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十三章 鍵の行方
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いつも通りの気楽な口調の、リッシュの声が頭の中に蘇る。
その言葉を聞いた時──ミーシャはある一つの事を考えたのだった。
一年前の、あの内乱の日の事。
サランディールの地下通路。
暗闇の中、ミーシャがつまづいてこけてしまったダルクの遺体。
そして──その懐から落ちた、錆びついた何かの鍵の様なもの──。
鍵についたキーチェーンの先には、平べったい金属製のタグがついていた。
──ダルク・カルト──
そう彫られたそのタグの文字を指でなぞって──ミーシャはその名を借りる事にしたのだったが……。
──あの時の、あのタグのついた鍵……。
あれがこの飛行船の鍵だった、という事はないのだろうか?
ヘイデンの元にもゴルドーの元にもなく、ダルクの遺品整理でも出てこなかったのは──ダルク自身が身につけたまま、サランディール城の地下通路で力尽きてしまったから。
今も鍵はあの場所にあって──ヘイデンは、あの鍵を一人で取りに行くつもりなのではないだろうか。
国境を越え、サランディール城に繋がるあの地下道へ──。
それは、リッシュがジュードから聞いたという『ダルクの事情』を考慮し全ての話を繋げた時、大変な危険があるように思われた。
もしヘイデンが鍵を取りに行った時に、ダルクやその飛行船の事を知るサランディールの者に見つかってしまったら。
ダルクの遺体に気づき、その不思議な鍵に気がついて──もし今のミーシャと同じように飛行船の鍵かもしれないと勘付く事があったのなら。
普段、目が見えていない事など信じられないほど何の不自由もなさそうに生活しているヘイデンだが……もしそんな時一人だったら、もしかしたら、今のダルクと同じような目に遭う危険だって、ない訳ではないはず、なのだ。
もしあの鍵が、本当にそうなら──……。
そしてもしヘイデンの言う“心当たり”が、ミーシャの考えと同じだったのだとしたら。
もしそうなら──……。
ミーシャがすっと目線を上に上げ、鼻で息を吸う──ところで。
「ミーシャ殿」
後ろからふいに声をかけられ──ミーシャは驚いて「きゃっ」と思わず声を上げた。
振り返った先ではヘイデンが、ほんの僅かに眉を寄せる。
ただ声をかけただけなのにこんなにも驚かれたせいだろう。
ミーシャは取り繕う様に言う。
「──あ、ヘイデンさん。
どうされたんですか?
リッシュは?」
どきどきしながら問いかける──と、ヘイデンがどこか不満そうながらも返してくる。
「まだ下で作業中だ。
──飽きもせずにな」
後半は まるでやれやれとでも言わんばかりにヘイデンが言うのに、ミーシャは思わずくすくすと小さく笑ってみせた。
いかにも呆れて面倒臭そうな様子なのだが、その言葉端にはどこかうれしそうな響きがある。
それがヘイデンの本心を物語っていた。
ヘイデンは軽く肩をすくめて先を続ける。
「少し疲れられたか?」
問いかけられて、ミーシャはにこっと笑ってみせる。
「──いいえ、大丈夫です。
ただ少し、気分転換に出ただけで。
ヘイデンさんはどうですか?」
長年一人で黙々と整備をしてきたのだろうから、ミーシャやリッシュに色々な事を教えながら、見守りながらの作業はいつも以上に神経を使うのではなかろうか。
そう思い問いかけた先で、ヘイデンが「問題ない」と簡単に返してくる。
