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十四章 犬カバ
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りりん、と入口扉に取り付けられたベルが鳴る。
~っと、来店客だ。
俺は手にした銀の盆もそのままに、笑顔でそいつを出迎えに行く。
「いらっしゃいませ」
すっと進み出てにっこり微笑んで挨拶した先で──店に入ってきた客が、目を瞬いて俺を見つめた。
かなり背の高い、濃紺色の短髪に薄紫の目をした、二十歳くらいの男だった。
わりとキリッとしたイケメン顔だが、無精ひげを生やしてるせいで若干むさ苦しい。
この辺じゃ見ない顔だ。
もちろん今までにこのカフェに来た事もなさそう……なんだが。
どーもどっかで見た顔の様な気が……?
思わず首を傾げて眉を寄せ、男を見る──と、向こうの方でもピタと動きを止めて俺を見てきた。
そうして、電撃に打たれた様にその場に立ち尽くす。
目を大きく見開いて、口をぽか~んと開けて。
自分の予想を超える美女が目の前にいきなり現れたら、男は大体こういう風になるって事を、ここ数ヶ月で俺は身に染みて知っていた。
こいつ、この俺のあまりの可愛らしさに言葉を失ってるらしい。
ま、気持ちは分かるけどな。
俺はにっこり微笑みかけてやりながら、現実に戻ってきてもらおうともう一度口を開きかける──……ところで。
俺の予想を裏切る、とんでもねぇ事が起こった。
男が──スッとその場で片膝を床についてうやうやしく俺の右手を取り……
その手の甲にキスをしてきた。
「・・・・」
あまりの事にそいつを凝視しながら凍りついた俺に、さらに追い討ちをかける様に──男が白い歯をキラリとさせて爽やかスマイルで俺を見上げ、言う。
「~レディー、なんてお美しい。
あなたに一目で恋に落ちました。
どうかこの俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」
本気の本気で惚れ惚れした様な声で、言ってくる。
俺の本能が、俺の頭の回転より先に反応した。
ゾワっと一瞬で全身に鳥肌が立つ。
俺は凍りついたままやっとの事で、
「……え゛?」
内心真っ青になりながら、返す。
たぶん……自分でもよく分からねぇが、地声が出ちまってただろう。
そいつに関してってわけじゃあないだろう、ないだろうが……いつも賑わって声が途絶える事のねぇカフェの中が、一瞬し~んと静まり返る。
俺の後ろから、『ドンガラガッシャーンッ』とミーシャも顔負けの、激しく皿や盆を落とす音が聞こえてきた。
リアにベタ惚れしてる、あのウェイターだった。
「な……な……」
顔面真っ青、声も息継ぎ大丈夫か?ってくらい裏返っちまってる。
けど俺だって人の事は言えねぇ。
俺は無意識に男に取られた右手をすーっと引きかけた……んだが。
男の力強い手がそれを許さなかった。
かっしりとさりげなく力を込められ、引き止められる。
その、手の皮が厚い。
たぶん……剣を扱う人間だ。
俺は──笑顔を引きつらせたまま、かなり裏返った声で「……あの、」と口を開く。
ウェイターじゃねぇが、息も絶え絶えだ。
かわいい女の子にチューされるならともかく……こんなムサい男に(手の甲とはいえ)口づけされて、挙句の果てに『結婚を前提に付き合ってくれ』だぁ?!
ゾッとしすぎてこのまま気ぃ失っちまいそうだ。
こんな状況、ジュードや犬カバはもちろん、ミーシャにだって笑われかねねぇ。
俺は特にミーシャの顔を思い出して、ごくりとつばを飲み込んで言葉を続けた。
「……わ、私……私は………」
まさか男なんですとは口が裂けても言えねぇ。
けど……どーする?
何て言ってこの状況を乗り切ればいい??
頭ん中がぐるぐるする。
何だか目まで回ってきやがった。
男の爽やかスマイルの下の無精ひげだけが目につく。
「……レディー、大丈夫ですか?」
俺が今にも卒倒しそうだからか、男が若干心配そうな面持ちで問いかけてくる。
が、俺の耳にはその半分程度しか入ってこなかった。
すぅっと大きく息を吸って、
「ごっ、ごめんなさいっ!
