上 下
101 / 254
十四章 犬カバ

3

しおりを挟む
「──ええ……。
私も、ずっとそれが引っかかっていたの。
ダルクさんもそうだけれど……どうして二人とも、あの通路の存在を知っていたのか分からなくて……。
私も父から聞いて、サランディール城にある秘密通路やその入口のいくつかについては知っていたわ。
きっと私が知らなくて、国王と次期王の位にある人にしか伝えられない通路もたくさんあるはず。
だけど……リッシュが言う様に、本来ならジュードやダルクさんの様な人が、その内の一つでさえ、知っているはずはないの」

ミーシャが真剣な表情で言う。

俺は口をへの字に曲げたまま、問いかける。

「何か心当たりとかねぇのか?
ダルクの事は……とりあえず置いとくにしても、ジュードがその通路の事を知ってた理由に心当たりは」

ミーシャはそいつに首を横に振った。

その表情が、どっかしょぼくれて見える。

「もしかしたら──私の一番上の兄──アルフォンソがその入口を知っていて、私をそこへやる様にジュードに言ったのかも、とは思うのだけれど……。
リッシュが怪我で寝込んでいる頃に、そう思ってジュードに聞いてみた事があったの。
だけど、何も答えてはくれなかった。
地下通路の事も内乱の事も──兄がどうなったのかも……あの日の事で、自分に話せる事は何もない、と言われてしまって」

ミーシャの言葉に──俺はミーシャと同じ様に眉を寄せたまま、考えを巡らせた。

あの・・ジュードがミーシャから話を求められて、何も答えなかった?

ミーシャに一言『お願い』と言われたら、心底嫌そうにしながらも俺に飯まで食わせてみせよーとする、あのジュードが?

んな事が、あり得るかよ?

それも、『話せる事は何もない』?

知っているのに、教えたくねぇ。

教える事が出来ねぇ……ってか?

何でだよ?

意味が分からず口を曲げたまま考え込んでると、俺の背後でドゴンッと一つ大きな音が鳴る。

続いて、「きゅうぅ」って情けねぇ鳴き声も。

俺はもしかしてと思って立ち上がり、俺の部屋に続く戸をゆっくりと開ける。

と、戸の前に犬カバがばったりと倒れて床に伸びていた。

「おっ、おい、犬カバ?」

若干心配になってしゃがみ込み、犬カバの両脇を持って抱え上げる……と。

くひー、ずぴー、といつも通りのヘンないびきと、まったく何の問題もねぇ呼吸が出る。

ミーシャが俺のすぐ横に膝を落として俺と同じに犬カバの様子を見る。

俺は思わずミーシャと顔を見合わせて、二人一緒に笑っちまった。

どーやら犬カバのやつ、寝ぼけたまま歩いて部屋の戸に激突したみてぇだ。

頭にぷっくりタンコブが出てきたけど、それでもぐーすかそのまま寝込めちまうってんだから、流石としか言いようがねぇ。

俺はやれやれと半分呆れながらも、肩をすくめてミーシャに言う。

「──とりあえず、俺らも寝るか。
ジュードの事は、俺もさりげな~く探ってみるよ。
あいつの事だからそう簡単にボロは出さなさそうだけど……案外、部外者の俺にはうっかり口を滑らすとかあるかもしんねぇし。
まぁ、俺に任せとけ」

