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十四章 犬カバ
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◆◆◆◆◆
コン、コン、とそのドアをノックする音がする。
まだ空いていないギルドの、裏口の戸だ。
俺は犬カバを抱っこしたまま、綺麗に着飾ったままで、横にいるミーシャと目を見合わせる。
ミーシャがこくりと一つ頷いた。
そうして裏口の方まで行き、静かにそっと、戸を開く。
と──その隙間をすり抜ける様に、見世物屋の店主がサッと中へ入ってきた。
その素早さと静けさといったら……まるで、指名手配犯だった俺が追手から隠れる為に入ってきたのと同じ様な調子だった。
ミーシャが……こっちも同じような事を思ったのかもしれない、ほんのちょっと訝しむ様に店主を見ながらも、何も言わずに戸を閉めて、鍵をかける。
店主がそれに胸を撫で下ろしてふぅ~と大きく息をついた。
なんかどーも、『ワケあり』って感じだな。
そーいや元々、犬カバを人目に触れない様にしろだのなんだのって妙な事言ってたし……もしかしたら、交渉する時に使えるかもしれねぇ。
思いつつ犬カバを抱っこしたまま店主の様子を見つめていると、ミーシャが俺の横に戻って来た。
店主がようやく気がついたみてぇに俺と、それに犬カバを見て顔をパッと綻ばせる。
そーして第一声を上げかけた──ところで。
「──悪いが、少し話があるんだが」
ミーシャが先手を打って、言う。
店主が目をぱちくりさせてミーシャ──いや、今はダル、か──の方を見た。
呆気に取られた様な顔だ。
そりゃまぁ数ヶ月ぶりに会った犬カバとの感動の再会を、邪魔された訳だしな。
小首を傾げて、
「は、はぁ……。
何でしょう」
どことなく気弱な感じで、問い返してくる。
しかもなんでか知らねぇが、どことなくそわそわさえしてる感じだ。
……な~んかあるな。
思いつつも、俺はミーシャが次の言葉を出すより先に、店主の方へ一歩進み出た。
店主が俺に目を戻す。
俺は大きく息を吸い込んで──まっすぐ店主を見返しながら──言う。
「~あの……!
無理を承知でお願いします。
犬カバちゃんを……この子を譲っては頂けないでしょうか」
自分で思うより勢い込んで、訴える。
俺に抱っこされたままの犬カバが、こいつも俺に同意して店主に訴える様に「きゅん」と一つ鳴いた。
俺の突然の申し出に──店主が呆気に取られた様に、俺を見る。
そうして俺に抱っこされた犬カバ、ミーシャへとゆっくりと視線を転じて、再び俺へ目線を戻し──……
「──……え?」
ただ一言で、問い返す。
俺はそいつには構わず先を続けた。
「~図々しいお願いだという事は、分かっています。
お預かりしていた犬カバちゃんを毛染めしてしまって、本来ならこんなお話をさせて頂けるような立場にはないという事も、重々承知の上です。
でも……!」
ほんのちょっと目を潤ませ、演技を織り交ぜつつも……言い募る。
犬カバが、こっちもたぶん俺と同じ様に若干の演技を織り交ぜてるんだろう、『俺もリアと離れたくない』とばかりに俺にしがみついて見せた。
店主が──戸惑った様にそんな俺と犬カバを見る。
完全に戸惑っちまってる。
両手を軽く上げてほんのちょっと身を後ろに引きながら、
「ちょ……ちょっと待ってください……」
戸惑いもそのままに、言ってくる。
「一体どうしてそんなお話に……。
私は、犬カ……その子を返してもらいに、ここへ来たはずですが……」
俺につられて『犬カバ』って言いかけたところをきちんと言い直して、店主があせあせしながら言ってくる。
険こそねぇが、ほんのちょっとだけ責める様な口調だ。
まぁ、それも当然だよな……。
店主からすりゃあ、まさに寝耳に水。
ここに来るまで、まさか んな話をされるなんて思ってもみなかったに違いねぇ。
けど『リア』がこーして瞳を潤ませながら訴えるもんだから、本気で責める訳にもいかねぇんだろう。
もちろん俺の方はそいつを狙ってやってんだけど……。
なんだかこの様子を見てると、ほんのちょっと申し訳ねぇ気持ちになるな……。
『店主さんは、本当に犬カバの事を可愛がっておられるのよ。
見世物としてだけじゃなくて……ちゃんとかわいい動物として』
ふいに、ミーシャが昨日言ってた言葉を思い出す。
たぶん、その言葉に間違いはねぇんだろう。
……けど。
俺だってここで引く訳にもいかねぇ。
目を潤ませたまま まっすぐに店主を見つめ、目で訴えかける。
「店主さん……。
無理を言っているのは、百も承知です。
だけど……店主さんはこのまま犬カバちゃんを連れて、エスティリアへ行ってしまうんでしょう?