私、無精ひげの男は嫌いなんです!!」
わりと大きな声で、はっきりキッパリ面と向かって言ってやる。
と、男が──言葉の意味を捉えかねた様に目をぱちくりさせて俺を見た。
一拍の間を置いて、
「おっ、おぉ~」
野次馬たちの大きなどよめきがカフェ内に響き渡る。
どーやらウェイターだけじゃねぇ、カフェに来た客たち全員が──男も女も老いも若きも関係なしに、興味深く俺と男のやり取りに注目していたらしい。
ズリッと気力を無くした様に男の力強い手から力が抜ける。
俺はその隙に今度こそ男に握られた手を引っ込め、もう一方の手でその手首を持った。
本当はその場で手をぶんぶん振って嫌な感触を取っ払ってさえやりたいが、本人の前でそこまですんのはほんの少し申し訳ねぇ様な気がして出来なかった。
だってよ……目の前のこの男、かなりのショックを受けたらしく、頭をガックリうなだれて、俺の手を握った手もへなへなと床についちまったんだから。
しかも、片膝を床についたまま、だぜ?
こんな状況でさらにその口づけが汚いってばかりに手を振られたら……さすがに気の毒すぎるだろ。
俺の方はちょっと我慢してこの場をしのいで、後からたっぷりの石鹸で洗いまくりゃあいいだけだしよ。
……と、俺と男との間に、ようやく気を取り直せたらしい例のウェイターがサッと割って入ってきた。
「~リアちゃん、ここは任しとけ!
おい、てめぇ!
新参者のクセしてリアちゃんの……よりにもよって手の甲にキスしやがるなんて一体どーいうつもりだ!
このままセクハラでギルドの冒険者に引き渡すぞ!!」
ウェイターが、男っぷりもたっぷりに言ってくれる。
が……ウェイターの背中越しに見た男は、どーやらその話を聞いちゃあいねぇ。
文字通りがっくりと頭をうなだれ、両手両足を床についている。
その様子は本当に哀れとしかいいようがなかった。
ま、公衆の面前で派手に告白して派手にフラれちまったんだからしょうがねぇよな。
同情はするが、俺はこいつとお付き合いするつもりはさらさらねぇんだし、そこも仕方ねぇ。
辺りが微妙な膠着状態に陥る中──りりん、ともう一つ、来客を告げるベルが鳴った。
入ってきたのは、茶金色の髪に黒い目の男──ジュードだった。
おっ、今日はミーシャの付き人する気になったのか?
ちらっと時計の針を見ると、丁度俺の上がり時間が迫っていた。
裏口で待ってるミーシャんトコに直行しときゃいいのに、なんでカフェん中に来たんだか知らねぇが。
ほんの若干怪訝に思いながらもジュードの様子を見てると、ジュードの方でもカフェ内の異様な空気に気がついたらしい。
怪訝な顔つきで四つん這いでがっくりうなだれた男と、その前に立ちはだかるウェイター、そしてその後ろで未だに手首を押さえたままその場から動けずにいる俺を見つめ──そうしてもう一度、うなだれた男の方をバッと見る。
ギョッとした様な顔だ。
ジュードに気がついたウェイターがいち早くジュードに訴えかける。
「おう、ジュード!
ちょうどいいところに来たな!
この男をギルドへしょっ引いてってくれ!
こいつ、よりにもよってリアちゃんの手にキスなんかしやがって、交際を申し込んできやがったんだよ!!
もちろんリアちゃんにはフラれたけどな!」
妙に『フラれた』の部分をアピールしてウェイターが言う……と、その『フラれた』に反応して男が頭を垂れたままピクッと耳を動かす。
しかも器用にもその耳まで最後は垂れちまった。
ジュードの目が、男から俺の方へと移る。
そうしてもう一度うなだれた男の背を見た。
その顔には驚愕と──それに、俺が男だって事を知ってるから余計だろう、哀れみに似たなんともいえない表情が浮かんでいた。
──と、男が心底がっかりした様にフラフラと立ち上がる。
そーしてカフェを出て行こうとしながら、ジュードの肩にポン、と手を乗せた。
その目にちょこっと涙が浮かんでいたよーな気がしたのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
男が無言のままにカフェから外へ出て行く。
~っと、来店客だ。
俺は手にした銀の盆もそのままに、笑顔でそいつを出迎えに行く。
「いらっしゃいませ」
すっと進み出てにっこり微笑んで挨拶した先で──店に入ってきた客が、目を瞬いて俺を見つめた。
かなり背の高い、濃紺色の短髪に薄紫の目をした、二十歳くらいの男だった。
わりとキリッとしたイケメン顔だが、無精ひげを生やしてるせいで若干むさ苦しい。
この辺じゃ見ない顔だ。
もちろん今までにこのカフェに来た事もなさそう……なんだが。
どーもどっかで見た顔の様な気が……?
