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十一章 会議

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これが、ジュードがさっきから深刻そうに考え込んでいた事なんだろうってのが、すぐにピーンと来た。

ジュードは短い溜息の後、続ける。

「ミーシャ様は以前、サランディールの姫君として大統領とお会いになられた事がある。
外交官の中にもミーシャ様の顔を知っている者があるはずだ。
ミーシャ様をその様な場にお出しする訳には……」

ジュードが眉を寄せたまま目を閉じる。

確かに……そうだよな。

ミーシャは……世間一般には、死んだ事になってる。

なのに俺やジュード、シエナくらいにならともかく、サランディールの隣国……このトルスの大統領なんて人物に、万が一でも生きてる事が知られたらマズイ事くらい、この俺にも分かる。

かといって、俺への最大級の配慮(?)を無下にして、ミーシャも俺もそこに出席しねぇってぇのは……そいつも、あまりいい事にはならなさそうだ。

だから、まあ。

「──分かったよ。
冒険者ダルクは風邪でもこじらせたって事にして、この俺だけでその会議とやらに出席してやらぁ」

ごくごく軽い調子で言うと、犬カバがギョッとした様に俺の顔を見上げてくる。

何だよ、んな顔するこたぁねぇだろ。

うまくすりゃ本当に借金も帳消しにされて賞金首からも脱却できるかもしれねぇし。

何よりミーシャがややこしい立場に立たされんのを黙って見ちゃいられねぇぜ。

そう思いながら犬カバを見返すと。

犬カバが『こっちは知らねぇからな』ってばかりに呆れ眼で返された。

ジュードが──息をつく。

「──恩にきる」

「んな大した事じゃねぇだろ。
俺だってこの指名手配から解放されりゃあわざわざ女装して街を歩かなくって済む訳だし」

へらへらしながら言うと……ジュードは軽く頭を振った。

そうして「いや、」と一言返してきた。

「ミーシャ様の今のお立場を考えれば、本当に……ありがたい。
トルスは中立国家だから、大統領がミーシャ様の生存を知ったとしても、大した事にはならんかもしれん。
だが……この事件には、ノワールが関わっている。
もしノワールの宰相や、緋の王にまでミーシャ様が生きている事を知られる様な事になったらと思うと……」

その時の事を想像してんだろう、どこか険しい声で、ジュードが言う。

確かに……ジュードの言う事も、分からないでもない。

ノワールはこの人拐い事件を含めて、ほんと何するか分からねぇ国だしな。

今は死んじまってるって世間に思われてて、王位も何もないミーシャだが……その存在を知ったら……もしかしたら、向こうから接触してくる可能性だって、ない訳じゃねぇ。

んな事になったりしたら……そいつはさぞかし厄介な事になるだろう。

ジュードも鼻頭にシワを寄せたまま、一つ息をついた。

「正直──まさかこの山賊の件にノワールが関わっているなどとは、思っていなかった。
ノワール王は、ミーシャ様の婚約者だったからな……。
どの様な形であれあまり関わって頂きたくは……」

さらっとジュードが、当たり前の様に言いかけるのに……俺は一瞬の間を置いて、

「~……へっ……?」

と間抜けな声を上げた。

そーしてその言葉の意味をようやく理解して、

「~はっ、はぁ!?
ちょっ……ちょっと待った!」

俺は思わず大きく声を上げる。

勢い込んで言った為にあばらがひどく傷んだが……んな事を言ってる場合じゃねぇ。

ジュードが機嫌悪そうに俺を見返してくる。

俺は思わず、ヒクッと頬がつるのを感じた。

「~今 何つった?
緋の王が、ミーシャの……何だったって?」

思わず、聞いた声が裏返っちまう。

俺の聞き間違いか?

