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■第二話 人にはいくつも顔がある
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「だってそうだろ? 普通にバッグを売ってただけなのに、なんで俺が裁判沙汰になんなきゃいけないの? おかげでデパートにもいられなくなったし、そもそも間違って取り押さえた相手って、けっこうな上客でさ……。そりゃあもう針の筵よ。何度も土下座して謝ったし、せっせと家にも足を運んだ。でも、俺の顔も知らないで、ってますます心証が悪くなる一方で。ついにはデパートも訴えるって言ってきて、それまでどうにかして穏便に済ませようとしてた上層部の人たちは、俺に辞めてくれって頭を下げたんだ」
なんと……。菖吾はかなり苦労してきたらしい。なんと言って慰めたらいいか。
けれど菖吾は、思ったよりヘビーな経緯に沈黙する蓮実たちに向けてからりと笑った。
「でも、上層部の気持ちもわかるよ。入社して一年そこそこの社員より、たくさん金を落としてくれる上客のほうが大事でしょう。訴えられたら、それこそ会社が傾くどころの騒ぎじゃなくなる。そうしたら、社員からパートから清掃業者、その下にいるたくさんの〝生活を保障しなきゃならない人たち〟のことを路頭に迷わせることになる。クビを受け入れたのは、そっちのほうが動きやすいと思ったからなんだよね。――絶対に見つけ出して罪を償わせてやる! 首を洗って待ってやがれ! って。その一心で探偵になったんだ」
「なんていうか……よく腐らず元気にやってたね。菖吾って強いわ……」
思わず感嘆の声を漏らすと、菖吾は「だろー?」と得意げに笑った。腐らず元気にやっていたこともそうだし、谷々越とは違う意味で鋼のメンタルなことも感服しきりだ。それに、自分のクビのことより会社の――いや、そこで働く人たちや、その家族のことを真っ先に考えられるその優しさにも、菖吾の人柄が本当によく透けて見えて目頭が熱い。
「で、肝心のその女は? なにか手掛かりはあるの?」
尋ねると、菖吾は力なく首を横に振った。
「いろいろ調べてみたけど、まったく。バッグは全部現金で買ってたから、カード情報もなかったんだよね。名前は鶴橋(つるはし)って名乗ってたけど、間違いなく偽名だね。ちょうどその頃、縁起物フェアって銘打って和装用のバッグも展示してたのよ。鶴と橋の綺麗な刺繍のバッグにちらっと目をやってたから、そのときにでも偽名を思いついたんだろ」
「そうなんだ……」
「ま、ぼちぼちやるしかないよな」
だそうで、いまだ有力な手掛かりは掴めていないらしい。ふたりでしゅんと項垂れる。
「じゃあ、菖吾君はウチでその人を探したらいいじゃないですか」
そこにそう言ったのは谷々越だ。
「岡崎藍についてのことは、僕もそこまで調べがついていませんでした。あの場で菖吾君がああ言ってくれなければ、岡崎藍には逃げられていたかもしれません。そのお礼ですよ」
ぽかんと口を開ける蓮実と菖吾に向かって笑みを浮かべる。
「それに、依頼主の素性も調べるあたり、菖吾君はまだキャリアは短いですが、十分な即戦力になります。どうか谷々越探偵事務所にスカウトされませんか。お給料の面は大した額は出せないかもしれませんが、罰金なんてありません。依頼に失敗しかけても、僕がなんとかできますし。悪い条件ではないと思うんです。どうぞ検討してみてください」
そしてにっこり。ファミレススイーツに舌鼓を打つ。
「そうだね、それがいいよ。男手が必要な依頼もあるし」
例えば、側溝に落とした貴金属探しとか。
遠回しに自分にもっと頑張れと言っているのかと訝しみつつ、けれど蓮実も谷々越の提案にすぐに乗った。側溝の蓋はやたらと重いので、持ち上げるだけでも大変だ。逃げたペット探しだって、人手があるに越したことはない。なにしろやつらは足が速い。跳躍力も抜群だ。蓮実だけではとうてい捕まえる前に逃げられる。体力もすぐに底をついてしまう。
