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十四章 犬カバ
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ヘイデン・ハントは、ゆったりとした歩調で街を歩いていた。
深夜遅くの事で、辺りには人の気配はない。
こんな時間にこんな場所まで出たのは、かなり久しぶりの事だった。
街路に沿って真っすぐに並ぶ幾灯もの電灯の明かりが、ぼんわりと暗闇に光をもたらして、ヘイデンの歩く影を作り出している。
無論ヘイデンには何一つ見えはしないのだが……。
この光景が出来上がったのはほんの十二年前だという事だけは、ヘイデンも知っていた。
以前はずっと、ガス灯が使われていた。
ギルド関係者の中でも特別に知らされた人間だけが知っている秘密の地下道。
シエナやヘイデンの屋敷、ゴルドーの家。
そしてゴルドーが所有する数多くの店……。
全て昔はガス灯やロウソク、燭台の火を明かりに使っていたのだが、今ではすっかり全て電灯の明かりに切り替わっている。
当時は──いや、今でも他の地域ではまだそうなのだが──珍しかった電灯だが、この街では今では至る所で扱われるまでになった。
──時の流れは速いものだな。
思いながら歩き続け──ヘイデンはとうとうある店の前に辿り着いた。
とはいえ店の看板の明かりはすでに落ちている。
閉店時間はとうに過ぎていた。
それを知っていながらヘイデンは、店の前に立ちコンコン、とゆっくりと二度その正面口の閉ざされた戸をノックする。
一度のノックでは意味がないと知っていたヘイデンは、さらに続けて二度戸を叩く。
──とたん。
「おい、店は閉店してんだよ!
見て分かんねぇ……」
のか!とまで言おうとしたのだろう、戸を乱暴に開けながら怒鳴り声を上げかけ──ゴルドーが眉を寄せてヘイデンを見る。
「~ヘイデンか、」
ヘイデンは軽く肩をすくめた。
「まだ中で深酒をしてるだろうと思ってな。
少しいいか?
話がある」
◆◆◆◆◆
「なぁなぁ、」
と俺はうきうきするように口にする。
ガキの頃の声だ。
俺はめいいっぱい顔を上に上げて、両手を大きく広げて言う。
「俺も飛行船の整備手伝ってんだぞ!
すっごいだろ!
そのうちさ、あいつを買い取ったら空に飛ばすんだ!
ダルも一緒に乗せてやってもいいぞ!」
一生懸命上を見上げながら言った先で、あいつが──ダルクが穏やかに微笑んで俺を見下ろす。
けど、決していつもみてぇに頭をクシャクシャと撫で回したりはしなかった。
ただちょっと離れた真正面から俺を見下ろして、微笑んでいる。
「なぁ、何でしゃべんねぇの?
いつもさ、俺がこういうこと言うと『ぶっ』て笑ったりすんじゃねーか。
なぁ……」
言い募るようにダルクに話しかけながら──俺は胸の内にじんわりと嫌な記憶が流れてくるのを感じていた。
本当は、分かってんだ。
こいつはただの夢で、ダルクは今はもう死んじまってて、口を開くことも出来ない。
だけど俺はその声が聞きたくて、ダルクと話がしたくて、しゃべり続ける。
深夜遅くの事で、辺りには人の気配はない。
こんな時間にこんな場所まで出たのは、かなり久しぶりの事だった。
街路に沿って真っすぐに並ぶ幾灯もの電灯の明かりが、ぼんわりと暗闇に光をもたらして、ヘイデンの歩く影を作り出している。
無論ヘイデンには何一つ見えはしないのだが……。
この光景が出来上がったのはほんの十二年前だという事だけは、ヘイデンも知っていた。
以前はずっと、ガス灯が使われていた。
ギルド関係者の中でも特別に知らされた人間だけが知っている秘密の地下道。
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そしてゴルドーが所有する数多くの店……。
全て昔はガス灯やロウソク、燭台の火を明かりに使っていたのだが、今ではすっかり全て電灯の明かりに切り替わっている。
当時は──いや、今でも他の地域ではまだそうなのだが──珍しかった電灯だが、この街では今では至る所で扱われるまでになった。
──時の流れは速いものだな。
思いながら歩き続け──ヘイデンはとうとうある店の前に辿り着いた。
とはいえ店の看板の明かりはすでに落ちている。
閉店時間はとうに過ぎていた。
それを知っていながらヘイデンは、店の前に立ちコンコン、とゆっくりと二度その正面口の閉ざされた戸をノックする。
一度のノックでは意味がないと知っていたヘイデンは、さらに続けて二度戸を叩く。
──とたん。
「おい、店は閉店してんだよ!
見て分かんねぇ……」
のか!とまで言おうとしたのだろう、戸を乱暴に開けながら怒鳴り声を上げかけ──ゴルドーが眉を寄せてヘイデンを見る。
「~ヘイデンか、」
ヘイデンは軽く肩をすくめた。
「まだ中で深酒をしてるだろうと思ってな。
少しいいか?
話がある」
◆◆◆◆◆
「なぁなぁ、」
と俺はうきうきするように口にする。
ガキの頃の声だ。
俺はめいいっぱい顔を上に上げて、両手を大きく広げて言う。
「俺も飛行船の整備手伝ってんだぞ!
すっごいだろ!
そのうちさ、あいつを買い取ったら空に飛ばすんだ!
ダルも一緒に乗せてやってもいいぞ!」
一生懸命上を見上げながら言った先で、あいつが──ダルクが穏やかに微笑んで俺を見下ろす。
けど、決していつもみてぇに頭をクシャクシャと撫で回したりはしなかった。
ただちょっと離れた真正面から俺を見下ろして、微笑んでいる。
「なぁ、何でしゃべんねぇの?
いつもさ、俺がこういうこと言うと『ぶっ』て笑ったりすんじゃねーか。
なぁ……」
言い募るようにダルクに話しかけながら──俺は胸の内にじんわりと嫌な記憶が流れてくるのを感じていた。
本当は、分かってんだ。
こいつはただの夢で、ダルクは今はもう死んじまってて、口を開くことも出来ない。
だけど俺はその声が聞きたくて、ダルクと話がしたくて、しゃべり続ける。
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