91 / 254
十三章 鍵の行方
1
しおりを挟む
機嫌のいい鼻歌が聞こえる。
飛行船の鍵のキーリングに指を引っ掛け、くるくると回す黒髪の背の高い男──。
ダルクだ、とすぐに分かった。
あいつ、あんな大事なモンをオモチャみたいにして、しょうがねぇな。
そのままスポッて指から抜けてどっかに吹っ飛んじまって無くしたら、どーするつもりだよ?
ダルクが俺の姿に気がついて、鍵につけたキーチェーンの先についた平べったい金属製のタグと鍵自身をハッシと手の中に収める。
なぁ、おい。
その鍵、どこに失くしちまったんだよ?
それがねぇと俺、飛行船手に入れても動かせねぇんだぜ?
夢の中で、問いかける。
と、ダルが──ダルク・カルトが、ニッと口の端だけで笑った。
そうして──……。
◆◆◆◆◆
ふみ、と何かが俺の頬を踏みつける。
「う……うう……」
呻きながら顔を横にする。
「クッヒ」
聞き慣れた声が、どっか遠くから届く。
そうしてペシ、とまた横っ面を軽く叩かれた。
それから、ぐにぐにと頬を押される。
俺は──思わず顔をしかめながら、その頬を押してくる手を押しやり、薄目を開けた。
最初に映ったのは、もふもふの黒い毛並み。
俺の頬を押していたのは──犬カバの手(いや、前足って言やぁいいのか?)だった。
「……ぬカバ……?
なんだよ……俺は昨日寝たの遅かったんだから……もうちょっとゆっくり寝かせろよ……」
うとうとしながら言って、また重いまぶたを閉じる──と。
「……クッヒ」
犬カバが、後悔するぜと言わんばかりの呆れ混じりの声をかけてくる。
その口調に俺は──
「ううぅ……」
唸りながらも、ようやく顔をしかめながらも目を開けた。
そうしてそのままふわぁっとあくびをする。
ぽりぽりと頭を掻きながら寝ぼけ眼で起き上がる。
目をこすり、頭をちょっとでもはっきりさせようとしてから──
俺はようやく辺りの様子を見た。
つっても、その様子はいつもと何も変わりねぇ。
たぶん時間は昼過ぎってとこだろう。
外は穏やかに晴れ渡ってんのか、カーテン越しでも十分明るいし、辺りは至って静かで平和そのものだ。
くん、と鼻を利かせてちらっとリビングへ続く戸の方を見たが、どーやら『ミーシャの料理で出してる煙』もなさそうだ。
つまり、何にも問題はなさそうな感じなんだが……。
な~んでわざわざ起こしたんだよ?
こっちは『一世一代の大勝負』の翌朝(翌昼?)で、めちゃめちゃ疲れてんだぞ……。
思いながら犬カバを見ると、犬カバがくるんと目を回して、
「クッヒー」
もう一度こっちに向かって言ってくる。
そーしてリビングに続く戸を見やって、頭を垂れて左右に振る。
何だか『あ~あ、やっちまったな』とでも言わんばかりだ。
俺は──そいつに何故かそこぶる嫌な予感がして、眉を寄せた。
何度も言うが……俺のこーゆー予感は、わりと当たりがちだ。
ひょいとベッドから足を下ろし、そのままリビングに続く戸の前まで行って──ほんのちょっと用心しながら、うっすらゆっくりと戸を開く。
リビングにいたのはテーブルのいつもの席に鎮座するミーシャ、ただ一人。
ミーシャがこっちへ目を向ける。
普段ならふわっと微笑んで「おはよう」と挨拶してくれるミーシャだが……。
今日は──優しいふわっとした笑みはねぇ。
目は座ってるし……何か『ミーシャ』ってより『ダルク』の顔だ。
俺は──何となく戸の隙間からミーシャを窺う様にしながら言う。
「あの~……ミーシャさん……?
