺のうそ泣きじゃあ ただあわあわしてただけだってぇのに、何故か同情なんか全くもって引く気がなかった今の言葉に、しっかり涙してくれている。
意外すぎる状況に、目だけでちらりとミーシャの方を見やると、ミーシャが『だから誠心誠意と言ったでしょう?』と言わんばかりに俺を見た。
……へいへい。
分かったって。
半ばむくれつつも思っていると、ミーシャがそのまま一つ息をついて、店主へ向けて口を開く。
「──店主さん。
突然の申し出で、ひどく混乱させてしまった事をお詫びする。
だが私も、リアと同じ気持ちだ。
犬カバは、私たちにとって本当に家族も同然なんだ。
──どうか犬カバを、うちで買い取らせては、頂けないだろうか」
やんわりとした口調で──だけど強く意志の込もった声で、ミーシャが言う。
そうして頭を深く、下げた。
俺と犬カバは……そいつに倣う様に、二人揃って店主に頭を下げる。
そうしながら、不安がじわじわと胸の内に広がった。
こんなに正攻法で、なんの駆け引きもなしにただお願いをして……もし万が一、店主がとんでもねぇ額をふっかけてきたら、どうしよう?
いや、それより何より、「金の問題じゃねぇ、犬カバはやれねぇ」と一刀両断に断られちまったら……?
不安交じりに頭を下げ続ける──中で。
店主がゆっくりと一つ、息をつく。
そうして──
「お二人とも、顔を上げて下さい」
至って静かな口調で、店主が言う。
そいつはただの『依頼人』の声じゃなく、『見世物屋の店主』の声だった。
俺と犬カバが恐る恐る、ミーシャが静かに顔を上げる。
そこにあったのは──困った様な、店主の笑みだった。
俺と犬カバが呆気に取られた様に店主の顔を見つめる中、店主が優しげな目で、犬カバを見つめる。
「──犬カバ、という名をもらったのか」
優しげな声に、ほんの少しの寂しさを纏わせて──店主が犬カバに語りかける。
犬カバがこくんと一つ頷いて
「クヒ」
返事した。
店主が頷く。
そうして改めて、目線を俺とミーシャの方へ向けた。
「──ダルクさん……そして、リアさん。
この子の事ですが──……無償で、お二人にお譲りしたいと思います」
「「~えっ?」」
「キュッ?」
思わぬ店主からの言葉に──俺、ミーシャ、犬カバの三人で、ほとんど同時に聞き返す。
「むっ、無償で?本当に?」
どんだけの値をつけられるか、それともバッサリ断られるかってヒヤヒヤしてたもんだから、思わず戸惑いながらも問い返す。
と、店主が困った様な微笑みで一つ、頷いた。
よっしゃあ!やったぜ!
俺が思わずガッツポーズをとりそうになった、その瞬間に──
「ただし、」
と、店主が続きを口にする。
「──ただし、その子──……犬カバの事情を聞いてなお、あなた方がその子を引き取りたいと思われた場合は、です」
意味深な事を、言ってくる。
それに……俺は思わず軽く眉を寄せ、きゅっと小さく口を曲げた。
犬カバの事情を聞いてなお、って……んなの聞こうが聞くまいが、俺の決意は変わらねぇよ。
大体犬カバに『事情』だなんてさ。
これが何か、引き取るのをためらっちまう様な事情とやらを抱えてる生き物に見えるかよ?
まぁ確かにビックリするほどブサイクでヘンな生き物ではあるけどよ……。
これはこれでそこそこ愛嬌あるし……。
軽く眉を寄せたまま、腕の中の犬カバを見、思う。
そーして不意に──俺は、ほんのわずかに思い当たる節を見つけて、首を少し捻る。
そいつは、犬カバを預かるって事になった時にミーシャから聞いた、店主が言ったって言う言葉だった。
俺が考えたのと丁度同じ事を考えたんだろう、ミーシャが「それは──……」と店主に言葉を返す。
「犬カバをお預かりする時、あなたが言った事に関係があるのか?
