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七章 墓参り

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マスターやミーシャに、こいつらを縛る時に屁の臭いがついても気の毒だ。

俺は未だ冷やかな目をしたミーシャと、俺から引きはがされてちょっとポカンとしている女の子から目を離し、そそくさと倒れた男二人の方へ向かう。

と、犬カバがてこてこてこ と、縛る用の縄を口にくわえてやって来た。

俺はありがたくそいつを頂戴して男二人になるべく触れねぇ様に縄をかけて縛り上げる。

と、声をかけてきたのはマスターだ。

「そいつらは皆馬車に放り込んじまおう。
皆には歩いてもらわなきゃならないけどね。
そこのあんた、歩けそうかい?」

半分は俺に、半分はピンクのドレスの女の子に向かって声をかける。

女の子が、ポカンとした顔から一転 目をぱちくりさせて、「は、はい」とちゃんと返事する。

俺は手早く男二人を一人ずつ縛り上げると、なるべく臭いがつかねぇ様に注意しながら馬車の中に放り込む。

二人ともを収容して、パッパッと手を払ってから、俺はマスターに声かける。

「こっちは終わったぜ」

言う中で、きゃあきゃあとちょっと遠巻きにこっちを見ていた女の子たちが黄色い声を上げてくれる。

これこれ、これだよ。

やっぱ男共にちやほやされるより女の子にきゃあきゃあ言われる方が心が弾むぜ。

へへっと上機嫌にミーシャの方に振り返る──が。

ミーシャは……全くこっちなんか見ちゃいなかった。

どっか遠く──全然違う世界で、全然違う事を考えてる様な、そんな表情で遠くを見つめていた。

ドク、と俺の胸の中で嫌なモンが流れる。

ミーシャのことだから、責任感で女の子たちや山賊(?)を街まで送り届けるのには手を貸してくれるだろう。

けど、その後は──?

どこかへ消えちまうんじゃねぇのか?

どこか、俺の手の届かねぇ所へ。

俺が呆然とミーシャを見つめている中、マスターが「あんたら悪いんだけどね、」と俺と、それからミーシャに向けて声をかけてくる。

「街まで同行してくれるかい?
もし万が一こいつらが起きたりしたら面倒だからね、あんたらにもついていてもらいたいのさ。
ああ、リッシュ、あんたは街の近くまででいいよ」

マスターが、俺の苦い顔を見てだろう、言ってくる。

多分、『んな事したら街に着いたとたん取っ捕まって殺されちまう』と俺が思ったと思ったんだろう。

いつもなら、間違いなくそう一番に考えるハズだ。

けど──

俺はぎこちなくミーシャを見やる。

ミーシャは……やっぱりこっちも俺をちら、と見返した。

けど俺の顔をさほども見ねぇうちにすぐにマスターへ視線を戻す。

「──構いません」

それだけを、さらりと言う。

その俺らの様子を少しヘンに思ったのかもしれねぇ。

マスターが俺とミーシャの両方をいぶかしむ様に見てから……それでもそこにはあえて何も突っ込まず、肩をすくめてみせた。

「恩に着るよ。
──それじゃあ、出発しよう」

マスターの言葉にミーシャは頷き、俺は「おう」と気のない返事をする。

そーして……

ミーシャの横を通り過ぎざまにそっと口を開いた。

「──後で、話がある。
もし──俺の前からいなくなるなら、そいつを聞いてからにしてくれ」

他の誰にも聞こえなかっただろう。

それだけ言って、返事も聞かずにそのまま歩き進める。

ミーシャがどう思ったかは分からねぇ。

表情を見る事もしなかった。

実際、ちゃんと俺の話を聞いてくれるのかも分からねぇ。

けど──そう言うしかなかった。

頭の中で色んな考えがぐちゃぐちゃに巡ってまとまらねぇ。

ミーシャにはああ言ったが……。

俺は一体どうやって……何をミーシャに話すつもりなんだ?

頼むから行かないでくれって?

ミーシャが言った通り、初めに『お互い離れたくなるまで』っつったのはこの俺自身じゃねぇか。

ミーシャがあの家からいなくなるのを止める権利なんか、俺にはねぇ。

だったら一体、何を言おうってんだ?

