上 下
98 / 255
十三章 鍵の行方

8

しおりを挟む
──と、ヘイデンが、

「……それは脅しているのか?」

眉を寄せ、返してくる。

ミーシャは息を大きく吸い込んで、

「ええ、ヘイデンさんがそう思われたのなら。
脅しています」

ハッキリと、答えてみせる。

実際には脅しというより、単なる”宣言“だという事は百も承知だった。

ミーシャが一人で行ってサランディールの者に捕まろうが、ヘイデンには何の損害もない。

問題が出てくるとしたらミーシャが捕まり、飛行船の鍵をその価値の分かる者・・・・・・・・・に奪われた時だが、ミーシャはそんなヘマをするつもりはなかった。

ヘイデンがミーシャの方をまっすぐ見つめて、ふーっと大きく息をつく。

そうしてしばらくの後、きゅっと眉を寄せたまま、

「………。分かった」

たった一言、答えてくる。

ミーシャがパッとヘイデンの顔を見る──とヘイデンは言う。

「……その件については、考えてみよう。
だが、少し時間をもらいたい。
どちらにせよリッシュが二十万ハーツを稼ぎ終えるまでにはまだ時間があるだろう。
返事は早いうちに必ずさせてもらう。
だから、それまではくれぐれも勝手な行動はとらないように」

言ってくる。

おそらくこの答えは──ヘイデンの中ではかなり譲歩してくれたものなのだろう。

もしミーシャの意見をまるっきり聞いてくれる気がなかったのならば、今この場で『ダメだ』とハッキリと言ったはずだ。

ヘイデンが考えてみると言ったのだから──きっと公平な目で、考えてくれるつもりなのだろう。

ミーシャはそう考えそっと息をついて、

「──……分かりました」

素直に答える。

ヘイデンがそれに小さく頷いた。

と──

「お~い、ヘイデン、作業終わったぞ!
次は何すんだ~っ?」

下の階からリッシュが声を張り上げてくる。

その明るい声に、ミーシャは目をぱちぱちと瞬いて……そうして思わずふふっと笑った。

ヘイデンがまったくあいつはと言わんばかりに肩を竦める。

「──戻ろうか」

問いかけられた言葉に、ミーシャは「はい」と一つ返した。

ヘイデンが頷き、ゆっくりと踵を返して歩き始める──と、声が届かなかったと思ったのだろうか、リッシュが下から「お~い、ヘイデン?」ともう一度声を上げてくる。

ヘイデンはやれやれとばかりに首を横に振って、それでも階下へ向かって歩き出す。

その様子がどうにもおかしくて──ミーシャはくすくすと小さく笑いながらその後についたのだった──。


◆◆◆◆◆


「……ふーん、そうか」

と一言で返したのは、青年だった。

濃紺色の短髪に、薄紫の瞳。

年の頃は、二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。

端正な顔立ちだが、鍛え抜かれた肉体と、無精ひげのせいか軟弱そうには全く見えない。

腕組みをし、粗末な壊れかけた木の椅子に背を預け片手を顎元へやる。

これが──何かを深く考える時のこの青年のクセだという事を、ジュードはかなり昔から知っていた。

「──リッシュ・カルトに、冒険者ダルク……それに、『飛行船』か。
その飛行船ってのがどの程度のものなのかは分からないが……。
どう思う、ジュード。
俺の計画に使える・・・かな?」

問いかけられて──ジュードは一つ、無言のまま間を置いて、

「……リッシュ・カルトから聞いた話の限りでは、ですが……可能性は、あると思います」

答える。

重々しく答えた言葉に、青年がふむ、と軽く頷いてくる。

そうして組んでいた腕を外してテーブルに手をつき、すっと椅子から立ち上がった。

立ち上がるとかなり背が高い。

天井の低いこの古びた小さな廃屋では、頭が天井にぶつかってしまいそうだった。

青年はそれを気にしたように天井を嫌そうに見上げ、首を小さく縮こめる。

そうしてさっさとここから立ち去りたいとばかりに肩をすくめた。

「──それなら、引き続きそちらの方は任せた。
死んだはずのサランディールの元姫君の様子も、忘れず報告するように」

言ってくるのに、

「……はっ」

ジュードは短く答える。

青年はその聞き慣れた答えを聞き流しながら、そこへ背を向け、まるで泥棒シーフの様に静かに身軽に歩き去る。

その姿と気配が完全に廃屋から消え去った──ところで。

ジュードは苦悩に満ちた表情で自分の足元に目を落とす。

一体、この道の行き着く先はどこなのだろうかと──“あの日“以来、何度も何度も考えた事を考える。

”あの日“から──……あの、一年前の内乱から、ジュードの人生は、進む道は、大きく変わってしまった。

まるで、荊を踏みしめて歩く様な、ひどく険しい道に──。

ジュードは重い足を上げ、ゆっくりとその場から動き出す。

きっと今頃は、ミーシャがリッシュの『出迎え』からも戻って、ギルドに帰っている頃だろう。

何の疑いも抱いていない様子の彼女の微笑みを見ると気が引けるが、こちらにも引き返せぬ理由がある。

ジュードは眉を固く寄せ重たい息をついてから、その場を後にしたのだった──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。 日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。 ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。 目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ! 大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ! 箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。 【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...