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三章 投資
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ダル、ロイ、リュート、そして犬カバを連れだって、俺は店の外に出る。
あくる日の朝までここにいたって仕方ねぇ。
明日一番に店長の元に仕事の報告がてら、ロイとリュートの件について示談交渉するつもりだった。
……だったんだが。
どーやら明日まで待つ必要はなかったらしい。
店の扉を開けた先には、ある一人のじーさんが立っていた。
白髪混じりの短い黒髪の、いかにも『カフェの店長です』って風貌のじいさん。
服は私服に着替えちゃいるが間違うはずもねぇ。
「ど……っ、どうしてここに……?」
俺がかなり戸惑いながら言う中、店長の視線が俺からダルへ、そしてその後ろに立っていたロイと、背の低いリュートへと移っていく。
じーさんが小さくまばたきをした。
~やべぇ。
思わず固まりながらじーさんの顔を見つめる中、自ら進み出てじーさんの前に立ったのはロイだった。
「───店長……お話があります」
真っ直ぐじーさんを見て、いかにも真面目そーにロイが言う。
じーさんはそいつにどう思ったんだろう、昼間と変わらずの穏やかな様子で口を開いた。
「──どうやら長い話になりそうだ。
ひとまず中へ入れてくれるかね?
夜の寒さはこの老体には堪えて敵わん」
じーさんが言うのに、俺たちは従うことしか出来なかったのだった──。
◆◆◆◆◆
俺らはカフェ内の真ん中辺りにある落ち着けるテーブル席に皆で腰を下ろすと(ただし犬カバは近くの床でころんと丸くなって自分の居場所を確保した)じーさんに事の顛末を語った。
誰からも忘れ去られた猫用出入り口からリュートがカフェの中に入ってきていた事。
閉め忘れられた保存庫の扉の鍵。
リュートの存在に気づいていたロイだったが、どーにも止めだてする気になれずに、見守ったり、時にはわざと鍵を開けてリュートが中に入れるようにしていた事。
俺の正体についてはあえて触れずに(ま、この件に関しちゃまったく関係ねぇしな)全てを洗いざらい話ちまってから──ロイがじーさんに真っ直ぐ向かって頭を下げる。
「──店長……。
本当に申し訳ありませんでした。
カフェが被った損害は、俺が責任を持って弁償します。
クビも覚悟しています。
お咎めは全て俺が受けますから……どうか、このリュートの事だけは、許してやって頂けませんか……?」
ロイが言うのに、じーさんはゆっくりと視線をロイから、そのすぐ隣にキンチョーして座ってるリュートへやった。
どこまでロイの言った事を理解してんのか、リュートがロイと同じに頭を下げる。
「──ごめんなさい。
もう勝手に入って食べもの食べたりしません」
言う。
そいつを後押しする様に口を利いたのはダルだ。
「本人もこう言って反省しているようだし、ロイの行動も正しかったとは言えないが、優しさから来たものだ。
私からも、リュートを許して頂けるようにお願いしたい」
ダルも言う。
俺は──ただ成り行きを見守っていた。
俺から言わなきゃならねぇ言葉は何もねぇ。
ロイもリュートもダルも、言うべき事は言ったしな。
後はじーさんがどう判断するか、それだけだ。
そう、決め込んでいたんだが。
じーさんが ふと俺を見る。
ごくごく真面目な表情でじーさんは「君は、」と口を開いた。
「──君はどう考えますか?」
「───へ?」
思ってもみなかったフリに、俺は思わず すっとんきょうな声を上げる。
じーさんは言う。
「ロイをクビにして、ここにいるリュートくんを許すことにあなたは賛成しますか?
……あなたならどういう判断を下しますか?」
じーさんが、問いかけてくる。
俺は──口をぽかんと開けたまま、呆けた様にじーさんを見た。
じーさんが答えを待つ様に俺を見返す。
俺はそのまま、隣に座ったロイとリュート、そしてテーブルの向かい側に座ったダルへと視線を動かしていく。
皆、俺を見返してくる。
この場にいる全員の視線を受けながら──…、俺は仕方なしに口を開く。
「お……私なら、今 店長さんがおっしゃった様にはしません」
俺なら、とうっかり言いそうになる所を言い直して、俺は告げる。
店長がそいつはどうしてかって言わんばかりに俺を見つめるのに、俺は続けた。
「──それじゃあ誰も利益を得ないでしょう?
仮にリュートが許されたとしても、この子を引き取ると言ったロイが失業したら、ロイもリュートも食うに困ります。
このお店だって、ロイをクビにしてしまったら急きょ新しいコックを探さなくちゃいけないでしょう?
コックが変わって万が一、お出しする料理の味まで変わってしまったら、お客様もきっとがっかりします。
だけど、例えばもし──」
言い差しながら、俺はロイの顔を見る。
相っ変わらずの仏頂面だ。
「もし店長さんが、最大級の温情を見せて下さって、ロイをクビにはせず、リュートも許してくださったら、ロイはきっと今まで以上に一生懸命このカフェの為に働くでしょうし、このお店も大繁盛。
お客様もいっそう喜んで下さるし、リュートも救われます。
それが私の考える最も円満な解決法、なんですけど……いかがですか?」
可愛らしく両手を胸の前で合わせて提案し、じーさんに向けて自信たっぷりに微笑む。
内心じゃこの提案を蹴られたらどーするかひやひやしてたんだが……。
じーさんは 2、3秒程もじっと俺の様子を見つめてから──…フフッと小さく笑った。
「──なるほど、確かに。
最も円満な、良い解決法です」
にっこり微笑んでじーさんが頷く。
俺は思わずパッと表情を明るくした。
「~それじゃあ……!」
じーさんが笑顔のままにっこり微笑む。
向かいに座ったダルも顔をほころばせ、ロイは肩の荷が降りたように大きく一つ息をついた。
リュートだけが意味が分からず大人共の顔を右往左往して見ている。
じーさんは言う。
「──ただし、ロイ。
リュートくんの事、途中で放り出す事だけはあってはなりませんよ。
……絶対に」
じーさんがロイを真っ直ぐ見つめ 言った先で、ロイが真摯な表情で「──はい」としっかり頷いた。
さーて、こいつで一件落着、だな。
じーさんが俺の想像以上に頭の柔らかい いいじーさんで良かったぜ。
じーさんが「さて、」とにっこり微笑んだまま締めの言葉を言う。
「もう夜も遅い。
今日はこれでお開きにしましょう。
リアさん、ダルクさん、報酬は改めて明日ご用意させて頂きます。
それでよろしいですかな?」
「ええ」「はい」
俺とダルとで揃って返事するのに笑顔で頷いて、じーさんは目をぱちくりさせたままのリュートを見つめる。
「これからは君も、いつでも気兼ねなくここへ遊びに来なさい。
だけど次からは猫用の戸からではなく、きちんと正面の扉からね」
じーさんが好々爺然として言うのに、リュートが元気に こくん!と頷いた。
じーさんはそいつににっこり優しく微笑んで、話を終わらせたのだった──。
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