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九章 告白

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そうしながら……どーにも心臓がバクバクするのを感じていた。

何の話かは分からないが──ミーシャの表情からすると、あんまいい話じゃなさそうだ。

それこそ、フラれるのかもしれねぇ。

ミーシャがそっと頷いて、窓辺に置いた一輪挿しから手を離し、俺のベッドの横に置かれた席に腰かける。

そうして、小さく重く、息をつく。

何か大事な話なんだ、と見当がついた。

ミーシャが──少しの間を置いて、そっと静かに口を開く。

「──この間……ここに運び込まれた日に、リッシュが私に言ってくれた言葉、覚えている?」

聞いてくる。

その表情はとにかく辛そうな微笑みで──俺は、ああ、こりゃダメだなって自分で思った。

こりゃ、完全にフラれる方向だ。

俺は心が折れかけるのを自覚しながらも「──ああ」と返す。

ミーシャが、くしゃりと悲しげに微笑む。

「── 一緒にいたいって言われて──私、本当にうれしかった。
犬カバやリッシュと一緒に過ごす時間はとても楽しくて……今はもういない家族と過ごしている様で……すごく、温かかった。
リッシュも同じ気持ちでいてくれたんだって、すごく、うれしかったの。
でも………」

ミーシャが目を伏せ、そっと口を閉ざす。

長いまつげが、微かに揺れた。

口をきゅっと結ぶ。

涙が出そうになるのを、堪えた様に俺には見えた。

ミーシャがふぅっと、吐き出す様に息を出す。

俺は──何も口を挟まず、ただミーシャの言葉の続きを待った。

ミーシャがひどく悲しそうに微笑んで、俺を見る。

「私ね、一年前に内乱のあった、隣国のサランディールの出身なの。
当時のサランディール王の、娘。
二人の兄も、王と王妃だった父と母も、内乱の時に亡くしたわ。
私は一番上の兄の護衛をしていたはずのジュードに城から外へ続く地下道へ逃がしてもらって──その地下道で、ダルクさんの遺体を見たの」

ミーシャが俺をまっすぐに見つめながら、言う。

俺は──どう反応していいかも分からずに、ただただ黙したまま、そのミーシャのすみれ色の瞳を見つめ返した。

「その時もリッシュと初めて出会った時も、ダルクさんが何故そんな所で亡くなってしまったのか、私にはまるで分からなかった。
でも……へイデンさんが、それを教えて下さったの」

くしゃりとした微笑みが、胸を締め付ける。

今となっちゃあ昔のダルクの話より、今 目の前にいるミーシャの苦しそうな表情に、気を取られている自分がいた。

ダルクにバレたら『俺よりかわいい女の子優先かよ』って怒られるかもしれねぇけど──。

実際そうなんだから、仕方ねぇ。

ミーシャは再び、口を開いた。

「──サランディールという国は──今思えば、当時、軍国主義に走ろうとしていたのだと思うの。
国の各地の兵を強くし、武器を整え、新しい武器や、悪い薬を作る研究をしていた。
そしてその研究の一環として生まれたのが──当時まだ世に出たばかりだった飛行船を、軍用として使用しようという考え。
だけれど飛行船は──リッシュもよく知る様に、元々そういう事に適した乗り物ではなかったのよね?
設計は複雑で、空へ飛ばす事も難しい。
飛んだとしても、思う様に操縦する事は敵わないし、風に煽られて船体が破損してしまったり、飛行船に詰めたガスに火がついて爆発してしまう恐れもあった。
けれど──ダルクさんの作っていた飛行船は、違った。
空に飛ばす事どころか、上空で思うがままに操縦し、少しくらいの風では動じない。
引火の可能性も極限までなくし、速度もかなり出す事が出来た。
サランディールの王は──私の父は、どうしてなのか、隣国の、ダルクさんの飛行船の存在を知ったらしいの。
そしてダルクさんにその飛行船と、飛行船の設計図を、譲り渡す様迫った」

ミーシャが言うのに、俺は──不意にジュードの話とミーシャの話を重ね合わせて考えた。

サランディール王が──ミーシャの父ちゃんがダルクの存在を知ってたのは、当然だ。

自分を暗殺しようとした罪で、処刑されるはずの男だったんだから。

ジュードはダルクが大々的に追われる事はなかったと言ったが、きっと──水面下でもなんでも、罪人のダルクを何年も探し続けていたんだろう。

そして、サランディールの隣国……俺らが今こうして住んでいる、トルス共和国でようやく見つけた。

見つけてみりゃあそいつはかなり良く出来た飛行船なんて物を作ってて、その技術を必要としてたサランディール王は──まぁ、正確にはダルクを探してた使者か何かがって事だが──ダルクに接触したんじゃねぇんだろうか。