決して人目に触れさせず、外を出歩かせない様細心の注意を払って、という……」
言いながらも、その約束の何一つをも守れてねぇ事に気づいたからなのか、ミーシャがほんのわずかに眉を寄せる。
けどまぁ、黒毛だからってぇのもあるかもしんねぇが、今まで犬カバが外を歩こうが何も問題なかった訳だし……結果オーライ、だとは思うんだけどな。
そう、軽~く考えた俺の前で、店主が「ええ」と深く頷いた。
そーして続けて、口を開く。
「──……この事は全て、他言無用でお願いしたいのですが、」
もったいぶって、言ってくる。
そーしてそこから出された言葉は……ちょっと俺には想像も出来なかった言葉だった。
「この子は──犬カバは、ノワール国から追われているのです!」
店主が勢い込んで………言ってくる。
俺とミーシャは二人、顔を見合わせて──同じに、小首を傾げた。
店主のやつ、やけにドラマチックに言ってきやがったけど……。
どーも、全く要領を得ない。
ノワールから追われてる……?
な~んでこの犬カバが?
腕の中の犬カバ自身を見下ろしても、こっちも訳が分からねぇとばかりに「キュ?」と聞き返して来た。
本人にすら分からないんだぜ?
店主の勘違いかなんかじゃねぇの?
思いながらも店主を見た先で、店主が「実は私は、」と言葉を繋いできた。
「三年程前までは、ノワール王都からほど近い街で見世物屋を開いておりました。
そこで見世物にする様な珍しい動物を探して野山を散策していた時分──川のほとりで見つけたのが、この犬カバでした。
当時はまだ本当に幼い様子で、一人できゅーきゅーと泣いてましてな。
親もいなさそうですし、とにかく腹が減っていそうでしたのでミルクを与えて──。
数日通いつめて様子を見ておりましたが、私の持ってくるミルクの他に何か食べている様子もなさそうですし、親も仲間も見当たらない。
そこで、うちで引き取る事にしたのです。
世にも珍しいピンク色の毛並みに、一風どころか二風も三風も変わったその容姿──。
ノワールで『聖獣』とされている、飛翔獣の子供に違いないと思いましてな」
店主が言ってくるのに──
「ブッ……!」
俺は思わず、笑いを堪えきれずに吹いちまった。
聖獣!
聖獣っつったのか?今。
腕の中の犬カバが──たぶん何で俺が吹いたのか見当がついたんだろう、「クヒッ!」と一言抗議の声を上げ、ついでにシュッと爪まで立ててきた。
いてててて……。
店主が──こっちは何で笑ったのか分からねぇらしく、きょとんとした目で。
ミーシャが『リッシュ……』と呆れるよーな目で俺を見てくるのに……俺は視線を脇に外しながら、わざとらしくごほごほと咳払いをして見せた。
「ご、ごめんなさい。
喉に何か引っかかっちゃったみたいで……」
かわいいリアの声で、どーにかそう言い訳する。
犬カバがやけにじとーんとした目で俺を見る。
けど、その顔がま~た俺の笑いを誘うんだよな~。
だってさ、聖獣だぜ、聖獣!
この、犬カバが!
