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二章 ギルドの依頼

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◆◆◆◆◆

「あ~、こほん。
こんなもんでどーかしら、ダルちゃん」

食事を終えてすぐ、今日も見事に変装し、階下に降りて早々にダルに言ってみる。

今日は髪には薄桃色のリボンを、服はクリーム色の生地に、裾には水色のラインが入ったワンピースっていう出で立ちだ。

と、ダルが嫌そうに俺を見た。

「ちゃん付けはやめろ。
気色悪い」

「気色悪いとか言うなよな。愛嬌だよ、愛嬌!
つーかこ~んなかわいい女の子になんつー事言うんだ」

言うとダルが白けたようにそっぽを向く。

ったく、ジョーダンの通じない奴め。

俺だって好きで んな格好してる訳じゃねぇっての。

普通の格好でサッと街を歩きゃ、そんだけで女の子たちに熱い視線をもらったり、キャーキャー言われる俺だってのに、こんな姿じゃ、ラビーンやクアンみてぇな男共のデレデレ顔しか見れやしねぇ。

とにかく今は命のためにこんな格好するしかねぇが、早くどうにかして普通に街を歩けるようにならねぇと……。

まあ、とにもかくにも、だ。

「ま、冗談はさておき、とりあえずギルドに行くか。
いい依頼が来てるといいんだけどな」

外に出るとすぐ、明るい日差しが俺を照らす。

雲一つない、いい天気だ。

俺は一歩をいつもの大股で歩き出そうとして、

「おっと、」

素早く足を引っ込めた。

やれやれと首を振って、今度は少し小股で歩き出す。

ここら辺は旧市街ってだけあって人通りはほぼねぇはずだけど、どこで何があるか分かんねぇしな。

ダルを伴って歩く事 数十分、ようやっと旧市街を抜けると、そこにはさっきまでとはうってかわってたくさんの人間が右へ左へ歩いていく。

俺は心の中で一つ気合いを込めて、その真っ只中へ歩を進めた。

もし万が一にも んな所で俺の正体がバレるなんて事になりゃ、命が危ねぇ。

ここは慎重に、目立たず静かにギルドへ向かおう。

と、決意して市街地を歩き始めたのは良かったが。

「な、なぁ、ダル?」

俺は背筋に嫌な汗が浮かぶのを感じながら、いつの間にか横に並んだダルに小声で話しかける。

ダルが「何だ?」と言わんばかりに俺を見たので、俺は続けた。

「何かさっきからミョーにあちこちから視線を感じんだけど。
もしかして俺たち、何か目立ってねぇか…?」

問いかける。

ダルは、どうやらあんまりぴんと来ないらしい。

不思議そうに辺りを見た。

とたん、こっちを熱に浮かされたように見ながら行き違った女の子二人組が「きゃぁっ」と黄色い声を上げて、足早に通りすがる。

この反応は、まだいい。

俺が街を歩きゃ、ほとんどの女の子はこーいう風に黄色い声を上げてくれる。

まぁ、今は皆 俺じゃなくてダルに熱上げてんだけどな。

ダルも背は低いが、それなりに見れる顔してるし、女の子が騒ぐのも少しは分かる。

だからそれはいーんだが。

俺は少しうんざりしながら辺りを……特に、こっちを見てくる男共を見る。

どーもこうもねぇ、だらしない、鼻の下の延びた顔でこっちを見てやがる。

~背筋に嫌な汗が浮かんできた。

美人は特だと思ったが、やっぱり俺は普通の格好で女の子にキャーキャー言われる方がいいな。

てゆうかあんまし見られてっと、どっかでこっちのボロが出そうだ。

「とにかくさっさとギルドに行こうぜ」

俺はそれだけをこそっとダルに言って、ダルに少し隠れるようにして歩く。

この調子じゃ、ギルドの中に入ったって悪目立ちしちまうかもしれねぇな……。

けど、一獲千金、飛行船を取り戻すためだ。

悪目立ちしようがなんだろーが、とりあえず俺の素敵変装がバレなくて殺されなきゃいいんだ。

どうにかやるしかねぇ。

軽く決意して、歩く。

ギルドは市街地のほぼ中心に建っていた。

飾り気のない白壁に黒看板。

そんなに大きくはねぇ。

ダルが何のためらいもなくギルドの扉を開ける……と、中から埃っぽいような乾燥した臭いがした。

ダルが中へ入るのに合わせて、俺もこそこそとそのすぐ後に続く。