そいつを譲り渡せば、罪を見逃してやる、とでも言ったのかもしれねぇ。

そう考えると、ジュードの話とミーシャの話に合点がいく。

ミーシャは深く息をついた。

「──へイデンさんのお話では、ダルクさんはその断りの話をする為に、城の地下道を通って父の元へ出かけて行ったらしいわ。
そして──その途中で、果てる事になった。
私が何も知らない小娘でも分かるわ。
ダルクさんは、私の父の手の者にかかって亡くなったのよ。
──王宮の奥で、何も考えず、何も心にかけずにいた私は──それを、知らなかった。
だから無神経に、ダルクさんの名を………」

ミーシャが目を伏せ、きゅっと膝の上の拳を握りしめて言いかける。

俺はそいつに──あばらが痛むだろうって事にも構わずミーシャの腕に手を伸ばして、ひっ掴んだ。

ミーシャが驚いた様に俺を見上げる。

こっちは予想通りの痛みに一瞬顔を引きつらせちまったが……んな事はどーだっていい。

俺はミーシャの腕を掴んで、言う。

「~さっきからよ、何も知らねぇ小娘とか、無神経だとかって、それへイデンの言葉か?」

だとしたらあいつ、絶対ぇ今度合ったらぶん殴ってやる。

 んな思いを込めて問うと、ミーシャが戸惑った様にふるふる、と頭を横へ振った。

「ち、違うわ。
でも──リッシュだって、そう思うでしょう?」

「~思わねーよ!」

力を込めて、言う。

ミーシャが驚いた様に俺に目を向ける中、俺は続ける。

「んなもん、思うわけねぇだろ……!
お前、内乱で殺されそーになって一人で逃げてたんだろ?
誰かに正体を知られたら殺されちまうかもしれなかったんだろ?
だったら、もうとっくの昔に死んじまってたダルクの名前なんか勝手に使っちまって構わなかったに決まってんじゃねーか!
少なくとも、俺がダルクだったら『俺の名前を使え』って、お前に言ってやったぜ。
いや、口は利けねぇかもしんねぇけど……。
でも……ともかく、そーゆー事だよ!
だから、お前が気にしたり、俺の前からいなくなる必要なんかこれっぽっちも……」

言いかける……と。

ふるふる、とミーシャが首を横へ振る。

「殺されそうになっていたから、逃げていたから、なんて言い訳に過ぎない。
それに──それだけの問題じゃない。
私──……全ての話を聞いた後、へイデンさんに聞かれたの。
もし今後私の元にサランディールの……私の味方が来て、もしリッシュの飛行船の事を知り、王位を取り戻す為にそれを使わない手はない、と言われたら……どうするつもりなのかって。
リッシュを巻き込むつもりなのかって。
……ダルクさんは、サランディールの政治事に巻き込まれて亡くなった。
リッシュを、同じ目に合わせたくはない、と」

言ってくる。

俺は思わず眉を寄せて、ミーシャを見つめる。

ミーシャが俺の視線を避ける様に、そっと目を伏せた。

そうして、続ける。

「──もっともだと思ったわ。
なのに私は──それに、答える事が出来なかった。
あなたをそんな事に巻き込みたくはない。
でも──もし、サランディールを取り戻す為に飛行船の存在が必要だと言われたら──……どうするのか、自分でも分からない。
こんな人間が……あなたのそばでダルクさんの名を使っていていいはずは、ないと思う」

目を伏せたまま、言ってくる。

ずっと……考えてたんだろう。

俺にこの話を言い出すか、言い出さないか。

いつ俺の前からいなくなるか。

一人で考えて、背負って、悩んで。

そんな必要は、全くなかったってのに。

俺は──未だミーシャの腕を掴んだまま、まっすぐ見据えて口を開く。

「──俺は、そうは思わねぇよ。
そうは、思わねぇ。
俺は──正直、サランディールの事も何も知らねぇし、政治とか何とか、そういう難しい事は分からねぇ。
けど──もし今後、ミーシャが飛行船が必要だって思う事があったなら、そん時は俺がどうにかしてやるさ。
一億ハーツ、どうにか稼いで、へイデンのやつから買い取って。
王位を取り戻してぇってんなら、協力する。
けどそいつは、“巻き込まれる”って事じゃねぇんだ。
俺が、俺の意志で、行動する。
その結果がどう転ぼうが、そいつは俺の責任なんだ。
だから── 一人で抱え込まなくったっていいんだよ。
何か困った事があったら、悩む事があったら、俺も一緒に考えるからさ」
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