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八章 ジュード
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そういやじーさん医師が、熱が出るかもとか言ってたっけ……。
俺が熱で苦しんでんのを知ったら、またじーさんが喜びそうだ。
けど……冗談抜きで、こいつはマジでヤバイな……。
頭が朦朧とする。
体の節々が熱を持ったように痛む。
思わず目を閉じたまま眉を寄せ、顔を歪ませる──と。
ひんやりした手が、俺の頬に触れた。
熱くなった頬に、その冷えた手が気持ちいい。
俺はその手の気持ちよさにホッとして、静かに深く息をついた。
下の階の雑音が遠のいていく。
頭で考えた訳じゃねぇ。
ねぇんだが……俺は気づけば、そのひんやりとしたミーシャの手に、手を触れていた。
目を開けると、ミーシャのびっくりした様な顔が、すぐ近くにある。
まるで息が詰まるみてぇだ。
熱のせいか、それとも違う何かのせいなのか、心臓が熱く、燃えるみてぇだった。
熱に浮かされたまま、俺はその言葉を口にする。
「───俺──お前の事が、好きだ」
言うと、ミーシャがただただ驚いた様子で目を見張る。
「──お前が……どこの誰でも、誰が何を言っても……。
俺は──お前と一緒にいたい」
ミーシャは、何て思っただろう。
すみれ色の目が瞬き、揺らぐのが分かる。
二、三秒程もそのまま互いに見つめ合って──ミーシャが俺の手から、パッと手を離した。
その顔が、赤く、戸惑ってる様に見えたのは俺の気のせいか──?
ミーシャが、俺から離した手をもう一方の手で抱く様に胸の前へやって、さっとこちらに背を向ける。
「わ……私……。
ね、熱が出てきたみたいだから、冷やす物を持ってくるわね」
こっちには一切顔を向けないまま、背中越しに言って──ミーシャがパタパタと部屋を出て行く。
そうしてパタン、と戸が閉まった。
俺は──思わず目を瞑ってその上に自分の腕をやって息をついた。
俺は──本当に、何やってんだよ………。
◆◆◆◆◆
パタン、と閉めた戸に──ミーシャは寄りかかるようにしながらそのままそこへ座り込む。
顔も耳も、熱く真っ赤になってしまっているのが自分でもよく分かる。
リッシュに触れられた手に、熱さが残る。
熱い吐息。
まっすぐにこちらを見つめる、青い瞳。
『───俺──お前の事が、好きだ』
リッシュの言った たった一言の言葉が頭の中で蘇って、ミーシャは思わずぶんぶんと頭を振った。
──きっと、また寝ぼけているか、熱に浮かされただけよ。
明日になったらこんな言葉を言った事も、忘れてしまっているかもしれない。
けれど──。
──リッシュのあんな表情……初めて見た。
真剣で、まっすぐ。
何の曇りもない、純粋そのものの様な青い目をしていた。
飛行船の事を語る時もそうといえばそうだったのだが、先程は──その時とはまた違う様子だった。
怪我も痛んで、熱に浮かされてはいたのだと思う。
けれど──まるで……。
本当に、告白されたみたい。
未だに早鐘の様に鳴る心臓に手をやって落ち着けて──ミーシャはふぅっと静かに息を吐く。
そうした所で──。
不意にリッシュが続けた言葉が、頭の中に蘇った。
『──お前がどこの誰でも……』
「──私が……どこの誰でも……」
リッシュの言葉を反芻するように、ぽつり、呟く。
熱く、どうしようもなく浮かれた心が、急速に萎み始めた。
『──サランディールという国は、リッシュにとって鬼門だ。
私は、リッシュにはあの国に関わって欲しくないと思っている。
あの国の元王女であった、あなたにも』
不意に昨日、ヘイデンに言われたばかりの言葉を思い出す。
「私は──サランディールの王女だったのよ……。
あなたの大切な人の仇の国の……。
それでもあなたは、同じ言葉を私にかけてくれる……?」
たった一人、ぽつりと呟く様に問いかけた先で──答える者は誰もいなかった──。
◆◆◆◆◆
ザーッと勢いよく、桶に水を溜める。
ミーシャはそこに布を浸したまま……ぼんやりとその手元を見つめていた。
目の先には布を沈めた手が映っているのだが、本当の所意識が滑って、そんなものはまるで見えていない。
さっきはリッシュの突然の言葉に動揺して、思わず戸の前に座り込んで惚けてしまったが、熱の上がりかけているリッシュを放り出す訳にも行かない。
とにかく熱を下げるものを、と動き出したのはいいが── 一体どんな顔をして再びあの部屋に入ればいいのか、ミーシャには想像もつかなかった。
そっと目を伏せ瞬きを一つする──ところで。
「──桶から水が溢れていますよ」
不意に声がかかる。
「──えっ?」
どこかで聞き覚えのある声に、思わず声を上げ、そちらを見やる。
そこにはある意外な人物の姿があった。
穏やかな表情の、きちんとした身なりの老紳士。
──ヘイデンさんの所の、執事さん?