最後はへらっと笑って言ってやると、ミーシャが憂い混じりに「……うん」と一言答える。

俺は──ちょっとでも何か気を逸らしてやりたくて、へらっとしたままいつもの軽~い調子で付け加える様に言う。

「あっ、もしまた悪い夢見そうで怖くて眠れそうにねぇってんなら、俺が朝まで添い寝してやろ~か?」

へら~っとしながら冗談半分、もう半分は──それもちょっとはアリだったりして、と思いつつ聞いてみる。

と──ミーシャが目をぱちぱちと瞬いて俺を見つめる。

「え?」

たった一言で問いかけられた声が──ミーシャのこんな声初めて聞いたってくらいぽけっとしている。

んな事聞かれるなんて、まったく思ってなかったみてぇな感じだ。

それに、もう一度瞬き。

その目があんまりにも純真無垢な目だったもんだから──俺は自分で言った言葉だってのに、何だか恥ずかしくなって ぎこちなくそそくさと明後日の方を向いた。

俺のこの口は……また何言ってんだよ、まったく。

……顔から火が出てんじゃねぇかってくらいに熱い。

「あっ、いや、これはその、ヘンな意味じゃなくって、俺はただミーシャに元気出してもらおーと思って言っただけで……」

変にあせあせしながらしどろもどろに言う──と、ミーシャがほんのちょっとの間を置いて……ふふっと穏やかに笑う。

「──ありがとう、いつも気遣ってくれて。
でも、大丈夫。
リッシュと話せてちょっとすっきりしたし……。
きっとよく眠れるわ。
私より犬カバと一緒に寝てあげて。
きっとリッシュの気配がなかったから、寝ぼけながらこっちに来ようとしたのよ。
本当にリッシュの事が好きなのね」

心底どこにも何の疑いもなさそうに、ミーシャが穏やかに微笑んだまま言う。

俺は何だか──騙してるような、申し訳ねぇような、ガックリしたような気持ちで「はは……は、そーかな?」と両手に持ち上げたままの犬カバの間抜け面を見る。

もちろん、この犬カバの間抜け面よりもっと間抜けなのはこの俺だ。

部屋の電気を付けてなくって、犬カバが寝込んでてほんと良かった。

でなきゃたぶん赤くなっちまってるだろうこの俺の顔をミーシャに気づかれちまってただろうからな。

けど………う~ん……。

まぁミーシャがこーやって微笑んでくれるんならなんだっていいんだけどよ。

いいんだけど……。

ちょっともこれっぽっちもドキッともされねぇくらい、まったく相手にされてねぇ感が、ちょっと悲しい……気もする。

俺、ちゃんとミーシャん中で男の扱いになってんだろーか。

こーまでまったく警戒されねぇってのは信頼されてるからなのか、それとも……?

いや、考えてると虚しくなってきそうだ。

俺は無理にへらっと笑ってその場をやり過ごしたのだった──。

◆◆◆◆◆

ミーシャはパタン、と後ろ手に部屋の戸を閉める。

リッシュとお休みを言った後、一人自室に戻ったのだったが……戸に背を持たせかけて、両手を口の前まで持ってくる。

触れた顔が、焼ける様に熱い。

多分相当赤くなってしまっているだろうが……リッシュに気づかれなかっただろうか?

困った様にぱちぱちと瞬きをして、軽く天井の方に目線を上げる。

気持ちを落ち着ける為に一つ息をついた。

とたん、

『あっ、もしまた悪い夢見そうで怖くて眠れそうにねぇってんなら、俺が朝まで添い寝してやろ~か?』

先程のごくごく軽~い調子のリッシュの声が蘇る。

リッシュの言葉には、たぶん大した意味はなかっただろう。

本人も変な意味じゃないと言っていたし。

けれど──

一瞬、どきっとしてしまった。

ミーシャはもう一度息をついて、ぽふんとベッドの上に転がった。

なんだかどきどきしてしまって、また眠れそうもない──。

◆◆◆◆◆

次の日──

俺は昨日の夜の若干の落ち込みからも回復して、

「いらっしゃいませ~」

とにっこり笑顔で微笑みながら、カフェでウェイトレスの仕事をしていた。

おかげさまであの後は何の夢も見なかったし、ぐっすり眠れて目覚めもバッチリだ。

ミーシャも……たぶん少しは寝れただろう。

今朝見た感じじゃ顔色も悪くなさそうだったし、特に思いつめた様子もなかったからな。

そして、昨日の話の肝心かなめのジュードだが……今日はまだ姿を見てねぇ。

いつもは朝、ギルドが開くのとほぼ同じ頃にやって来て、ミーシャのお付きを始めるってのによ。

ミーシャじゃねぇけど、確かにあいつ、この頃本当に行動が怪しいんだよな……。

今日も今、ミーシャと行動を共にしてんのか怪しいところだぜ。

昨日は『任せとけ』なんて安請け合いしたけど……あいつからあの内乱の日の事を聞き出すなら、なんか上手い話の振り方考えねぇと警戒されて何も話しちゃくれなくなりそうな気がする。

さて、どーしたもんかね……。

な~んて事を頭の隅に考えながら、仕事の方はきっちりしっかりこなしている……と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...