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八章 ジュード

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「──いえ……。
……つかぬことをお聞きしますが、『ダルク・カルト』という男をご存知ありませんか?
黒髪の男で──最近この辺りのギルドで仕事をしていると聞いて来たのですが……」

聞いてくる。

シエナはその問いに、ちらりとリッシュのポスターを見やる。

この男のいう『ダルク』は、おそらくミーシャの事だろう。

“最近”ギルドで仕事をしている、というのだから。

けれど──、ミーシャはこの辺りではカルトの名を名乗っていない。

それだけが少し、気になった。

「あんたの言う、ダルクってのは……」

言いかけた、所で。

ゴンッとギルドの戸が激しい音を立てる。

それに、もう一回。

シエナはその音にいぶかしんで、カウンターから出てさっと扉を開ける。

と、犬カバが頭からこちら側へ突っ込んでくる所だった。

「なっ、ちょっ、犬カバじゃないか。
リッ………。
リアはどうした?」

危うくリッシュと言いかけるのを留まって、犬カバに問いかける。

どうやら先程の大きな音は、犬カバが頭からドアに突っ込んで立てた音らしい。

戸を開けて欲しいが為にそんな真似をしたのだろうか?

それならもっと、ドアをカリカリするとか他の冒険者が戸を開けた時に一緒に入ってくるとか、そういう痛くない方法があっただろうに。

思いつつ問いかけた先で、犬カバがさーっとギルドの中に入ってくる。

よほど慌てているのか、それとも混乱しているのか、ぐるんぐるんと辺りを走り回ってうろたえている。

それをやっとの事で掴まえて、シエナは犬カバの顔を覗き込んだ。

「~一体どうしたってんだい。
あんた、リアと一緒だったろ?」

「クッヒー!」

犬カバが身をよじってシエナの手の内から抜け出し、ぽーんと床に着地する。

そのままカウンターの裏側を抜け、裏口扉の前でくるくる回り始めた。

シエナはいぶかしみながらそちらへ行き、犬カバに問いかける。

「あんた、あの子に用があるのかい?」

あの子、というのは言わずもがなミーシャの事だ。

犬カバがきゅうきゅうと鳴いてみせる。

どうやらそういうことらしい。

シエナはちらっとギルドの中を見て、近くにいた馴染みの冒険者に「少し外れるから頼むよ」と声をかけて、裏口の戸を開けてやる。

とたんに犬カバが飛び出して、またすぐ横にある別の裏口の戸の前で止まる。

シエナはそちらもすぐに開けてやった。

犬カバがとととととっと勢いよく階段を上がっていくのに、シエナも急いでついていく。

と──階段上の戸を開いた、所で。

「シエナさん?
それに、犬カバも……どうしたの?」

いつもの男物の服を着たミーシャが目をぱちくりさせてこちらを見る。

犬カバが、何か大事な事を伝えるかの様に今度はミーシャの回りをぐるぐると回り始めた。

シエナは肩をすくめる。

「それが──よく分からなくってね。
この子、リッシュと一緒だったハズなんだけど、一人で帰ってきて、この調子さ。
あんたに何か用があるみたいなんだけどね」

言うと、戸惑った様にミーシャがその場に屈んで犬カバを両手で持ち上げる。

そうしてその顔を困惑気味に見つめた。

「──もしかして、リッシュに何かあったの?」

それくらいしか思い当たらず問いかけた先で犬カバが「クヒッ!」と短く頷いてくる。

ミーシャはパッとシエナの顔を見る。

シエナもミーシャを見返した。

ミーシャはさっと屈んで犬カバを床に置き、「リッシュのいる所に案内して」と声をかける。

犬カバが即座に動き出した。

シエナの足と足の間を猛スピードで駆け抜け、つい今しがた上ってきた階段を降りていく。

ミーシャが先に立って犬カバの後を追うのに、シエナも負けじとついていく。

開け放していたギルドの裏口からギルドの中に入ると──先程の男が何事かという様にこちらを見やった。

その、目が。

ミーシャを見て、大きく揺れる。