思わず首を傾げて眉を寄せ、男を見る──と、向こうの方でもピタと動きを止めて俺を見てきた。
そうして、電撃に打たれた様にその場に立ち尽くす。
目を大きく見開いて、口をぽか~んと開けて。
自分の予想を超える美女が目の前にいきなり現れたら、男は大体こういう風になるって事を、ここ数ヶ月で俺は身に染みて知っていた。
こいつ、この俺のあまりの可愛らしさに言葉を失ってるらしい。
ま、気持ちは分かるけどな。
俺はにっこり微笑みかけてやりながら、現実に戻ってきてもらおうともう一度口を開きかける──……ところで。
俺の予想を裏切る、とんでもねぇ事が起こった。
男が──スッとその場で片膝を床についてうやうやしく俺の右手を取り……
その手の甲にキスをしてきた。
「・・・・」
あまりの事にそいつを凝視しながら凍りついた俺に、さらに追い討ちをかける様に──男が白い歯をキラリとさせて爽やかスマイルで俺を見上げ、言う。
「~レディー、なんてお美しい。
あなたに一目で恋に落ちました。
どうかこの俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」
本気の本気で惚れ惚れした様な声で、言ってくる。
俺の本能が、俺の頭の回転より先に反応した。
ゾワっと一瞬で全身に鳥肌が立つ。
俺は凍りついたままやっとの事で、
「……え゛?」
内心真っ青になりながら、返す。
たぶん……自分でもよく分からねぇが、地声が出ちまってただろう。
そいつに関してってわけじゃあないだろう、ないだろうが……いつも賑わって声が途絶える事のねぇカフェの中が、一瞬し~んと静まり返る。
俺の後ろから、『ドンガラガッシャーンッ』とミーシャも顔負けの、激しく皿や盆を落とす音が聞こえてきた。
リアにベタ惚れしてる、あのウェイターだった。
「な……な……」
顔面真っ青、声も息継ぎ大丈夫か?ってくらい裏返っちまってる。
けど俺だって人の事は言えねぇ。
俺は無意識に男に取られた右手をすーっと引きかけた……んだが。
男の力強い手がそれを許さなかった。
かっしりとさりげなく力を込められ、引き止められる。
その、手の皮が厚い。
たぶん……剣を扱う人間だ。
俺は──笑顔を引きつらせたまま、かなり裏返った声で「……あの、」と口を開く。
ウェイターじゃねぇが、息も絶え絶えだ。
かわいい女の子にチューされるならともかく……こんなムサい男に(手の甲とはいえ)口づけされて、挙句の果てに『結婚を前提に付き合ってくれ』だぁ?!
ゾッとしすぎてこのまま気ぃ失っちまいそうだ。
こんな状況、ジュードや犬カバはもちろん、ミーシャにだって笑われかねねぇ。
俺は特にミーシャの顔を思い出して、ごくりとつばを飲み込んで言葉を続けた。
「……わ、私……私は………」
まさか男なんですとは口が裂けても言えねぇ。
けど……どーする?
何て言ってこの状況を乗り切ればいい??
頭ん中がぐるぐるする。
何だか目まで回ってきやがった。
男の爽やかスマイルの下の無精ひげだけが目につく。
「……レディー、大丈夫ですか?」
俺が今にも卒倒しそうだからか、男が若干心配そうな面持ちで問いかけてくる。
が、俺の耳にはその半分程度しか入ってこなかった。
すぅっと大きく息を吸って、
「ごっ、ごめんなさいっ!
