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七章 墓参り

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その先を何と言っていいのか分からない様に、シエナが言葉を失くす。

ミーシャはそっと一つ頷いて、口を開いた。

「あの日──兄の身辺を守るはずだった騎士に、逃がしてもらいました。
城の外へ続く地下道を一人で逃げて……その途中で、亡くなっていたダルクさんを見つけました」

言うとシエナがほんのわずかに身動ぎする。

ミーシャは重く、すぐに止まってしまいそうな口を開いて続ける。

「その持ち物に名前が彫られていて……それで、その名をお借りしました。
でも………。
私が使っていい名では、決してなかった。
──……今日、ヘイデンさんにお会いして……言われました。
リッシュにとってサランディールは鬼門だ、サランディールにも、元ではあるけれど、その国の王女だった私にも関わってほしくないと。
私がヘイデンさんでも、同じ事を思うわ。
だから──明日の朝、リッシュが起きてくる前に…ここを立とうと思います」

ようやっとの事でそこまでを告げる。

シエナは瞬きも忘れて、ミーシャを見つめていた。

どくどくと、自分の脈を強く感じる。

次にシエナがどんな言葉をかけてくるか──厳しい言葉は、ある程度覚悟はしていた。

『なんであんたの様な人間がリッシュのそばにいたのさ』

『全部を知ってて、よくもまぁ平気な顔してのうのうとここにいられたもんだ』

『さっさと出ていっておくれ』

けれど──。

シエナが……少しの沈黙の後にかけてきた言葉は、そのどれとも違っていた。

「──あんた、本当にそれでいいのかい?」

冷静な、けれど真剣な口調だった。

ミーシャを責める訳でもない。

ミーシャは……思わず二度も瞬きをしてシエナを見つめた。

そのつもりです、と言いたかったが、喉から先に声が出てこない。

シエナは続けた。

「行く宛は?
頼りに出来る様な人間は、いるのかい?」

「……それは………」

思わず、言葉に詰まる。

それでも、口を開いた。

「……ここへ来る以前に、戻るだけです。
あちこちの街を放浪しながら、ギルドの仕事をしようと思っています」

「……リッシュは?
あの子、あんたの事を全部聞いて、それで止めもしなかったのかい」

リッシュに怒る様な口調で言ったシエナに、ミーシャはふるふると頭を横に振る。

そうして頭を垂れた。

膝の上に握った拳にぎゅっと力が入る。

「~リッシュには……私がサランディールの者だという事は、話していません。
──どうしても言えなかった……。
嫌われてしまうのが……疎まれてしまうのが、怖くて……」

そこから、声が出なかった。

ぽたん、と一粒の涙が握った拳に落ちるのを、止める事が出来なかった。

「──ミーシャ……あんた……」

シエナが口を開く。

そうして……それ以上は何も言わず、そっとその華奢な肩を抱いてやった。

そうして慰めてやりながら──シエナはヘイデンの姿を思い浮かべた。

次にやる事は、もう決まっていた──。

◆◆◆◆◆

リリリリリ、と受話器越しに音が鳴る。

ミーシャが泣き疲れて眠ってしまった後──夜は大分遅くなっていたが、シエナはギルドの電話機でヘイデンへ電話をかけていた。

トントントンと指先でカウンターを叩きながら。

程なくして、カチャリという音がして、電話が取られる。

『……はい。
こちらはヘイデン・ハント様のお屋敷ですが』

少しの間の後、声が言う。

ヘイデンの執事の老人だ。

恐らくは寝ていたのだろう、ほんの少しいつもより声が呆けている。

シエナは けれど、何の悪気もない様に口を開いた。

「ギルド協会のシエナだよ。
悪いがヘイデンに繋いでくれるかい?」

『──シエナ様。
生憎ヘイデン様はすでに就寝中でございまして……』

「ああ。
もちろん分かっててこうして電話をかけたんだよ」

きっぱりと言うと……老執事が少しの間黙り込む。

けれど、返ってきた返事は、

『──かしこまりました。
少々お待ち下さい』

だった。

老執事が少し電話を置いてから……しばらくの後。

『───シエナ。
一体何時だと思って………』

言いかけたヘイデンの言葉を遮って。

「──今日、リッシュとミーシャに会ったよ。
二人とも今はギルドに泊まらせてる」

シエナがピシャリと言い放つ。

電話の向こうで、一瞬声が止んだ。

それから、

『──そうか』

ヘイデンが言う。

シエナはその何でもない調子にムッとしながら、続けた。

「あんた、あのミーシャって子に随分酷な事を言ったみたいじゃないか。
あの子はただサランディールの王族に生まれ育った娘っていうだけだろ?
ダルクの死には何の関係もないっていうのに、リッシュにこれ以上関わるな、だなんて ちょっと酷すぎるんじゃないのかい?」

怒り混じりに文句を言ってやると、ほんの少しの沈黙の後、電話の向こうでヘイデンが一つ嘆息した。

こんな夜中に電話をかけてきたのはそんな理由か、と暗に言われた様だった。

それにまたもやイラッとしながら答えを待っていると、ヘイデンは言う。

『──あの娘がダルクの件に関係がなかった事は信用している。
当時はリッシュと同じ程の年の子供だったしな。
だが──』

言い差して言葉を溜めるヘイデンに、シエナは受話器を耳に押し当てたまま眉を寄せた。

『──あの娘が、以前のサランディールと同じ事をリッシュにしないと、誰が断言できる?』

問いかけてくる。

その問いは、いつも通りの淡々としたものだったが、そこには別の感情が織り交ざっていた。

疑念と悔恨、だ。

シエナが口を開こうとする前に、ヘイデンは続ける。

『俺は──あんな事は二度と御免だ。
……話がそれだけなら切らせてもらう』

言ってくる。

シエナがそれに 「あっ、ちょっと、」と声をかける合間に。

カシャンと容赦なく電話が切れる。

ツー、ツー、と音がする受話器を耳から外し、眉を寄せて見つめながら……シエナは仕方なく、その受話器を電話機の上に戻したのだった──。
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