もしかしてなんか怒ってんの……かな~?なんて……」
自分でも何でミーシャをさん付けで呼んだか分からねぇまま、ごまかしのへらへら笑いをしながら問いかける。
ミーシャはけど、そこには何の言及もせずにたった一言「そこに座れ」とだけ言ってくる。
その声音と口調は──やっぱり完全に怒ってる……よなぁ……。
思いつつもミーシャの言葉に逆らえる気もしなかった俺は、すごすごとミーシャの丁度正面に当たる、いつもの席につく。
そうして、沈黙。
何か……すげぇ居づれぇんだけど。
頼みの綱は犬カバだったが、どーやらこんな時に限ってついてこなかったらしい。
見ちゃいねぇが、たぶん俺の部屋に残ったんだろう。
普段あんなに俺の行く先に真っ先に入ってくってのによ……。
んな事を思いながら、もう一回口を開こうかどうか迷い始めた──所で。
ミーシャが静かに口を開く。
「──今朝、ゴルドーからギルドへ連絡があった。
リッシュ・カルトが借金を全額返済したから、指名手配を取り下げる……って」
淡々と、何故か重苦しい口調でミーシャが言ってくる。
もう完全に『ダルク』の時の口調じゃねぇか。
俺はその気まずい感じをどーにか払拭しよーと、至って明るく声を上げた。
「そっ、そーなんだよ。
昨日ゴルドーに借金返済してさ……その上ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ケッコー近い額まで稼いだ……」
んだぜ、とまで言い切る前に。
ミーシャがひどく怒った表情で俺の目を見る。
俺はそいつにギクリと思わず身じろぎした。
「──そのお金は一体どうしたんだ?
働いて稼いだお金ではないだろう」
言ってくるのに──俺はようやくミーシャの怒りの原因が分かって……思わず目を逸らした。
「あ~……ええと……」
ミーシャからの視線が痛い。
俺は内心冷や汗を掻きながら、目線を逸らしたままでゴニョゴニョと言う。
「その……まぁ、ゴルドーとカジノで勝負して……大勝ちしたお金、なんだけど……」
言いかけた、俺の顔を。
ミーシャが驚きにか怒りにか、目を見張って見る。
そうして、
「~ゴルドーと、カジノで勝負!?
一体何をどうしたらそんな事になるの!?」
怒髪天を突く勢いで、言ってくる。
口調は『ダルク』から『ミーシャ』に戻って良かった(?)が……俺はその場に小さくなりながら汗をたらたら流した。
ミーシャがなおも声を上げる。
「あなたがこの頃地下道から街へ出ていたのは知っていたけれど、そんな事をしていたなんて……!
せっかく働いて稼いだお金をそんなものに使って……また大負けして全額没収されたら、一体どうするつもりだったの!?
呆れて物も言えないわ!」
怒髪天をつく勢いで怒るミーシャに、俺は「あっ、いや、」としどろもどろに続けた。
「前回の大負けは、ゴルドーのやつにイカサマされてたんだって!
