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九章 告白

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それに──

俺はそっとミーシャの方を盗み見る。

置かれた花を見つめる、物憂げな表情。

ぼんやりしてるっつぅよりは、何か深く悩んでる事があるみてぇな、そんな表情だった。

頭の事件のせいか?

それともまさか俺が考えなしにお前が好きだ、なんて言っちまったせい……じゃあねぇよなぁ……?

俺はたまらずミーシャに向かって口を開く。

「──ミーシャ?」

問いかけるが、反応がねぇ。

逆にジュードと犬カバが俺を見てくるのが分かる。

俺は構わずもう一度呼びかけた。

「ミーシャ」

やっぱり、反応がねぇ。

無視されてるってよりは、俺が呼びかけてんのにまったく気づいてねぇ様な感じだ。

それとも腹に力が入らねぇせいで、ミーシャんとこまで声が届いてねぇのか?

仕方なく俺はもう一度、「ミーシャ、」と呼びかけた。

と、そこでようやく──

「──え?」

ミーシャがふと気がついた様に大きく目を瞬いて俺を見る。

続いてジュードと、犬カバへと目を向ける。

そうしてようやく何回も呼ばれてたらしい事に気がついたらしい。

ほんの少し顔を赤くして

「~ごめんなさい」

と返してきた。

俺が言葉に詰まる中、ミーシャは続けて言う。

「ぼんやりしてしまっていたみたい。
今、呼んでいた?」

聞いてくる。

俺は──どう返事していいもんか分からず「いや……」と答える。

「元気、ねぇから……」

俺ならともかく、ミーシャがこんなに ぼーっとしてんのなんて、今までに見た事ねぇ。

そのまま何を言やぁいいのか考えてると。

ミーシャが何だか苦しそうに、笑う。

「私……シエナさんに、リッシュが起きた事伝えてくるわね。
とても心配していたから」

ミーシャがサッと言い置いて、そのまま行っちまおうとする。

俺が何かを言う間もねぇ。

ジュードもミーシャに付き従おうとしていたんだが。

「大丈夫、すぐ下だもの。
リッシュの事を見ていてくれる?」

穏やかに、ミーシャが言う。

きっとまぁ、何でも言う事聞くって訳じゃねぇんだろーが、どうやらミーシャの言葉にはジュードも弱いらしい。

ほんの少しの間を置いて、「──分かりました」と承諾する。

ミーシャがそれに安心した様に部屋を出て、パタンと戸を閉める。

 残されたのはまったくこれっぽっちも動けやしねぇ俺と、俺の顔のすぐ横で丸まった犬カバ、それに──ジュードだけだ。

何とも言えねぇ、ビミョーな静かな空気が空間に流れる。

俺がそいつに抗う様に浅く息をつく──と。

「──リッシュ・カルト、」

ふいに──ジュードから声をかけられる。

俺はそいつに思わずジュードを見た。

隣にいる犬カバもピクッと体を動かしてジュードの方へ顔を向ける。

ジュードは……自分で発した言葉に続きをもたせるかどうか、逡巡する様に少しの間を置いた。

そうして──結局は口を開く。

「──ミーシャ様は、この街では『ダルク』と呼ばれているらしいな」

そんな事を、言ってくる。

俺は意図が読めずに「あ?……ああ、」と何とも間抜けな返答をした。

俺はいぶかしみながら「そーだけど……何だよ?」と先を促した。

んな事は三日もミーシャとこの街で行動してりゃあ分かりそーな事だ。

みんなミーシャの事を『ダルくん』とか『ダルクくん』とか呼ぶ訳だし。

つーか んな話題、ミーシャに振りゃあいいじゃねぇか?

こんな怪我人にわざわざ確認する様な事かよ?

なんて思っていると、ジュードが眉を寄せて目を閉じ、一つ息をつく。

そうしてようやく本題を口にした。

「俺は、『ダルク・カルト』という人物を探している。
黒髪に青い目をした、背の高い男だ。
リッシュ・カルト、お前の姓は同じカルトで、ミーシャ様はご自身を『ダルク』と名乗っている。
お前やミーシャ様は──ダルクさんの事を、知っているのか?」

問いかけてくる。

俺は……瞬きすら出来ずにジュードを見つめた。

黒髪青目の、背の高い男。

まず間違いなく、俺の知ってるダルクの事だろう。

けど──

何でジュードがダルクの事を探してんだ……?

それも、ダルクが死んで十年は経った、今更になって。

つーかそもそもが、だ。

何でジュードが、ダルクの事を知ってんだよ……?

何て言っていいもんか──俺は怪訝に眉を寄せたまま、ジュードを見つめる。

俺の目の端で犬カバもむっくりと顔を上げて疑わしそうにジュードを見上げている。

と、そこへ──

コンコン、と折良く──いや、悪く、か?──部屋の戸を叩くものがあった。

俺と、それにジュードがパッとそちらに目をやる中、「入るよ」と前置いて戸を開き、中に入ってきたのはシエナだ。

「リッシュ、目を覚ましたって?
調子は──」

言いかけて。

シエナが俺と、それに俺のベッドの脇に立っているジュードを交互に見て怪訝そうに小首を傾げる。

「~何だい、二人してヘンな顔して」

言ってくる。

俺は──何とも言えずにジュードの方をちらっと見上げた。

機を逃したせいか、ジュードが一つの呼吸を置いて「いえ、何でもありません」と答えてくる。

シエナはそれに今一つ納得いかなさそうに「そうかい?」と返して、俺の横までやってくる。

「うん、昨日までよりずっと顔色もいいね。
少し安心したよ」

言ってくるのに……俺はシエナの顔を見る。

「……ギルドの方は?」

まぁすぐ戻るんだろーが、シエナが──ギルドのマスターがあんまり下のカウンターから離れんのは誉められた事じゃないハズだ。

そう思いながら聞くと、シエナが軽く肩をすくめた。

そうして、どっかうんざりした様に人差し指で下の階を指差す。

とたん。

「ううぉ~ん!!」

とまるで獣の声みてぇな派手な泣き声が下の階から響いてきた。

「リアちゃんが目を覚ましたってよ~!
本当に良かったぜ~!!」

「兄貴ぃ~!!」

泣きながら、二つの声が言う。

………ラビーンとクアンだ。

顔を見た訳じゃねぇが絶対ぇそうだと確信を持って言える。

続いて二人の声に感化されたように下の階から大きな歓声が上がった。

「リアさんが目を覚ましたか!」

「本当に良かったぜ!!」

わやわやと声が聞こえてくる。

その声は──たぶん、女の子だって多少は「良かった~」とか声を上げてそうなんだが──ほぼほぼ男共の歓声だ。

シエナが呆れすぎて疲れたとばかりの顔で言う。

「ミーシャが呼びに来たら、ここはいいから、とにかくあんたの様子を見に行ってやってくれ、だってさ。
もう一も二もなくって感じさ。
あんたが寝込んでる間、昼も夜もギルドの男共が詰めては『リアさんは無事なのか』とか何とか聞いてきてね。
うざったいったらありゃしないよ」

シエナが文句たらたらで言う。

俺は下の階のノリに半ば引きながら「そりゃ、メーワクかけて悪ぃ……」と返した。

さすがのジュードも何とも言えねぇ顔をしてるのが分かる。

犬カバに至っちゃあ ブッフ、な~んて鼻であしらってやがるし。

「まぁいいけどね。
それよりどうだい?体の方は。
まだひどく痛むのかい?」

問われて──俺は思わず口をへの字に曲げる。
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