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十三章 鍵の行方
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機嫌のいい鼻歌が聞こえる。
飛行船の鍵のキーリングに指を引っ掛け、くるくると回す黒髪の背の高い男──。
ダルクだ、とすぐに分かった。
あいつ、あんな大事なモンをオモチャみたいにして、しょうがねぇな。
そのままスポッて指から抜けてどっかに吹っ飛んじまって無くしたら、どーするつもりだよ?
ダルクが俺の姿に気がついて、鍵につけたキーチェーンの先についた平べったい金属製のタグと鍵自身をハッシと手の中に収める。
なぁ、おい。
その鍵、どこに失くしちまったんだよ?
それがねぇと俺、飛行船手に入れても動かせねぇんだぜ?
夢の中で、問いかける。
と、ダルが──ダルク・カルトが、ニッと口の端だけで笑った。
そうして──……。
◆◆◆◆◆
ふみ、と何かが俺の頬を踏みつける。
「う……うう……」
呻きながら顔を横にする。
「クッヒ」
聞き慣れた声が、どっか遠くから届く。
そうしてペシ、とまた横っ面を軽く叩かれた。
それから、ぐにぐにと頬を押される。
俺は──思わず顔をしかめながら、その頬を押してくる手を押しやり、薄目を開けた。
最初に映ったのは、もふもふの黒い毛並み。
俺の頬を押していたのは──犬カバの手(いや、前足って言やぁいいのか?)だった。
「……ぬカバ……?
なんだよ……俺は昨日寝たの遅かったんだから……もうちょっとゆっくり寝かせろよ……」
うとうとしながら言って、また重いまぶたを閉じる──と。
「……クッヒ」
犬カバが、後悔するぜと言わんばかりの呆れ混じりの声をかけてくる。
その口調に俺は──
「ううぅ……」
唸りながらも、ようやく顔をしかめながらも目を開けた。
そうしてそのままふわぁっとあくびをする。
ぽりぽりと頭を掻きながら寝ぼけ眼で起き上がる。
目をこすり、頭をちょっとでもはっきりさせようとしてから──
俺はようやく辺りの様子を見た。
つっても、その様子はいつもと何も変わりねぇ。
たぶん時間は昼過ぎってとこだろう。
外は穏やかに晴れ渡ってんのか、カーテン越しでも十分明るいし、辺りは至って静かで平和そのものだ。
くん、と鼻を利かせてちらっとリビングへ続く戸の方を見たが、どーやら『ミーシャの料理で出してる煙』もなさそうだ。
つまり、何にも問題はなさそうな感じなんだが……。
な~んでわざわざ起こしたんだよ?
こっちは『一世一代の大勝負』の翌朝(翌昼?)で、めちゃめちゃ疲れてんだぞ……。
思いながら犬カバを見ると、犬カバがくるんと目を回して、
「クッヒー」
もう一度こっちに向かって言ってくる。
そーしてリビングに続く戸を見やって、頭を垂れて左右に振る。
何だか『あ~あ、やっちまったな』とでも言わんばかりだ。
俺は──そいつに何故かそこぶる嫌な予感がして、眉を寄せた。
何度も言うが……俺のこーゆー予感は、わりと当たりがちだ。
ひょいとベッドから足を下ろし、そのままリビングに続く戸の前まで行って──ほんのちょっと用心しながら、うっすらゆっくりと戸を開く。
リビングにいたのはテーブルのいつもの席に鎮座するミーシャ、ただ一人。
ミーシャがこっちへ目を向ける。
普段ならふわっと微笑んで「おはよう」と挨拶してくれるミーシャだが……。
今日は──優しいふわっとした笑みはねぇ。
目は座ってるし……何か『ミーシャ』ってより『ダルク』の顔だ。
俺は──何となく戸の隙間からミーシャを窺う様にしながら言う。
「あの~……ミーシャさん……?