そっ、それに、今回はゴルドーのやつと一対一で話したい事もあったんだよ──俺のガキの頃の話でさ……」
わたわたしながらも言う──と、
「──子供の頃の、話……?」
ミーシャが──疑念たっぷりの口調と表情で、問い返してくる。
それでもどうやら少しは話を聞いてくれるつもりがあるらしい。
俺はそいつに内心ほっとして、話を続けた。
「──ああ。
こないだちょ~っと、思い出した事があって。
ゴルドーのやつ……あいつも、昔 ダルクの飛行船造りを手伝ってたんだよ。
それで──すげぇ意外なんだけど……ダルクが死んだ時には、この俺を引き取ってくれようとしてた……みてぇなんだよな。
結局俺はそこには留まらなかった訳なんだけど、色々聞きてぇ事もあって……それで──……」
話してる間に、ミーシャの顔から怒りと疑惑の表情が消えていく。
代わりに浮かんできたのは──何だか戸惑いと、ほんのちょっと、俺を気遣う様な表情だった。
さっきまで上がっていた眉尻をほんの少し下げて──ミーシャはそっと口を開く。
「──『もう一人の飛行船の出資者だった男』……」
ぽつり、つぶやく様に口にする。
俺はそれに、
「……へっ?」
思わず一言で、問いかけた。
ミーシャがそんな俺をそっと見つめていた。
「──ヘイデンさんが、以前教えてくれた事があったの。
その人が、リッシュを預かる事になっていたって。
だけど、リッシュは記憶を失くしてしまって……しばらくはその人の所にいたのだけれど、その後行方知れずになったって……。
まさかゴルドー……、さんの事だったとは、思わなかったけれど……」
今までゴルドーって呼び捨てにしてたのを急に悪いと思ったのか、ちゃんとさん付けにして言ってくる。
俺はどう反応していいか分からず、ミーシャの戸惑いがちな表情を見るともなしに見た。
ミーシャが小首をほんのちょっと傾げる。
「でも……それならどうしてゴルドーさんはあなたを“生死問わずの”賞金首になんてしたのかしら。
いくらリッシュがギャンブルで楽して稼ごうなんてバカな事を考えて、ゴルドーさんが貸し付けてくれた全てのお金を失って、おまけに借金を踏み倒して逃げたのだとしても……。
この指名手配で冒険者や賞金稼ぎに捕まってしまったら殺されてしまうかもしれないのに」
ミーシャが何気にチクチクと痛い所を突きながらも疑問を口にする。
俺はそいつに気付かないフリをして肩をすくめてみせた。
「──あいつ、フツーじゃねぇんだよ。
きっと指名手配で俺が冒険者とかにぶっ殺されちまったら、それはそれでしょうがねぇとか思ったんだろーぜ。
ほんっと、血も涙もねぇよな」
半ば怒りながら言うと、ミーシャがくすっと小さく笑った。
「まさに、獅子は我が子を千尋の谷に落とす(*)、ね。
でもそれでリッシュも少しは真面目に働く気持ちが出てきたみたいだし、ゴルドーさんの指名手配は手荒だったけれど、ある意味正解だったのかも」
んな事を、言ってくる。
俺はそれに思わず嫌~な顔をしてみせた。
ミーシャがくすくす笑いながらも「ところで、」と話を変えてきた。
「そういえばさっき、飛行船を買い取るにはまだお金が足りない様な事を言っていたわよね。
あとどれくらい必要なの?」
「えー……っと、あと20万ハーツだけど」
言って……俺はこっちもほんのちょっと笑ってみせる。
「“必死こいてひと月も働けば”十分手に入る額、だろ?
だから……借金返済とかにはちょ~っとばかりズルしちまったけどよ……。
そこは、ちょっと頑張ってみようかと思ってるんだよな」
思えばシエナやヘイデンに、俺、借金返済の一億ハーツも、ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ちゃんと地道に働いて手に入れてやる、な~んてタンカ切っちまったんだよな。
ゴルドーとの対戦は、まぁもちろん多少の金稼ぎは出来るって自信はあったけど、正直ここまで稼げるなんて思っても見なかったからよ……。
半分約束破りみてぇになっちまうけど……その分残りの二十万ハーツは、ちゃんと働いて稼いでやるぜ。
そう思って言うと、ミーシャがそれに頷いた。
「──分かった。
だけど……シエナさんには、きちんと話した方がいいと思うわ。
借金返済の一億ハーツはギャンブルとか悪い事をして稼いだお金だろうって、私以上にとても怒っていたから」
言われて……俺は思わずシエナの顔を想像する。
その、鬼みてぇな顔を。
(*)獅子は我が子を千尋の谷に落とす
可愛い我が子には甘やかすのではなく敢えて厳しい道を歩ませよ、と言う意味。
可愛い子には旅をさせよ、にも似ているが、もう少し厳しい……気がする。
飛行船の鍵のキーリングに指を引っ掛け、くるくると回す黒髪の背の高い男──。
ダルクだ、とすぐに分かった。
あいつ、あんな大事なモンをオモチャみたいにして、しょうがねぇな。
そのままスポッて指から抜けてどっかに吹っ飛んじまって無くしたら、どーするつもりだよ?