ミーシャはそれにそっと微笑んで頷き、再び舵の斜め下にある鍵穴を、見るともなしに見た。
ヘイデンにはそんな事は分からないだろうと思っていたのだが、
「──リッシュから鍵の話を聞いたのか?」
ミーシャの目線の先に気づいたのだろうか、それとも偶然その話を切り出したのか──ヘイデンが問いかけてくる。
ミーシャはそれに、
「──え?」
驚いて思わず問い返す。
そうして戸惑いながらも答えた。
「え、ええ……。
今日、ヘイデンさんの家に向かう途中で……。
鍵は今も行方不明、なんですよね」
聞いたままを素直に答える──と、ヘイデンが一つ頷いた。
「──ああ。
だが、その場所に心当たりがある。
リッシュにも言ったが……あの男が飛行船を俺から買い取る時にはきちんと鍵付きでくれてやるつもりだ。
何の問題もない。
余計な心配はしないように」
さらりとヘイデンが、まるでミーシャの考えを見通してしまっているかの様に釘を刺してくる。
ミーシャはそれに思わず、
「~その鍵の在り処に、私も心当たりがある……と言っても、ですか?」
口をきゅっと曲げ、眉を寄せ問いかける。
ヘイデンの眉が、ピクリと動いた。
ミーシャはたまらず言葉を続ける。
「──以前ヘイデンさんにはお話ししましたが……私は、サランディールから逃げる途中でダルクさんの遺体に会いました。
その持ち物──平べったい金属製のタグに彫られたそのお名前から、私は『ダルク』の名をお借りする事にした──。
ヘイデンさんなら見知っておられるのではありませんか?
名前入りのタグにキーチェーンで繋がれた、少し形状の変わった鍵の事を──。
もしあれがこの飛行船の鍵なのなら、遺品整理でも出てこなかった事にも、それに、鍵の在り処に心当たりがおありだったと言うヘイデンさんが長年それを取りに行けなかった理由にも説明がつきます。
それに──」
言いかけた、ミーシャの言葉を遮るように。
ヘイデンがすっと片手を上げてそれを制す。
ミーシャは不満顔のままヘイデンを見上げ、口を閉じた。
ヘイデンが、息をつく。
「──そこまでで、十分だ」
言ってくる。
そうしてちら、と階下のエンジン室の方へ意識を向けて……リッシュが上がってくる気配のないのを感知して、ヘイデンは言う。
「あなたの意見に、相違はない。
飛行船を渡すのを拒みに行ったダルクが、何故鍵をサランディールにまで持って行ったのかは謎だが……それでも、鍵がどこからも出てこなかった時、俺もゴルドーも同じ事を考えた。
あなたがダルクの文字の彫られた金属のタグ付きの鍵をそこで見たと言うのだから、今は疑いの余地もあるまい。
だが……」
言って、ヘイデンは先を続ける。
「鍵は俺がきちんと責任を持って用意しよう。
リッシュには約束が違うと責め立てたばかりだからな。
その俺が約束を違えては示しがつかん。
だからあなたは何も心配せずに、この事を忘れるように」
「……でも……」
目をそっと伏せ、ミーシャは……ふるふると頭を振る。
そうしてヘイデンをしっかり見上げて、口を開いた。
「もしヘイデンさんがあの場所に行くのなら、その時は私も一緒に行かせてください。
道のりは、まだ覚えています。
それに、必要ないと言われるかもしれないけれど、ヘイデンさんの目の代わりをする事だって出来るし、もし何かあった時、少しでも何かの役に立つ事が出来るかもしれない」
ヘイデンが何かを言おうと口を開きかける。
けれどミーシャはその言葉を言わせない様に先回りして言葉を続けた。
「ついこの間、一人で何もかもを成し遂げようとするなと仰ったのはヘイデンさんでしょう?
