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五章 飛行船
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しおりを挟むヘイデンにしちゃあ随分汚ねぇ机だ。
あいつ、何か色々細かそーだし整理整頓はきちんとやる派じゃねーかと思うんだが。
ダルも同じ事を思ったのか、俺に問いかけてくる。
「ヘイデンさんはあまり整頓が得意ではないのか?」
「いや……俺も んな話聞いた事ねぇな。
実際こいつの手入れはいつもちゃんとされてるし、見た感じほこりも んなに溜まってねぇし、掃除はされてるはずだぜ……多分」
言いながら机の上を見ると、やっぱりほこりは溜まってねぇ。
てことは、しょっちゅうこの机を使ってるのか、きちんと掃除をした後で上の物達を元に戻してるのか、だ。
だが……んな面倒な事するか?
大きな疑問が残る。
犬カバはちょーん、ちょーんと床から椅子へ、椅子から机の上に跳躍し、鼻を頼りに羊皮紙の間をがさごそとうごめいている。
多分、古い紙の匂いだけで手帳を探すつもりなんだろう。
机の上を見終えたのか、今度は椅子に降りて机の引き出しを鼻でフンフンする。
椅子のすぐ前の引き出しはないと判断したのか、ねぇ首を長くして隣の一番上の引き出しを鼻で見分ける──と。
「クッヒ!」
犬カバが俺に向けて声を上げる。
俺は疑わしさ半分に「ああ?」と声を上げた。
「……ここを開けろってか?」
問うと犬カバが聞くまでもねぇだろって表情で顔をくいっと引き出しへ向ける。
なんっか癪に触るんだよな……。
まぁでも犬カバ相手にぎゃあぎゃあ文句言うのもバカらしい。
俺は仕方なしに一つ肩をすくめて、大人しく引き出しの取っ手に手をかけ手前へ引く。
──が。
がくん、と俺の手が何かの反発に合う。
眉を寄せながらよく見てみると、取っ手の斜め上に小さな鍵穴があった。
「鍵がかかっているのか?」
横で俺と同じ様に顔を低くして鍵を見ながら、ダルが言う。
その顔の近さに、俺は半ば慌てて体勢を戻してみせた。
~ったく、どーも調子狂うぜ。
俺は全く何でもねぇフリをしながら腰に手をやり、犬カバに向かって口を開く。
「──開かねぇぜ。
鍵がねぇとどうにも──」
言ってやる。
と、鍵穴から視線を上げたダルが小首を傾げてみせた。
「──鍵なんかなくてもお前なら開けられるんじゃないのか?
扉の錠前でさえ簡単に開けていたのだし」
きょとんとした目で不思議そうに俺を見ながら、言ってくる。
……まあ、そう言われてみりゃあそのとーりだ。
たぶん俺、今ガラにもなくそーとー焦ってんな。
俺はぐるりと目を回して肩をすくめてから、ダルに目線だけで場所を開けてくれる様 指示して鍵のかかった引き出しの前に腰を落とす。
片目だけで鍵穴を見てから、再び髪に差したヘアピンで鍵穴をごそごそやる。
ほんの数秒で、俺の手と耳にカチリという確かな音と感覚があった。
俺は……そのままそろりと立ち上がり、引き出しを開く。
引き出しの中は──文字通りこちらもぐちゃぐちゃだった。
羊皮紙やらペンやら、何か分からねぇ色んなモンが何の整頓もされずに入っている。
だが、その羊皮紙共の一番上に──俺の探していた物が見つかった。
赤い色の、小さな擦りきれた手帳。
俺は……ごくりと息を飲んでその手帳を手に取る。
その、瞬間。
色々な記憶が頭の中に蘇ってきた。
赤い手帳に夢中で何かを書きつけるダルクの姿。
雑な走り書きや飛行船の図。
そいつを机のすぐ横から──あるいはあいつの横に立って、うんと背伸びをしながら見ようとする俺。
生き生きとしたあいつの横顔。
青い目はいつも輝いていた。
それに──
大事な飛行船にドン、と手をついて怒るダルクの姿も。
んなダルクを見たのは、ただの一回きりだったハズだ。
ダルクの正面には一人の男がいて、ダルクはそいつに向けて怒鳴っていた。
『~ざけんな!
こいつをなんだと思ってる!
俺は んな事の為にこいつを作ってる訳じゃねぇ!!』
『~分かってる!
俺に怒鳴ったって仕方ねぇだろーが。
言ってんのはサランディールの奴らだ。
……ともかく、こいつはヤベぇぞ。
一国家と個人じゃ圧倒的にこっちが不利だ。
おまけに奴ら、ギルドにまで………おい、ガキ!何聞いてやがる!』
ダルクの正面にいた男がふいに気づいた様に俺に向かってくる。
と──そこまでをまるで映像の様に思い出しながら──俺は急に気が遠くなるのを感じた。
「……シュ!リッシュ!!」
ダルの声がどこか遠くで聞こえた気がした──。
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