ダルクが俺の姿に気がついて、鍵につけたキーチェーンの先についた平べったい金属製のタグと鍵自身をハッシと手の中に収める。
なぁ、おい。
その鍵、どこに失くしちまったんだよ?
それがねぇと俺、飛行船手に入れても動かせねぇんだぜ?
夢の中で、問いかける。
と、ダルが──ダルク・カルトが、ニッと口の端だけで笑った。
そうして──……。
◆◆◆◆◆
ふみ、と何かが俺の頬を踏みつける。
「う……うう……」
呻きながら顔を横にする。
「クッヒ」
聞き慣れた声が、どっか遠くから届く。
そうしてペシ、とまた横っ面を軽く叩かれた。
それから、ぐにぐにと頬を押される。
俺は──思わず顔をしかめながら、その頬を押してくる手を押しやり、薄目を開けた。
最初に映ったのは、もふもふの黒い毛並み。
俺の頬を押していたのは──犬カバの手(いや、前足って言やぁいいのか?)だった。
「……ぬカバ……?
なんだよ……俺は昨日寝たの遅かったんだから……もうちょっとゆっくり寝かせろよ……」
うとうとしながら言って、また重いまぶたを閉じる──と。
「……クッヒ」
犬カバが、後悔するぜと言わんばかりの呆れ混じりの声をかけてくる。
その口調に俺は──
「ううぅ……」
唸りながらも、ようやく顔をしかめながらも目を開けた。
そうしてそのままふわぁっとあくびをする。
ぽりぽりと頭を掻きながら寝ぼけ眼で起き上がる。
目をこすり、頭をちょっとでもはっきりさせようとしてから──
俺はようやく辺りの様子を見た。
つっても、その様子はいつもと何も変わりねぇ。
たぶん時間は昼過ぎってとこだろう。
外は穏やかに晴れ渡ってんのか、カーテン越しでも十分明るいし、辺りは至って静かで平和そのものだ。
くん、と鼻を利かせてちらっとリビングへ続く戸の方を見たが、どーやら『ミーシャの料理で出してる煙』もなさそうだ。
つまり、何にも問題はなさそうな感じなんだが……。
な~んでわざわざ起こしたんだよ?
こっちは『一世一代の大勝負』の翌朝(翌昼?)で、めちゃめちゃ疲れてんだぞ……。
思いながら犬カバを見ると、犬カバがくるんと目を回して、
「クッヒー」
もう一度こっちに向かって言ってくる。
そーしてリビングに続く戸を見やって、頭を垂れて左右に振る。
何だか『あ~あ、やっちまったな』とでも言わんばかりだ。
俺は──そいつに何故かそこぶる嫌な予感がして、眉を寄せた。
何度も言うが……俺のこーゆー予感は、わりと当たりがちだ。
ひょいとベッドから足を下ろし、そのままリビングに続く戸の前まで行って──ほんのちょっと用心しながら、うっすらゆっくりと戸を開く。
リビングにいたのはテーブルのいつもの席に鎮座するミーシャ、ただ一人。
ミーシャがこっちへ目を向ける。
普段ならふわっと微笑んで「おはよう」と挨拶してくれるミーシャだが……。
今日は──優しいふわっとした笑みはねぇ。
目は座ってるし……何か『ミーシャ』ってより『ダルク』の顔だ。
俺は──何となく戸の隙間からミーシャを窺う様にしながら言う。
「あの~……ミーシャさん……?
