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十章 決意
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俺はつい今しがたのもやもやも忘れて、パッと心が踊るのを感じた。
昨日はあの後、シエナやらジュードやらが一緒にいたり、俺も悪化したあばらの痛みに気を取られちまってたりで二人で話をする時間もなかったからな。
ヘンにドキドキしながら──俺は「おぅ、」と戸の方へ向かって声を投げる。
「起きてるぜ」
言うと──少しの間を置いて、部屋の戸が静かに開く。
現れたのは 、俺の予想の通りミーシャだった。
寝そべったまま起きられねぇ俺だが、目が合ったとたん、ミーシャがふわっと微笑む。
「──おはよう」
そのたった一言が、ちょっとした笑みが、何だかモヤモヤしていた俺の心をすうっと溶かしていっちまった。
「──おはよう」
俺も、つられる様にして笑みを浮かべ、言う……ところで。
ミーシャのすぐ後ろから、ジュードが現れる。
手にはどーやら俺の朝食らしい、盆に乗ったスープを持っていた。
~ちぇっ、ジュードも一緒か。
しかもジュードのやつ、俺のミーシャへの視線に気づいたからか、急にやけに険しい顔でこっちを見てくる。
ミーシャが部屋のカーテンを開ける。
サッと開いたカーテンから、陽の光が眩しいくらいに入ってきた。
とたん。
俺の頭の中に、“何か”を陽にかざす映像が、流れてくる。
───青い石の──ペンダント……?
陽の眩しさに思わず目をすがめてそちらを見ていると、ミーシャがこっちに振り返って不思議そうに俺を見る。
「──どうかした?」
ミーシャの問いに、本で山積みのサイドテーブルの端に盆を置いたジュードも物問いたげに俺の方を見る。
俺の顔の横で丸まったまま まだ寝てるらしい犬カバが もそっと一つ動いた。
俺は──窓から目を離し、
「いや──」
と声を返す。
「何でもねぇ……。
よく晴れてんだな」
言うと、ミーシャが少し戸惑った様に窓の外へ目をやり、「ええ」と一つ返してくる。
俺の様子がヘンなのに、もしかしたら気づいたのかもしれねぇ。
だが、そこに関しては何も言わずにこちらに向き直る。
「──体の調子はどう?
シエナさんが作ってくれた朝食、持ってきたけれど……食べられそう?」
問いかけてくる。
俺は「おう」とそれに返した。
ジュードが俺が起き上がるのを手伝ってくれる。
俺はいててて、と声を上げつつもようやくクッションに背を預けて起き上がるのに成功した。
何かもうそんだけで疲れちまったぜ……。
俺が動いたり「いてて」なんて声を上げたりしたからだろう、犬カバが「きゅっ」と声を上げて起き上がり、ベッドの下へ逃げていく。
ミーシャがそれを優しい目で見てから、スープ皿を手に取った。
とたん。
そのいい香りにつられたらしい。
犬カバがのそのそとベッド下から顔だけを出して、ミーシャの手元を見つめた。
正確にはミーシャの手元にあるスープ皿を、なんだが。
まったくほんとーにいつもいつも、食い意地張りすぎだろ。
俺と似た様な事を思ったのかどうか、ミーシャが犬カバを見つめてくすりと笑った。
「犬カバの分もちゃんと用意してあるわ。
後でリビングであげるわね」
ミーシャが優しい口調で言うと、どーやらそれだけで納得したらしい。
犬カバが「クッヒ」と一声返事して今度は顔だけを少しベッド下から出したまま、そこで丸くなった。
ミーシャがそいつに優しい目を向けてから、俺に問う。
「リッシュ、今日は自分で食べられそう?」
そう、聞いてきたのには訳がある。
実を言うと──昨日の昼間、執事のじーさんがプリンを持ってきてくれた時には体の調子もまだわりと良かったんだけどよ、夜にかかるにつれて痛みが酷くなっちまって、コップさえ持てずにシエナに飲み物を飲ませてもらったんだよな。
昼間はプリンだってあんなにきっちり食えたのに、晩飯はその飲み物をちょっと飲んだだけっていうお粗末な結果になっちまった。
まぁ今は昨日ほどの痛みもねぇし、皿を膝の上にでも乗せりゃあ一人で食えそうではあるんだけど。
でもさ~、怪我人だしミーシャに食べさせてもらうってのも悪くはねぇよな。
よくあるじゃねぇか、口のとこまでスプーン持ってきてもらって『はい、あ~ん(もれなくハート付き)』みてぇな。
「いや~、まだちょっとムリそうだな~。
悪いけどミーシャ、食わせて………」
自分では意識もせずにへらへらしながら言いかけた、ところで。
ぬっとミーシャの横に、ジュードが黒い影を落として立ちはだかった。
ミーシャから皿を丁重に取ると「ほ~ぅ?」と怒りに満ちた邪悪な笑みを俺に送ってくる。
しかも俺からミーシャの姿を隠す様な位置取りまでしてやがる。
ちょっ、ジュード、額に血管浮き出てんじゃねぇか。
「なら俺が食わせてやろう。
~ほら、食え」
「ちょっ、いや、俺はミーシャに食わしてもらいたいんであってヤローに食わせてもらいたい訳じゃ………っ…………!!」
ミーシャから皿を受け取った時とは全っ然違う乱暴さで、ジュードが皿から掬ったスープを冷ましもせずに俺の話し途中だった口ん中に放り込んできた。
「あぢっ……あぢぢっ……!!」
熱いスープを思わず喉の奥まで飲み下してから、俺は断固抗議する。
「てめっ……ジュード!
