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七章 墓参り
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「おい、~おい」
ミーシャを正面から見ながら声をかける。
ダル、ともミーシャ、とも呼べねぇから難儀した。
ミーシャが……ゆっくりと瞬きを二度もして、俺を見る。
俺は思わず口をへの字に曲げた。
シエナが……こっちもミーシャを見つめる。
「どうしたんだい?
何だかさっきから元気ないじゃないか。
その料理、あまり好みに合わなかったかねぇ」
シエナが優しく問いかける。
ミーシャはそいつにふるふると首を振る。
「いいえ。………いいえ、そうじゃないんです。
私は──……」
言いかけて……そのまま再び目を伏せる。
俺やシエナ、それに犬カバまでもがミーシャを見つめる中……ミーシャはそのまんま口を静かに閉じちまう。
それきり、再び沈黙の時が流れる。
シエナは、この空気を押し流す様に「そうだ」と努めて明るい声で話を変えた。
「あんたらに報酬を渡さなくっちゃならなかったね」
言いながら席を立って、近くの戸棚から小さな封筒を二つ取り出し、俺と、それからミーシャの前に一つずつ置く。
「報酬は、それぞれ千ハーツずつだよ。
少し少ないが、貰っとくれ。
それから、犬カバ、だっけ?
あんたには今食べてるのと同じドッグフードを一箱ってのでどうだい?」
シエナが言うのに犬カバが感激した様に「クッヒー!」と元気に鳴く。
どうやら大喜びしてるらしい。
……単純なヤツ。
半ば呆れながら犬カバを見ていると、シエナが それからね、と話を続けた。
「あんたたち、しばらくは家に帰らない方が良さそうだよ。
というか、街をうろつかない方が良さそうって言った方がいいのかね。
今日助けた女の子達がね、あんたらの熱烈なファンになっちまったらしいのさ。
今日の所は大人しく家に帰っていったけど、明日から朝からあんたらの家の前に張り込む様な事を言ってた子が何人かいてね。
あんたら二人の活躍を聞いた街の女の子達も結構それに加わりそうだったから。
まぁ、しばらくの間はここで寝泊まりしてたらいいさ。
ああ、でも、」
言い募って、シエナが俺に半眼を向けた。
「あんたはあの“リア”に女装すりゃ何ともないだろ?
今日は泊まってってもいいけど、明日からは自分の家に帰りな」
言ってくる。
俺は……思わずぎょっとして声を上げた。
「~お、おい、俺がリアだって、気づいてたのかよ?」
焦りながら問う。
ミーシャも目をぱちくりさせてシエナを見た。
シエナがハッと鼻で笑う。
「当たり前だろ。
私が何年あのギルドのカウンターに立ってると思ってんだい。
人を見る目は確かだよ。
あんたがカウンターに来て依頼があるかって聞いた時、すぐにピンときてたさ」
「なっ、でもよ……」
だったら何で俺に、俺の手配書見せたりしたんだよ?
絶対受ける訳ねぇって分かってたはずなのに。
言いかけた俺に、シエナが先を越して言う。
「あんたがあんまりにもバカな事ばかりやってるからちょっとビビらせてやったのさ。
あんなトコで自分の手配書見せられたら、調子に乗れないだろう?
あんたは昔からダルクに似てお調子者だったからね。
“リア”の正体が誰にもバレないと踏んだらまたバカな事しだすんじゃないかと思ってさ」
言われて……俺は思わず視線を横に逸らす。
まぁ確かに、シエナのあの疑いの目がなかったら……あそこで手配書見せられたりしなけりゃあ、もしかしたらちっとくらいはハメを外す事も、あったかもしれねぇ。
街の連中にもラビーンやクアンにもまったく疑われちゃいなかったし。
シエナが肩をすくめる。
「まったくあんたにゃ呆れて物も言えないよ。
一億ハーツの借金作ったと思えばそいつをたった一日で……しかもよりにもよってギャンブルに使い込んじまったんだって?