もしかしてなんか怒ってんの……かな~?なんて……」
自分でも何でミーシャをさん付けで呼んだか分からねぇまま、ごまかしのへらへら笑いをしながら問いかける。
ミーシャはけど、そこには何の言及もせずにたった一言「そこに座れ」とだけ言ってくる。
その声音と口調は──やっぱり完全に怒ってる……よなぁ……。
思いつつもミーシャの言葉に逆らえる気もしなかった俺は、すごすごとミーシャの丁度正面に当たる、いつもの席につく。
そうして、沈黙。
何か……すげぇ居づれぇんだけど。
頼みの綱は犬カバだったが、どーやらこんな時に限ってついてこなかったらしい。
見ちゃいねぇが、たぶん俺の部屋に残ったんだろう。
普段あんなに俺の行く先に真っ先に入ってくってのによ……。
んな事を思いながら、もう一回口を開こうかどうか迷い始めた──所で。
ミーシャが静かに口を開く。
「──今朝、ゴルドーからギルドへ連絡があった。
リッシュ・カルトが借金を全額返済したから、指名手配を取り下げる……って」
淡々と、何故か重苦しい口調でミーシャが言ってくる。
もう完全に『ダルク』の時の口調じゃねぇか。
俺はその気まずい感じをどーにか払拭しよーと、至って明るく声を上げた。
「そっ、そーなんだよ。
昨日ゴルドーに借金返済してさ……その上ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ケッコー近い額まで稼いだ……」
んだぜ、とまで言い切る前に。
ミーシャがひどく怒った表情で俺の目を見る。
俺はそいつにギクリと思わず身じろぎした。
「──そのお金は一体どうしたんだ?
働いて稼いだお金ではないだろう」
言ってくるのに──俺はようやくミーシャの怒りの原因が分かって……思わず目を逸らした。
「あ~……ええと……」
ミーシャからの視線が痛い。
俺は内心冷や汗を掻きながら、目線を逸らしたままでゴニョゴニョと言う。
「その……まぁ、ゴルドーとカジノで勝負して……大勝ちしたお金、なんだけど……」
言いかけた、俺の顔を。
ミーシャが驚きにか怒りにか、目を見張って見る。
そうして、
「~ゴルドーと、カジノで勝負!?
一体何をどうしたらそんな事になるの!?」
怒髪天を突く勢いで、言ってくる。
口調は『ダルク』から『ミーシャ』に戻って良かった(?)が……俺はその場に小さくなりながら汗をたらたら流した。
ミーシャがなおも声を上げる。
「あなたがこの頃地下道から街へ出ていたのは知っていたけれど、そんな事をしていたなんて……!
せっかく働いて稼いだお金をそんなものに使って……また大負けして全額没収されたら、一体どうするつもりだったの!?
呆れて物も言えないわ!」
怒髪天をつく勢いで怒るミーシャに、俺は「あっ、いや、」としどろもどろに続けた。
「前回の大負けは、ゴルドーのやつにイカサマされてたんだって!
