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十三章 鍵の行方
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──と、ヘイデンが、
「……それは脅しているのか?」
眉を寄せ、返してくる。
ミーシャは息を大きく吸い込んで、
「ええ、ヘイデンさんがそう思われたのなら。
脅しています」
ハッキリと、答えてみせる。
実際には脅しというより、単なる”宣言“だという事は百も承知だった。
ミーシャが一人で行ってサランディールの者に捕まろうが、ヘイデンには何の損害もない。
問題が出てくるとしたらミーシャが捕まり、飛行船の鍵をその価値の分かる者に奪われた時だが、ミーシャはそんなヘマをするつもりはなかった。
ヘイデンがミーシャの方をまっすぐ見つめて、ふーっと大きく息をつく。
そうしてしばらくの後、きゅっと眉を寄せたまま、
「………。分かった」
たった一言、答えてくる。
ミーシャがパッとヘイデンの顔を見る──とヘイデンは言う。
「……その件については、考えてみよう。
だが、少し時間をもらいたい。
どちらにせよリッシュが二十万ハーツを稼ぎ終えるまでにはまだ時間があるだろう。
返事は早いうちに必ずさせてもらう。
だから、それまではくれぐれも勝手な行動はとらないように」
言ってくる。
おそらくこの答えは──ヘイデンの中ではかなり譲歩してくれたものなのだろう。
もしミーシャの意見をまるっきり聞いてくれる気がなかったのならば、今この場で『ダメだ』とハッキリと言ったはずだ。
ヘイデンが考えてみると言ったのだから──きっと公平な目で、考えてくれるつもりなのだろう。
ミーシャはそう考えそっと息をついて、
「──……分かりました」
素直に答える。
ヘイデンがそれに小さく頷いた。
と──
「お~い、ヘイデン、作業終わったぞ!
次は何すんだ~っ?」
下の階からリッシュが声を張り上げてくる。
その明るい声に、ミーシャは目をぱちぱちと瞬いて……そうして思わずふふっと笑った。
ヘイデンがまったくあいつはと言わんばかりに肩を竦める。
「──戻ろうか」
問いかけられた言葉に、ミーシャは「はい」と一つ返した。
ヘイデンが頷き、ゆっくりと踵を返して歩き始める──と、声が届かなかったと思ったのだろうか、リッシュが下から「お~い、ヘイデン?」ともう一度声を上げてくる。
ヘイデンはやれやれとばかりに首を横に振って、それでも階下へ向かって歩き出す。
その様子がどうにもおかしくて──ミーシャはくすくすと小さく笑いながらその後についたのだった──。
◆◆◆◆◆
「……ふーん、そうか」
と一言で返したのは、青年だった。
濃紺色の短髪に、薄紫の瞳。
年の頃は、二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
端正な顔立ちだが、鍛え抜かれた肉体と、無精ひげのせいか軟弱そうには全く見えない。
腕組みをし、粗末な壊れかけた木の椅子に背を預け片手を顎元へやる。
これが──何かを深く考える時のこの青年のクセだという事を、ジュードはかなり昔から知っていた。
「──リッシュ・カルトに、冒険者ダルク……それに、『飛行船』か。
その飛行船ってのがどの程度のものなのかは分からないが……。
どう思う、ジュード。
俺の計画に使えるかな?」
問いかけられて──ジュードは一つ、無言のまま間を置いて、
「……リッシュ・カルトから聞いた話の限りでは、ですが……可能性は、あると思います」
答える。
重々しく答えた言葉に、青年がふむ、と軽く頷いてくる。
そうして組んでいた腕を外してテーブルに手をつき、すっと椅子から立ち上がった。
立ち上がるとかなり背が高い。
天井の低いこの古びた小さな廃屋では、頭が天井にぶつかってしまいそうだった。
青年はそれを気にしたように天井を嫌そうに見上げ、首を小さく縮こめる。
そうしてさっさとここから立ち去りたいとばかりに肩をすくめた。
「──それなら、引き続きそちらの方は任せた。
死んだはずのサランディールの元姫君の様子も、忘れず報告するように」
言ってくるのに、
「……はっ」
ジュードは短く答える。
青年はその聞き慣れた答えを聞き流しながら、そこへ背を向け、まるで泥棒の様に静かに身軽に歩き去る。
その姿と気配が完全に廃屋から消え去った──ところで。
ジュードは苦悩に満ちた表情で自分の足元に目を落とす。
一体、この道の行き着く先はどこなのだろうかと──“あの日“以来、何度も何度も考えた事を考える。
”あの日“から──……あの、一年前の内乱から、ジュードの人生は、進む道は、大きく変わってしまった。
まるで、荊を踏みしめて歩く様な、ひどく険しい道に──。
ジュードは重い足を上げ、ゆっくりとその場から動き出す。
きっと今頃は、ミーシャがリッシュの『出迎え』からも戻って、ギルドに帰っている頃だろう。
何の疑いも抱いていない様子の彼女の微笑みを見ると気が引けるが、こちらにも引き返せぬ理由がある。
