就職したらお掃除物件に放り込まれました

白野よつは(白詰よつは)

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■エピローグ

エピローグ

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 それが正真正銘、オオカミのあやかしである早坂慧が経営する『早坂ハウスクリーニング』に正式入社した経緯になった、というわけなのだけれど。
 それからは強制的に送り込まされたとおり、空き家で仏壇にのしかかられたり、ビルのフロア掃除で死にかけたりと、果たして早坂に拾われて幸運だったのか、はたまた、そうではないのか……三佳はなかなかに考えものの日々を送っている。
 そういえば、ユウリの写真を食べられたあともまた、悲惨だった。案の定、しばらくしてお腹が痛くなった早坂に、一晩中、看病に付き合わされたのだ。
 三佳は、半分は一気に詰め込んだ塩大福のせいだと今でも思っている。大好物といっても個数に問題がある。そりゃ、胃もびっくりするだろう。……いくら〝あやかし〟でも。
 ついでに言うと、夜の〝掃除〟に行くたびに早坂が口にする『ものに肩入れしすぎるのは野々原さんの長所であり短所ですね』という台詞は、そのときのものだ。
 ひどい腹痛に唸りながら、それでも勝ち誇ったように言った早坂の真意は謎のままだけれど。でも、少しずつ件数をこなしてきて思うのは、やはり三佳にはそう簡単に割り切れないこと。そしてそうは言っても、早坂も実は三佳の肩入れ度合いをまんざらでもなく思っているんじゃないかということだ。
 じゃなかったら――。

 現在、八月下旬、午後二時の昼下がり。
「な、なんてハートウォーミングな光景……」
 まだまだ盛夏を思わせる日差しが下ろしたブラインドから規則的な横縞になって降り注ぐ、事務所内のいつものソファーの上で。もはや怒る気も失せるほど、幸せそうにだらけきった格好でうたた寝を決め込む白いモフモフの傍ら。
「ふふ。こうしてたら、仲睦まじい親子にしか見えないんだけど」
 三匹のタヌキの母子がモフモフに寄り添うようにして、安心しきった顔で寝ている姿なんて見られるわけがないと思う。
 その姿を見て、三佳はこういうのが幸せっていうんだろうなぁと、しみじみ感じ入る。と同時に、どうしたって、ほんと所長って面倒くさい性格をしてるよねと思ってしまい、口元にわずかに苦笑を浮べずにはいられなかった。
 三佳の盆休み終了とともにコロたち母子が東京へ出てきて、今日でちょうど一週間。遊びたい盛りのマルとチビは、最初こそ今までの自然あふれる環境から一変した都会の様子に静かにしていたが、半日もすると事務所内で大暴れの体を見せた。書類はぐしゃぐしゃにするわ、お茶っ葉はふっ散らかすわ、さっそく買ってきた早坂の大好物、老舗和菓子店『あずま屋』の塩大福を勝手に食べてしまうわで、てんやわんやの大騒ぎだったのだ。
 そのときの早坂の落ち込みぶりは尋常ではなく、三佳が無言で財布を手に『あずま屋』まで走ったのは言うまでもない。真っ青になってしきりに謝り倒すコロを前にしては、怒るに怒れなかったのだろう。母子の境遇を思えば、食べたいときに食べたいだけ食べさせてやりたいという情も湧くというものだ。……それが、いくら大好物であっても。
 そうして一週間が経った今では、午後からは仲睦まじく四匹で昼寝をする姿がもれなく見られるようになった。うるさいだの僕はひとりが好きなんですだの、なんだかんだ文句を言いつつも、けして邪険にしたりしないところを見ると、早坂はただ、なんとなく思っていることと反対のことを言ってみたいだけの天邪鬼なのが、よくわかる。
 その証拠に……。
「んもう、みんな可愛すぎなんだけど」
 オオカミ化した早坂の白くふさふさの尻尾が、そっと母子の体を包み込んでいる。
 母子がいつ、どんな形であの世へ旅立つのかは、まだわからない。でも今は、こんなにも優しいオオカミに守られ、心穏やかに過ごせているのだから、きっとすごくいい旅立ちを迎えられることだけは確かだ。コロもこれで一安心だろう。シングルマザーは、人間の世界でも動物の世界でも、やはり様々な面でつらいことも大変なことも多い。
 もちろん三佳の胸には、まだまだ一緒にいたい気持ちもある。けれど、輪廻の輪をくぐり、再びこの世で巡り合えることこそ一番の望みであることも変わりはない。
「なんか、一気にペットが増えたみたい」
 三佳の明日の飯の権利を握っているのがこの白いモフモフなのは重々承知だ。しかし、こうも毎日毎日オオカミの姿を見せられては、ペット感覚も染みついてしまう。
 クスリと笑って、三佳はようやく手元のパソコンに向かいはじめた。まったりとした昼下がりの空気感に思わず仕事の手が止まってしまっていたが、三佳まで一緒にうたた寝をしてしまえば、『早坂ハウスクリーニング』が開店休業状態になってしまう。
 ――こんな自分でも、早坂が頼りにしてくれている。
 たびたび怖い目には遭わされるけれど、三佳はそのことが何より嬉しく、また、少しずつだがこの仕事に対してのやりがいを感じられるようになってきたのだ。
 みんな、どんな夢を見ているのかな。
 盛夏を過ぎた午後の空には、ほんの少しだけ秋の気配が混ざりはじめていた。


【了】
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