そっ、それに、今回はゴルドーのやつと一対一で話したい事もあったんだよ──俺のガキの頃の話でさ……」
わたわたしながらも言う──と、
「──子供の頃の、話……?」
ミーシャが──疑念たっぷりの口調と表情で、問い返してくる。
それでもどうやら少しは話を聞いてくれるつもりがあるらしい。
俺はそいつに内心ほっとして、話を続けた。
「──ああ。
こないだちょ~っと、思い出した事があって。
ゴルドーのやつ……あいつも、昔 ダルクの飛行船造りを手伝ってたんだよ。
それで──すげぇ意外なんだけど……ダルクが死んだ時には、この俺を引き取ってくれようとしてた……みてぇなんだよな。
結局俺はそこには留まらなかった訳なんだけど、色々聞きてぇ事もあって……それで──……」
話してる間に、ミーシャの顔から怒りと疑惑の表情が消えていく。
代わりに浮かんできたのは──何だか戸惑いと、ほんのちょっと、俺を気遣う様な表情だった。
さっきまで上がっていた眉尻をほんの少し下げて──ミーシャはそっと口を開く。
「──『もう一人の飛行船の出資者だった男』……」
ぽつり、つぶやく様に口にする。
俺はそれに、
「……へっ?」
思わず一言で、問いかけた。
ミーシャがそんな俺をそっと見つめていた。
「──ヘイデンさんが、以前教えてくれた事があったの。
その人が、リッシュを預かる事になっていたって。
だけど、リッシュは記憶を失くしてしまって……しばらくはその人の所にいたのだけれど、その後行方知れずになったって……。
まさかゴルドー……、さんの事だったとは、思わなかったけれど……」
今までゴルドーって呼び捨てにしてたのを急に悪いと思ったのか、ちゃんとさん付けにして言ってくる。
俺はどう反応していいか分からず、ミーシャの戸惑いがちな表情を見るともなしに見た。
ミーシャが小首をほんのちょっと傾げる。
「でも……それならどうしてゴルドーさんはあなたを“生死問わずの”賞金首になんてしたのかしら。
いくらリッシュがギャンブルで楽して稼ごうなんてバカな事を考えて、ゴルドーさんが貸し付けてくれた全てのお金を失って、おまけに借金を踏み倒して逃げたのだとしても……。
この指名手配で冒険者や賞金稼ぎに捕まってしまったら殺されてしまうかもしれないのに」
ミーシャが何気にチクチクと痛い所を突きながらも疑問を口にする。
俺はそいつに気付かないフリをして肩をすくめてみせた。
「──あいつ、フツーじゃねぇんだよ。
きっと指名手配で俺が冒険者とかにぶっ殺されちまったら、それはそれでしょうがねぇとか思ったんだろーぜ。
ほんっと、血も涙もねぇよな」
半ば怒りながら言うと、ミーシャがくすっと小さく笑った。
「まさに、獅子は我が子を千尋の谷に落とす(*)、ね。
でもそれでリッシュも少しは真面目に働く気持ちが出てきたみたいだし、ゴルドーさんの指名手配は手荒だったけれど、ある意味正解だったのかも」
んな事を、言ってくる。
俺はそれに思わず嫌~な顔をしてみせた。
ミーシャがくすくす笑いながらも「ところで、」と話を変えてきた。
「そういえばさっき、飛行船を買い取るにはまだお金が足りない様な事を言っていたわよね。
あとどれくらい必要なの?」
「えー……っと、あと20万ハーツだけど」
言って……俺はこっちもほんのちょっと笑ってみせる。
「“必死こいてひと月も働けば”十分手に入る額、だろ?
だから……借金返済とかにはちょ~っとばかりズルしちまったけどよ……。
そこは、ちょっと頑張ってみようかと思ってるんだよな」
思えばシエナやヘイデンに、俺、借金返済の一億ハーツも、ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ちゃんと地道に働いて手に入れてやる、な~んてタンカ切っちまったんだよな。
ゴルドーとの対戦は、まぁもちろん多少の金稼ぎは出来るって自信はあったけど、正直ここまで稼げるなんて思っても見なかったからよ……。
半分約束破りみてぇになっちまうけど……その分残りの二十万ハーツは、ちゃんと働いて稼いでやるぜ。
そう思って言うと、ミーシャがそれに頷いた。
「──分かった。
だけど……シエナさんには、きちんと話した方がいいと思うわ。
借金返済の一億ハーツはギャンブルとか悪い事をして稼いだお金だろうって、私以上にとても怒っていたから」
言われて……俺は思わずシエナの顔を想像する。
その、鬼みてぇな顔を。
(*)獅子は我が子を千尋の谷に落とす
可愛い我が子には甘やかすのではなく敢えて厳しい道を歩ませよ、と言う意味。
可愛い子には旅をさせよ、にも似ているが、もう少し厳しい……気がする。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが
米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。
その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。
更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。
果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!?
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる