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十章 決意

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今の俺に出来る事なんて、この体をきっちり治してやる事と、こーして知っとくべき知識を入れる事、それに──飛行船を買い戻す為の一億ハーツをどうやって捻出するか考えとく事……くらいだな。

それにしても──本を読んでると何だか胸が痛むぜ。

内乱で殺されたのは、王族だけじゃねぇ。

そこに勤めていた騎士や文官、侍女侍従。

男も女も、老いも若きも関係なく虐殺され、城には火も放たれて。

内乱の後、城は宰相が支配して、補修も為されたらしいが……そこで死んだ人たちの流した血の跡だけがどうしても残っちまって、今でも城の床や石壁を赤く染めてるらしい。

何だかゾッとする様な、死んだ人たちの無念を思うと気の毒な様な、何とも言えねぇ気持ちになった。

ミーシャのやつもさ、たった一晩の内に両親も兄貴も殺されちまって、住んでた城も火に巻かれ、追っ手に追われて──。

相当怖い思いをしたんじゃねぇか……?

普段そんな素振りは見せもしないミーシャだけど……ふと思い出して恐怖したり、悪夢にうなされたりって事も、あるかもしれねぇ。

んな事を考えてたら、何だかミーシャの顔が見たくなった。

もしもミーシャが……城を宰相から取り戻す、王位を取り戻すって決めたら──俺はミーシャに、どこまでの事をしてやれるんだろう?


◆◆◆◆◆


窓から朝の光が差し込んでくる。

俺は部屋が明るくなってきたのにも気づかず、ただ夢中のままに本を読みふけっていた。

執事のじーさんが持って来てくれた本も、あと三冊程で全部読み終わっちまう。

今日にはまた新しい本を届けてくれるって言ってたが、それまでには読みきっちまいそうだった。

サランディール関連の本も、今ある分は全部読みきった。

まぁ、書いてある事はどれも同程度の事だ。

内乱による王族の死。

覇権を握りサランディール城を支配している宰相。

そして、行方不明のアルフォンソ。

その他書かれてあった事って言やぁ、サランディールは森や湖に囲まれた、きれいで豊かな土地だって事と、おとぎ話に出てきそうな壮大な城の様相。

それから──こいつは内乱の時期どころかもっと前の話になるが、ミーシャの親父さんが王位を継いだ時の事なんかが載っている本もあった。

ミーシャの親父さんには、本当は王位を継ぐはずだった一つ上の兄貴がいたらしい。

容姿端麗、文武両道、性格も穏やかで周りからも慕われ、それはそれは立派な王になるだろうと期待されてたそうだ。

けど、王位を継ぐ前に突然病死しちまったらしい。

それで王位継承権第二位だった親父さんがサランディール王になったんだとか。

俺が生まれる前どころか、ダルクやシエナ、ヘイデンたちさえ生まれたかどうか分からねぇくらい昔の話だ。

今の俺らには全く何の関係もねぇし、一応読むには読んだがあんまり役に立ちそうにはなかった。

俺はどーにも集中力が切れてしょぼしょぼしだした目を軽く擦る。

本を頭の横に置いて、そのまま何の気なしに目を閉じた。

そーするといつの間にか──俺は深い眠りに落ちていったのだった──。


◆◆◆◆◆


「まったくよ~」

と、俺は両手を腰にやって口をへの字に曲げる。

また・・ガキの頃の夢だ。

ダルクの部屋の戸を開けて、辺りをザッと見渡している。

ボロくてショボい家だったから、部屋の中もそんなに広くない。

机と椅子。

それに大量の本をしまっている本棚。

この部屋の大まかな家具はそんなもんだった。

なのに、だ。

「これじゃ足の踏み場もねぇじゃねぇか……」

ブチブチ言いながら、俺は足元を睨める。

あちこちに重ねられた本の山。

机や床の上には丸めて放り投げられた紙くずや、どうやら書きかけらしい紙。

それに加えて脱ぎ捨てられたままの服なんかも落っこちてやがるから、部屋の中はかなりごちゃごちゃだ。

俺はよいしょ、とその場にかがみ込んで手近にあるものから片付け始める。

ダルクのやつ、ガキの俺よりガキみてぇなんだよな。

何でもやったらやりっ放しで、片付けも苦手。

夢中になったら寝るのも食べるのも忘れて没頭しちまう。

俺がこーしてわざわざ片してやってもたぶん明日の朝にはまた似たような状態に戻ってるだろう。

けどさ、こんなの放っといたらいつか部屋ん中が物の海みたいになっちまって、 俺みてぇなチビは埋もれちまうだろ?