思わず目をぱちくりさせて老紳士──ヘイデンの執事を見つめると、執事が柔らかな目線でミーシャの手元を見る様に促す。
ミーシャが視線を元に戻すと、桶に溜めた水がジャバジャバとすごい勢いで溢れて出ている。
慌てて水につけていた手を上げ、蛇口を捻って止めた。
なみなみと揺れる水面と沈んだ布に、思わず眉を下げる。
どれくらいの間流してしまっていたのか分からない。
けれどかなりの量を無駄にしてしまった様な気がする。
ミーシャは少し恥ずかしく思いながら、手をタオルで拭いて、改めて老執事の方へ向き直った。
「どうして──。
いつからいらしていたんですか?」
いつ部屋に入ってきていたのか、まったく分からなかった。
老執事が、困った様にくしゃりと微笑んだ。
「何度かノックもして、声もおかけしたのですが……。
お声がないようでしたので、勝手に上がらせて頂きました。
シエナ様にはご了承を得ております」
言われた言葉に、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。
ノックにも声にも気がつかない程、ぼんやりしていたのだろうか。
「──シエナ様からのご指示で医者をこちらへ寄越しましたが……リッシュくんはご無事ですか?」
「えっ、ええ。
あばらが数本折れてしまっていて、治るまでに一月はかかるそうですけど……命に別状はないそうです。
今、少し熱が出始めていて……それで、冷やす物をと思って」
『リッシュ』という言葉に思わず動揺しそうになりながらもきちんと説明をする──と、執事が「左様でございますか」と深く頷いた。
少し、ホッとした様な様子だ。
そうして困った様に微笑んだ。
「──ヘイデン様も、顔にはお出しになられませんが、心配なさっておいででした。
医者にも電話をした様なのですが『そんなに気になるなら自分で見てこい』とあしらわれてしまった様でして。
あまりにイライラされた様子でしたので、私が代わりに」
執事の言葉にミーシャは思わずくすりと微笑んだ。
医者に言われて自分で行く事には抵抗があっても、それでもリッシュの様子を執事に見に行かせてしまう程、気になって仕方がなかったのだろう。
本当に、優しい人だ。
執事がこちらも困った様に笑って、言葉を続けた。
「おっと、このような話をしている場合ではありませんでしたね。
よろしければ私が桶を運びましょう。
リッシュくんはどちらに?」
言いながら、慣れた手つきで多すぎる水を少し流し、桶回りの水滴を拭って両手に持つ。
ミーシャは慌ててリッシュの寝ている部屋の戸を開けた。
「こちらです」
そうして執事を先に入れて──ミーシャは、そこに立ちすくん だまま「あ、あの……」とやっとのことで口にした。
俺が熱で苦しんでんのを知ったら、またじーさんが喜びそうだ。
けど……冗談抜きで、こいつはマジでヤバイな……。
頭が朦朧とする。
体の節々が熱を持ったように痛む。
思わず目を閉じたまま眉を寄せ、顔を歪ませる──と。
ひんやりした手が、俺の頬に触れた。
熱くなった頬に、その冷えた手が気持ちいい。
俺はその手の気持ちよさにホッとして、静かに深く息をついた。
下の階の雑音が遠のいていく。
頭で考えた訳じゃねぇ。
ねぇんだが……俺は気づけば、そのひんやりとしたミーシャの手に、手を触れていた。
目を開けると、ミーシャのびっくりした様な顔が、すぐ近くにある。
まるで息が詰まるみてぇだ。
熱のせいか、それとも違う何かのせいなのか、心臓が熱く、燃えるみてぇだった。
熱に浮かされたまま、俺はその言葉を口にする。
「───俺──お前の事が、好きだ」
言うと、ミーシャがただただ驚いた様子で目を見張る。
「──お前が……どこの誰でも、誰が何を言っても……。
俺は──お前と一緒にいたい」
ミーシャは、何て思っただろう。
すみれ色の目が瞬き、揺らぐのが分かる。
二、三秒程もそのまま互いに見つめ合って──ミーシャが俺の手から、パッと手を離した。
その顔が、赤く、戸惑ってる様に見えたのは俺の気のせいか──?