ジュードは眉を固く寄せ重たい息をついてから、その場を後にしたのだった──。
「……それは脅しているのか?」
眉を寄せ、返してくる。
ミーシャは息を大きく吸い込んで、
「ええ、ヘイデンさんがそう思われたのなら。
脅しています」
ハッキリと、答えてみせる。
実際には脅しというより、単なる”宣言“だという事は百も承知だった。
ミーシャが一人で行ってサランディールの者に捕まろうが、ヘイデンには何の損害もない。
問題が出てくるとしたらミーシャが捕まり、飛行船の鍵をその価値の分かる者に奪われた時だが、ミーシャはそんなヘマをするつもりはなかった。
ヘイデンがミーシャの方をまっすぐ見つめて、ふーっと大きく息をつく。
そうしてしばらくの後、きゅっと眉を寄せたまま、
「………。分かった」
たった一言、答えてくる。
ミーシャがパッとヘイデンの顔を見る──とヘイデンは言う。
「……その件については、考えてみよう。
だが、少し時間をもらいたい。
どちらにせよリッシュが二十万ハーツを稼ぎ終えるまでにはまだ時間があるだろう。
返事は早いうちに必ずさせてもらう。
だから、それまではくれぐれも勝手な行動はとらないように」
言ってくる。
おそらくこの答えは──ヘイデンの中ではかなり譲歩してくれたものなのだろう。
もしミーシャの意見をまるっきり聞いてくれる気がなかったのならば、今この場で『ダメだ』とハッキリと言ったはずだ。
ヘイデンが考えてみると言ったのだから──きっと公平な目で、考えてくれるつもりなのだろう。
ミーシャはそう考えそっと息をついて、
「──……分かりました」
素直に答える。
ヘイデンがそれに小さく頷いた。
と──
「お~い、ヘイデン、作業終わったぞ!
次は何すんだ~っ?」
下の階からリッシュが声を張り上げてくる。
その明るい声に、ミーシャは目をぱちぱちと瞬いて……そうして思わずふふっと笑った。
ヘイデンがまったくあいつはと言わんばかりに肩を竦める。
「──戻ろうか」
問いかけられた言葉に、ミーシャは「はい」と一つ返した。
ヘイデンが頷き、ゆっくりと踵を返して歩き始める──と、声が届かなかったと思ったのだろうか、リッシュが下から「お~い、ヘイデン?」ともう一度声を上げてくる。
ヘイデンはやれやれとばかりに首を横に振って、それでも階下へ向かって歩き出す。
その様子がどうにもおかしくて──ミーシャはくすくすと小さく笑いながらその後についたのだった──。
◆◆◆◆◆
「……ふーん、そうか」
と一言で返したのは、青年だった。
濃紺色の短髪に、薄紫の瞳。
年の頃は、二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
端正な顔立ちだが、鍛え抜かれた肉体と、無精ひげのせいか軟弱そうには全く見えない。
腕組みをし、粗末な壊れかけた木の椅子に背を預け片手を顎元へやる。
これが──何かを深く考える時のこの青年のクセだという事を、ジュードはかなり昔から知っていた。
「──リッシュ・カルトに、冒険者ダルク……それに、『飛行船』か。
その飛行船ってのがどの程度のものなのかは分からないが……。
どう思う、ジュード。
俺の計画に使えるかな?」
問いかけられて──ジュードは一つ、無言のまま間を置いて、
「……リッシュ・カルトから聞いた話の限りでは、ですが……可能性は、あると思います」
答える。
重々しく答えた言葉に、青年がふむ、と軽く頷いてくる。
そうして組んでいた腕を外してテーブルに手をつき、すっと椅子から立ち上がった。
立ち上がるとかなり背が高い。
天井の低いこの古びた小さな廃屋では、頭が天井にぶつかってしまいそうだった。
青年はそれを気にしたように天井を嫌そうに見上げ、首を小さく縮こめる。
そうしてさっさとここから立ち去りたいとばかりに肩をすくめた。
「──それなら、引き続きそちらの方は任せた。
死んだはずのサランディールの元姫君の様子も、忘れず報告するように」
言ってくるのに、
「……はっ」
ジュードは短く答える。
青年はその聞き慣れた答えを聞き流しながら、そこへ背を向け、まるで泥棒の様に静かに身軽に歩き去る。
その姿と気配が完全に廃屋から消え去った──ところで。
ジュードは苦悩に満ちた表情で自分の足元に目を落とす。
一体、この道の行き着く先はどこなのだろうかと──“あの日“以来、何度も何度も考えた事を考える。
”あの日“から──……あの、一年前の内乱から、ジュードの人生は、進む道は、大きく変わってしまった。
まるで、荊を踏みしめて歩く様な、ひどく険しい道に──。
ジュードは重い足を上げ、ゆっくりとその場から動き出す。
きっと今頃は、ミーシャがリッシュの『出迎え』からも戻って、ギルドに帰っている頃だろう。
何の疑いも抱いていない様子の彼女の微笑みを見ると気が引けるが、こちらにも引き返せぬ理由がある。
ジュードは眉を固く寄せ重たい息をついてから、その場を後にしたのだった──。
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