そうなれば私たち、犬カバちゃんとはもう一生会えなくなっちゃいます。
これまでの数ヶ月……短い間だったけれど、私たち、本当の家族の様に過ごしてきました。
なのにこの仕打ちは、あんまりなんじゃないでしょうか!」
おいおいと泣き真似をしながら、片手で犬カバを抱っこしたまま、もう片方の手で目元を押さえる。
犬カバがうそ泣きの俺を慰める様にぽんぽんと肉球一つで俺の肩を叩いてきた。
さすが、ナイスアシストだぜ。
思いつつも──俺はちらりと目の前の店主の様子を盗み見る。
ほんと言うと、店主からすりゃあ、犬カバを連れてどこに行こうが んなのは別に当たり前の権利なんだし、フツーに考えて『仕打ち』も何もねぇ。
俺が店主なら、『いやいや、待てって。そっちがどんだけ犬カバと仲良くしてようが、犬カバはうちの犬なんだって』って呆れながらに言う所だ。
それくらい苦しい話の持って行き方、なんだが。
店主はどーやら、かなりのお人好しらしい。
うそ泣きでしくしくやってる俺を慰める様にあわあわと両手を振りながら、困り果てた様にミーシャへ助けを求める。
「~ダ、ダルクさん……」
まるで『私は別にリアさんを悲しませたい訳ではないんです』と言わんばかりだ。
さすがは俺の迫真の演技!……って自分で自分を褒め称えてやりてぇところ……なんだけどよ……。
……やっぱり、どーも胸がチクチク痛ぇ。
店主のやつ、本当にフツーにいい奴そうだからなぁ……。
人の良さにつけ込むみてぇで、なんだかすんげぇ悪い事してる気分だぜ……。
な~んて思っていると、その心を見透かした様に、
「──リア、」
ミーシャが諌める様に、俺の名を呼ぶ。
「──今朝方私は、『誠心誠意お願いしよう』と言ったはずだ。
泣き落としで店主さんを困らせるのが、お前の誠心誠意なのか?」
問いかけてくる。
うそ泣きの狭間からちらりとミーシャの顔を見てみると──ミーシャが腕を組んで、俺を見ていた。
……こーしてみると、まるっきりイケメンな男に見えるんだから不思議だよな……。
それも真面目で融通が利かねぇと来てる。
俺は……やれやれと思う心とは裏腹に、確かに胸がすくのも感じていた。
犬カバを、本当にうちの犬にしてやりてぇんなら、ミーシャの言う通り『誠心誠意』で頼む方がいい。
何の後ろめたさも後腐れもなく、『ちゃんと』うちの犬にする為に──。
俺は──……あんまりわざとらしくならない程度に目元をそっと拭う──フリをして、店主に素直に「ごめんなさい……」と謝った。
思わず溜息ついちまったりしつつも、言う。
「犬カバちゃんと離れたくなくて……つい。
でも私、本当に本気で犬カバちゃんを引き取りたいって、思っているんです。
店主さんが『見世物がなくなったら困る』と言うのなら、私がその分の対価をお支払いします。
私の貯金で足らなければ、ダルちゃんや他の方からお借りしてでも、店主さんの言い値の額をご用意したいと思っています。
だからどうか──……犬カバちゃんを、我が家に買い取らせては、頂けないでしょうか」
今度はうそ泣きも、同情を誘う表情もナシで、きちんと真正面から嘆願する。
普段の俺なら──……まぁ、たぶん滅多に打たねぇヘタな手だろう。
コン、コン、とそのドアをノックする音がする。
まだ空いていないギルドの、裏口の戸だ。
俺は犬カバを抱っこしたまま、綺麗に着飾ったままで、横にいるミーシャと目を見合わせる。
ミーシャがこくりと一つ頷いた。
そうして裏口の方まで行き、静かにそっと、戸を開く。
と──その隙間をすり抜ける様に、見世物屋の店主がサッと中へ入ってきた。
その素早さと静けさといったら……まるで、指名手配犯だった俺が追手から隠れる為に入ってきたのと同じ様な調子だった。
ミーシャが……こっちも同じような事を思ったのかもしれない、ほんのちょっと訝しむ様に店主を見ながらも、何も言わずに戸を閉めて、鍵をかける。