あなたがいなくなれば、悲しむ人間がここには大勢いるから……と。
それは、ヘイデンさんも同じだから……だから──何も問題なく鍵を見つけて帰る為に、一緒に行きたいんです。
もしそれでもどうしてもダメだとおっしゃるのなら、私一人で勝手に行くだけです。
私がここにいなくてもリッシュは飛行船を飛ばす事が出来るけど、ヘイデンさんがいなかったら鍵があろうとなかろうと、飛ばす事が出来なくなってしまう。
それでは意味がないから──。
ヘイデンさんとは行き違いになるかもしれないし、ここへ帰ってこれず、ダルクさんの横で果てる事になって鍵も持ち帰れるか分からないけれど……仕方がありません」
自分でもちょっとずるい言い方だと思いつつも、さらりと言ってみせる。
実際、もしヘイデンが本当にダメだと言うのなら、今言った通りの行動を取るつもりだった。
もちろん行くからにはきちんと鍵をここへ持ち帰るつもりではあるのだけれど。
その言葉を聞いた時──ミーシャはある一つの事を考えたのだった。
一年前の、あの内乱の日の事。
サランディールの地下通路。
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そして──その懐から落ちた、錆びついた何かの鍵の様なもの──。
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──ダルク・カルト──
そう彫られたそのタグの文字を指でなぞって──ミーシャはその名を借りる事にしたのだったが……。
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今も鍵はあの場所にあって──ヘイデンは、あの鍵を一人で取りに行くつもりなのではないだろうか。
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それは、リッシュがジュードから聞いたという『ダルクの事情』を考慮し全ての話を繋げた時、大変な危険があるように思われた。
もしヘイデンが鍵を取りに行った時に、ダルクやその飛行船の事を知るサランディールの者に見つかってしまったら。
ダルクの遺体に気づき、その不思議な鍵に気がついて──もし今のミーシャと同じように飛行船の鍵かもしれないと勘付く事があったのなら。
普段、目が見えていない事など信じられないほど何の不自由もなさそうに生活しているヘイデンだが……もしそんな時一人だったら、もしかしたら、今のダルクと同じような目に遭う危険だって、ない訳ではないはず、なのだ。
もしあの鍵が、本当にそうなら──……。
そしてもしヘイデンの言う“心当たり”が、ミーシャの考えと同じだったのだとしたら。
もしそうなら──……。
ミーシャがすっと目線を上に上げ、鼻で息を吸う──ところで。
「ミーシャ殿」
後ろからふいに声をかけられ──ミーシャは驚いて「きゃっ」と思わず声を上げた。
振り返った先ではヘイデンが、ほんの僅かに眉を寄せる。
ただ声をかけただけなのにこんなにも驚かれたせいだろう。
ミーシャは取り繕う様に言う。
「──あ、ヘイデンさん。
どうされたんですか?
リッシュは?」
どきどきしながら問いかける──と、ヘイデンがどこか不満そうながらも返してくる。
「まだ下で作業中だ。
──飽きもせずにな」
後半は まるでやれやれとでも言わんばかりにヘイデンが言うのに、ミーシャは思わずくすくすと小さく笑ってみせた。
いかにも呆れて面倒臭そうな様子なのだが、その言葉端にはどこかうれしそうな響きがある。
それがヘイデンの本心を物語っていた。
ヘイデンは軽く肩をすくめて先を続ける。
「少し疲れられたか?」
問いかけられて、ミーシャはにこっと笑ってみせる。
「──いいえ、大丈夫です。
ただ少し、気分転換に出ただけで。
ヘイデンさんはどうですか?」
長年一人で黙々と整備をしてきたのだろうから、ミーシャやリッシュに色々な事を教えながら、見守りながらの作業はいつも以上に神経を使うのではなかろうか。
そう思い問いかけた先で、ヘイデンが「問題ない」と簡単に返してくる。
ミーシャはそれにそっと微笑んで頷き、再び舵の斜め下にある鍵穴を、見るともなしに見た。
ヘイデンにはそんな事は分からないだろうと思っていたのだが、
「──リッシュから鍵の話を聞いたのか?」
ミーシャの目線の先に気づいたのだろうか、それとも偶然その話を切り出したのか──ヘイデンが問いかけてくる。
ミーシャはそれに、
「──え?」
驚いて思わず問い返す。
そうして戸惑いながらも答えた。
「え、ええ……。
今日、ヘイデンさんの家に向かう途中で……。
鍵は今も行方不明、なんですよね」
聞いたままを素直に答える──と、ヘイデンが一つ頷いた。
「──ああ。
だが、その場所に心当たりがある。
リッシュにも言ったが……あの男が飛行船を俺から買い取る時にはきちんと鍵付きでくれてやるつもりだ。
何の問題もない。
余計な心配はしないように」
さらりとヘイデンが、まるでミーシャの考えを見通してしまっているかの様に釘を刺してくる。
ミーシャはそれに思わず、
「~その鍵の在り処に、私も心当たりがある……と言っても、ですか?」
口をきゅっと曲げ、眉を寄せ問いかける。
ヘイデンの眉が、ピクリと動いた。
ミーシャはたまらず言葉を続ける。
「──以前ヘイデンさんにはお話ししましたが……私は、サランディールから逃げる途中でダルクさんの遺体に会いました。
その持ち物──平べったい金属製のタグに彫られたそのお名前から、私は『ダルク』の名をお借りする事にした──。
ヘイデンさんなら見知っておられるのではありませんか?