もしかしてなんか怒ってんの……かな~?なんて……」
自分でも何でミーシャをさん付けで呼んだか分からねぇまま、ごまかしのへらへら笑いをしながら問いかける。
ミーシャはけど、そこには何の言及もせずにたった一言「そこに座れ」とだけ言ってくる。
その声音と口調は──やっぱり完全に怒ってる……よなぁ……。
思いつつもミーシャの言葉に逆らえる気もしなかった俺は、すごすごとミーシャの丁度正面に当たる、いつもの席につく。
そうして、沈黙。
何か……すげぇ居づれぇんだけど。
頼みの綱は犬カバだったが、どーやらこんな時に限ってついてこなかったらしい。
見ちゃいねぇが、たぶん俺の部屋に残ったんだろう。
普段あんなに俺の行く先に真っ先に入ってくってのによ……。
んな事を思いながら、もう一回口を開こうかどうか迷い始めた──所で。
ミーシャが静かに口を開く。
「──今朝、ゴルドーからギルドへ連絡があった。
リッシュ・カルトが借金を全額返済したから、指名手配を取り下げる……って」
淡々と、何故か重苦しい口調でミーシャが言ってくる。
もう完全に『ダルク』の時の口調じゃねぇか。
俺はその気まずい感じをどーにか払拭しよーと、至って明るく声を上げた。
「そっ、そーなんだよ。
昨日ゴルドーに借金返済してさ……その上ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ケッコー近い額まで稼いだ……」
んだぜ、とまで言い切る前に。
ミーシャがひどく怒った表情で俺の目を見る。
俺はそいつにギクリと思わず身じろぎした。
「──そのお金は一体どうしたんだ?
働いて稼いだお金ではないだろう」
言ってくるのに──俺はようやくミーシャの怒りの原因が分かって……思わず目を逸らした。
「あ~……ええと……」
ミーシャからの視線が痛い。
俺は内心冷や汗を掻きながら、目線を逸らしたままでゴニョゴニョと言う。
「その……まぁ、ゴルドーとカジノで勝負して……大勝ちしたお金、なんだけど……」
言いかけた、俺の顔を。
ミーシャが驚きにか怒りにか、目を見張って見る。
そうして、
「~ゴルドーと、カジノで勝負!?
一体何をどうしたらそんな事になるの!?」
怒髪天を突く勢いで、言ってくる。
口調は『ダルク』から『ミーシャ』に戻って良かった(?)が……俺はその場に小さくなりながら汗をたらたら流した。
ミーシャがなおも声を上げる。
「あなたがこの頃地下道から街へ出ていたのは知っていたけれど、そんな事をしていたなんて……!
せっかく働いて稼いだお金をそんなものに使って……また大負けして全額没収されたら、一体どうするつもりだったの!?
呆れて物も言えないわ!」
怒髪天をつく勢いで怒るミーシャに、俺は「あっ、いや、」としどろもどろに続けた。
「前回の大負けは、ゴルドーのやつにイカサマされてたんだって!