店主がそれに胸を撫で下ろしてふぅ~と大きく息をついた。
なんかどーも、『ワケあり』って感じだな。
そーいや元々、犬カバを人目に触れない様にしろだのなんだのって妙な事言ってたし……もしかしたら、交渉する時に使えるかもしれねぇ。
思いつつ犬カバを抱っこしたまま店主の様子を見つめていると、ミーシャが俺の横に戻って来た。
店主がようやく気がついたみてぇに俺と、それに犬カバを見て顔をパッと綻ばせる。
そーして第一声を上げかけた──ところで。
「──悪いが、少し話があるんだが」
ミーシャが先手を打って、言う。
店主が目をぱちくりさせてミーシャ──いや、今はダル、か──の方を見た。
呆気に取られた様な顔だ。
そりゃまぁ数ヶ月ぶりに会った犬カバとの感動の再会を、邪魔された訳だしな。
小首を傾げて、
「は、はぁ……。
何でしょう」
どことなく気弱な感じで、問い返してくる。
しかもなんでか知らねぇが、どことなくそわそわさえしてる感じだ。
……な~んかあるな。
思いつつも、俺はミーシャが次の言葉を出すより先に、店主の方へ一歩進み出た。
店主が俺に目を戻す。
俺は大きく息を吸い込んで──まっすぐ店主を見返しながら──言う。
「~あの……!
無理を承知でお願いします。
犬カバちゃんを……この子を譲っては頂けないでしょうか」
自分で思うより勢い込んで、訴える。
俺に抱っこされたままの犬カバが、こいつも俺に同意して店主に訴える様に「きゅん」と一つ鳴いた。
俺の突然の申し出に──店主が呆気に取られた様に、俺を見る。
そうして俺に抱っこされた犬カバ、ミーシャへとゆっくりと視線を転じて、再び俺へ目線を戻し──……
「──……え?」
ただ一言で、問い返す。
俺はそいつには構わず先を続けた。
「~図々しいお願いだという事は、分かっています。
お預かりしていた犬カバちゃんを毛染めしてしまって、本来ならこんなお話をさせて頂けるような立場にはないという事も、重々承知の上です。
でも……!」
ほんのちょっと目を潤ませ、演技を織り交ぜつつも……言い募る。
犬カバが、こっちもたぶん俺と同じ様に若干の演技を織り交ぜてるんだろう、『俺もリアと離れたくない』とばかりに俺にしがみついて見せた。
店主が──戸惑った様にそんな俺と犬カバを見る。
完全に戸惑っちまってる。
両手を軽く上げてほんのちょっと身を後ろに引きながら、
「ちょ……ちょっと待ってください……」
戸惑いもそのままに、言ってくる。
「一体どうしてそんなお話に……。
私は、犬カ……その子を返してもらいに、ここへ来たはずですが……」
俺につられて『犬カバ』って言いかけたところをきちんと言い直して、店主があせあせしながら言ってくる。
険こそねぇが、ほんのちょっとだけ責める様な口調だ。
まぁ、それも当然だよな……。
店主からすりゃあ、まさに寝耳に水。
ここに来るまで、まさか んな話をされるなんて思ってもみなかったに違いねぇ。
けど『リア』がこーして瞳を潤ませながら訴えるもんだから、本気で責める訳にもいかねぇんだろう。
もちろん俺の方はそいつを狙ってやってんだけど……。
なんだかこの様子を見てると、ほんのちょっと申し訳ねぇ気持ちになるな……。
『店主さんは、本当に犬カバの事を可愛がっておられるのよ。
見世物としてだけじゃなくて……ちゃんとかわいい動物として』
ふいに、ミーシャが昨日言ってた言葉を思い出す。
たぶん、その言葉に間違いはねぇんだろう。
……けど。
俺だってここで引く訳にもいかねぇ。
目を潤ませたまま まっすぐに店主を見つめ、目で訴えかける。
「店主さん……。
無理を言っているのは、百も承知です。
だけど……店主さんはこのまま犬カバちゃんを連れて、エスティリアへ行ってしまうんでしょう?