だからとりあえずこーして毎日簡単にそーじしてるって訳だ。

俺ってほんと、えらいよな。

思いながら俺はよいしょ、と近くの本を集めて三冊分を持ち、本棚の方へ向かう。

ほらみろ。

ちゃんとしまわねぇから棚もスカスカじゃねぇか。

一冊、もう一冊と棚にしまって、最後の一冊を入れようとした、その時──

カコッと本棚の奥にある何かが、本とぶつかる音がした。

まったく~、本棚に本じゃないモン置くなよ~!

プリプリしながら入れかけた最後の一冊を横の机に置き、俺は短い腕を伸ばして本棚の奥のそれ・・ をやっとの事で手に掴む。

掴むとすぐに棚から引き出してみた。

俺の小さな手でも十分掴めるような、小さな物だった。

青いしずく型のきれいな石のついた、ペンダント。

銀色の長い鎖がしずくのてっぺん辺りの穴を通ってついている。

俺は──思わずそのきれいな青い石を両手で掴んで、窓の方へ──陽の光にかざす様にしてみた。

見たことない石だけど、何だか宝石みたいな、特別な石みたいだ。

陽にかざすと、石の奥の方に何かの模様が透かしみてぇに見える。

大きく翼を広げた、鳥の模様だ。

鳥は両足で一つの剣を水平に持ってる。

鳥の背後には、大きな盾みたいな物があって──と、片目を細めてそれを眺めていると。

バッといきなり、そのペンダントを上から奪い取られた。

とにかくものすごい勢いで──俺は思わずびっくりして、上を見上げる。

ダルクの真っ青な、怖い顔がそこにあった。

俺は──思わず口を開けたまま、その顔を見続ける。

何か、見つけちゃいけねぇもんだったんだ、とすぐに分かった。

「あっ……俺……」

固まったまま、やっとのことで声を出す。

けど、口の中が急にカラカラしちまって、そこから先に声が出てこなかった。

ダルクは──俺の前に足をつき、ぐるっと俺をそっちに向き直させる。

掴まれた両肩が痛い。

「~リッシュ、」

とダルクが強く口を開いた。

「今の──こいつの事、誰にも言うな。
絶対に、だ。
──いいな?」

真っ青な顔のまま、言う。

俺は──なんだか分からねぇまま、ダルクの怖ぇ顔を恐る恐る見る。

たくさんの疑問が頭の中を流れていく。

けど──俺はこくん、と一つ頷いた。

「わ……かった。俺、誰にも言わねぇことにする」

素直にそう言う──と──。

ダルクが、明らかにホッとしたように表情を弛ませた。

俺の肩を掴んだ手からも、力が緩まる。

俺の、不安な表情に気づいたんだろうか。

ダルクが申し訳なさそうに俺の頭に手をやった。

「~悪ぃ、びっくりさせちまったよな。
そのうち──お前には、ちゃんと話すから。
誰にも言わないでくれ。
このペンダントの事は──絶対──誰にも………」

ダルクが言う。

俺は──うん、と一つ頷いて、それに返す。

けど──ダルクの口から、そのペンダントの話が語られる日は──ついになかった。


◆◆◆◆◆


俺は──ぼんやりとしたまま、目を開けた。

窓にかかったカーテン生地から、陽の光が透けて部屋の中にまで差し込んでいる。

陽の感じから見て、まだ朝だろう。

俺の顔の横で、犬カバが丸まったままスピースピーと妙なイビキを掻いている。

俺は──ゆっくり目を閉じ、再び開けて、ぼんやりとそのカーテン越しの陽の光を見る。

──何だか……何か、心がもやもやする様な夢を見てた……気がする。

ダルクの夢か?

散らかった、ダルクの部屋……?

俺は──何か約束をして………?

ぼんやりした頭で考えようとするが、あんまりよく思い出せねぇ。

何か……こう、陽の光が部屋に差してるのを見てると──何かを思い出せそうなんだが………。

目を細めて窓の方を見ている──と。

コンコン、と部屋の戸がノックされる音がした。

こいつは──ミーシャだ。

「リッシュ、起きている?」

問いかけてくる。

その、ふんわりした優しい声に。
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