……なんか今とんでもねぇ事を聞いちまった様な気がすんだけど。

ジュードが何度も言わすなってばかりに俺を睨む。

そうしてはっきりと──答えてきた。

「──婚約者、だ。
もしあの内乱がなければ、今頃ミーシャ様はノワールの王妃になられていた」

ジュードがあからさまに嫌そうな声音で返してくる。

その、はっきりとした答えに──俺は思わず絶句しちまった。

隣で顔だけ上げていた犬カバが「クヒ?」と俺の方を見上げてくる。

絶句しちまった俺に『大丈夫か?』って聞いてんのか、それとも『緋の王って誰だよ?お前知ってんのか?』みてぇな事を聞いてんのかよく分からなかったが……どっちにしろ今はそれどころじゃねぇ。

俺は思わずバッと身を起こしかけて──そのまま あばらを抑えてうずくまった。

くっ……くぅぅ……。

何も考えずに動いちまったけど俺ケガ人じゃねぇかよ……。

急にこんな風に動こうなんざ普段の注意深い俺なら絶対ぇしねえのに……。

シエナにぶっ叩かれた時ほどじゃねぇが軽く気を失うレベルで痛ぇ……。

ジュードが……手助けでもしようとしたんだろう、こっちへ手を伸べてくんのが見えた。

俺はバッとその手を振り払う。

そーしてうずくまったまま顔だけを上げ ギッとした目でジュードを睨めた。

「~どーゆう事だよ!?
こっ、婚約って……!
しかもよりにもよって……あの・・緋の王と、だぁ?」

一応は部屋の外に声が漏れたりしねぇ様細心の注意を払いながら、小声で訴える──と、ジュードがこっちも同じ様な小声で機嫌悪そうに返してきた。

「~俺に言うな。
それに──幸いな事に……と言っていいのか分からんが、表向きにはミーシャ様は一年前の内乱で亡くなられた事になっている。
婚約の話など今となってはないに等しいものだ。
そうでなくとも……緋の王の婚約者はあくまで“サランディールの王女であった”ミーシャ様だったのだから……話は立ち消えたと、言ってもいいだろう」

ジュードがどこか自信なさげに言ってくる。

けど……俺はどーにも嫌な考えを拭えなかった。

俺は国の政とか政略なんてモンにはこれっぽっちも詳しくねぇが……もし緋の王が今の状況でミーシャの生存を知ったら……こういう風に考えたりはしねぇか?

今は王位のないミーシャをノワールで“保護”して、ミーシャの国を取り戻すって事を名目にサランディールに攻め入り占領する。

……そーゆう事だって、出来ねぇ訳じゃねぇよな。

緋の王がもし──んな事考えるとそんだけで胸クソ悪くて仕方ねぇが──ミーシャと結婚なんかした日には、奥さんの国を“取り戻し”、当然の事ながら今後は緋の王がサランディールを統治する……っつっても、十分な大義名分になるんじゃねぇのか?

あの国はただでさえあちこちの国を侵略して、領土を増やそうとしてんだからな。

それくらいの事は考えたっておかしくねぇ。

むしろ攻め入る口実出来てラッキー、くらいのもんだろう。

それにしたって、だぜ……。

あいつは……ミーシャは、サランディールの王女だった頃、その婚約の事どう思ってたんだ……?

そういやこないだミーシャと話した時も、あいつちょっと元気なかったよな。

毎日の様に冒険者達が開く会議について、俺が今日も何か進展がありそうなのか尋ねた時。

確実な事が分かったら俺にも言うってミーシャは言ってたけど……多分そいつが、このノワールの宰相に関する話だったんだろう。

──もしあの内乱がなければ、今頃ミーシャ様はノワールの王妃になられていた……か。

サランディールの王女だった頃のミーシャは──そこに何の不満もなかったんだろうか。

あの様子じゃあ……。

考えかけて、俺は静かに頭を振る。

んな事、今考えてたってしょうがねぇ。

過去はどうあれ今は今、だよな。

幸いジュードの言った通り、今のミーシャは世間一般には死んじまってる事になってんだから、 そのまんまお偉いさん達の前に姿を見せる機会を潰しちまえばこんなの何の問題にもならねぇ。

それこそ、このままあっさりこの事件が俺らの手から離れちまえば、これからはミーシャだってちょっとはホッとして生活出来る様になるだろう。

つーか、そうしなけりゃならねぇんだ。

そうしっかりと考えて、俺は首を垂れて深くうなづく。

「──話はよ~く分かった。
トルスの大統領や外交官、それにノワールの奴らにも……ミーシャの事は絶対ぇ気づかれねぇ様にしねぇとな。
この山賊共の騒ぎも、その大統領が出るってぇ会議に俺が出て、それで関わるのはやめにしよう。
あとの事は国のトップ達に全部解決してもらおうとしようぜ」

たぶん、そいつが一番いい。

今度の会議で事件の顛末だけ話したら、余計な事はせずにさっさと帰ってこよう。
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