リッシュ・カルト〜一億ハーツの借金を踏み倒した俺は女装で追手をやり過ごす!って、あれ?俺超絶美人じゃねぇ?〜

羽都みく

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十章 決意

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さすがじーさん、用意がいいぜ。

つーか……犬カバのやつ、いい食いもんにありつけると思って やたらにじーさんに媚び売ってたんじゃねーか……?

まぁ、俺に害がなけりゃどっちでもいいか。

軽く考え、もう一口プリンを口に入れる。

くぅぅ~っ、たまんねぇぜ!

俺がプリンの味に酔いしれていると、じーさんがにこにこしながら声をかけてくる。

「ご機嫌の様ですね。
そういえば先程、ミーシャさんのお姿をお見かけしましたが、あの方も晴れやかな、いいお顔をなさっていましたよ。
ミーシャさんとリッシュくん、二人とも、良い話し合いが出来た様ですね」

にこにこしながら──言ってくるのに、俺は思わずスプーンを取り落としそうになった。

「~へ?」

一瞬、俺の頭の中に好き云々の件(くだり)が流れる。

いやいや、じーさんが んな話、知る訳ねぇだろ。

つーかちょっと待て。

じーさん、ダルがミーシャって名の女の子だって、知ってんのか?

何で?

いつから?

何て答えていいのか──俺が困ってじーさんを見ると、じーさんが微笑んでそいつに返した。

「大体の事情は、お察しております。
ミーシャさんが高貴なお方で……その為にヘイデン様はミーシャさんに、リッシュくんの側にいて欲しくないと思われている事も。
ですが──ミーシャさんはリッシュくんの元に、これまで通りいらっしゃる事にされたのですね?」

穏やかににこやかに、じーさんが言ってくる。

俺は──けど、そいつに思わず顔をしかめてみせた。

じーさんの話で、せっかく一瞬プリンで忘れかけてたヘイデンの、あの嫌~な顔を思い出したからだ。

「~悪いかよ?」

半ばムッとしながら聞くと、じーさんが首を横へ振った。

「──いいえ。
ミーシャさんは心根のまっすぐなお優しい方です。
ヘイデン様も、それは分かっておられますよ。
ただ──」

言いかけて、じーさんが苦笑する。

「リッシュくんの事が、心配なのでしょう。
あの方はリッシュくんがほんの子供の時分から見ておいででしたから……。
リッシュくんが大変な目に遭いはしないかと、あの様な事を申し上げたのだと思います。
リッシュくんにとっては余計なお世話だと思われるのでしょうが……どうか許して差し上げて下さいませ」

じーさんがやんわりと頼んでくる。

別にヘイデンの事を大手を振って許してやるつもりはねぇんだが……。

………じーさんにこう言われると、なんか弱いんだよなぁ……。

俺は何とも返事出来ず、一つ息をつく。

そいつを一応は何らかの答えと取ったんだろう、じーさんが微苦笑のまま ところで、と話を続けた。

「明日もこちらの方に用がありまして、リッシュくんの所にも立ち寄ろうかと思っているのですが、何か入り用の物はありませんでしたか?
一月近くもベッドの上ではお暇でしょう。
気晴らしに本でもお持ちしましょうか」

言ってくる。

本か。

俺はそれに──思わずニヤッとしてみせた。

「──それ、何冊でも言っていいのか?」


◆◆◆◆◆


窓から入っていた陽の光が、オレンジ色から薄闇へと部屋の色を染め上げていく。

俺は──周りが暗くなってきているのにも気づかず、ベッドに寝っ転んだまま、ある一冊の本を読んでいた。

じーさんがあの後昼間の内に持ってきてくれた大量の本の中の、一冊だ。

今日は執事のじーさん以外には誰も見舞いに来なかったんで、随分本も読み進んで、こいつはもう三冊目だ。

この辺じゃそうは拝めねぇ、今現在一般的な飛行船の構造について書かれた本だった。

所蔵は街の図書館……ってんなら良かったんだが、んなマイナーな本は、図書館どころか本屋にも売ってねぇ。

この街で唯一手に入るとしたら、そいつはヘイデン所蔵のモンに他ならねぇ。

じーさんには面倒かけるが、ヘイデンのやつには俺が借りた事も黙ってもらっている。

ま、ヘイデン のやつ、何か色々細かそーだからな。

バレるのも時間の問題かもしんねーけど。

てーかヘイデンのやつ、目も見えねぇのに何でこんなに本を所蔵してんだよ?

ちなみに言えば、俺の手の中にある一冊の他に、サイドテーブルの上にも十数冊、多種多様な本が積み上げられている。

飛行船に使われた金属の加工に関する本、ガス嚢に詰めるガス──水素やヘリウムって名のガスだ──に関する本、果ては天候の見極め方やこの辺りの地形が詳細に書かれた本なんかもある。

そういった本の間にはこっそりと、サランディールやその周辺国について書かれた本なんかも紛れ込ませてあった。

こいつはヘイデン所蔵って訳じゃなさそーだから図書館で借りてきてくれたか、買ってきてくれたもんだろう。

飛行船関連な本のカバーをかけて、ミーシャに表紙を見られても気に留められない様に工夫してある。

まぁ、んなのを俺が読んでたって何とも思わねぇかもしれねぇが……。

万が一何か気にしちまっても困るしな。

じーさんに頼むと、さすがはじーさん、うまい具合にいい感じに違うカバーをかけて紛れ込ませて持ってきてくれた。

俺は飛行船に関する事なら色々ちょっとした知識はあるが、国の情勢とか政治とか、んなモンはさっぱりだからな。

もしこの先──ミーシャの身にそーゆー何かが降りかかる可能性が一ミリでもあるってんなら、俺だって色々知っといた方がいいだろ。

怪我が治るまでの一月、無為に過ごすのもバカらしいしよ。

さて、んな事はいいとして。

俺はふと、隣のリビングから聞こえだした例の恒例行事──ミーシャとシエナの料理教室の開始音に気がついた。

ガッシャーン!!っていう景気のいい激しい音から察するに、今日も初っぱなから派手な感じに食器か何かを落として割ったらしい。

………そのうちギルドに常備されてた食器、全部ミーシャに割られ尽くされちまうんじゃねぇか……?

