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六章 サランディールのミーシャ

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問われる。

ミーシャは……ドクドクと鳴る心臓の音になるべく気づかないフリをしながら、そっと口を開く。

「──あなたに嘘は通じないと、判断しました。
偽名を通しても事態が悪くなるだけだと」

努めて冷静に答える──と。

「賢明だな」とヘイデンが同意した。

そうして一つ、息をついてまっすぐミーシャを見た。

「初めに、あなたには聞きたい事があると話した。
あなたはダルク・カルトの死に、関わっていたのか?
俺が知りたいのは、ただその一つだけだ」

ヘイデンが言う。

その表情は真剣で……ミーシャは思わず息を飲む。

そうして、告げた。

「──……いいえ。
私がダルクさんの存在を知ったのは一年前……内乱の日、お城の地下道を通って逃げる途中でした。
亡くなったダルクさんの持ち物に名前があって──その名を、お借りしました」

正直に、言う。

と──

ヘイデンがしばらくの沈黙の後、息を吐く様にして
「──…そうか」とだけ返してくる。

ミーシャはその様子を見つめ、あの……と口を開く。

「──ダルクさんは、どうしてサランディール城の地下道に──……?
その理由をご存じだから、私に関わっているのかと尋ねられたのでは?」

リッシュの過去を話してくれた事も、そこに関わりがあるのではないかと考えて、ミーシャは問う。

と──ヘイデンが………再び重く、息をつく。

そうして口にした言葉は──ミーシャにとって驚くべき物だった。

 ミーシャは……言葉も出せずに、ヘイデンの顔を見つめる。

ヘイデンは言う。

「──サランディールという国は、リッシュにとって鬼門だ。
私は、リッシュにはあの国に関わって欲しくないと思っている。
あの国の元王女であった、あなたにも」

ズキリと胸が痛む。

ミーシャは思わず目を下げて──ヘイデンの言葉の意味を反芻したのだった──。


◆◆◆◆◆

ミーシャはそっと、リッシュの顔を見る。

最後に──リッシュの顔を見て行きたいと言ったミーシャに、ヘイデンは黙って承諾してくれた。

部屋の中には相変わらず眠っているリッシュと、犬カバが おろおろとミーシャの近くにいるだけだ。

リッシュの顔色は、先程まで見ていた時よりよほど良くなってきている。

多分、目を覚ますのも時間の問題だろう。

ミーシャは──懐にずっとしまってしまっていた、あの赤い手帳を取り出し、リッシュの傍らに置く。

「──返しておくわ。
……これは私が持っていていいものではないから」

言って──ミーシャは息もつけずにリッシュの顔を見つめる。

「──それじゃあ……さようなら」

そう、言うのがやっとだった。

胸が苦しい。

リッシュと会って、行動を共にしたのはそんなに長い期間ではなかった。

けれど──あの内乱の日から一人であちこちを放浪してきたミーシャにとって、リッシュや犬カバとの生活はもう かけがえのないものになりつつあった。

ミーシャはそっとその場を離れようとリッシュから顔を背け歩き出そうとした。

──ところで。

バッ、とその腕を、掴まれる。

「──行くな」

リッシュが、言う。

ミーシャは心底驚いてリッシュの方を振り返った。

「──行くな──ダル──……」

リッシュが、うわ言のように言う。

眠っているのだ。

ミーシャは──その腕をそっと取って、「ごめんね」と呟いた。

そのまま、リッシュの腕をベッドに戻す。

「──私は、ダルクさんじゃないの」

言う言葉が辛くなる。

ミーシャはそこから逃げる様に、その場を離れ、部屋を出た。

後ろ手に部屋の戸を閉めると、中から「クッヒー」と犬カバの鳴く声がする。

ミーシャはそのまま──そこから立ち去ったのだった──。
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