ミーシャが、俺から離した手をもう一方の手で抱く様に胸の前へやって、さっとこちらに背を向ける。
「わ……私……。
ね、熱が出てきたみたいだから、冷やす物を持ってくるわね」
こっちには一切顔を向けないまま、背中越しに言って──ミーシャがパタパタと部屋を出て行く。
そうしてパタン、と戸が閉まった。
俺は──思わず目を瞑ってその上に自分の腕をやって息をついた。
俺は──本当に、何やってんだよ………。
◆◆◆◆◆
パタン、と閉めた戸に──ミーシャは寄りかかるようにしながらそのままそこへ座り込む。
顔も耳も、熱く真っ赤になってしまっているのが自分でもよく分かる。
リッシュに触れられた手に、熱さが残る。
熱い吐息。
まっすぐにこちらを見つめる、青い瞳。
『───俺──お前の事が、好きだ』
リッシュの言った たった一言の言葉が頭の中で蘇って、ミーシャは思わずぶんぶんと頭を振った。
──きっと、また寝ぼけているか、熱に浮かされただけよ。
明日になったらこんな言葉を言った事も、忘れてしまっているかもしれない。
けれど──。
──リッシュのあんな表情……初めて見た。
真剣で、まっすぐ。
何の曇りもない、純粋そのものの様な青い目をしていた。
飛行船の事を語る時もそうといえばそうだったのだが、先程は──その時とはまた違う様子だった。
怪我も痛んで、熱に浮かされてはいたのだと思う。
けれど──まるで……。
本当に、告白されたみたい。
未だに早鐘の様に鳴る心臓に手をやって落ち着けて──ミーシャはふぅっと静かに息を吐く。
そうした所で──。
不意にリッシュが続けた言葉が、頭の中に蘇った。
『──お前がどこの誰でも……』
「──私が……どこの誰でも……」
リッシュの言葉を反芻するように、ぽつり、呟く。
熱く、どうしようもなく浮かれた心が、急速に萎み始めた。
『──サランディールという国は、リッシュにとって鬼門だ。
私は、リッシュにはあの国に関わって欲しくないと思っている。
あの国の元王女であった、あなたにも』
不意に昨日、ヘイデンに言われたばかりの言葉を思い出す。
「私は──サランディールの王女だったのよ……。
あなたの大切な人の仇の国の……。
それでもあなたは、同じ言葉を私にかけてくれる……?」
たった一人、ぽつりと呟く様に問いかけた先で──答える者は誰もいなかった──。
◆◆◆◆◆
ザーッと勢いよく、桶に水を溜める。
ミーシャはそこに布を浸したまま……ぼんやりとその手元を見つめていた。
目の先には布を沈めた手が映っているのだが、本当の所意識が滑って、そんなものはまるで見えていない。
さっきはリッシュの突然の言葉に動揺して、思わず戸の前に座り込んで惚けてしまったが、熱の上がりかけているリッシュを放り出す訳にも行かない。
とにかく熱を下げるものを、と動き出したのはいいが── 一体どんな顔をして再びあの部屋に入ればいいのか、ミーシャには想像もつかなかった。
そっと目を伏せ瞬きを一つする──ところで。
「──桶から水が溢れていますよ」
不意に声がかかる。
「──えっ?」
どこかで聞き覚えのある声に、思わず声を上げ、そちらを見やる。
そこにはある意外な人物の姿があった。
穏やかな表情の、きちんとした身なりの老紳士。
──ヘイデンさんの所の、執事さん?
思わず目をぱちくりさせて老紳士──ヘイデンの執事を見つめると、執事が柔らかな目線でミーシャの手元を見る様に促す。
ミーシャが視線を元に戻すと、桶に溜めた水がジャバジャバとすごい勢いで溢れて出ている。
慌てて水につけていた手を上げ、蛇口を捻って止めた。
なみなみと揺れる水面と沈んだ布に、思わず眉を下げる。
どれくらいの間流してしまっていたのか分からない。
けれどかなりの量を無駄にしてしまった様な気がする。
ミーシャは少し恥ずかしく思いながら、手をタオルで拭いて、改めて老執事の方へ向き直った。
「どうして──。
いつからいらしていたんですか?」
いつ部屋に入ってきていたのか、まったく分からなかった。
老執事が、困った様にくしゃりと微笑んだ。
「何度かノックもして、声もおかけしたのですが……。
お声がないようでしたので、勝手に上がらせて頂きました。
シエナ様にはご了承を得ております」
言われた言葉に、顔から火が出るほど恥ずかしくなる。
ノックにも声にも気がつかない程、ぼんやりしていたのだろうか。
「──シエナ様からのご指示で医者をこちらへ寄越しましたが……リッシュくんはご無事ですか?」
「えっ、ええ。
あばらが数本折れてしまっていて、治るまでに一月はかかるそうですけど……命に別状はないそうです。
今、少し熱が出始めていて……それで、冷やす物をと思って」
『リッシュ』という言葉に思わず動揺しそうになりながらもきちんと説明をする──と、執事が「左様でございますか」と深く頷いた。
少し、ホッとした様な様子だ。
そうして困った様に微笑んだ。
「──ヘイデン様も、顔にはお出しになられませんが、心配なさっておいででした。
医者にも電話をした様なのですが『そんなに気になるなら自分で見てこい』とあしらわれてしまった様でして。
あまりにイライラされた様子でしたので、私が代わりに」
執事の言葉にミーシャは思わずくすりと微笑んだ。
医者に言われて自分で行く事には抵抗があっても、それでもリッシュの様子を執事に見に行かせてしまう程、気になって仕方がなかったのだろう。
本当に、優しい人だ。
執事がこちらも困った様に笑って、言葉を続けた。
「おっと、このような話をしている場合ではありませんでしたね。
よろしければ私が桶を運びましょう。
リッシュくんはどちらに?」
言いながら、慣れた手つきで多すぎる水を少し流し、桶回りの水滴を拭って両手に持つ。
ミーシャは慌ててリッシュの寝ている部屋の戸を開けた。
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そうして執事を先に入れて──ミーシャは、そこに立ちすくん だまま「あ、あの……」とやっとのことで口にした。
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