そっ、それに、今回はゴルドーのやつと一対一で話したい事もあったんだよ──俺のガキの頃の話でさ……」
わたわたしながらも言う──と、
「──子供の頃の、話……?」
ミーシャが──疑念たっぷりの口調と表情で、問い返してくる。
それでもどうやら少しは話を聞いてくれるつもりがあるらしい。
俺はそいつに内心ほっとして、話を続けた。
「──ああ。
こないだちょ~っと、思い出した事があって。
ゴルドーのやつ……あいつも、昔 ダルクの飛行船造りを手伝ってたんだよ。
それで──すげぇ意外なんだけど……ダルクが死んだ時には、この俺を引き取ってくれようとしてた……みてぇなんだよな。
結局俺はそこには留まらなかった訳なんだけど、色々聞きてぇ事もあって……それで──……」
話してる間に、ミーシャの顔から怒りと疑惑の表情が消えていく。
代わりに浮かんできたのは──何だか戸惑いと、ほんのちょっと、俺を気遣う様な表情だった。
さっきまで上がっていた眉尻をほんの少し下げて──ミーシャはそっと口を開く。
「──『もう一人の飛行船の出資者だった男』……」
ぽつり、つぶやく様に口にする。
俺はそれに、
「……へっ?」
思わず一言で、問いかけた。
ミーシャがそんな俺をそっと見つめていた。
「──ヘイデンさんが、以前教えてくれた事があったの。
その人が、リッシュを預かる事になっていたって。
だけど、リッシュは記憶を失くしてしまって……しばらくはその人の所にいたのだけれど、その後行方知れずになったって……。
まさかゴルドー……、さんの事だったとは、思わなかったけれど……」
今までゴルドーって呼び捨てにしてたのを急に悪いと思ったのか、ちゃんとさん付けにして言ってくる。
俺はどう反応していいか分からず、ミーシャの戸惑いがちな表情を見るともなしに見た。
ミーシャが小首をほんのちょっと傾げる。
「でも……それならどうしてゴルドーさんはあなたを“生死問わずの”賞金首になんてしたのかしら。
いくらリッシュがギャンブルで楽して稼ごうなんてバカな事を考えて、ゴルドーさんが貸し付けてくれた全てのお金を失って、おまけに借金を踏み倒して逃げたのだとしても……。
この指名手配で冒険者や賞金稼ぎに捕まってしまったら殺されてしまうかもしれないのに」
ミーシャが何気にチクチクと痛い所を突きながらも疑問を口にする。
俺はそいつに気付かないフリをして肩をすくめてみせた。
「──あいつ、フツーじゃねぇんだよ。
きっと指名手配で俺が冒険者とかにぶっ殺されちまったら、それはそれでしょうがねぇとか思ったんだろーぜ。
ほんっと、血も涙もねぇよな」
半ば怒りながら言うと、ミーシャがくすっと小さく笑った。
「まさに、獅子は我が子を千尋の谷に落とす(*)、ね。
でもそれでリッシュも少しは真面目に働く気持ちが出てきたみたいだし、ゴルドーさんの指名手配は手荒だったけれど、ある意味正解だったのかも」
んな事を、言ってくる。
俺はそれに思わず嫌~な顔をしてみせた。
ミーシャがくすくす笑いながらも「ところで、」と話を変えてきた。
「そういえばさっき、飛行船を買い取るにはまだお金が足りない様な事を言っていたわよね。
あとどれくらい必要なの?」
「えー……っと、あと20万ハーツだけど」
言って……俺はこっちもほんのちょっと笑ってみせる。
「“必死こいてひと月も働けば”十分手に入る額、だろ?
だから……借金返済とかにはちょ~っとばかりズルしちまったけどよ……。
そこは、ちょっと頑張ってみようかと思ってるんだよな」
思えばシエナやヘイデンに、俺、借金返済の一億ハーツも、ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ちゃんと地道に働いて手に入れてやる、な~んてタンカ切っちまったんだよな。
ゴルドーとの対戦は、まぁもちろん多少の金稼ぎは出来るって自信はあったけど、正直ここまで稼げるなんて思っても見なかったからよ……。
半分約束破りみてぇになっちまうけど……その分残りの二十万ハーツは、ちゃんと働いて稼いでやるぜ。
そう思って言うと、ミーシャがそれに頷いた。
「──分かった。
だけど……シエナさんには、きちんと話した方がいいと思うわ。
借金返済の一億ハーツはギャンブルとか悪い事をして稼いだお金だろうって、私以上にとても怒っていたから」
言われて……俺は思わずシエナの顔を想像する。
その、鬼みてぇな顔を。
(*)獅子は我が子を千尋の谷に落とす
可愛い我が子には甘やかすのではなく敢えて厳しい道を歩ませよ、と言う意味。
可愛い子には旅をさせよ、にも似ているが、もう少し厳しい……気がする。
飛行船の鍵のキーリングに指を引っ掛け、くるくると回す黒髪の背の高い男──。
ダルクだ、とすぐに分かった。
あいつ、あんな大事なモンをオモチャみたいにして、しょうがねぇな。
そのままスポッて指から抜けてどっかに吹っ飛んじまって無くしたら、どーするつもりだよ?
