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十二章 清算
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◆◆◆◆◆
リッシュがその場を立ち去ってしばし──。
ゴルドーは静かに酒を飲みながら、「──おい」と誰にともなく一声上げた。
辺りには誰もいない様に思われた。
だが──。
ゴルドーの一声に、すっと奥からある一人の人物が姿を現わす。
黒いスーツをビシリと着こなした、体格のいい男──このカジノの店主を任せている男だった。
いかつい顔と体格は、ただそこにいるだけでかなりの存在感がある。
元来無口なこの男に──ゴルドーはそちらへギロリと一つ視線をやって、低く問いかける。
「──てめぇ、裏で“操作”してたんじゃねぇだろうな?」
脅す様に問いかける。
無論“操作”とはルーレットに仕掛けた磁石の仕掛けの事だ。
実を言えば、先程リッシュがズバリと当てた通りの仕掛けがこのルーレット台と白玉にはあった。
その磁力を入れるスイッチの位置はルーレット台ではなく、男のいた、この部屋の裏手にあったのだが……。
もし男が盤面を操作したのでなければ、ここまでリッシュが勝ちに勝ちを重ねられる、訳がない。
そう、思ったのだが。
「──いいえ。私は何も」
男が、ただその一言だけを返してくる。
ゴルドーはそれに思わず眉を寄せてみせた。
男の言葉を疑ったからではない。
男の言葉を信じたからだった。
男が──恐ろしく無口なこの男にしては珍しく、続ける様に再び口を開く。
「──以前にも、こういう事がありました。
あの少年がまだほんの子供の頃──床に落ちていたコイン一枚をスロットに入れて、」
「………勝ちに勝ちを重ねて、かなりの額を稼ぎやがったよな。
ガキがカジノで遊んでいい事にはなってねぇ、金は全部没収だ!って取り上げちまったが」
昔の事を思い出し、思わずクククと一人笑う。
そうしてから──重く、表情を沈めた。
「あのガキの運の良さは才能っちゃ才能だな。
だが、だからこそ──」
「……心配、ですね」
まるでゴルドーの言葉を代弁するかの様に、さらりと男が言ってくる。
ゴルドーはそれに心底嫌そうに顔をしかめた。
「~俺は『注意が必要だ』と言おうとしたんだ。
心配なんかしちゃいねぇ。
あのガキ、いくら運が強いからってこの俺様に勝負を持ちかけてきやがって……。
次にまた同じ事仕掛けてきたら、イカサマでもなんでも使って てめぇが返り討ちにしてやれ。
二度と調子に乗ったり出来ねぇ様にな!」
ゴルドーがギャンギャンと吠える様に男へ言うのに──男が静かに小さく口の端を上げてみせた。
この男なりの笑みだったが、男はそれをゴルドーに悟られない様、見事に悪人らしい笑みに作り変えて「かしこまりました」と口にする。
ゴルドーがフン、と鼻で息をついてそれに頷いた。
きっと本当は──心配だと代弁した男の言葉に間違いはなかっただろう。
それを認めない主人があまりに不器用で、思わず笑んでしまったのだった。
だが、と男は一人胸の内で考える。
実際のところ、ゴルドーの言う様な『返り討ちにしてやる』機会は、恐らく来ないだろう。
そもそもリッシュにはこのルーレットのイカサマの事はバレているし、先程のゴルドーとのやり取りを見た限りでも、もう無茶な賭け事は仕掛けてこないはずだ。
思いながらも、男は視線をルーレット台へと向けた。
「──それにしても、ルーレットの磁石……いつ見破ったのでしょうか」
これまでにこの仕掛けに気がついた者はただの一人もいなかった。
一年前勝負した時には、リッシュ自身にも気づかれていなかったはずだ。
なのに今日は──どうやらゲームを始める前には仕掛けを知っていた様に思える。
ゴルドーが目を眇める様にこちらも同じルーレット台を見やる。
「……さぁな。
だがあんなガキに気づかれちまったんじゃ、今後はおいそれとは使えねぇ。
元々んなに使ってた訳じゃねぇが……。
ありゃあ何かあった時の保険だ。
そのうち別の手立てを考えねぇと」
「そうですね」
静かに頷いて、男が返す。
そうして──この男にしては珍しく、また一言口を開いた。
「──オーナーの“投資”、間違ってはいなかった様ですね」
この間のカフェの店主と、同じ様な事を言ってくる。
ゴルドーはそれに片眉を上げてそのまま器用に眉を寄せた。
そうしてリッシュが置いていった、緑のゼロにかけられた大量のコインの山を見やる。