思いながら──きゅっと拳を固めてそのまま歩き進めようとした俺に。

「………。
悪いが、ちょっと待っとくれ」

マスターが、ふと思い立った様に声を上げる。

俺がそちらを見返すと、マスターが馬の手綱をミーシャに託し、そのまま近くの林の方へ向かう。

マスターが初め山賊共の様子を窺うのに潜んでいたあの木より、少し奥まった辺りだ。

俺が──考えも纏まらねぇまま頭を掻いてそいつを待つ間にマスターが花束を一つ片手に持って戻ってくる。

そいつに声をかけたのはミーシャだ。

「──その花……」

言われて、俺もマスターの手の中の花束を見る。

そいつには、俺にも見覚えがあった。

今日街で会った時にマスターが持ってた花だ。

今は少し土もついて萎れ始めちまってるが、間違いねぇ。

確か、墓参りに行く様な事を言ってたハズだ。

思いながら眺めていると、マスターがふっと苦笑して見せた。

「……行くのにあまり気が進まなくってね。
うだうだしてる間に、行きそびれちまった。
その辺に置いてくのも心苦しいしね。
また今度、ちゃあんと墓参りに行くよ」

言って、ミーシャに託していた手綱をさっと受けとり、花束を馬車の御者席へやる。

そーして思い切れたようにふうっと息を一つつき、その場にいる皆に向けて言った。

「待たせちまってすまなかったね。
さ、今度こそ出発しよう。
リッシュとダルクがあんたらの警護をしてくれるから安心していいよ。
早いとこ街へ戻って、ゆっくり休もう」

マスターの言葉に、女の子たちが疲れきった表情の中にも少しだけ元気を取り戻して頷く。

マスターが馬車馬を歩きながら引いて先導する。

俺らもそれにつられる様に歩き始めた。

そうして歩き始める事しばらく。

ミーシャが女の子たちに何気に囲まれながら道の中程に。

俺は犬カバとそのしんがりを……申し出た訳でもなかったが、いつの間にか勤めることになった。

中が見える様に幕を開けた荷台では、四人の男が縄で縛り上げられて気を失っている。

街まではそんなに距離もねぇから、まぁ目を覚ます事もねぇだろう。

思いつつ、何も言わずに歩を進める。

俺の近くにも女の子がきゃあきゃあと寄ってきてくれたりもしたんだが……どーにも俺の反応が悪かったからか、しばらくするとほとんど全部の女の子がミーシャの方へいっちまった。

普段だったらこうちやほやされてりゃ俺だって女の子たちを喜ばせよーと楽しく話もするんだが……。

何だか全く気分が乗らなかった。

 えっちらおっちら歩いていく事しばらく。

ようやく街の入り口近くまで来た所で、先頭を歩いていたマスターが、ゆっくりと歩を止める。

そうして後ろを振り返って「リッシュ、それからダルク」と声をかけてきた。

俺が目線だけでマスターを見ると、マスターは馬を引く手綱を近くにいた女の子に預けて俺と……それから女の子たちに囲まれているミーシャの方へ来て言う。

「この辺りまでくりゃ、後は問題なくこいつらをギルドに引き渡せるだろ。
今日は助かったよ。ありがとう」

マスターが俺とミーシャ、それぞれの目をきちんと見て礼を言ってくる。

俺はそれに「おう」とだけ返事して、ミーシャは「いえ」と返事した。

マスターは……そんな俺らの顔を見て、「ところでね、」と言葉を続ける。

「リッシュ、あんた、街には入れないだろ。
とにかく明るいうちにはね。
街の連中は皆あんたが一億ハーツの賞金首だって知ってるだろうからね。
そこであんたら二人に、一つ依頼を受けてもらいたいんだが」

マスターが言う。

俺とミーシャは思わず顔を見合わせた。

マスターは軽く笑ってみせる。

「私からの、簡単な依頼さ。
……墓参りを、私に代わってしてきてもらいたいのさ。
ほんとはもう今日はいいかと思っていたんだけどね……あんたらなら、墓の主も許してくれるだろうから。
場所は今通ってきた道沿いをもう少し先へ行った、丘みたいになった所だよ。
海が見える断崖にあるんだが、まぁ、見つけられるだろ。
帰ってくる頃には丁度日が落ちて、街も暗くなり始めてるだろうから、人目につかないようにそっと帰っておいで」

言ってくる。

それに眉を少し寄せてマスターへ口を開いたのはミーシャだ。

「それは……構いませんが。
マスターが行ってあげた方がいいのでは?」

そいつは俺も同意見だ。

墓の主とマスターがどういう間柄なのかはしらねぇが、全くの赤の他人な俺らに見舞われても墓の主はうれしくねぇだろう。
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