んな事を思わず考える。

つーか……もう んな時間か。

気づいてみりゃあ部屋も大分暗くなって、本の文字も読みにくい。

俺が仕方なしに はぁっと静かに息をついて本を閉じた──ところで。

「──入るぞ」

一声かけて、いつもどーりジュードが部屋の中に滑り込んでくる。

まだ皿一枚割っちまっただけだってのに、すでに今日も疲れた様な顔してやがる。

ま、気持ちは分かるぜ。

ジュードが、こいつもいつも通りに部屋の灯りを入れる。

薄暗くなりかけた部屋の中がパッと明るくなった。

そうして俺の方を何気なく振り返った──ところで。

「~…………」

ジュードが、そのまま ピタと動きを止める。

ジュードの両目が俺の顔の真っ赤な手形を凝視するのが嫌でも分かる。

そうして──不意に顔を横に逸らし、感情を表に出さねぇ様にしたみてぇ……だったんだが。

ふっ と一つ、笑いが漏れた。

そーしてそのまま笑いを引っ込めようとするみてぇに顔の下半分を片手で押さえる。

「~わ、悪い……」

たぶん、シエナとミーシャに俺の顔の状態くらいは聞き伝えられてたんだろう。

絶対に笑うまいと覚悟くらいはしてたのかもしれねぇが……このザマだ。

『悪い』と言いつつ、俺の顔を見て爆笑しそうなのをどーにか堪えようとしてんのが分かる。

そのジュードの代わりって訳じゃねぇんだろうが……。

俺の顔の横に陣取っている犬カバまでま~た「クッヒッヒッヒッ」なんてヘンな笑い声で笑いだした。

俺は眉をヒクヒクと引きつらせながら、そんな二人(一人と一匹、か)をジト目で睨みやる。

そーしてひとしきりジュードの(犬カバ程大々的なモンじゃねぇが)笑いが収まるのを待ってやると、ジュードがよーやく立ち直って息をつく。

そーして……ふと、ってな感じで俺の手元にあった本の存在に気がついた。

それに、サイドテーブルの上に置かれた大量の本にも目線を移す。

「──その本は?」

尋ねてくるのに、俺は肩を──すくめようとして、いてて、と顔を軽くしかめた。

ったく……俺は何回同じ事してんだよ……。

自分に軽く呆れつつも、肩をすくめるかわりに浅く息をついて、言う。

「──昼間、知り合いのじーさんに頼んで持ってきてもらったんだよ。
一月近くもこの状態じゃヒマだろ?ってさ。
せっかくだから色々持ってきてもらったんだ。
飛行船関連の本とか、この辺の地形について書かれた本とか……」

「字が読めるのか」

ジュードが少し意外そうに言ってくる。

……まぁ、家の手伝いなんかで手習いする時間がなかったり、それこそリュートみてぇな孤児だったりってな理由で、字の読み書きが出来ねぇやつも多い。

俺だってフツーに過ごしてたら──ダルクと出会わなかったら、きっとそんな人間の一人だったろう。

けど、気がついたらって言やぁいいのか……特に誰かに教わったって覚えも特にはなく、今は何の不自由もなく何故かちゃんと読み書き出来ている。

数字にもわりと強い方だ。

……もしかしたら記憶にねぇだけで、シエナやダルクに教わったのかもしれねぇ。

覚えてねぇが。

俺は──その辺の事にはあえて触れず、答える。

「……まーな。
おかげで退屈せずに済みそーだよ」

言ってやると、ジュードがそいつに一つ頷いた。

そうして、サイドテーブルに積まれた本の一片──一番上にある本を何気なく手に取る。

その目が、懐かしそうに細められるのに俺は気がついた。

そいつを見ながら──

「~なんだよ?」

ほんのちょっと気後れしつつ、言う。

実をいうと、ジュードが手に取った本はまさしく『本のカバーだけかけ変えた』一年前のサランディールの内乱について書かれた本だった。

パラリとその一ページでもめくられようモンなら、一発でその事がバレちまう。

……いや、もしかして何か勘ぐったからそいつを手に取ったのか……?

そいつにしちゃあ表情が柔けぇ様な気もするし……。

内心どきまぎしながらジュードとその手元を見ていると……ジュードが「──いや、」と一言 言い置いて、手にした本をそのまま元の場所に戻す。

そうして出た答えは、

「何でもない」

ただ、それだけだった。

俺は思わずいぶかしんで口をへの字に曲げる。

何でもねぇって表情には見えなかったんだけどな。

まぁ……別にこっちからわざわざ聞いてみる事もねぇか。

本の中身にも気づかれずに済んだ訳だし。

ヘンにやぶ蛇しちまって『何でサランディールの事を調べてる!?』な~んて咎められたくもねぇしな。

ましてやその理由──ミーシャの役に立ちたくてちょっとでも知っとこうと思った──なんて小っ恥ずかしくってジュードなんかに言える訳ねぇ。

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