私、無精ひげの男は嫌いなんです!!」
わりと大きな声で、はっきりキッパリ面と向かって言ってやる。
と、男が──言葉の意味を捉えかねた様に目をぱちくりさせて俺を見た。
一拍の間を置いて、
「おっ、おぉ~」
野次馬たちの大きなどよめきがカフェ内に響き渡る。
どーやらウェイターだけじゃねぇ、カフェに来た客たち全員が──男も女も老いも若きも関係なしに、興味深く俺と男のやり取りに注目していたらしい。
ズリッと気力を無くした様に男の力強い手から力が抜ける。
俺はその隙に今度こそ男に握られた手を引っ込め、もう一方の手でその手首を持った。
本当はその場で手をぶんぶん振って嫌な感触を取っ払ってさえやりたいが、本人の前でそこまですんのはほんの少し申し訳ねぇ様な気がして出来なかった。
だってよ……目の前のこの男、かなりのショックを受けたらしく、頭をガックリうなだれて、俺の手を握った手もへなへなと床についちまったんだから。
しかも、片膝を床についたまま、だぜ?
こんな状況でさらにその口づけが汚いってばかりに手を振られたら……さすがに気の毒すぎるだろ。
俺の方はちょっと我慢してこの場をしのいで、後からたっぷりの石鹸で洗いまくりゃあいいだけだしよ。
……と、俺と男との間に、ようやく気を取り直せたらしい例のウェイターがサッと割って入ってきた。
「~リアちゃん、ここは任しとけ!
おい、てめぇ!
新参者のクセしてリアちゃんの……よりにもよって手の甲にキスしやがるなんて一体どーいうつもりだ!
このままセクハラでギルドの冒険者に引き渡すぞ!!」
ウェイターが、男っぷりもたっぷりに言ってくれる。
が……ウェイターの背中越しに見た男は、どーやらその話を聞いちゃあいねぇ。
文字通りがっくりと頭をうなだれ、両手両足を床についている。
その様子は本当に哀れとしかいいようがなかった。
ま、公衆の面前で派手に告白して派手にフラれちまったんだからしょうがねぇよな。
同情はするが、俺はこいつとお付き合いするつもりはさらさらねぇんだし、そこも仕方ねぇ。
辺りが微妙な膠着状態に陥る中──りりん、ともう一つ、来客を告げるベルが鳴った。
入ってきたのは、茶金色の髪に黒い目の男──ジュードだった。
おっ、今日はミーシャの付き人する気になったのか?
ちらっと時計の針を見ると、丁度俺の上がり時間が迫っていた。
裏口で待ってるミーシャんトコに直行しときゃいいのに、なんでカフェん中に来たんだか知らねぇが。
ほんの若干怪訝に思いながらもジュードの様子を見てると、ジュードの方でもカフェ内の異様な空気に気がついたらしい。
怪訝な顔つきで四つん這いでがっくりうなだれた男と、その前に立ちはだかるウェイター、そしてその後ろで未だに手首を押さえたままその場から動けずにいる俺を見つめ──そうしてもう一度、うなだれた男の方をバッと見る。
ギョッとした様な顔だ。
ジュードに気がついたウェイターがいち早くジュードに訴えかける。
「おう、ジュード!
ちょうどいいところに来たな!
この男をギルドへしょっ引いてってくれ!
こいつ、よりにもよってリアちゃんの手にキスなんかしやがって、交際を申し込んできやがったんだよ!!
もちろんリアちゃんにはフラれたけどな!」
妙に『フラれた』の部分をアピールしてウェイターが言う……と、その『フラれた』に反応して男が頭を垂れたままピクッと耳を動かす。
しかも器用にもその耳まで最後は垂れちまった。
ジュードの目が、男から俺の方へと移る。
そうしてもう一度うなだれた男の背を見た。
その顔には驚愕と──それに、俺が男だって事を知ってるから余計だろう、哀れみに似たなんともいえない表情が浮かんでいた。
──と、男が心底がっかりした様にフラフラと立ち上がる。
そーしてカフェを出て行こうとしながら、ジュードの肩にポン、と手を乗せた。
その目にちょこっと涙が浮かんでいたよーな気がしたのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
男が無言のままにカフェから外へ出て行く。
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