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十四章 犬カバ

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◆◆◆◆◆

「ダルちゃん、おはよう」

言って、俺は──文字通り、にーっこり微笑む。

ついさっき鏡でチェックしたから知ってるが、この笑みは完全完璧、いつも以上に『美人でかわいいリア』の笑みになってるハズだ。

俺の気合の入った笑みと化粧に、

「……お、はよう」

ミーシャが目を瞬いて俺を見る。

俺の腕の中にはすっぽりと犬カバが『完全完璧な良い犬』として大人しく抱っこされ、ミーシャを可愛らしく見上げている。

つっても、犬カバにこれ以上の変装なんか出来ねぇから、犬カバの割には最大限のお愛想で可愛らしさを醸し出してるって訳だが。

「……どうしたの?
二人とも、なんだかすごく……」

ミーシャが言いかけて……そのまま言い淀む。

そうしてほんのちょっと眉を寄せて見せた。

「いつもとは、違うみたい。
二人が仲良しなのは知っているけれど、そんな風に抱っこされて、ニコニコしていて……。
それに、何だかリアもいつもよりちょっと……きれい、だし。
……一体何を企んでいるの?」

俺に『きれい』って言葉を使うのに若干の抵抗を感じるのか、ほんのちょっと詰まりながらも、ミーシャが言ってくる。

俺はそいつにニヤッと笑って見せた。

「別にな~んにも?
私たち、いつもこんな感じよね~、犬カバちゃん?」

「クッヒ~?」

俺にしっかり賛同して、犬カバが俺と同じ口調で返してくる。

ミーシャがそれに──しら~とした冷ややか~な目で俺とぴったり息の合った犬カバの二人を見つめる。

腕を組んで、俺ら二人を──特に俺を見据えて、

「──リッシュ、」

たった一言、言ってくる。

その、たった一言の重た~い声に……俺は「うっ、」と言葉に詰まる。

ミーシャの視線が痛ぇ。

ミーシャの様子に不穏な色を感じたのか、俺に抱っこされたままの犬カバがそそくさと丸まって頭をミーシャから隠した。

犬カバ……お前、ついさっきまであんなにノリノリで俺と意気投合してたクセに、一瞬で俺を見捨てて自分だけ丸まるってどーゆー事だよ?

思わず小さく犬カバを睨むが、犬カバはちっともこっちを見やしねぇ。

一人、しっかりと取り残されたみてぇになっちまった俺は──仕方なしに、言う。

「いや、あの……。
そう大した事じゃ……ねぇんだけどよ」

ミーシャが冷ややかなままの目で俺を見る。

何故かしどろもどろになっちまう俺が、情けねぇ。

犬カバが『お前ってほんとしょうがねぇなぁ』って調子で、顔を俺の腕に埋めて丸まったまんまで息をつく。

けどよ、どうしようもねぇだろ?