──が、入った早々に。

「~リアちゃん!」

大きな声がかけられる。

俺が思わずビクッと肩をすくめると、これまた街の男たちに負けないくらい鼻の下を伸ばしたグラサンにオールバックの男が『感激』とばかり両手を合わせて俺の前に躍り出た。

つい昨日俺の家(になったばかりの場所)に来て大暴れしたあげく、『リア』にベタボレして家の中を片づけていったグラサンの一人だ。

確か、そう。

「ラビーン……」

顔に似合わない名前だったから、印象に残ってる。

と、ラビーンの後ろからひょいっともう一人グラサンオールバック男が現れた。

こちらも感激したように「リアちゃ~ん」とうれしそうに手を振ってくる。

こっちはラビーンの部下、クアンだな。

俺は──思わず苦笑しそうになるのを耐えてにっこり微笑んでやった。

「二人してどーしたの?こんなところで」

上手い事 裏声で、聞いてやる。

ダルがグラサン二人にだろう、呆れたように息をついて腰に手を当て二人を見た。

口を開いたのはラビーンだ。

「いや~、こんなとこでリアちゃんに会えるとは思わなかった!ラッキーだぜ!
ほら、俺らリッシュ・カルトって子悪党を探してるって言ってただろ?
こっちに何か情報来てねぇか確認に来たのよ。
ま、結局何の情報もなくて今帰るとこだったんだけどよ」

は、はは……。

そりゃ何よりだぜ。

俺は内心をきっちり隠したまま、にっこり微笑んだままで「そうなの」とだけ返す。

「そういうリアちゃんは?
何か困り事かい?」

クアンの方が聞いてくる。

何かあるなら俺が助けるよ、と言わんばかりだ。

ま、ほんとの所 賞金首になっちまってお前らに追われて殺されかけそーだからそこは助けてほしいトコだけどな。

んなこと言える訳もねぇから、代わりに ううん、と首を横に振る。

「依頼をしに来たんじゃなくって、請けに来たのよ」

俺はにっこり営業スマイルのままダルの後ろに回り、その両肩にポンと手を置いた。

「うちの弟のダルクがギルドで仕事をするっていうから、そのお手伝い。
ダルちゃんったら立派ですごいギルドの冒険者になりたいみたいで、依頼も一獲千金級の物を狙ってるの。
私も手伝わなきゃって思って~」

ニコニコしながら言う中、ダルがびっくりしたように俺を見上げてくる。

「なっ……リッ……」

リッシュってダルが言いそうになるのに、俺は言葉に被せるように続けた。

「両親を早くに亡くしたから、私一人でこの子を育てて来たんだけど、この頃はね、姉さんに苦労かけたくないって言うのよ~。
あんまり危ない依頼だと心配だし、ついてきちゃった。
それに私にも手伝えることもあるんじゃないかと思って~」

よくもまぁ、こんだけ口からでまかせが出たもんだ。

自分で自分の舌を誉めてやりたくなるぜ。

ま、こうやって公言しときゃラビーンたちもそんなに不信には思わねぇだろ。

ダルには悪ぃけど、俺の請ける依頼、手伝ってもらうぜ。

まぁ一人より二人っていうし、男二人で請ける依頼ならちょっとハードな依頼でもこなせるだろ。

報酬は5・5なら文句もねぇはずだ。

ダルが怒りにか驚きにか口をパクパクさせる中、グラサン二人が互いに顔を見合わせて、困ったような表情を見せる。

ま、ダルはもちろんだが、グラサンたちの言いたいことも大体分かる。

いくらダルの手伝いとはいえ、ギルドの仕事は危ないからリアちゃんはやめた方がいいってな。

だがここで止められると少し面倒だ。

俺はその誰の意見も聞かず、ダルの向きをくるっと変えてギルドのカウンターの方へダルを押す。

「それじゃあラビーンさんもクアンさんもお仕事頑張ってね。
じゃあまたね」

それだけを言って、とっととカウンターの方へ向かう。

ラッキーなことにラビーンもクアンも、俺の邪魔をすることはなかった。

ただし、

「──おい、リア」

ダルが小さく俺に文句を垂れる。

俺はそれに軽く言い訳することにした。

「だってああでも言わねぇとあの二人に止められちまうだろ。
取り分は5・5でいいから二人で依頼、請けようぜ。
ダルは腕も立ちそうだしさ、俺もがんばるから。な?
それにほら、一人だと何かあった時助けも呼べねぇだろ?
二人でコンビ組んだほーが絶対ぇ得だから!」

