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五章 飛行船

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なんかこの展開、似た事が前にもあったぞ?

思いつつ俺は男──ヘイデン・ハントを見る。

ヘイデンが目を閉じたまま口を開く。

「隣の女は何者だ?
どうせそちらも偽名だろう」

ヘイデンが言ってくる。

俺が「いや……そいつは女じゃなくて……」と思わず声を上げかけた、所で。

ダルが俺の声を押し留める様に、やんわりと静かに答えた。

「───私は……ミーシャ、といいます。
リッシュの友人です」

ダルが(いや、ミーシャ、か?)言う。

「~ダル……お前、いいのかよ?
隠してたんじゃ……」

俺が言いかけるのを、ダルがそっと目線だけで制した。

「──いいんだ。
どうせお前も私が女だと気づいたんだろう?
態度でバレバレだ」

静かな声で言ったダルに俺はなんて言っていいか分からず口をへの字に曲げて黙り込む。

と──ヘイデンが片眉を上げた。

「ミーシャ……?
……聞いたことのある名だな」

ヘイデンが言う。

ダルはそっと視線を下へ下げた。

何に関してなのかは分からねぇが、どーやら言いたくねぇ事情があるらしい。

名をあまり知られたくなかったのか──?

俺はヘイデンの剣先を見据えながら、言う。

「~なぁ、もういいだろ?
別に盗みに来た訳じゃねぇって。
ちょっとヘンな夢見ちまって、気になって来ただけだっての」

俺が言うと、ヘイデンが何かを考える様にしながらも、一応は警戒を解いたのか、俺とダルから剣と棒の先を下へ下ろす。

と、そいつを見てからだろう、どこに隠れてやがったのか、犬カバがちょぼちょぼと俺の足元までやって来て「クッヒー」と小さく声を上げる。

ったく……。

あんまりにも調子のいい犬カバに軽く目線を送りつつ、俺は開き直ってヘイデンに向かう。

「~つーか初めから俺だって分かってたんなら何も剣向けるこたぁなかったろ?」

言ってやると、ヘイデンがダルに向けていた棒を地面に突き、剣を片手で鞘に戻しながら言う。

棒は足元を確認する為の杖だった。

「鍵を勝手に開けて違法に私の土地に入らなければな。
──それで?
私からこれを買い取る為の一億ハーツは用意できたのか?
聞いた話によれば、金貸しに一億の借金をして踏み倒し、生死問わずの賞金首にされたようだが?」

言ってくる。

俺は……苦虫を噛み潰したよーな顔をして見せた。

「~全部知ってんじゃねぇかよ……地獄耳め」

ヘイデンに聞き取られない様にボソッと悪態をつく……と、

「何か言ったか?」

ヘイデンが耳聡(みみざと)く返してくる。

俺は「いーや、なんでも?」と息を吐く様に答えた。

──と、ダルが横でクスクス笑う。

「~おいダル、何笑ってんだよ」

小声で言うと、ダルが「いや」と返してくる。

「仲がいいんだなと思って。
昔からの知り合いなのか?」

ダルが聞いてくるのに、俺は目玉をぐりんと回してみせた。

おいおいおい、これまでの流れのどこをどう見りゃ仲がいいって事になるんだよ。

答えない俺に変わって……っていう訳でもないんだろーが、答えたのはヘイデンだ。

「仲がいいとは心外だ。
だが……まあ長い付き合いではあるがな」

俺がブスッとむくれる中、ヘイデンが言って、杖で地面を触りながら飛行船の方へ向かって歩く。

俺とダルはお互いに顔を見合わせてその後に続いた。

俺は、迷いなく飛行船へ向かうヘイデンに声をかける。

「~でもまさか、鉢合わせるとは思わなかったぜ。整備にでも来たのか?」

問う。

ヘイデンは、目こそ見えねぇがそいつを感じさせないほど手先も器用で、どうやら飛行船の整備も自ら一人で行ってるらしい。

さすがに飛行船を飛ばすなんて事はしねぇみたいだが、整備をするのに手を抜いた事はなさそうだ。

そいつはこーしてちょくちょくここに飛行船をこっそり見に来ている俺がよく知ってる。

だから今日もなんかの整備に来たんだろうと思ったん……だが。

ヘイデンが、ふいに俺を見る。

いや、その目は閉じられたままなんだが、俺を見たのが分かった。

そーしてしばらく俺を見つめてから。

「──いや、少し様子を見にな」

ヘイデンが、珍しく曖昧な言い方をする。

俺は半ばいぶかしみながら、そっと優しく飛行船に触れるヘイデンを見た。

「……一応大事に扱ってんだな」

言う。

きれいに磨かれた船の側面、状態の良さ。

中を見ていなくてもヘイデンが全く手を抜かず手入れを欠かさずしているのが分かる。

ヘイデンの屋敷からここまでは俺の足でも片道30分はかかる。

その距離を一人で杖使いながら歩いてきて、飛行船の手入れをして帰るなんざ、ヒマ人以外の何者でもねぇ。

まぁ、いずれこいつを買い戻す俺にとっちゃあありがてぇと大手を振って喜ばなきゃならねぇトコなのかもしれねぇが。

ヘイデンは飛行船へ顔を向けたまま「当たり前だ」と返す。

「今は私の飛行船なのだからな。
とは言え、一億ハーツで買い戻すどころか、逆に借金までしている男がこの船を取り戻す事など不可能だろうから、永遠に私の物になりそうだがな」

ヘイデンが嫌みったらしく言ってくる。

反論したいが、正論過ぎてぐうの音も出ねぇ。

……と、反論できなかった俺の横で「そうはならないと思います」と声を上げたのはダルだった。

ヘイデンが顔をダルへ向ける。

ダルは静かに先を続けた。

「その飛行船、リッシュにとって大切な人のものだったから。
リッシュは、きっとちゃんと買い戻すと思います」

きっぱりと静かに、ダルが言う。

「……ダル……」

ダルの言葉にちょっぴり感動して、俺は思わずダルを見て呟く。

と──ヘイデンが鼻で笑って見せた。

「リッシュの事を随分と買い被っているようだが、一億の借金をして、この男が飛行船を買い戻すより先に一体何に使い込んだのか聞いていないのか?」

ヘイデンの言葉に、俺は思わず目線を下げる 。

確かに、あの一億ハーツを即飛行船の買い戻しに使ってりゃあ、こいつは今頃もう俺のものになっていたはずだ。

ダルが俺を静かに横目で見やる。

俺は合わせる顔もなくそいつに気づかないフリをした。

さっきはああいってくれたが、ヘイデンにこう言われちゃ、ダルも返す言葉がねぇだろう。

そう、思ったんだが。

「──確かにリッシュは、バカな方法で一億ハーツを失ったけれど……少なくとも今は飛行船の為にギルドで働いて、お金も少しずつ貯めています。
それに反省もしているみたいだし、同じ過ちはきっと繰り返さないわ」

きっぱりと、ダルが言い切る。

その横顔には自信に満ちた微笑みがあった。

俺、何で今までダルが女の子だって事に気づけなかったんだろうってくらい晴れやかで優雅な微笑みだ。

いや、ダルに“優雅”は言い過ぎか?

軽く心で思い直しつつ、俺は怖いものを見るよーな目でヘイデンを見る……と。

ヘイデンが──笑った。

片方の口の端を上げて、フッと。

そいつはいつもの感じの悪い小バカにした笑いじゃなく、ただフツーに笑っちまったみてぇな笑い方だった。
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