ゴルドーは……男の言葉に何とも返すことも出来ず、ただ重く息をついて首を振って見せたのだった──。
リッシュがその場を立ち去ってしばし──。
ゴルドーは静かに酒を飲みながら、「──おい」と誰にともなく一声上げた。
辺りには誰もいない様に思われた。
だが──。
ゴルドーの一声に、すっと奥からある一人の人物が姿を現わす。
黒いスーツをビシリと着こなした、体格のいい男──このカジノの店主を任せている男だった。
いかつい顔と体格は、ただそこにいるだけでかなりの存在感がある。
元来無口なこの男に──ゴルドーはそちらへギロリと一つ視線をやって、低く問いかける。
「──てめぇ、裏で“操作”してたんじゃねぇだろうな?」
脅す様に問いかける。
無論“操作”とはルーレットに仕掛けた磁石の仕掛けの事だ。
実を言えば、先程リッシュがズバリと当てた通りの仕掛けがこのルーレット台と白玉にはあった。
その磁力を入れるスイッチの位置はルーレット台ではなく、男のいた、この部屋の裏手にあったのだが……。
もし男が盤面を操作したのでなければ、ここまでリッシュが勝ちに勝ちを重ねられる、訳がない。
そう、思ったのだが。
「──いいえ。私は何も」
男が、ただその一言だけを返してくる。
ゴルドーはそれに思わず眉を寄せてみせた。
男の言葉を疑ったからではない。
男の言葉を信じたからだった。
男が──恐ろしく無口なこの男にしては珍しく、続ける様に再び口を開く。
「──以前にも、こういう事がありました。
あの少年がまだほんの子供の頃──床に落ちていたコイン一枚をスロットに入れて、」
「………勝ちに勝ちを重ねて、かなりの額を稼ぎやがったよな。
ガキがカジノで遊んでいい事にはなってねぇ、金は全部没収だ!って取り上げちまったが」
昔の事を思い出し、思わずクククと一人笑う。
そうしてから──重く、表情を沈めた。
「あのガキの運の良さは才能っちゃ才能だな。
だが、だからこそ──」
「……心配、ですね」
まるでゴルドーの言葉を代弁するかの様に、さらりと男が言ってくる。
ゴルドーはそれに心底嫌そうに顔をしかめた。
「~俺は『注意が必要だ』と言おうとしたんだ。
心配なんかしちゃいねぇ。
あのガキ、いくら運が強いからってこの俺様に勝負を持ちかけてきやがって……。
次にまた同じ事仕掛けてきたら、イカサマでもなんでも使って てめぇが返り討ちにしてやれ。
二度と調子に乗ったり出来ねぇ様にな!」
ゴルドーがギャンギャンと吠える様に男へ言うのに──男が静かに小さく口の端を上げてみせた。
この男なりの笑みだったが、男はそれをゴルドーに悟られない様、見事に悪人らしい笑みに作り変えて「かしこまりました」と口にする。
ゴルドーがフン、と鼻で息をついてそれに頷いた。
きっと本当は──心配だと代弁した男の言葉に間違いはなかっただろう。
それを認めない主人があまりに不器用で、思わず笑んでしまったのだった。
だが、と男は一人胸の内で考える。
実際のところ、ゴルドーの言う様な『返り討ちにしてやる』機会は、恐らく来ないだろう。
そもそもリッシュにはこのルーレットのイカサマの事はバレているし、先程のゴルドーとのやり取りを見た限りでも、もう無茶な賭け事は仕掛けてこないはずだ。
思いながらも、男は視線をルーレット台へと向けた。
「──それにしても、ルーレットの磁石……いつ見破ったのでしょうか」
これまでにこの仕掛けに気がついた者はただの一人もいなかった。
一年前勝負した時には、リッシュ自身にも気づかれていなかったはずだ。
なのに今日は──どうやらゲームを始める前には仕掛けを知っていた様に思える。
ゴルドーが目を眇める様にこちらも同じルーレット台を見やる。
「……さぁな。
だがあんなガキに気づかれちまったんじゃ、今後はおいそれとは使えねぇ。
元々んなに使ってた訳じゃねぇが……。
ありゃあ何かあった時の保険だ。
そのうち別の手立てを考えねぇと」
「そうですね」
静かに頷いて、男が返す。
そうして──この男にしては珍しく、また一言口を開いた。
「──オーナーの“投資”、間違ってはいなかった様ですね」
この間のカフェの店主と、同じ様な事を言ってくる。
ゴルドーはそれに片眉を上げてそのまま器用に眉を寄せた。
そうしてリッシュが置いていった、緑のゼロにかけられた大量のコインの山を見やる。
ゴルドーは……男の言葉に何とも返すことも出来ず、ただ重く息をついて首を振って見せたのだった──。
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