そうなれば私たち、犬カバちゃんとはもう一生会えなくなっちゃいます。
これまでの数ヶ月……短い間だったけれど、私たち、本当の家族の様に過ごしてきました。
なのにこの仕打ちは、あんまりなんじゃないでしょうか!」
おいおいと泣き真似をしながら、片手で犬カバを抱っこしたまま、もう片方の手で目元を押さえる。
犬カバがうそ泣きの俺を慰める様にぽんぽんと肉球一つで俺の肩を叩いてきた。
さすが、ナイスアシストだぜ。
思いつつも──俺はちらりと目の前の店主の様子を盗み見る。
ほんと言うと、店主からすりゃあ、犬カバを連れてどこに行こうが んなのは別に当たり前の権利なんだし、フツーに考えて『仕打ち』も何もねぇ。
俺が店主なら、『いやいや、待てって。そっちがどんだけ犬カバと仲良くしてようが、犬カバはうちの犬なんだって』って呆れながらに言う所だ。
それくらい苦しい話の持って行き方、なんだが。
店主はどーやら、かなりのお人好しらしい。
うそ泣きでしくしくやってる俺を慰める様にあわあわと両手を振りながら、困り果てた様にミーシャへ助けを求める。
「~ダ、ダルクさん……」
まるで『私は別にリアさんを悲しませたい訳ではないんです』と言わんばかりだ。
さすがは俺の迫真の演技!……って自分で自分を褒め称えてやりてぇところ……なんだけどよ……。
……やっぱり、どーも胸がチクチク痛ぇ。
店主のやつ、本当にフツーにいい奴そうだからなぁ……。
人の良さにつけ込むみてぇで、なんだかすんげぇ悪い事してる気分だぜ……。
な~んて思っていると、その心を見透かした様に、
「──リア、」
ミーシャが諌める様に、俺の名を呼ぶ。
「──今朝方私は、『誠心誠意お願いしよう』と言ったはずだ。
泣き落としで店主さんを困らせるのが、お前の誠心誠意なのか?」
問いかけてくる。
うそ泣きの狭間からちらりとミーシャの顔を見てみると──ミーシャが腕を組んで、俺を見ていた。
……こーしてみると、まるっきりイケメンな男に見えるんだから不思議だよな……。
それも真面目で融通が利かねぇと来てる。
俺は……やれやれと思う心とは裏腹に、確かに胸がすくのも感じていた。
犬カバを、本当にうちの犬にしてやりてぇんなら、ミーシャの言う通り『誠心誠意』で頼む方がいい。
何の後ろめたさも後腐れもなく、『ちゃんと』うちの犬にする為に──。
俺は──……あんまりわざとらしくならない程度に目元をそっと拭う──フリをして、店主に素直に「ごめんなさい……」と謝った。
思わず溜息ついちまったりしつつも、言う。
「犬カバちゃんと離れたくなくて……つい。
でも私、本当に本気で犬カバちゃんを引き取りたいって、思っているんです。
店主さんが『見世物がなくなったら困る』と言うのなら、私がその分の対価をお支払いします。
私の貯金で足らなければ、ダルちゃんや他の方からお借りしてでも、店主さんの言い値の額をご用意したいと思っています。
だからどうか──……犬カバちゃんを、我が家に買い取らせては、頂けないでしょうか」
今度はうそ泣きも、同情を誘う表情もナシで、きちんと真正面から嘆願する。
普段の俺なら──……まぁ、たぶん滅多に打たねぇヘタな手だろう。
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