ダルの怒りを収めるように下手に出ながら小声でいう。

ダルが はぁっと怒りを吐き出すようにため息をつく。

俺はそれをオーケーの返事と決めてダルと共にギルドのカウンターの前に立つ。

気配でラビーンたちがこっちを見てるのが分かるが、俺はあえて無視することにした。

そのうち自分達の出る幕がねぇとなりゃ立ち去るだろ。

カウンターの向こうには女のマスターがいた。

年は20代後半あたりってとこだろう。

腰まで伸ばした茶髪を無造作に後ろで一つに縛った女だ。

見た感じそれなりに鍛えてそうだし、顔立ちのきれいなお姉さんではあるが、怒らせると中々怖そうだ。

マスターは初めはダルを、それから俺をじろりと上から下に見て、厚ぼったい唇を開く。

「見ない顔だね。ギルドに何か依頼かい?」

聞いてくる。

俺は一つ咳払いしてにっこり笑顔で口を開いた。

「──依頼を請けに来たんです。
私たちに出来そうな、何かいい依頼は来てますか?」

営業スマイルで、出来るだけかわいい声で聞く……とマスターがじっと俺を見てくる。

何だか俺の女装を見破ってんじゃねぇかと思わんばかりの、じっとりとした目だ。

俺が冷汗だらだらで正面からゆっくり横に視線を反らす中、マスターが数秒の時を置いて はっ、と一つ鼻で笑って見せた。

そうしてすぐ横にある木の看板に貼ってある賞金首のポスターを顔だけで示す。

「リッシュ・カルト。賞金首さ。
あんたたちに最も向いてる“いい仕事”だよ。
生きてても死んでても、ゴルドーの所に突き出しゃ一億ハーツだ」

言ってくる。

まさかとは思うが、これ俺って分かってて言ってる訳じゃねぇよなあ?

分からねぇが、こっちから聞く訳にもいかねぇし、その勇気もねぇ。

この賞金首の話は、(自分で言うのもなんだが)中々おいしい話だし、誰にでも勧めはするってだけの話かも知れねぇし……。

けど、あのじっとりとした目だ。

俺が返答に窮する中、声を発したのはダルだった。

「──いや、どうせ奴は方々から狙われているんだろう?
こちらより先に誰かが捕まえてしまうだろうからな。
マスター、他の依頼は何かあるか?」

聞く。

マスターは ふん、と一つ鼻で息をついた。

そしてある一枚の紙をカウンターに出す。

その紙には、ある奇妙な動物の絵が書かれていた。

頬っぺたの膨れた犬みてぇな面に、小さな四つ足の、小さな胴体。

全体的にピンク色で、犬か小型のカバみてぇな様相だが、背中には小さな翼が映えてやがる。

こんな小さな翼じゃ空すら飛べねぇだろうに、不恰好もいいとこだ。

「──これは?」

ダルが聞くと、マスターが トン、と犬カバ(と名付けることにした)の絵の下の方を指差す。

そこにはこんな文面が書かれていた。

『見世物屋より脱走の為、捕獲願う
賞金 五万ハーツ
必ず無傷で捕獲の事』

……五万ハーツか。

俺の一億ハーツと比べると、かなりもの足りねぇ報酬料だ。

まぁ、害の無さそうな動物だし、うまく捕まえられりゃ楽でまずまずの報酬だが。

と、後ろから(まだいたらしい)ラビーンが口を挟んできた。

「おいおい、マスター。
この動物、確か──」

言いかけた先で。

マスターが無愛想にラビーンを見た。

「関係のない奴は口出し無用だよ。
あんたはさっさとリッシュ・カルトでも捕まえてゴルドーの奴に差し出すんだね」

ビシリとマスターが言うのに……ラビーンは、かなり何かを言いたそうに俺を見て──そうしてうなだれるように頭を垂れる。

そうして俺に「リアちゃん、くれぐれも気をつけてなぁ」と言い残し、クアンを引き連れギルドからのそのそと出て行く。

途中何度も俺に何かを言いたそうに振り返っていたが───。

「さっさと行きな!
いつまでもノロノロしてんじゃないよ!」

とのマスターの叱咤に、最後は慌てて出ていった。

~なんだぁ、ありゃ。

ま、ラビーンの事はよく分かんねぇな。

それより依頼だ、依頼。

俺はダルと目を見合わせる。

ダルは静かに依頼の紙の絵を見る。

そうして、俺をちらと見て頷いた。

請けてみるか、ってトコだろう。

俺もまあ依存はねぇ。

俺はマスターに向かって言う。

「──じゃあ、この依頼を請けることにします」

言うと──マスターが「そうかい」とあっさり承諾する。

「捕獲したらモノは直接依頼主に手渡しな。
報酬はここに受け取りに来ること。依頼の報告を兼ねてね。
話は以上だよ」

あっさりと言って終わらせる。

よし、とりあえず初仕事、だな。
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