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十二章 清算

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言ってくるのに、俺は思わず苦虫を噛み潰したような嫌~な顔でそいつに応える。

ゴルドーが んなに優しけりゃ、俺は生死問わずの賞金首になって追われたりしてねぇっての。

俺の無言の答えに、ヘイデンはこの話はこれで終わりとばかりにフンと鼻を軽く鳴らした。

そうして別な事を言ってくる。

「──……それで、大統領からの申し出を断ったのはいいが、これからどうするつもりだ?
まさか一生追っ手に追われたまま女装姿で生きていくつもりではないだろうな?」

若干トゲのある言い方で、問いかけてくる。

俺はそいつに「あ~……」と声を上げた。

「それに関してはちょっと考えがあるんだ。
まあ、上手くいくかは分かんねぇけど。
もし上手くいかなくっても、バリバリ働いて金貯めて、一億ハーツ、さっさとゴルドーのやつに返済してやるよ。
そーしたらすぐまたもう一億ハーツ稼いで──……。
今度こそあんたから飛行船を買い取ってやる」

自信たっぷりに言ってやる。

と、ヘイデンがほんの少しの沈黙の後に……

ほんの少し口の端を上げ フッと一つ、笑ってみせた。

いつもの呆れた様な笑いでも小馬鹿にした様な笑いでもねぇ。

以前ミーシャに見せた時と同じ、ただ単にフツーに笑っちまったみてぇな笑いだった。

「……一体いつまでかかるものか、見物だな」

「んなに長くはかけねぇさ」

へッと笑って、言ってやる。

「~クッヒ!」

俺の足元から犬カバも賛同してきた。

俺はそいつに軽く笑ってやってから、再びヘイデンに向かう。

「だからって言うのもなんだけど……今度飛行船の整備、手伝わしてくれよ。
あんたが貸してくれた本にあった飛行船、ありゃあ『ダルクの飛行船』とはたぶん構造が全然違うんだろ。
いずれこの俺があいつを手に入れた時 勝手が分かんねぇんじゃ困るし、整備を手伝いがてら、そーゆーのをちゃんと見ときてぇんだよ」

「……それは別に構わんが。
お前からそんな話を持ちかけてくるとは珍しいな」

言ってくる。

確かに……今までヘイデンが一人で飛行船の整備をしてようがなんだろうが、俺からこんな事を頼んだ事はなかった。

修理を手伝う必要がなかったってのもあるが……それより何より、俺はいつもヘイデンが飛行船の整備をしてんのを遠くから見る側・・・であって、一緒に整備する側・・・・・に立とうなんて、考えた事もなかったんだ。

けど……

俺は小さく肩をすくめてみせる。

「……。
こないだあんたが言った事、ちょっと考えてたんだよ。
あんたは俺に、ミーシャにサランディールの事で何かあったら力になってやれって言ったけど……実際のところ、俺に何が出来るのかって。
ジュードみてぇに剣を扱える訳でも、ゴルドーみてぇに腕っぷしが強いわけでもねぇ。
俺に出来る事っていやぁ、頭を使う事ととにかく逃げる事だけど……。
山賊に拐われちまった時、俺にはそのどっちも出来やしなかった。
ミーシャを助けてやるどころか、自分の身一つ守れねぇ。
もしあの時ミーシャが駆けつけてくれなかったら、もしジュードがミーシャに偶然出会って、ついて来てくれてなかったら。
どっちの場合もたぶん俺は死んでた。
ミーシャまで危険に晒しちまう所だった。
だから……少しでも出来る事を──俺の“武器”を作っときたいんだよ。
飛行船は、その内の一つだって、俺は考えた。
俺がミーシャの為に出来る事の一つでもあるしな」