「い、いいんですか……?」
「もとよりそのつもりです。だから菖吾君にも付いてきてもらったんです」
目を丸くして身を乗り出す菖吾に、チョコレートソースがたっぷりかかったホイップクリームを一匙掬った谷々越が、それを満足げに口に運んで言う。たくさん掬いすぎて口に入りきらずに端にクリームが付いているが、谷々越は構わず大きな二匙目を頬張る。
「――ありがとうございますっ!」
その声が店内に響いたのは、たっぷり十秒は経ってからだろうか。思いもかけない好転に恵まれると、人はすぐには言葉にならないらしい。事実を噛みしめて、自分の頭で理解して、それからようやく言葉にできるのだろう。探偵だってそれは同じだ。
そういえば、谷々越に事務所に誘われたときの蓮実も、たっぷりそれくらいの時間をかけて事実を飲み込み頭で理解し、返事をした記憶がある。スカウトというより同情から、というようなそれは、けれどあのときの蓮実にとっては本当に救いの神だった。……おかげで今回も、なんだかんだでややこしいことになったという安定のオチが付くわけだけれど。
「では、そういうことで」
「はいっ。これからよろしくお願いします! 蓮実もな!」
「うん。よかったね、菖吾」
「おう!」
なにはともあれ、これで菖吾のほうは一件落着だ。
あとは、今も事務所にいるだろうあの三人のことだけが気がかりだった。
けれど、すべてが丸く収まるわけではないのが世の中でもある。
「――というわけで、大介君とはしばらく距離を置くことになりました。蓮実さん、今まで本当にありがとうございました。これ、依頼料です。どうぞお納めください」
「……はい。確かに」
「ふふ。そんなに思い詰めた顔をしないでください。身から出た錆って言うでしょう。まさにそれなんです。そもそもの原因は、大介君の体を心配するふりをして、本当はどんな仕事をしているか知りたかった私なんです。彼は自分のせいだって言って聞きませんけどね」
「そう……ですか……」
依頼完了の書類に判を押すためと、料金の精算に訪れた夏芽は、膝の上できゅっと両手を握りしめた蓮実にすっきりとした笑顔を見せた。声にはまだかすかに後悔の色が窺えるものの、それを払拭するような、とても晴れやかな笑顔がそこにはあった。
いったん距離を置いてみてはどうかと提案したのは津森だという。それでもお互いに想い合っているなら、いつか必ず上手くいくだろう――そう言ったのだという。
三好たちは、今回のことを機に引っ越しをするそうだ。夏芽も引っ越しをするらしい。お互いに新しい住所は教え合わず、けれど東京近郊からだけは離れず、といった約束事を取り決めたのだそうだ。だから津森の、お互いに想い合っているなら、と言う言葉になる。
津森は、三好の引っ越し先には付いてこないと首を振ったらしい。ただ、アシスタント業のこともあるため、近くには住むそうだ。夏芽も自分の仕事がある。通勤のことを考えれば会社の近くか元の部屋の近くの部屋を探すのが妥当だろうということだった。
「でも、本当にこれでよかったんですか?」
「よかったんです。やっぱり探偵さんには相談するものじゃないですね」
どうしても聞かずにはいられずに尋ねると、夏芽は冗談っぽく言って笑った。……まあ、結局ふたりは距離を置くことになってしまったのだから、身も蓋もない。
「でもね、蓮実さん。探偵さんに相談するのはもうこりごりって感じですけど、谷々越探偵事務所に相談したことだけは、正解だったと思ってるんですよ」
すると夏芽は、そう言ってにっこり笑った。
「だって、蓮実さんも谷々越さんも、本当に親身になって相談に乗ってくださいましたし、なにも知らずに岡崎さんにあの場に呼び出されたときも、すぐに駆けつけてくださいました。ひとり劣勢の中、蓮実さん、言ってくれたじゃないですか。『田丸さんはお金が欲しくて私たちに相談したんじゃない!』『今すぐ田丸さんに精魂込めて謝って!』って。……嬉しかったなぁ、その言葉。しみじみ、ああ谷々越探偵事務所に相談してよかったって思ったんです。だから、感謝してます、本当に。ありがとうございました」
