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十二章 清算

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◆◆◆◆◆

俺を迎えに来た馬車の御者は、さっき御者をしてたのと同じおっさんだった。

執事のじーさんに見送られ、犬カバと揃って馬車の席に腰を降ろすと、丁度いいタイミングで馬車がゆっくりと動き出す。

俺はゆったりと背もたれに背を預け、静かな深い息をついた。

「クッヒ」

犬カバが俺の横の席に掛けたまま一声鳴く。

特に俺に話しかけたって訳じゃなさそうだったから、俺はそいつには何にも答えず外の景色に目をやり、段々に流れゆく景色を見つめる事にした。

って言っても辺りが暗くてほとんど景色っていう景色は見えやしねぇんだが。

まぁ、考え事すんのには丁度いい。

……。

飛行船のエンジンキー。

まさかそんなもんがなくなってた、なんて夢にも思ってなかったぜ。

まあ、あのヘイデンが探しておくっつーんだから任せておきゃあ問題ねぇとは思うんだが……。

まったくダルクのやつ、死んだ後まで人騒がせなんだよな。

あんな大事なモンの保管場所くらい、ちゃんとみんなに分かる様にしておけってんだ。

もし万が一にも見つかんなかったら俺はどーすりゃいいんだよ?

せっかく借金返して一億ハーツ貯めてヘイデンから飛行船買い取ったって、エンジンかけられねぇんじゃ何の意味もねぇじゃねぇか。

まったくよ~。

文句たらたらで考えながら──俺の脳裏にふいにある光景が映し出される。

ダルクの大きな手。

その手で飛行船の操縦桿横にある鍵穴にキーを差し込み右方向に回すと、飛行船のエンジンがかかる。

ブルルンと足から伝わる振動が、音が、はっきりと今の俺にも思い返された。

……今思い返してみれば……飛行船のエンジンキーは、確か普通の鍵とは形状が違っていた。

持ち手の部分は平べったくって、鍵先は三角錐。

もちろん三角錐の部分にはフツーの鍵と同じ様にたくさんの複雑なギザギザが付いてるんだが、何だかヘンな形だったなって記憶がある。

キーにはキーチェーンがついていて、キーチェーンの先には平べったい金属製のタグが付いていた。

確か──そう。

タグには『ダルク・カルト』の名が刻まれていたはずだ。

キーはわりと細くて小さかったし、どこに行っちまったかも分からねぇ あれを一人で探そうなんて、ヘイデンのやつでも難しいだろう。

大体あいつ、目が見えねぇのに一体どうやって探す気なんだか。

……まあ、けどヘイデンは俺やダルクみてぇに希望や憶測でものを言うタチじゃねぇから……もしかしたらどこか探すべきアテがあるのかもしれねぇ。

例えばゴルドーに聞いてみるとか、ダルクと俺が昔住んでた家をもう一度探し直すとか?

と、そこまで考えて。

俺は いや、やっぱりおかしいなと考えを改める。

フツー探すアテがあるなら──前もって探しておかねぇか?

遺品整理の時に見て行方が知れず、ゴルドーもキーの在り処を知らなかった。

たぶんだが、遺品整理だってヘイデン一人でやった訳じゃなかっただろう。

執事のじーさんやシエナ、それにもしかしたらゴルドーだって手伝ったはずだ。

それでもキーは見つからなかった。

飛行船のキーなんて大事なモンを、『見つからねぇからまぁいいや』って簡単に切って捨てた訳はねぇ。

考え得る全ての場所をちゃんと探して、それでも見つからなかった。

そう考えるのが妥当だ。

けどそれなら……ヘイデンはこれ以上どこを探す気なんだ?

他に思い当たる場所で、ちょっとやそっとでは探しに行けないような場所──?