一体全体どういう発想をしたらそんな考えが出てくるのか分かりゃしないよ」
シエナが本当に心底呆れ果てた様に言ってくる。
俺はどーしよーもなく、目をそこから逸らし続けた。
つーかヘイデンといいシエナといい、何でそこまでの情報を知ってんだよ?
手配書には借りた一億ハーツをギャンブルに使いこんだとも、借金を踏み倒したから賞金首にしたとも書いちゃなかったぜ?
一体どっから情報漏れしてんだ?
半ばぶうたれつつ目を逸らし続けた俺に、シエナがまったく、と言う様に溜め息をつく。
そうして軽くミーシャへ目をやった。
「この子が色々サポートしてくれてたんだろ?
そうでなきゃ、今頃どっかでボロを出してたんじゃないのかい?」
俺は何とも言えず、黙り込む。
確かに……ミーシャのおかげで乗りきれた場面が、何回もあった……よーな気がする。
俺が何にも言わねぇのを肯定と取ったんだろう。
シエナがやれやれって言う様に口を開く。
「とにかくあんた、この子には感謝しなよ。
話がズレちまったけど、そういう事だから、今日は二人とも泊まっておいき。
二人とも、下手に色んな人に囲まれて正体がバレてもまずいだろう?
リッシュはそっちの部屋、あんたは私と同室でいいね?」
言ってくる。
あんたってのは、ミーシャの事だ。
俺とミーシャは……揃って「えっ、でも……」と口にした。
あんまりにも揃っちまったから、互いに相手の顔を見る。
互いに、戸惑った顔をしちまった。
ミーシャは……ほんとのトコは女の子だが、シエナはそいつを知らないはずだ。
15~16くらいの、男だと思ってるはずだった。
そいつを自分と同室にしようってぇのは……
「……まさかシエナ、ダルを狙って……」
思わず青~くなりながら言うと、ベシンッと額に一発、派手にデコピンを食らった。
「~くぅぅぅ……いってぇ………!」
思わず呻いてぶたれたデコを押さえると、
「何が“狙って”だい。
相っ変わらずあんたはバカなんだから!」
シエナから厳しいお叱りを受けた。
そうして まったく!とばかりに息を荒くついていう。
「その子、女の子だろ?
こんなバカと同室にはさせられないからね」
シエナが“バカ”の部分を思いっきり強調して言ってくる。
そいつに……俺と、それにミーシャは思わず目をしばたいてシエナを見ちまった。
口を開いたのはミーシャだ。
「~マスター……知っていたんですか?」
ミーシャが問うのに、「だから人を見る目はあるって言ったろう」とシエナが溜め息交じりに答えた。
「さ、早いとこ食べちゃいな。
今日は方々歩いて疲れたろ?
ゆっくり風呂に入って休む事だね」
シエナが言うのに……俺は何とも複雑な気持ちで頭をカリカリと掻いたのだった。
◆◆◆◆◆
俺はふーっと息をついてぐでんとベッドの上に横になる。
シエナが“今日だけ”貸してくれた、ギルドの一部屋だった。
小さな窓にはクリーム色のカーテンがかかり、さして広くもねぇ部屋の中にはベッドがもう一つと、小さなサイドテーブルが一つあるだけだ。
どーやらここは、ギルドの怪我人なんかを寝かせる為の部屋らしい。
手入れも行き届いてんのか、きれいなもんだった。
シエナとミーシャのいる方の部屋も同じ様な造りだろう。
ベッドの下には犬カバがすでに丸まって眠っている。
ズピー、ズピー、と変なイビキがさっきから耳についてしょうがねぇ。
そいつのせい……って訳じゃねぇが、食事を終えて、風呂にも入ってさっぱりしたのに、どーも気分がスッキリしねぇ。
仰向けに寝転がると天井の白がやたらに目立った。
寝転んだベッドはフカフカで太陽みてぇな匂いがする。
俺は──そいつを目一杯吸い込んで、はぁっと深く息をついた。
あれから……結局、ミーシャとは全く話をしなかった。
明日になったら──朝起きたら、もういねぇなんて事はねぇよなぁ?