そして、虚を突かれてぱちぱちと目をしばたたく蓮実に深く頭を下げた。
「……私にはもったいないです。なにもお力になれなかったんですから」
「いえ。どうか自信を持ってください。蓮実さんは依頼主の心にぴったり寄り添える探偵さんです。津森さんが仰った通り、お互いに想い合っていれば、いつかそのうちばったりと往来の真ん中で再会することもあるかもしれません。そのときのことを楽しみに、これから私は私の人生を、大介君は大介君の人生を歩んでいこうと思うんです。ま、彼が元気かどうかは『別冊アネモネ』を見ればわかりますしね。しかし少女漫画家とは。びっくりです」
ゆるゆると首を振る蓮実に、夏芽はそれでも笑顔を崩さなかった。すごく傷ついただろうし、後悔もしただろう。自分さえ彼が話してくれるのを待っていたらと思う気持ちだって、そうやって笑っている今も、ずっと彼女の胸の内側を痛めているのだろう。
けれど、それでも彼女は三好大介を想うことに決めたのだ。それこそが本当の彼女の覚悟だろう。どうか上手くいきますようにと願うしか蓮実にはできないけれど。でも、お互いに元気にやっていれば、自分と菖吾の再会のように、あるいはいつか――。
ありがとうございました、と何度も頭を下げつつ帰っていく夏芽の後ろ姿を見送り、蓮実はすんと鼻をすすって八月の青空を仰いだ。なんだかんだと一ヵ月かかってしまった。その間に梅雨は明け、頭上にはギラギラと街や人を照らす太陽が我が物顔をするようになった。
「――さ。そろそろ帰ってくる頃だろうし、お茶の準備をしておこうかな」
すっと視線をずらし、今は蓮実も外に出ているために一時的に無人になった谷々越探偵事務所を見やる。あれから間もなくして、菖吾は正式に谷々越探偵事務所の一員になった。事務所に入る依頼をこなす傍ら、菖吾は自分を罠に嵌めた人物を探し当てるのだ。
今、ふたりは、揃ってランチに出かけている。今日は平日なので、夏芽は今の時間しか事務所に顔を出せないらしく、蓮実が残って応対したのだ。口には出さなかったが、夜は夜で引っ越しの準備があるのだろう。きっと、三好も原稿の傍ら準備を進めているはずだ。
なんと……。菖吾はかなり苦労してきたらしい。なんと言って慰めたらいいか。
けれど菖吾は、思ったよりヘビーな経緯に沈黙する蓮実たちに向けてからりと笑った。
「でも、上層部の気持ちもわかるよ。入社して一年そこそこの社員より、たくさん金を落としてくれる上客のほうが大事でしょう。訴えられたら、それこそ会社が傾くどころの騒ぎじゃなくなる。そうしたら、社員からパートから清掃業者、その下にいるたくさんの〝生活を保障しなきゃならない人たち〟のことを路頭に迷わせることになる。クビを受け入れたのは、そっちのほうが動きやすいと思ったからなんだよね。――絶対に見つけ出して罪を償わせてやる! 首を洗って待ってやがれ! って。その一心で探偵になったんだ」
「なんていうか……よく腐らず元気にやってたね。菖吾って強いわ……」
思わず感嘆の声を漏らすと、菖吾は「だろー?」と得意げに笑った。腐らず元気にやっていたこともそうだし、谷々越とは違う意味で鋼のメンタルなことも感服しきりだ。それに、自分のクビのことより会社の――いや、そこで働く人たちや、その家族のことを真っ先に考えられるその優しさにも、菖吾の人柄が本当によく透けて見えて目頭が熱い。
「で、肝心のその女は? なにか手掛かりはあるの?」
尋ねると、菖吾は力なく首を横に振った。
「いろいろ調べてみたけど、まったく。バッグは全部現金で買ってたから、カード情報もなかったんだよね。名前は鶴橋(つるはし)って名乗ってたけど、間違いなく偽名だね。ちょうどその頃、縁起物フェアって銘打って和装用のバッグも展示してたのよ。鶴と橋の綺麗な刺繍のバッグにちらっと目をやってたから、そのときにでも偽名を思いついたんだろ」