大体フツー『聖獣』なんて名のつくもんは壮麗で雄大な神々しさのある生き物って相場が決まってんだよ。
それを……この犬カバをつかまえて、よりにもよって『聖獣』って……。
おまけに今のこの段階で俺の方から金の話を持ち出した上、『店主の言い値でいい』とまで言い切っちまった。
普段の俺なら、絶対ぇ口が裂けても言わねぇ言葉だ。
けど──……元々、犬カバを引き取るって決めた時点で、そうなる事は覚悟の上だった。
そりゃあ もちろん、もし『リア』の力で無償で譲ってもらえるってんなら、その方がラッキーだとは思っちゃいたけどよ。
そう単純には、行かねぇだろうしな。
それに──こいつは単なる俺の勘、なんだが。
店主は──……このおっさんは、たぶん必要以上に値をふっかけてくる様な事はしねぇ気がする。
相手が街一番の美女、リアだって事もあるが、そいつがなくったって……。
この、いかにもお人好しで気の良さそう(いや、弱そう、の間違いか?)な店主が、んな事をするとは思えねぇ。
そんな俺の読みを体現する様に──……店主がほんのちょっと目元に涙を滲ませた。
「リアさん……。
お金を人から借りてでもとは……。
そんなにもこの子の事を……」
……。
思った以上に、感動してくれている。
さっきの俺のうそ泣きじゃあ ただあわあわしてただけだってぇのに、何故か同情なんか全くもって引く気がなかった今の言葉に、しっかり涙してくれている。
意外すぎる状況に、目だけでちらりとミーシャの方を見やると、ミーシャが『だから誠心誠意と言ったでしょう?』と言わんばかりに俺を見た。
……へいへい。
分かったって。
半ばむくれつつも思っていると、ミーシャがそのまま一つ息をついて、店主へ向けて口を開く。
「──店主さん。
突然の申し出で、ひどく混乱させてしまった事をお詫びする。
だが私も、リアと同じ気持ちだ。
犬カバは、私たちにとって本当に家族も同然なんだ。
──どうか犬カバを、うちで買い取らせては、頂けないだろうか」
やんわりとした口調で──だけど強く意志の込もった声で、ミーシャが言う。
そうして頭を深く、下げた。
俺と犬カバは……そいつに倣う様に、二人揃って店主に頭を下げる。
そうしながら、不安がじわじわと胸の内に広がった。
こんなに正攻法で、なんの駆け引きもなしにただお願いをして……もし万が一、店主がとんでもねぇ額をふっかけてきたら、どうしよう?
いや、それより何より、「金の問題じゃねぇ、犬カバはやれねぇ」と一刀両断に断られちまったら……?
不安交じりに頭を下げ続ける──中で。
店主がゆっくりと一つ、息をつく。
そうして──
「お二人とも、顔を上げて下さい」
至って静かな口調で、店主が言う。
そいつはただの『依頼人』の声じゃなく、『見世物屋の店主』の声だった。
俺と犬カバが恐る恐る、ミーシャが静かに顔を上げる。
そこにあったのは──困った様な、店主の笑みだった。
俺と犬カバが呆気に取られた様に店主の顔を見つめる中、店主が優しげな目で、犬カバを見つめる。
「──犬カバ、という名をもらったのか」
優しげな声に、ほんの少しの寂しさを纏わせて──店主が犬カバに語りかける。
犬カバがこくんと一つ頷いて
「クヒ」
返事した。
店主が頷く。
そうして改めて、目線を俺とミーシャの方へ向けた。
「──ダルクさん……そして、リアさん。
この子の事ですが──……無償で、お二人にお譲りしたいと思います」
「「~えっ?」」
「キュッ?」
思わぬ店主からの言葉に──俺、ミーシャ、犬カバの三人で、ほとんど同時に聞き返す。
「むっ、無償で?本当に?」
どんだけの値をつけられるか、それともバッサリ断られるかってヒヤヒヤしてたもんだから、思わず戸惑いながらも問い返す。
と、店主が困った様な微笑みで一つ、頷いた。
よっしゃあ!やったぜ!
俺が思わずガッツポーズをとりそうになった、その瞬間に──
「ただし、」
と、店主が続きを口にする。
「──ただし、その子──……犬カバの事情を聞いてなお、あなた方がその子を引き取りたいと思われた場合は、です」
意味深な事を、言ってくる。
それに……俺は思わず軽く眉を寄せ、きゅっと小さく口を曲げた。
犬カバの事情を聞いてなお、って……んなの聞こうが聞くまいが、俺の決意は変わらねぇよ。
大体犬カバに『事情』だなんてさ。
これが何か、引き取るのをためらっちまう様な事情とやらを抱えてる生き物に見えるかよ?