はぁーっともう一度重く息をつきながら、ごろりと体を横向きに転げる。
ミーシャを正面から見ながら声をかける。
ダル、ともミーシャ、とも呼べねぇから難儀した。
ミーシャが……ゆっくりと瞬きを二度もして、俺を見る。
俺は思わず口をへの字に曲げた。
シエナが……こっちもミーシャを見つめる。
「どうしたんだい?
何だかさっきから元気ないじゃないか。
その料理、あまり好みに合わなかったかねぇ」
シエナが優しく問いかける。
ミーシャはそいつにふるふると首を振る。
「いいえ。………いいえ、そうじゃないんです。
私は──……」
言いかけて……そのまま再び目を伏せる。
俺やシエナ、それに犬カバまでもがミーシャを見つめる中……ミーシャはそのまんま口を静かに閉じちまう。
それきり、再び沈黙の時が流れる。
シエナは、この空気を押し流す様に「そうだ」と努めて明るい声で話を変えた。
「あんたらに報酬を渡さなくっちゃならなかったね」
言いながら席を立って、近くの戸棚から小さな封筒を二つ取り出し、俺と、それからミーシャの前に一つずつ置く。
「報酬は、それぞれ千ハーツずつだよ。
少し少ないが、貰っとくれ。
それから、犬カバ、だっけ?
あんたには今食べてるのと同じドッグフードを一箱ってのでどうだい?」
シエナが言うのに犬カバが感激した様に「クッヒー!」と元気に鳴く。
どうやら大喜びしてるらしい。
……単純なヤツ。
半ば呆れながら犬カバを見ていると、シエナが それからね、と話を続けた。
「あんたたち、しばらくは家に帰らない方が良さそうだよ。
というか、街をうろつかない方が良さそうって言った方がいいのかね。
今日助けた女の子達がね、あんたらの熱烈なファンになっちまったらしいのさ。
今日の所は大人しく家に帰っていったけど、明日から朝からあんたらの家の前に張り込む様な事を言ってた子が何人かいてね。
あんたら二人の活躍を聞いた街の女の子達も結構それに加わりそうだったから。
まぁ、しばらくの間はここで寝泊まりしてたらいいさ。
ああ、でも、」
言い募って、シエナが俺に半眼を向けた。
「あんたはあの“リア”に女装すりゃ何ともないだろ?
今日は泊まってってもいいけど、明日からは自分の家に帰りな」
言ってくる。
俺は……思わずぎょっとして声を上げた。
「~お、おい、俺がリアだって、気づいてたのかよ?」
焦りながら問う。
ミーシャも目をぱちくりさせてシエナを見た。
シエナがハッと鼻で笑う。
「当たり前だろ。
私が何年あのギルドのカウンターに立ってると思ってんだい。
人を見る目は確かだよ。
あんたがカウンターに来て依頼があるかって聞いた時、すぐにピンときてたさ」
「なっ、でもよ……」
だったら何で俺に、俺の手配書見せたりしたんだよ?
絶対受ける訳ねぇって分かってたはずなのに。
言いかけた俺に、シエナが先を越して言う。
「あんたがあんまりにもバカな事ばかりやってるからちょっとビビらせてやったのさ。
あんなトコで自分の手配書見せられたら、調子に乗れないだろう?
あんたは昔からダルクに似てお調子者だったからね。
“リア”の正体が誰にもバレないと踏んだらまたバカな事しだすんじゃないかと思ってさ」
言われて……俺は思わず視線を横に逸らす。
まぁ確かに、シエナのあの疑いの目がなかったら……あそこで手配書見せられたりしなけりゃあ、もしかしたらちっとくらいはハメを外す事も、あったかもしれねぇ。
街の連中にもラビーンやクアンにもまったく疑われちゃいなかったし。
シエナが肩をすくめる。
「まったくあんたにゃ呆れて物も言えないよ。
一億ハーツの借金作ったと思えばそいつをたった一日で……しかもよりにもよってギャンブルに使い込んじまったんだって?