わざとやりやがったな!?
俺はミーシャに頼もーとしたんだよ!
なんっで俺がヤローに食いモン食わせてもらわなきゃならねーんだ!」
言った先でジュードがものすっげぇ冷たい怒りに満ちた目で俺を見下ろす。
「ミーシャ様のお手を煩わせる程の事ではない。
怪我人だからと調子に乗るな。
嫌なら自分で食べるんだな。
本当は出来るんじゃないのか?」
「ぐっ……それは……」
見破られちまってたか。
思わず言葉に詰まって視線を泳がす俺に。
くすくすとミーシャが笑った。
ジュードが邪魔で顔は見えねぇのが残念だが、明るい笑い声だ。
「二人とも仲が良いのね。
少し意外だわ」
言ってくる。
俺は嫌~な顔でジュードを見やる。
ジュードも同じく嫌そうな顔で俺を見やった。
「「誰がこんなやつと、」」
言いかけた声が被っちまう。
俺とジュードは再び嫌~な顔で互いを見やった。
ミーシャが言う。
「あのね、今日はまた山賊の頭《かしら》殺しの件で会議があるの。
お昼ご飯の頃にはヘイデンさんの執事さんが来て下さるそうだから、また食べさせてもらってね」
何の悪気もなしに言ってくる。
だから……俺はミーシャに食わせてもらいたかったんであって、別にじーさんやジュードに食わしてもらいてぇ訳じゃねぇんだっての。
俺は は~あと溜め息をついて「分かったよ」とだけ答えておく。
昨日はあの後、シエナやらジュードやらが一緒にいたり、俺も悪化したあばらの痛みに気を取られちまってたりで二人で話をする時間もなかったからな。
ヘンにドキドキしながら──俺は「おぅ、」と戸の方へ向かって声を投げる。
「起きてるぜ」
言うと──少しの間を置いて、部屋の戸が静かに開く。
現れたのは 、俺の予想の通りミーシャだった。
寝そべったまま起きられねぇ俺だが、目が合ったとたん、ミーシャがふわっと微笑む。
「──おはよう」
そのたった一言が、ちょっとした笑みが、何だかモヤモヤしていた俺の心をすうっと溶かしていっちまった。
「──おはよう」
俺も、つられる様にして笑みを浮かべ、言う……ところで。
ミーシャのすぐ後ろから、ジュードが現れる。
手にはどーやら俺の朝食らしい、盆に乗ったスープを持っていた。
~ちぇっ、ジュードも一緒か。
しかもジュードのやつ、俺のミーシャへの視線に気づいたからか、急にやけに険しい顔でこっちを見てくる。
ミーシャが部屋のカーテンを開ける。
サッと開いたカーテンから、陽の光が眩しいくらいに入ってきた。
とたん。
俺の頭の中に、“何か”を陽にかざす映像が、流れてくる。
───青い石の──ペンダント……?
陽の眩しさに思わず目をすがめてそちらを見ていると、ミーシャがこっちに振り返って不思議そうに俺を見る。
「──どうかした?」
ミーシャの問いに、本で山積みのサイドテーブルの端に盆を置いたジュードも物問いたげに俺の方を見る。
俺の顔の横で丸まったまま まだ寝てるらしい犬カバが もそっと一つ動いた。
俺は──窓から目を離し、
「いや──」
と声を返す。
「何でもねぇ……。
よく晴れてんだな」
言うと、ミーシャが少し戸惑った様に窓の外へ目をやり、「ええ」と一つ返してくる。
俺の様子がヘンなのに、もしかしたら気づいたのかもしれねぇ。
だが、そこに関しては何も言わずにこちらに向き直る。
「──体の調子はどう?