「~なっ……」

驚いた様な声が上がる間に、ミーシャは犬カバの後を追ってギルドの外へ飛び出して行った。

その後ろ姿をシエナが迷って見送る中──パッとシエナの代わりにミーシャの後を追った人物がいた。

先程の、あの男だ。

「~あっ、ちょいと、あんた!」

声をかけるが、男には届かない。

手を伸ばす間もなく、男はギルドを出て、ミーシャの後を追って行ってしまった。

シエナはサッとギルドの中を見渡した。

営業中のここを、空けていく訳にはいかない。

 「おいおい、マスター、さっきから一体何だってんだ?
さっきのあれ、噂のダルクって冒険者だろ?
何かあったのか?」

カウンターの所にいた冒険者の一人が問いかけてくる。

それにもう一人、反対側から別の冒険者が声をかけてきた。

「昨日の山賊共の件といい、慌だたしいな。
何かあったんなら手を貸すが?」

言ってくるのに、シエナはその二人の冒険者の顔を見る。

気づけばギルドにいる冒険者達が皆こちらへ目を向けている。

感覚的に何かを感じ取ったのだろう。

シエナはすぐに声を返した。

「私にも詳しい事はよく分からないんだよ。
どうもリアに何かあったみたいなんだけど、それが何なのか………」

言いかけた、所で。

ガタッと冒険者達の内 何人かが席を立った。

どいつもこいつも、揃って男ばかりだ。

「~リアさんに、何が……!」

「まさかリアさん、誰かに拐われたとかじゃねぇよな……!?」

「~いや、何かの事件に巻き込まれたのかも……!」

シエナは──そのあまりの熱量に、半眼になって冒険者達を見渡した。

女性の冒険者もちらほらいたが、彼女達の目もシエナと同じだ。

だがまぁ丁度いい事には変わりない。

シエナは色めき立つ冒険者達に声をかけてみる事にした。

「あんた達悪いんだけどね、ダルクを追ってくれないかい?
もし何か厄介事に巻き込まれてたら助けてやって欲しいんだけどね」

言う……と。

「言われるまでもねぇ!
おら、行くぞ、お前ら!!」

冒険者の一人が声を上げると、「おー!!」と周りからもいくつもの声が上がる。

そうしてすぐにミーシャの後を追った。

シエナがその光景を半ば唖然として見送る中、大きく息をついたのは、残った女性冒険者の内の一人だった。

「あいつら、血の気が多いのは結構だけど、人様に迷惑かけないか心配だわ」

一人が言うと、はぁーっと深い溜息がギルド内でいくつか起こる。

シエナも眉間に手をやって目をつぶった。

確かに……大いにあり得る。

女冒険者の一人がやれやれとばかりに立ち上がった。

「しょうがないなぁ。
私たちもリアさん探し、協力しましょ。
いつもクールなダルクくんがあんなに慌てて出ていったんだもの。
それこそ本当に何かあったのかも。
何もなければそれはそれでOKな訳だし」

「そうですね。
大勢の方がきっと早く見つかりますわ」

おっとりと言って、冒険者の一人がシエナに微笑みかける。

シエナは、その申し出にありがたく思いながら「~申し訳ないが、頼むよ」と声をかけた。

その声をかけたとたん、皆が一斉に動き出す。

人気のまるでなくなったギルドの中で──……シエナはここを離れられない事を歯痒く思いながら、自分に出来る最善の事をした。

電話機の受話器を取り、昨日の夜かけたのと同じ番号に電話をする。

電話の呼び出し音だけが、誰もいないギルドの中でいつもより大きく響いたのだった──。


◆◆◆◆◆


男は、その黒髪の小柄な人物を追っていた。

短い黒髪に、男物の服と格好。

パッと見はキリッとした小柄で細身の男だが、顔を見間違えるはずはない。

それにあのすみれ色の瞳だ。

街をどんどん駆けて進んでいくその姿に、街人達が何事かという様にその人を振り返る。

「お待ち下さい!」

男はその人の後を追いながら、声を上げる。

だが、彼女が──男はその人が女性だという事を知っていた──振り返る事はない。

聞こえていないのだ。
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