ダルクが俺の姿に気がついて、鍵につけたキーチェーンの先についた平べったい金属製のタグと鍵自身をハッシと手の中に収める。
なぁ、おい。
その鍵、どこに失くしちまったんだよ?
それがねぇと俺、飛行船手に入れても動かせねぇんだぜ?
夢の中で、問いかける。
と、ダルが──ダルク・カルトが、ニッと口の端だけで笑った。
そうして──……。
◆◆◆◆◆
ふみ、と何かが俺の頬を踏みつける。
「う……うう……」
呻きながら顔を横にする。
「クッヒ」
聞き慣れた声が、どっか遠くから届く。
そうしてペシ、とまた横っ面を軽く叩かれた。
それから、ぐにぐにと頬を押される。
俺は──思わず顔をしかめながら、その頬を押してくる手を押しやり、薄目を開けた。
最初に映ったのは、もふもふの黒い毛並み。
俺の頬を押していたのは──犬カバの手(いや、前足って言やぁいいのか?)だった。
「……ぬカバ……?
なんだよ……俺は昨日寝たの遅かったんだから……もうちょっとゆっくり寝かせろよ……」
うとうとしながら言って、また重いまぶたを閉じる──と。
「……クッヒ」
犬カバが、後悔するぜと言わんばかりの呆れ混じりの声をかけてくる。
その口調に俺は──
「ううぅ……」
唸りながらも、ようやく顔をしかめながらも目を開けた。
そうしてそのままふわぁっとあくびをする。
ぽりぽりと頭を掻きながら寝ぼけ眼で起き上がる。
目をこすり、頭をちょっとでもはっきりさせようとしてから──
俺はようやく辺りの様子を見た。
つっても、その様子はいつもと何も変わりねぇ。
たぶん時間は昼過ぎってとこだろう。
外は穏やかに晴れ渡ってんのか、カーテン越しでも十分明るいし、辺りは至って静かで平和そのものだ。
くん、と鼻を利かせてちらっとリビングへ続く戸の方を見たが、どーやら『ミーシャの料理で出してる煙』もなさそうだ。
つまり、何にも問題はなさそうな感じなんだが……。
な~んでわざわざ起こしたんだよ?
こっちは『一世一代の大勝負』の翌朝(翌昼?)で、めちゃめちゃ疲れてんだぞ……。
思いながら犬カバを見ると、犬カバがくるんと目を回して、
「クッヒー」
もう一度こっちに向かって言ってくる。
そーしてリビングに続く戸を見やって、頭を垂れて左右に振る。
何だか『あ~あ、やっちまったな』とでも言わんばかりだ。
俺は──そいつに何故かそこぶる嫌な予感がして、眉を寄せた。
何度も言うが……俺のこーゆー予感は、わりと当たりがちだ。
ひょいとベッドから足を下ろし、そのままリビングに続く戸の前まで行って──ほんのちょっと用心しながら、うっすらゆっくりと戸を開く。
リビングにいたのはテーブルのいつもの席に鎮座するミーシャ、ただ一人。
ミーシャがこっちへ目を向ける。
普段ならふわっと微笑んで「おはよう」と挨拶してくれるミーシャだが……。
今日は──優しいふわっとした笑みはねぇ。
目は座ってるし……何か『ミーシャ』ってより『ダルク』の顔だ。
俺は──何となく戸の隙間からミーシャを窺う様にしながら言う。
「あの~……ミーシャさん……?