「……。あれなら国境も何もなく、どこへでも自由に飛んでいく事ができるからな」

言ってくる。

俺はこくりと一つ頷いてみせた。

ルートに気をつけ、夜陰に紛れて飛行船を動かせば、国境どころか、サランディール城にさえ難なく近づく事が出来る。

正直、そうしなけりゃならねぇ状況に陥るかどうかって言われるとそこは疑問だが……どっちにしろ、あの飛行船は、何の知識もなく一朝一夕に飛ばせる様な代物じゃねぇ。

もし突然その時・・・が来て……『やっぱりあの時ヘイデンに教わっとけば良かった』なんて後悔すんのだけはごめんだ。

だから……

「……俺に、飛行船の整備や扱いを教えて下さい。
お願いします」

慣れねぇ敬語で、ヘイデンに向かって頭を下げる。

ヘイデンが、沈黙する。

そうしてしばらくの後──静かに息をついてみせた。

そいつはどうにも仕方がないって、言わんばかりの溜息だった。

「……その怪我が完治したらまたここへ来るがいい。
飛行船の整備を、手伝わせてやる」

言ってくる。

俺がそいつにパァッと表情を明るくするのに釘を刺すように、「ただし、」とヘイデンは続けた。

「整備は手伝わせてやるが、あれを無償で譲り渡してやる気はない。
あれを自分のものにして使うつもりなら、一億ハーツの借金をゴルドーに完済し、俺から買い取る為の一億ハーツをきちんと用意する事。
それを忘れるな」

言ってくるのに、俺はニッと笑って「おう」と一言で返した。

そーしてそのままへらっとしながら言う。

「つーかあの飛行船、ちゃんと今でも使えるんだろうなぁ?
考えてみりゃ、もう十年以上空に飛ばしてねぇんだろ?
買い取ったはいいけど空は飛べません、なんて嫌だぜ?」

冗談交じりに笑ったまま言う……と。

ヘイデンが口をつぐんだまま俺の顔を『見る』。

俺は思わずドキリとしてヘイデンを見返した。

お、おいおい……。

俺は冗談のつもりで言ったんだぜ?

ま、まさか本当に飛ばねぇとか言うんじゃねぇよなぁ……?

若干不安になりかけた俺に、ヘイデンは言う。

「……。
恐らく、エンジンさえかかれば問題なく空へ飛ばす事は出来るだろう。
ただ……」

言いかけたヘイデンの言葉が珍しく淀む。

下にいた犬カバが俺と同じ様に軽く首を傾げ、ヘイデンを見る。

そのヘイデンの口から出て来たのは、びっくりする様な一言だった。

「……その、エンジンをかける為の、キーがない」

「……………へっ?」

思わぬ言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

「きっ……キーがねぇって、一体どーゆー事だよ?
あんたが持ってねぇんなら、ゴルドーのやつが持ってるって事じゃねぇのか?」

「……いや。
キーを持っていたのはダルクだ。
だが……ダルク亡き後、やつの遺品を整理した時にも、どこからも出てこなかった」

言われて……俺は口をぱか~んと開けたままヘイデンの顔を見る。

遺品整理で出てこなかったって……それじゃ、キーはどこに行ったんだよ?

ダルク自身が最後の日に持ってたってのか?

サランディールのお偉いさんに会いに行くのに?

……いや、あり得ねぇだろ。

あいつは飛行船を譲り渡す話を蹴る為にあそこへ行ったはずだ。

んなモン持ってったら、もしもの時・・・・・にややこしい事になるのは目に見えてる。

けど……だったら、一体どこにやっちまったってんだよ……?

考えてると、ふいに窓の外から、ガタンゴトンと馬車が近づいてくる音がする。

たぶん、シエナが遣いにやった馬車だろう。

思わず片眉を上げて窓辺の方を見やると、いつの間にやら陽は完全に木々の向こうへ落ちて、外には暗闇が広がっていた。

「──どうやら迎えが来たようだな」

ヘイデンが言う。

俺は思わず口をへの字に曲げ、ヘイデンを見やる。

と、ヘイデンが鼻で息をついた。

「……キーの行方は、そのうち探してやる。
どのみちまだ今のお前には必要あるまい。
お前が俺から飛行船を買い取るまでにはまだ時間がかかるだろうからな。
その時までにはきちんと用意しておいてやるから安心しろ」

言ってくる。

その言葉に、嘘はねぇだろう。

ねぇだろうけど……。

俺はなんだかちょっと釈然としねぇまま、下の犬カバを見下ろした。

犬カバが、何とも言えねぇ顔で同じ様に俺を見上げてきた。

俺は──口をへの字に曲げたまま、得心がいかないままでヘイデンへ目を戻して──それでも「分かった」と言ってやるほかなかったのだった──。
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