シエナさんが作ってくれた朝食、持ってきたけれど……食べられそう?」
問いかけてくる。
俺は「おう」とそれに返した。
ジュードが俺が起き上がるのを手伝ってくれる。
俺はいててて、と声を上げつつもようやくクッションに背を預けて起き上がるのに成功した。
何かもうそんだけで疲れちまったぜ……。
俺が動いたり「いてて」なんて声を上げたりしたからだろう、犬カバが「きゅっ」と声を上げて起き上がり、ベッドの下へ逃げていく。
ミーシャがそれを優しい目で見てから、スープ皿を手に取った。
とたん。
そのいい香りにつられたらしい。
犬カバがのそのそとベッド下から顔だけを出して、ミーシャの手元を見つめた。
正確にはミーシャの手元にあるスープ皿を、なんだが。
まったくほんとーにいつもいつも、食い意地張りすぎだろ。
俺と似た様な事を思ったのかどうか、ミーシャが犬カバを見つめてくすりと笑った。
「犬カバの分もちゃんと用意してあるわ。
後でリビングであげるわね」
ミーシャが優しい口調で言うと、どーやらそれだけで納得したらしい。
犬カバが「クッヒ」と一声返事して今度は顔だけを少しベッド下から出したまま、そこで丸くなった。
ミーシャがそいつに優しい目を向けてから、俺に問う。
「リッシュ、今日は自分で食べられそう?」
そう、聞いてきたのには訳がある。
実を言うと──昨日の昼間、執事のじーさんがプリンを持ってきてくれた時には体の調子もまだわりと良かったんだけどよ、夜にかかるにつれて痛みが酷くなっちまって、コップさえ持てずにシエナに飲み物を飲ませてもらったんだよな。
昼間はプリンだってあんなにきっちり食えたのに、晩飯はその飲み物をちょっと飲んだだけっていうお粗末な結果になっちまった。
まぁ今は昨日ほどの痛みもねぇし、皿を膝の上にでも乗せりゃあ一人で食えそうではあるんだけど。
でもさ~、怪我人だしミーシャに食べさせてもらうってのも悪くはねぇよな。
よくあるじゃねぇか、口のとこまでスプーン持ってきてもらって『はい、あ~ん(もれなくハート付き)』みてぇな。
「いや~、まだちょっとムリそうだな~。
悪いけどミーシャ、食わせて………」
自分では意識もせずにへらへらしながら言いかけた、ところで。
ぬっとミーシャの横に、ジュードが黒い影を落として立ちはだかった。
ミーシャから皿を丁重に取ると「ほ~ぅ?」と怒りに満ちた邪悪な笑みを俺に送ってくる。
しかも俺からミーシャの姿を隠す様な位置取りまでしてやがる。
ちょっ、ジュード、額に血管浮き出てんじゃねぇか。
「なら俺が食わせてやろう。
~ほら、食え」
「ちょっ、いや、俺はミーシャに食わしてもらいたいんであってヤローに食わせてもらいたい訳じゃ………っ…………!!」
ミーシャから皿を受け取った時とは全っ然違う乱暴さで、ジュードが皿から掬ったスープを冷ましもせずに俺の話し途中だった口ん中に放り込んできた。
「あぢっ……あぢぢっ……!!」
熱いスープを思わず喉の奥まで飲み下してから、俺は断固抗議する。
「てめっ……ジュード!
わざとやりやがったな!?
俺はミーシャに頼もーとしたんだよ!
なんっで俺がヤローに食いモン食わせてもらわなきゃならねーんだ!」
言った先でジュードがものすっげぇ冷たい怒りに満ちた目で俺を見下ろす。
「ミーシャ様のお手を煩わせる程の事ではない。
怪我人だからと調子に乗るな。
嫌なら自分で食べるんだな。
本当は出来るんじゃないのか?」
「ぐっ……それは……」
見破られちまってたか。
思わず言葉に詰まって視線を泳がす俺に。
くすくすとミーシャが笑った。
ジュードが邪魔で顔は見えねぇのが残念だが、明るい笑い声だ。
「二人とも仲が良いのね。
少し意外だわ」
言ってくる。
俺は嫌~な顔でジュードを見やる。
ジュードも同じく嫌そうな顔で俺を見やった。
「「誰がこんなやつと、」」
言いかけた声が被っちまう。
俺とジュードは再び嫌~な顔で互いを見やった。
ミーシャが言う。
「あのね、今日はまた山賊の頭《かしら》殺しの件で会議があるの。
お昼ご飯の頃にはヘイデンさんの執事さんが来て下さるそうだから、また食べさせてもらってね」
何の悪気もなしに言ってくる。
だから……俺はミーシャに食わせてもらいたかったんであって、別にじーさんやジュードに食わしてもらいてぇ訳じゃねぇんだっての。
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