もしかしてなんか怒ってんの……かな~?なんて……」
自分でも何でミーシャをさん付けで呼んだか分からねぇまま、ごまかしのへらへら笑いをしながら問いかける。
ミーシャはけど、そこには何の言及もせずにたった一言「そこに座れ」とだけ言ってくる。
その声音と口調は──やっぱり完全に怒ってる……よなぁ……。
思いつつもミーシャの言葉に逆らえる気もしなかった俺は、すごすごとミーシャの丁度正面に当たる、いつもの席につく。
そうして、沈黙。
何か……すげぇ居づれぇんだけど。
頼みの綱は犬カバだったが、どーやらこんな時に限ってついてこなかったらしい。
見ちゃいねぇが、たぶん俺の部屋に残ったんだろう。
普段あんなに俺の行く先に真っ先に入ってくってのによ……。
んな事を思いながら、もう一回口を開こうかどうか迷い始めた──所で。
ミーシャが静かに口を開く。
「──今朝、ゴルドーからギルドへ連絡があった。
リッシュ・カルトが借金を全額返済したから、指名手配を取り下げる……って」
淡々と、何故か重苦しい口調でミーシャが言ってくる。
もう完全に『ダルク』の時の口調じゃねぇか。
俺はその気まずい感じをどーにか払拭しよーと、至って明るく声を上げた。
「そっ、そーなんだよ。
昨日ゴルドーに借金返済してさ……その上ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ケッコー近い額まで稼いだ……」
んだぜ、とまで言い切る前に。
ミーシャがひどく怒った表情で俺の目を見る。
俺はそいつにギクリと思わず身じろぎした。
「──そのお金は一体どうしたんだ?
働いて稼いだお金ではないだろう」
言ってくるのに──俺はようやくミーシャの怒りの原因が分かって……思わず目を逸らした。
「あ~……ええと……」
ミーシャからの視線が痛い。
俺は内心冷や汗を掻きながら、目線を逸らしたままでゴニョゴニョと言う。
「その……まぁ、ゴルドーとカジノで勝負して……大勝ちしたお金、なんだけど……」
言いかけた、俺の顔を。
ミーシャが驚きにか怒りにか、目を見張って見る。
そうして、
「~ゴルドーと、カジノで勝負!?
一体何をどうしたらそんな事になるの!?」
怒髪天を突く勢いで、言ってくる。
口調は『ダルク』から『ミーシャ』に戻って良かった(?)が……俺はその場に小さくなりながら汗をたらたら流した。
ミーシャがなおも声を上げる。
「あなたがこの頃地下道から街へ出ていたのは知っていたけれど、そんな事をしていたなんて……!
せっかく働いて稼いだお金をそんなものに使って……また大負けして全額没収されたら、一体どうするつもりだったの!?
呆れて物も言えないわ!」
怒髪天をつく勢いで怒るミーシャに、俺は「あっ、いや、」としどろもどろに続けた。
「前回の大負けは、ゴルドーのやつにイカサマされてたんだって!