名前入りのタグにキーチェーンで繋がれた、少し形状の変わった鍵の事を──。
もしあれがこの飛行船の鍵なのなら、遺品整理でも出てこなかった事にも、それに、鍵の在り処に心当たりがおありだったと言うヘイデンさんが長年それを取りに行けなかった理由にも説明がつきます。
それに──」
言いかけた、ミーシャの言葉を遮るように。
ヘイデンがすっと片手を上げてそれを制す。
ミーシャは不満顔のままヘイデンを見上げ、口を閉じた。
ヘイデンが、息をつく。
「──そこまでで、十分だ」
言ってくる。
そうしてちら、と階下のエンジン室の方へ意識を向けて……リッシュが上がってくる気配のないのを感知して、ヘイデンは言う。
「あなたの意見に、相違はない。
飛行船を渡すのを拒みに行ったダルクが、何故鍵をサランディールにまで持って行ったのかは謎だが……それでも、鍵がどこからも出てこなかった時、俺もゴルドーも同じ事を考えた。
あなたがダルクの文字の彫られた金属のタグ付きの鍵をそこで見たと言うのだから、今は疑いの余地もあるまい。
だが……」
言って、ヘイデンは先を続ける。
「鍵は俺がきちんと責任を持って用意しよう。
リッシュには約束が違うと責め立てたばかりだからな。
その俺が約束を違えては示しがつかん。
だからあなたは何も心配せずに、この事を忘れるように」
「……でも……」
目をそっと伏せ、ミーシャは……ふるふると頭を振る。
そうしてヘイデンをしっかり見上げて、口を開いた。
「もしヘイデンさんがあの場所に行くのなら、その時は私も一緒に行かせてください。
道のりは、まだ覚えています。
それに、必要ないと言われるかもしれないけれど、ヘイデンさんの目の代わりをする事だって出来るし、もし何かあった時、少しでも何かの役に立つ事が出来るかもしれない」
ヘイデンが何かを言おうと口を開きかける。
けれどミーシャはその言葉を言わせない様に先回りして言葉を続けた。
「ついこの間、一人で何もかもを成し遂げようとするなと仰ったのはヘイデンさんでしょう?
あなたがいなくなれば、悲しむ人間がここには大勢いるから……と。
それは、ヘイデンさんも同じだから……だから──何も問題なく鍵を見つけて帰る為に、一緒に行きたいんです。
もしそれでもどうしてもダメだとおっしゃるのなら、私一人で勝手に行くだけです。
私がここにいなくてもリッシュは飛行船を飛ばす事が出来るけど、ヘイデンさんがいなかったら鍵があろうとなかろうと、飛ばす事が出来なくなってしまう。
それでは意味がないから──。
ヘイデンさんとは行き違いになるかもしれないし、ここへ帰ってこれず、ダルクさんの横で果てる事になって鍵も持ち帰れるか分からないけれど……仕方がありません」
自分でもちょっとずるい言い方だと思いつつも、さらりと言ってみせる。
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