まぁ確かにビックリするほどブサイクでヘンな生き物ではあるけどよ……。
これはこれでそこそこ愛嬌あるし……。
軽く眉を寄せたまま、腕の中の犬カバを見、思う。
そーして不意に──俺は、ほんのわずかに思い当たる節を見つけて、首を少し捻る。
そいつは、犬カバを預かるって事になった時にミーシャから聞いた、店主が言ったって言う言葉だった。
俺が考えたのと丁度同じ事を考えたんだろう、ミーシャが「それは──……」と店主に言葉を返す。
「犬カバをお預かりする時、あなたが言った事に関係があるのか?
決して人目に触れさせず、外を出歩かせない様細心の注意を払って、という……」
言いながらも、その約束の何一つをも守れてねぇ事に気づいたからなのか、ミーシャがほんのわずかに眉を寄せる。
けどまぁ、黒毛だからってぇのもあるかもしんねぇが、今まで犬カバが外を歩こうが何も問題なかった訳だし……結果オーライ、だとは思うんだけどな。
そう、軽~く考えた俺の前で、店主が「ええ」と深く頷いた。
そーして続けて、口を開く。
「──……この事は全て、他言無用でお願いしたいのですが、」
もったいぶって、言ってくる。
そーしてそこから出された言葉は……ちょっと俺には想像も出来なかった言葉だった。
「この子は──犬カバは、ノワール国から追われているのです!」
店主が勢い込んで………言ってくる。
俺とミーシャは二人、顔を見合わせて──同じに、小首を傾げた。
店主のやつ、やけにドラマチックに言ってきやがったけど……。
どーも、全く要領を得ない。
ノワールから追われてる……?
な~んでこの犬カバが?
腕の中の犬カバ自身を見下ろしても、こっちも訳が分からねぇとばかりに「キュ?」と聞き返して来た。
本人にすら分からないんだぜ?
店主の勘違いかなんかじゃねぇの?
思いながらも店主を見た先で、店主が「実は私は、」と言葉を繋いできた。
「三年程前までは、ノワール王都からほど近い街で見世物屋を開いておりました。
そこで見世物にする様な珍しい動物を探して野山を散策していた時分──川のほとりで見つけたのが、この犬カバでした。
当時はまだ本当に幼い様子で、一人できゅーきゅーと泣いてましてな。
親もいなさそうですし、とにかく腹が減っていそうでしたのでミルクを与えて──。
数日通いつめて様子を見ておりましたが、私の持ってくるミルクの他に何か食べている様子もなさそうですし、親も仲間も見当たらない。
そこで、うちで引き取る事にしたのです。
世にも珍しいピンク色の毛並みに、一風どころか二風も三風も変わったその容姿──。
ノワールで『聖獣』とされている、飛翔獣の子供に違いないと思いましてな」
店主が言ってくるのに──
「ブッ……!」
俺は思わず、笑いを堪えきれずに吹いちまった。
聖獣!
聖獣っつったのか?今。
腕の中の犬カバが──たぶん何で俺が吹いたのか見当がついたんだろう、「クヒッ!」と一言抗議の声を上げ、ついでにシュッと爪まで立ててきた。
いてててて……。
店主が──こっちは何で笑ったのか分からねぇらしく、きょとんとした目で。
ミーシャが『リッシュ……』と呆れるよーな目で俺を見てくるのに……俺は視線を脇に外しながら、わざとらしくごほごほと咳払いをして見せた。
「ご、ごめんなさい。
喉に何か引っかかっちゃったみたいで……」
かわいいリアの声で、どーにかそう言い訳する。
犬カバがやけにじとーんとした目で俺を見る。
けど、その顔がま~た俺の笑いを誘うんだよな~。
だってさ、聖獣だぜ、聖獣!
この、犬カバが!
大体フツー『聖獣』なんて名のつくもんは壮麗で雄大な神々しさのある生き物って相場が決まってんだよ。
それを……この犬カバをつかまえて、よりにもよって『聖獣』って……。
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