そっ、それに、今回はゴルドーのやつと一対一で話したい事もあったんだよ──俺のガキの頃の話でさ……」
わたわたしながらも言う──と、
「──子供の頃の、話……?」
ミーシャが──疑念たっぷりの口調と表情で、問い返してくる。
それでもどうやら少しは話を聞いてくれるつもりがあるらしい。
俺はそいつに内心ほっとして、話を続けた。
「──ああ。
こないだちょ~っと、思い出した事があって。
ゴルドーのやつ……あいつも、昔 ダルクの飛行船造りを手伝ってたんだよ。
それで──すげぇ意外なんだけど……ダルクが死んだ時には、この俺を引き取ってくれようとしてた……みてぇなんだよな。
結局俺はそこには留まらなかった訳なんだけど、色々聞きてぇ事もあって……それで──……」
話してる間に、ミーシャの顔から怒りと疑惑の表情が消えていく。
代わりに浮かんできたのは──何だか戸惑いと、ほんのちょっと、俺を気遣う様な表情だった。
さっきまで上がっていた眉尻をほんの少し下げて──ミーシャはそっと口を開く。
「──『もう一人の飛行船の出資者だった男』……」
ぽつり、つぶやく様に口にする。
俺はそれに、
「……へっ?」
思わず一言で、問いかけた。
ミーシャがそんな俺をそっと見つめていた。
「──ヘイデンさんが、以前教えてくれた事があったの。
その人が、リッシュを預かる事になっていたって。
だけど、リッシュは記憶を失くしてしまって……しばらくはその人の所にいたのだけれど、その後行方知れずになったって……。
まさかゴルドー……、さんの事だったとは、思わなかったけれど……」
今までゴルドーって呼び捨てにしてたのを急に悪いと思ったのか、ちゃんとさん付けにして言ってくる。
俺はどう反応していいか分からず、ミーシャの戸惑いがちな表情を見るともなしに見た。
ミーシャが小首をほんのちょっと傾げる。
「でも……それならどうしてゴルドーさんはあなたを“生死問わずの”賞金首になんてしたのかしら。
いくらリッシュがギャンブルで楽して稼ごうなんてバカな事を考えて、ゴルドーさんが貸し付けてくれた全てのお金を失って、おまけに借金を踏み倒して逃げたのだとしても……。
この指名手配で冒険者や賞金稼ぎに捕まってしまったら殺されてしまうかもしれないのに」
ミーシャが何気にチクチクと痛い所を突きながらも疑問を口にする。
俺はそいつに気付かないフリをして肩をすくめてみせた。
「──あいつ、フツーじゃねぇんだよ。
きっと指名手配で俺が冒険者とかにぶっ殺されちまったら、それはそれでしょうがねぇとか思ったんだろーぜ。
ほんっと、血も涙もねぇよな」
半ば怒りながら言うと、ミーシャがくすっと小さく笑った。
「まさに、獅子は我が子を千尋の谷に落とす(*)、ね。
でもそれでリッシュも少しは真面目に働く気持ちが出てきたみたいだし、ゴルドーさんの指名手配は手荒だったけれど、ある意味正解だったのかも」
んな事を、言ってくる。
俺はそれに思わず嫌~な顔をしてみせた。
ミーシャがくすくす笑いながらも「ところで、」と話を変えてきた。
「そういえばさっき、飛行船を買い取るにはまだお金が足りない様な事を言っていたわよね。
あとどれくらい必要なの?」
「えー……っと、あと20万ハーツだけど」
言って……俺はこっちもほんのちょっと笑ってみせる。
「“必死こいてひと月も働けば”十分手に入る額、だろ?
だから……借金返済とかにはちょ~っとばかりズルしちまったけどよ……。
そこは、ちょっと頑張ってみようかと思ってるんだよな」
思えばシエナやヘイデンに、俺、借金返済の一億ハーツも、ヘイデンから飛行船を買い取る為の一億ハーツも、ちゃんと地道に働いて手に入れてやる、な~んてタンカ切っちまったんだよな。
ゴルドーとの対戦は、まぁもちろん多少の金稼ぎは出来るって自信はあったけど、正直ここまで稼げるなんて思っても見なかったからよ……。
半分約束破りみてぇになっちまうけど……その分残りの二十万ハーツは、ちゃんと働いて稼いでやるぜ。
そう思って言うと、ミーシャがそれに頷いた。
「──分かった。
だけど……シエナさんには、きちんと話した方がいいと思うわ。
借金返済の一億ハーツはギャンブルとか悪い事をして稼いだお金だろうって、私以上にとても怒っていたから」
言われて……俺は思わずシエナの顔を想像する。
その、鬼みてぇな顔を。
(*)獅子は我が子を千尋の谷に落とす
可愛い我が子には甘やかすのではなく敢えて厳しい道を歩ませよ、と言う意味。
可愛い子には旅をさせよ、にも似ているが、もう少し厳しい……気がする。
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