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■第三話 デジャヴはある日突然に

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 夜。
「かんぱーい!」
 ビールジョッキを突き合わせた蓮実たちは、目の前に置かれた料理の大皿の数々にさっそく箸を伸ばした。谷々越の前にだけはデザートの杏仁豆腐がいち早く並んでいるが、それにスプーンを入れつつ料理も小皿に取り分けているので、まあよしとしようと思う。
「ところで谷々越さん。蓮実から聞いて、蓮実が谷々越さんの手助けをしたことは知ってますけど、どうして探偵社に誘ったんです? 言っちゃ悪いですけど、蓮実って思ってることや考えてることがけっこう顔に出やすいんですよ。あんまり向いてるとは思えないんですけど、どうしてですか? 大学のサークル仲間だった俺からすれば、なんでかなーって」
 すると、鶏の軟骨揚げを頬張りながら、菖吾が疑問を口にした。散々な言われようだなと蓮実は頬を膨らませ半眼で本人を見やるが、どこ吹く風ですまし顔をされてしまう。
 ――あんただって似たようなもんだけど⁉
 そう喉元まで文句が出かけたが、けれどそういえば、どうして谷々越探偵事務所に入ったのかはまだ言っていなかったような気がする。まあ、菖吾にも前の居酒屋トークで悲惨な就職活動の全貌を話したので、今さら隠すものもなにもないのだけれど。
「そ、それはね……」
 先を言ってもいいかと谷々越に目で問われ、蓮実は仕方なく小さく首肯した。どうせ同情で拾ってもらったのだ。自分の口で言おうが谷々越が言おうが、大差はない。
 けれど。
「ある日、渡してあった名刺を頼りに事務所を訪ねてきたのが、蓮実ちゃんを雇うキッカケだったんだよ。その後も就職先がなかなか決まらなかったみたいで、疲れちゃってたんだろうね。『お茶しませんか?』ってクタクタの顔で笑うんだ。話を聞いてもらいたかっただけだっただろうけど、ちょうど僕のほうでも女性の探偵が欲しかったところだったから、『じゃあそれならウチに来ない?』ってスカウトさせてもらったんだ」
「へえ。じゃあ、お互いにとってウィンウィンだったってことじゃないですか」
「うん。今回のようにどうしても女性の力が必要になる場合だってあるから、蓮実ちゃんに入ってもらえて本当によかったと思ってる。どんなに小さな依頼でも一生懸命だし、なにより依頼主さんのことを一番に考えて行動できるところが、すごくいい。こう言うと語弊があるかもしれないけど、アタリを引いた気分だよ。蓮実ちゃんじゃなきゃ解決できなかった依頼もあるし、最近は差し入れをくれたり、一緒に外出してくれるようになったし」
 そう言って嬉しそうに顔をほころばせる谷々越に、蓮実は胸の奥がなんとも言えずむず痒くなっていくのを感じた。ジョッキに口をつけるが、ビールがなかなか喉を通らない。
 蓮実は当時、一度だけ谷々越の手伝いで探偵の真似事をしたけれど、やっぱりちゃんとした会社に勤めたくて、その後も就職活動に励んだ。けれど結果は相も変わらずお祈りメールばかりが届き、再びひどく落ち込んだ。そのときふと、財布の中に入れたままにしてあった谷々越の名刺を思い出したのだ。ただ愚痴を聞いてもらいたかっただけとは、言えない。でも、また話を聞いてもらったら頑張れそうな気がしたのも本当だった。
『お給料はそんなに出せないかもしれないけど、それでもよかったら』
 すると谷々越は、そう言って蓮実を誘ってくれたのだ。
 てっきり蓮実は谷々越の情けだと思っていたのだが、嬉しそうな顔を見ると、そうでもなかったのかもしれないと考えが改まっていく。なんだかんだ谷々越から離れられないように、谷々越もこんな蓮実を必要としてくれている――そう思うと、自然と頬が緩む。
 こんなことを聞いてしまっては、ますます頑張るしかないなと蓮実は思う。これから先、どんな依頼が来るかはわからないけれど。でも、ひとつひとつのことに一生懸命に取り組んでいれば。そこに谷々越や菖吾の笑顔があれば。なんだって、どんな困難な依頼だって乗り越えていけるような気がする。そのときはまた三人でこうして飲めたら最高だ。
「次はどんな依頼が来るんでしょうね」
 菖吾と谷々越の会話がひと段落したところで何気なく口にすると、ふたりは「ああ……」と感慨深げに相づちを打ち、それぞれ宙に視線をさまよわせた。
「俺は動物全般は……特に鳥系はもう嫌だな」
「僕は積極的に外に出られる依頼なら、なんでもいいですよ」
「あれ、そうなんですか? 私はどんな依頼でもバッチコイですけどね」
 フンと鼻を鳴らして得意げな顔をする蓮実に、谷々越と菖吾がおかしそうに笑う。そんなふたりの顔を見て、蓮実の顔にも自然と笑顔の花が弾けた。
 谷々越探偵事務所に日々寄せられる依頼は、程度も種類も本当に様々だ。ペットや貴金属探しに、相手の素行調査、ときには物騒なことにも立ち向かわなければならない。一日中、依頼の電話が鳴らない日もあったりして、そういうときは、このまま依頼がなかったらどうしようと頭を抱えたりもするけれど、それでもなんだかんだやっていけているのは、蓮実にとってこの仕事が人生を豊かにしてくれる大切な大切なものだからだ。
「そういえば所長、インスタ用の写真、撮らなくてよかったです?」
 ふと思い立って聞くと、谷々越が〝しまった!〟といった顔をした。
 相変わらずフォロワーはゼロのままだが、谷々越は入ったお店や食べたスイーツなどの写真を撮り、せっせとインスタにアップする鋼の心臓の持ち主だ。まだ食べはじめたばかりだが、盛り付けも崩れているし、これでは写真に撮れないだろう。
「じゃ、じゃあ、三人で――」
「嫌ですよ」
「俺も。プライベートは公開しない主義なんで」
 いそいそとスマホを取り出す谷々越に、蓮実と菖吾の声が見事に被さる。最後まで言わないまま即拒否された谷々越のひどく寂し気な目が視界の端にちらつくものの、誰も見る人がいないのに写真をアップされてもいかがなものか。
「仕方ないですね、ここの一押しのメガ盛りパフェを頼んでもいいですよ。それなら見栄えもするし、所長は甘いものをたくさん食べられるから、一石二鳥じゃないですか」
 蓮実はやれやれとため息をつきながらメニュー表を渡す。とたんに目を輝かせた谷々越は、さっそく備え付けのベルを押すと、やってきた店員に嬉々として「これください!」とテンション高くオーダーをする。やがて運ばれたパフェに再び目を輝かせた谷々越は、実に幸せそうに写真を撮ると、すぐにパフェにスプーンを入れる。みるみる減っていくところを見ると、どうやらすこぶる満足しているようだ。ほんと、谷々越はけっこう単純な男だ。
 そんな谷々越を横目で見ながら、蓮実と菖吾はこっそり目を見合わせ、笑い合う。喉の奥を滑るように流れていくビールが美味しい。束の間だからこそ、休息は楽しいのだ。

 さて、次はどんな依頼がもたらされるだろうか。
 しばらくして、谷々越が無言で差し出してきたメガ盛りパフェを文句を垂れつつ菖吾と手分けして食べながら、満腹で完全に遠い目をしている谷々越に、蓮実はまた笑った。


 【了】
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