「そうなんだ……」
「ま、ぼちぼちやるしかないよな」
だそうで、いまだ有力な手掛かりは掴めていないらしい。ふたりでしゅんと項垂れる。
「じゃあ、菖吾君はウチでその人を探したらいいじゃないですか」
そこにそう言ったのは谷々越だ。
「岡崎藍についてのことは、僕もそこまで調べがついていませんでした。あの場で菖吾君がああ言ってくれなければ、岡崎藍には逃げられていたかもしれません。そのお礼ですよ」
ぽかんと口を開ける蓮実と菖吾に向かって笑みを浮かべる。
「それに、依頼主の素性も調べるあたり、菖吾君はまだキャリアは短いですが、十分な即戦力になります。どうか谷々越探偵事務所にスカウトされませんか。お給料の面は大した額は出せないかもしれませんが、罰金なんてありません。依頼に失敗しかけても、僕がなんとかできますし。悪い条件ではないと思うんです。どうぞ検討してみてください」
そしてにっこり。ファミレススイーツに舌鼓を打つ。
「そうだね、それがいいよ。男手が必要な依頼もあるし」
例えば、側溝に落とした貴金属探しとか。
遠回しに自分にもっと頑張れと言っているのかと訝しみつつ、けれど蓮実も谷々越の提案にすぐに乗った。側溝の蓋はやたらと重いので、持ち上げるだけでも大変だ。逃げたペット探しだって、人手があるに越したことはない。なにしろやつらは足が速い。跳躍力も抜群だ。蓮実だけではとうてい捕まえる前に逃げられる。体力もすぐに底をついてしまう。
「い、いいんですか……?」
「もとよりそのつもりです。だから菖吾君にも付いてきてもらったんです」
目を丸くして身を乗り出す菖吾に、チョコレートソースがたっぷりかかったホイップクリームを一匙掬った谷々越が、それを満足げに口に運んで言う。たくさん掬いすぎて口に入りきらずに端にクリームが付いているが、谷々越は構わず大きな二匙目を頬張る。
「――ありがとうございますっ!」
その声が店内に響いたのは、たっぷり十秒は経ってからだろうか。思いもかけない好転に恵まれると、人はすぐには言葉にならないらしい。事実を噛みしめて、自分の頭で理解して、それからようやく言葉にできるのだろう。探偵だってそれは同じだ。
そういえば、谷々越に事務所に誘われたときの蓮実も、たっぷりそれくらいの時間をかけて事実を飲み込み頭で理解し、返事をした記憶がある。スカウトというより同情から、というようなそれは、けれどあのときの蓮実にとっては本当に救いの神だった。……おかげで今回も、なんだかんだでややこしいことになったという安定のオチが付くわけだけれど。
「では、そういうことで」
「はいっ。これからよろしくお願いします! 蓮実もな!」
「うん。よかったね、菖吾」
「おう!」
なにはともあれ、これで菖吾のほうは一件落着だ。
あとは、今も事務所にいるだろうあの三人のことだけが気がかりだった。
けれど、すべてが丸く収まるわけではないのが世の中でもある。
「――というわけで、大介君とはしばらく距離を置くことになりました。蓮実さん、今まで本当にありがとうございました。これ、依頼料です。どうぞお納めください」
「……はい。確かに」
「ふふ。そんなに思い詰めた顔をしないでください。身から出た錆って言うでしょう。まさにそれなんです。そもそもの原因は、大介君の体を心配するふりをして、本当はどんな仕事をしているか知りたかった私なんです。彼は自分のせいだって言って聞きませんけどね」
「そう……ですか……」
依頼完了の書類に判を押すためと、料金の精算に訪れた夏芽は、膝の上できゅっと両手を握りしめた蓮実にすっきりとした笑顔を見せた。声にはまだかすかに後悔の色が窺えるものの、それを払拭するような、とても晴れやかな笑顔がそこにはあった。
いったん距離を置いてみてはどうかと提案したのは津森だという。それでもお互いに想い合っているなら、いつか必ず上手くいくだろう――そう言ったのだという。
