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五章 飛行船

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俺が『リア』の格好になって下の階へ降りていくと、廊下の壁に背をもたせかけて立つダルと、その足元で再び黒く染め上げられた犬カバがいた。

女だってことを疑っちまうくらい中々イケメンな立ち姿に、俺は思わず頭をカリカリ掻いた。

どーもなんか色々負けた気がするぜ。

俺はダルと犬カバを順に見て眉を寄せる。

「~おいおい、せっかく犬カバ洗ったのに、何でまた黒くなってんだよ?
つーか化粧道具もなしにどーやって黒くしたんだ?」

いぶかしみながら近づいてって言うと、犬カバが「クッヒ!」と鼻を鳴らして言う。

ダルが通訳(?)した。

「自分もお前と一緒に飛行船を見に行くのだそうだ。
自分で洗面所の毛染めを持ってきて、染めるように指示してきたんだ。
古かったし、しばらく取れなくなるかもしれないが、構わないそうだ」

「毛染めだぁ?
んな便利なもんあったんなら最初から俺に言えよ。
お前の変装にどんだけ時間かかったと思ってんだ。
──つーか……、犬カバ、ついてくる気かよ?」

眉を寄せて言うと、ダルが「もちろん私も行くつもりだ」と返してくる。

俺は面食らってダルを見た。
「普段ならともかく、今のリッシュを見ていると危なっかしくってしょうがない。
それに……私もダルクさんの飛行船なら、興味がない訳でもないしな」

ダルが言う。

俺はフクザツな気持ちで天井を見上げる。

二人とも(いや、一人と一匹、か)俺が来なくていいっつってもついて来そーだ。

俺はくるっと目を回して息をついて溜息一つついた。

そーして仕方なく言う。

「──分かったよ。
それなら、出発しますかね」

言うと、ダルが満足そうににこっと笑う。

俺が頭を掻きながら玄関の戸を開き外に出ると、ダルと犬カバも足取り軽くついてきた。

誰の姿も見えねぇ裏通りを歩きながら、横に並んだダルが問いかけてくる。

「それで、飛行船は今どこにあるんだ?
以前、買い戻すつもりだったと言っていたが……誰かが所有しているのか?」

俺はああ、と苦い顔で頷いた。

「ヘイデン・ハント。
そいつが今の飛行船の所有者だ。
古びた貴族の末裔でよ、視力を失っちゃいるが、中々鋭い洞察力を持つ男だぜ。
飛行船はそいつの屋敷から少し離れた山の中に隠されてる」

「ではその山へ行くのだな」

「ああ。
ま、山っつってもほとんど傾斜もねぇ野っ原くらいな感じだから、そう気張って行くこともねぇんだけどな」

言いながらゆっくり歩き進めると、ようやく旧市街の裏通りから、市街地へ出る。

市街地じゃ相変わらず人が行き交っている。

俺とダル、それに犬カバがそこに混ざって歩き出すと、横にいるダルとすれ違ったかわいー女の子が「きゃっ、ダルクさま」と嬉しそうな声を上げた。

対するダルは平然そのものだ。

こーして横目でダルを見てると、確かにいい男に見えんだよな。

もしかして俺がさっきダルを女の子だって思ったのは実は何かの間違いだったんじゃ──?

ちらっとそんな考えが俺の胸の内に覗く。

が、んな事はねぇって事も、心の内では分かっている。

何より俺のこの鋭い観察眼を疑う理由がねぇからな。

思いながらぼんやりダルを見てると、ふと横を歩くダルが俺の方を眉を潜めて見ているのに気がついた。

げっ、やべっ……ちょっと見すぎたか?

俺は思わず視線をダルから反らし、再び前を向いて歩き進める。

その、途中で。

ある意外な人物に出くわした。

ギルドの女マスターだ。

こないだは腰まで伸ばした茶髪を後ろで一つに縛っていたが、今日はそのまま背中に流している。

手にはきれいな花束を一つ抱えていた。

前会った時も顔立ちのきれーなお姉さんだとは思ったが、こうして見るとやっぱり美人だ。

怒らせると怖そうなのは相変わらずだが。

向こうもこちらに気がついたらしい。

マスターが俺を見て厚ぼったい唇を開く。

「──おや、リアとダルクじゃないか。
………それにその犬………」

訝しげに眉を寄せて犬カバを見る。

げっ、やべっ……。

確かマスターのトコにはこの犬カバの取り扱いに関する依頼内容が伝わってるはずだ。

ピンクの犬カバを、決して外には出さず、世話する事。

すでにピンクじゃなくなってるし、外に出しちまってるしで、相当依頼をムシしちまってる。

俺がギクリとして犬カバを見つめ、たらたらと冷や汗をかき始める中……マスターは はっ、と一つ息をついて犬カバから俺たちの方へ視線を移した。

「──まあいい。
あんたたち、これからまた仕事かい?」

聞いてくる。

俺は いえ、と一つ返事してみせた。

「少し用があって、お出かけです。
マスターは今日はお休みですか?」

聞くと「まあね」と短く返事が返ってくる。

「──ある人の命日でね。
これから墓参りさ」

言ってくる。

その目が寂しげに花に向けられるのに、俺も思わずじっと花を見つめた。

と、マスターがさっと頭を振って長い髪を後ろへ避けた。

「ま、あんたらもどこに行くんだか知らないけど、暗くならない内に戻っておいでよ。
この辺も夜になると物騒だからね」

マスターが言うのに、俺とダルは

「ええ」「はい」

とそれぞれ返事した。

マスターがふっと息をついて俺らの横を通り過ぎていく。

俺とダル、そして犬カバはそれを揃って見送ってから、再びゆっくり歩き出した。

さぁて、飛行船を見に行くのもちょっと間ぶりだ。

どうなってることやら。
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