一体全体どういう発想をしたらそんな考えが出てくるのか分かりゃしないよ」
シエナが本当に心底呆れ果てた様に言ってくる。
俺はどーしよーもなく、目をそこから逸らし続けた。
つーかヘイデンといいシエナといい、何でそこまでの情報を知ってんだよ?
手配書には借りた一億ハーツをギャンブルに使いこんだとも、借金を踏み倒したから賞金首にしたとも書いちゃなかったぜ?
一体どっから情報漏れしてんだ?
半ばぶうたれつつ目を逸らし続けた俺に、シエナがまったく、と言う様に溜め息をつく。
そうして軽くミーシャへ目をやった。
「この子が色々サポートしてくれてたんだろ?
そうでなきゃ、今頃どっかでボロを出してたんじゃないのかい?」
俺は何とも言えず、黙り込む。
確かに……ミーシャのおかげで乗りきれた場面が、何回もあった……よーな気がする。
俺が何にも言わねぇのを肯定と取ったんだろう。
シエナがやれやれって言う様に口を開く。
「とにかくあんた、この子には感謝しなよ。
話がズレちまったけど、そういう事だから、今日は二人とも泊まっておいき。
二人とも、下手に色んな人に囲まれて正体がバレてもまずいだろう?
リッシュはそっちの部屋、あんたは私と同室でいいね?」
言ってくる。
あんたってのは、ミーシャの事だ。
俺とミーシャは……揃って「えっ、でも……」と口にした。
あんまりにも揃っちまったから、互いに相手の顔を見る。
互いに、戸惑った顔をしちまった。
ミーシャは……ほんとのトコは女の子だが、シエナはそいつを知らないはずだ。
15~16くらいの、男だと思ってるはずだった。
そいつを自分と同室にしようってぇのは……
「……まさかシエナ、ダルを狙って……」
思わず青~くなりながら言うと、ベシンッと額に一発、派手にデコピンを食らった。
「~くぅぅぅ……いってぇ………!」
思わず呻いてぶたれたデコを押さえると、
「何が“狙って”だい。
相っ変わらずあんたはバカなんだから!」
シエナから厳しいお叱りを受けた。
そうして まったく!とばかりに息を荒くついていう。
「その子、女の子だろ?
こんなバカと同室にはさせられないからね」
シエナが“バカ”の部分を思いっきり強調して言ってくる。
そいつに……俺と、それにミーシャは思わず目をしばたいてシエナを見ちまった。
口を開いたのはミーシャだ。
「~マスター……知っていたんですか?」
ミーシャが問うのに、「だから人を見る目はあるって言ったろう」とシエナが溜め息交じりに答えた。
「さ、早いとこ食べちゃいな。
今日は方々歩いて疲れたろ?
ゆっくり風呂に入って休む事だね」
シエナが言うのに……俺は何とも複雑な気持ちで頭をカリカリと掻いたのだった。
◆◆◆◆◆
俺はふーっと息をついてぐでんとベッドの上に横になる。
シエナが“今日だけ”貸してくれた、ギルドの一部屋だった。
小さな窓にはクリーム色のカーテンがかかり、さして広くもねぇ部屋の中にはベッドがもう一つと、小さなサイドテーブルが一つあるだけだ。
どーやらここは、ギルドの怪我人なんかを寝かせる為の部屋らしい。
手入れも行き届いてんのか、きれいなもんだった。
シエナとミーシャのいる方の部屋も同じ様な造りだろう。
ベッドの下には犬カバがすでに丸まって眠っている。
ズピー、ズピー、と変なイビキがさっきから耳についてしょうがねぇ。
そいつのせい……って訳じゃねぇが、食事を終えて、風呂にも入ってさっぱりしたのに、どーも気分がスッキリしねぇ。
仰向けに寝転がると天井の白がやたらに目立った。
寝転んだベッドはフカフカで太陽みてぇな匂いがする。
俺は──そいつを目一杯吸い込んで、はぁっと深く息をついた。
あれから……結局、ミーシャとは全く話をしなかった。
明日になったら──朝起きたら、もういねぇなんて事はねぇよなぁ?
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