それってもしかして……。

思わず眉を寄せ無言で考え込んでいる──と。

「クッヒ」

犬カバが、急に一声上げてくる。

俺はそいつにふいに考え事から現実に戻され、思わず目を瞬いて犬カバを見た。

犬カバが外を見ろってばかりに首を窓の方へやる。

俺がつられて窓の外をもう一度見ると、いつの間にやら景色は旧市街の薄暗い街路。

俺が今朝方この馬車に乗り込んだあの場所で、馬車は止まっていた。

止まって少しは時間が経ってたんだろうが、御者は声もかけてこねぇし、馬車の戸も開けねぇ。

まあ、自分で勝手に降りろって訳だろう。

俺は── 一応ちょっとくらいは挨拶しとこうかと思って御者席に繋がる小窓をカラッと開けて、御者に向かって声をかける。

「──わざわざ手間かけさせちまって悪かったな。
助かったよ、ありがとう」

返事を期待した訳でもなく言うと、やっぱり思った通り、答えは返ってこねぇ。

俺はそいつにちょっと口の端だけで笑って小窓を閉め、馬車の戸をそっと静かに開く。

外に誰もいねぇ事を確認してから──犬カバと二人、さっと地面に降り立って後ろ手に戸を閉めた。

そうしてそそくさと旧市街の古びた家の陰に紛れて隠し通路の方へ向かう。

後ろから、馬に軽く鞭打って馬車がカラコロと走り出す音が聞こえた。

馬車が離れていく音を後ろに感じながら──俺はある家の裏手に辿り着き、さっとその場に屈み込む。

手を石畳の上に軽く滑らせて──ここだ、と思う取っかかりを見つけ、両手で開ける。

そこにはもちろん、あの隠し通路があった。

「キュッ」

犬カバが一声いなないて先に下へ降りる。

俺は最後にもう一度辺りを見渡し、誰もいねぇ事を確認してから犬カバについて通路の下へ降りた。

そうして素早く入口の蓋を閉じる。

閉じちまうと通路の中にはまったく何の光も差してこねぇ。

たぶんすぐ近くに明かりをつけるスイッチが……と片手で壁に手をやろうとした──ところで。

パチンと一つ音がすると共に、パッと地下通路の明かりが一瞬で灯る。

げっ、誰がつけたんだ?!

瞬間焦って思わず一歩後ろへ身を引きかける──が。

目の前に現れた女の姿を確認して、俺はホッと息をついた。

「~シエナ」

思わず声をかけると、シエナが両の口の端を上げて微笑む。

「おかえり。
ちょっと心配だったからね、迎えに来たよ」

言ってくる。

俺はやれやれと息をついてそれに応えた。

「ったく……。
ガキじゃねぇんだからわざわざ迎えにこなくたってちゃんと一人で帰ってこれるってーの」

「そうかい?
まあいいじゃないか」

シエナが笑いながら返してくる。

行きのミーシャといい今のシエナといい、たぶんこうも送り迎えをしてくれんのは、俺が途中でぶっ倒れたりしねぇか心配しての事だろう。

確かにここは、『あの時』のサランディールに続く地下通路と構造っつーか雰囲気がよく似ている。

似てるけど……そんだけだ。

ダルクが壁に背を預けたまま死んじまってる姿はここにはねぇし、明かりだって、向こうは揺らめく様な燭台の火の光で、今ここの明かりはもっと安定した明かりを届ける、電気だ。

『あの時』とは、何もかも違う。

俺は──シエナの言葉に小さく肩をすくめて、先頭を切って歩き始めた犬カバの後ろをゆったりと歩き出す。

そうしながらふと行きのミーシャの言葉を思い出して口を開く。

「そーいやさ~。
ミーシャがサプライズがどうのって言ってたけど、あれ一体何なんだ?
絶対ぇ驚くからって言われてんだけど」

ごくごく軽~い気持ちで問うと、シエナが──にっこりと笑う。

年の割には(な~んて言ったらシエナにぶっ殺されちまうから言わねぇけど)華やかで艶やかな、いい笑顔だった。

「~それは、まぁ自分の目で見て確かめてみるんだね。
その為の『サプライズ』なんだからさ。
まぁでもあんた、本当に驚くと思うよ」

フフッと、いたずらっぽく笑って言うのに、俺は思わず眉を寄せ、くるんと目を回してそいつに応えたのだった──。

◆◆◆◆◆

そこからギルドの救護室までは、特に何の問題もなく辿り着く事が出来た。

もちろん昔のダルク事をちらっと思い出さない事もなかったが、それでも具合が悪くなる事もなく、もちろんぶっ倒れちまうなんて事態もねぇ。

ギルドの救護室に繋がる階段を上がって、天井の板を外す。

その、隙間を縫って。

我先にとぴゅーっといつも通りに素早く上に上がったのは、犬カバだ。

俺がやれやれと思いながらも地上へ──元いた救護室の一室へ顔を出す……と。

「~おかえりなさい!」

ミーシャの、ぱぁっと輝く様な笑顔が俺を出迎えてくれた。

どーやら救護室の俺の部屋で、帰りを待っててくれたらしい。

こーやって笑顔で、しかも『おかえりなさい』なんて声をかけられると、なんだかくすぐったい様なうれしい様な、そんな気持ちになる。

俺は照れ隠しにへらっと笑いながら「おう」と返す。

そうしてそのまま地上に上がりきった。

後ろからシエナが──何故かくすっと笑いながら──上がってきて、出入口だった板を元の位置に収める。

と、ミーシャが輝くすみれ色の目もそのままに口を開いた。

「ついさっき、ジュードも他の冒険者に番を代わってもらって、隣のリビングに呼んだところなの。
──リッシュ、ちょっと目を瞑ってもらえる?」

「え?お、おう」

ほんのちょっと戸惑いながらも、言われた通りに目を瞑る。

気配で、シエナとミーシャが顔を見合わせて笑った様な気がした。
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