……このミーシャの冷ややかな眼差し。

重たい空気。

腕まで組んじゃってさ。

それでたった一言『リッシュ、』な~んて呼ばれちまったら……並みの神経じゃ、しゃべらずにいる事なんか出来ねぇハズだ。

つーかお前はそーやって隠れてっからだなぁ……。

文句ありありで思いつつも──ミーシャの冷ややかな目線と、厳しい空気の混ざる沈黙に耐えきれず、俺は観念して、こっちも一つ、はぁ~っと長い息をついた。

こー言うと負け惜しみみてぇに聞こえちまうかもしんねぇけど……ほんとのこと言えば、俺の企みは、元々ミーシャに隠し立てるつもりはなかったんだ。

ただ、反対されるかもしれねぇからギリギリまで言うのはやめておこうって事になっただけでよ。

まぁ、どうせ数時間後には言うはずだったんだ。

そいつがほんのちょっと早まっただけだ。

そう、自分を奮い立たせて俺は言葉を続けた。

「……犬カバを、うちでもらい受けようと思うんだ。
もらい受けるっつーか、まぁ『買い取る』って事には……なるんじゃねぇかと思うんだけどよ……」

言うと、ミーシャが軽く目を瞬いて俺を──続けて犬カバを見る。

犬カバが俺の言葉に同意するようにミーシャの方にちょこんと顔だけを向けて「きゅん」と一つ鳴いた。

ミーシャが何かを言おうと口を開きかける前に、俺は言う。

「~こいつ、ここに居てぇって言ってんだ。
預かりものの居候としてじゃなくって……ちゃんと、うちに居つくって。
俺だって……そうさせてやりてぇと思ってる。
だから──そういう交渉を、見世物屋とするつもりだ。
もし向こうが『見世物がなくなっちゃ困る』ってんなら、その分の対価を払う。
もちろんお前には迷惑かけねぇようにするし……だから……」

言いかけた俺に、ミーシャが眉尻を下げて俺と犬カバを見つめる。

「買い取るって……一体いくらで買い取るつもりなの?
つい先日、ギャンブルまでしてやっと一億の借金を返したばかりでしょう?」

「~ヘイデンから飛行船を買い取る為に貯めてる金が、二十万ちょいある。
もしそれじゃ足らねぇってんなら、どーにかあちこちから金を借りて、用意するつもりだ。
犬カバを金で買い取るって感じであんまり気分は良くねぇけど、でも……」

言い募る様に言いかけた俺に、ミーシャが静かに目を閉じ、息をつく。

その溜息に──俺はそれ以上言葉を続ける事が出来なくなっちまった。

俺の腕の中からミーシャを見つめていた犬カバが、こっちもしょんぼりと肩と頭を落とす。

……やっぱりミーシャは反対、か。

そりゃそうだよな。

預けた犬を、いくら気に入ったからって『譲ってくれ、買い取らせてくれ』なんて言ってくるよーな冒険者が、どこにいるってんだよ。

んなことやってたら、下手したら冒険者としての信用問題にだってなりかねない。

俺が店主なら、『んな話になるんなら、お前に預けるんじゃなかった』って怒るだろう。

向こうは犬カバを可愛がってるって話だしな。

我知らず、犬カバと同じように頭をガックリ落とした俺に──

「──……分かった」

ミーシャがたった一言で、返してくる。

俺と犬カバが、そいつに思わず目線をミーシャに向ける。

ミーシャがもう一つ、息をついた。

「……分かったわ。
私もその交渉、協力する」

言ってくるのに──

「~えっ?」

「クヒッ?」

二人、見事に揃って問い返す。

ミーシャがそいつに──ほんのちょこっと困った様な顔で微笑んだ。

「~本当は、これはギルドの冒険者のすることではないとは思うけれど……でも、犬カバはもう、家族も同然だもの。
私も、犬カバと離れたくない。
店主さんが譲ってくださるのかどうかは分からないけれど、誠心誠意、お願いしてみましょう。
それにね、私も貯めているお金が少しあるの。
リッシュのお金と合わせれば百万ハーツくらいにはなるはずよ。
それでも足りなければ、その時はお金を借りればいい」

にこっと笑って、ミーシャが言ってくれる。

それに俺の腕の中にいた犬カバがま~たぶわぁっと目を潤ませて、

「クッヒー!」

ミーシャの名を呼ぶ。

いや、本当に呼んだかどうかは定かじゃないが、たぶんそうだろう。

そのまま俺の腕を抜け出して、びょ~んっとミーシャの方にジャンプした。

ミーシャがそいつを両腕でキャッチした。

「クヒクヒ、クヒ!」

なんか分からねぇが、犬カバがミーシャに向かって何かを訴える。

『ありがとう』とでも、言ってるのかもしれねぇ。

ミーシャがふふっと笑うのにつられて俺も笑いかけて──んん?と、ある事に思い当たる。

ちょっ、今ミーシャのやつ、二人の金を合わせれば百万ハーツにはなるっつったけど……それってミーシャの貯金は八十万ハーツもあるって事だよな?

……マジか。

俺は自分の貯金額との差にほんのちょっぴりショックを受けながら──頭をカリカリと掻いたのだった──。
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