三好たちは、今回のことを機に引っ越しをするそうだ。夏芽も引っ越しをするらしい。お互いに新しい住所は教え合わず、けれど東京近郊からだけは離れず、といった約束事を取り決めたのだそうだ。だから津森の、お互いに想い合っているなら、と言う言葉になる。
津森は、三好の引っ越し先には付いてこないと首を振ったらしい。ただ、アシスタント業のこともあるため、近くには住むそうだ。夏芽も自分の仕事がある。通勤のことを考えれば会社の近くか元の部屋の近くの部屋を探すのが妥当だろうということだった。
「でも、本当にこれでよかったんですか?」
「よかったんです。やっぱり探偵さんには相談するものじゃないですね」
どうしても聞かずにはいられずに尋ねると、夏芽は冗談っぽく言って笑った。……まあ、結局ふたりは距離を置くことになってしまったのだから、身も蓋もない。
「でもね、蓮実さん。探偵さんに相談するのはもうこりごりって感じですけど、谷々越探偵事務所に相談したことだけは、正解だったと思ってるんですよ」
すると夏芽は、そう言ってにっこり笑った。
「だって、蓮実さんも谷々越さんも、本当に親身になって相談に乗ってくださいましたし、なにも知らずに岡崎さんにあの場に呼び出されたときも、すぐに駆けつけてくださいました。ひとり劣勢の中、蓮実さん、言ってくれたじゃないですか。『田丸さんはお金が欲しくて私たちに相談したんじゃない!』『今すぐ田丸さんに精魂込めて謝って!』って。……嬉しかったなぁ、その言葉。しみじみ、ああ谷々越探偵事務所に相談してよかったって思ったんです。だから、感謝してます、本当に。ありがとうございました」
そして、虚を突かれてぱちぱちと目をしばたたく蓮実に深く頭を下げた。
「……私にはもったいないです。なにもお力になれなかったんですから」
「いえ。どうか自信を持ってください。蓮実さんは依頼主の心にぴったり寄り添える探偵さんです。津森さんが仰った通り、お互いに想い合っていれば、いつかそのうちばったりと往来の真ん中で再会することもあるかもしれません。そのときのことを楽しみに、これから私は私の人生を、大介君は大介君の人生を歩んでいこうと思うんです。ま、彼が元気かどうかは『別冊アネモネ』を見ればわかりますしね。しかし少女漫画家とは。びっくりです」
ゆるゆると首を振る蓮実に、夏芽はそれでも笑顔を崩さなかった。すごく傷ついただろうし、後悔もしただろう。自分さえ彼が話してくれるのを待っていたらと思う気持ちだって、そうやって笑っている今も、ずっと彼女の胸の内側を痛めているのだろう。
けれど、それでも彼女は三好大介を想うことに決めたのだ。それこそが本当の彼女の覚悟だろう。どうか上手くいきますようにと願うしか蓮実にはできないけれど。でも、お互いに元気にやっていれば、自分と菖吾の再会のように、あるいはいつか――。
ありがとうございました、と何度も頭を下げつつ帰っていく夏芽の後ろ姿を見送り、蓮実はすんと鼻をすすって八月の青空を仰いだ。なんだかんだと一ヵ月かかってしまった。その間に梅雨は明け、頭上にはギラギラと街や人を照らす太陽が我が物顔をするようになった。
「――さ。そろそろ帰ってくる頃だろうし、お茶の準備をしておこうかな」
すっと視線をずらし、今は蓮実も外に出ているために一時的に無人になった谷々越探偵事務所を見やる。あれから間もなくして、菖吾は正式に谷々越探偵事務所の一員になった。事務所に入る依頼をこなす傍ら、菖吾は自分を罠に嵌めた人物を探し当てるのだ。
今、ふたりは、揃ってランチに出かけている。今日は平日なので、夏芽は今の時間しか事務所に顔を出せないらしく、蓮実が残って応対したのだ。口には出さなかったが、夜は夜で引っ越しの準備があるのだろう。きっと、三好も原稿の傍ら準備を進めているはずだ。
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