31 / 31
■エピローグ
エピローグ
しおりを挟む
それが正真正銘、オオカミのあやかしである早坂慧が経営する『早坂ハウスクリーニング』に正式入社した経緯になった、というわけなのだけれど。
それからは強制的に送り込まされたとおり、空き家で仏壇にのしかかられたり、ビルのフロア掃除で死にかけたりと、果たして早坂に拾われて幸運だったのか、はたまた、そうではないのか……三佳はなかなかに考えものの日々を送っている。
そういえば、ユウリの写真を食べられたあともまた、悲惨だった。案の定、しばらくしてお腹が痛くなった早坂に、一晩中、看病に付き合わされたのだ。
三佳は、半分は一気に詰め込んだ塩大福のせいだと今でも思っている。大好物といっても個数に問題がある。そりゃ、胃もびっくりするだろう。……いくら〝あやかし〟でも。
ついでに言うと、夜の〝掃除〟に行くたびに早坂が口にする『ものに肩入れしすぎるのは野々原さんの長所であり短所ですね』という台詞は、そのときのものだ。
ひどい腹痛に唸りながら、それでも勝ち誇ったように言った早坂の真意は謎のままだけれど。でも、少しずつ件数をこなしてきて思うのは、やはり三佳にはそう簡単に割り切れないこと。そしてそうは言っても、早坂も実は三佳の肩入れ度合いをまんざらでもなく思っているんじゃないかということだ。
じゃなかったら――。
現在、八月下旬、午後二時の昼下がり。
「な、なんてハートウォーミングな光景……」
まだまだ盛夏を思わせる日差しが下ろしたブラインドから規則的な横縞になって降り注ぐ、事務所内のいつものソファーの上で。もはや怒る気も失せるほど、幸せそうにだらけきった格好でうたた寝を決め込む白いモフモフの傍ら。
「ふふ。こうしてたら、仲睦まじい親子にしか見えないんだけど」
三匹のタヌキの母子がモフモフに寄り添うようにして、安心しきった顔で寝ている姿なんて見られるわけがないと思う。
その姿を見て、三佳はこういうのが幸せっていうんだろうなぁと、しみじみ感じ入る。と同時に、どうしたって、ほんと所長って面倒くさい性格をしてるよねと思ってしまい、口元にわずかに苦笑を浮べずにはいられなかった。
三佳の盆休み終了とともにコロたち母子が東京へ出てきて、今日でちょうど一週間。遊びたい盛りのマルとチビは、最初こそ今までの自然あふれる環境から一変した都会の様子に静かにしていたが、半日もすると事務所内で大暴れの体を見せた。書類はぐしゃぐしゃにするわ、お茶っ葉はふっ散らかすわ、さっそく買ってきた早坂の大好物、老舗和菓子店『あずま屋』の塩大福を勝手に食べてしまうわで、てんやわんやの大騒ぎだったのだ。
そのときの早坂の落ち込みぶりは尋常ではなく、三佳が無言で財布を手に『あずま屋』まで走ったのは言うまでもない。真っ青になってしきりに謝り倒すコロを前にしては、怒るに怒れなかったのだろう。母子の境遇を思えば、食べたいときに食べたいだけ食べさせてやりたいという情も湧くというものだ。……それが、いくら大好物であっても。
そうして一週間が経った今では、午後からは仲睦まじく四匹で昼寝をする姿がもれなく見られるようになった。うるさいだの僕はひとりが好きなんですだの、なんだかんだ文句を言いつつも、けして邪険にしたりしないところを見ると、早坂はただ、なんとなく思っていることと反対のことを言ってみたいだけの天邪鬼なのが、よくわかる。
その証拠に……。
「んもう、みんな可愛すぎなんだけど」
オオカミ化した早坂の白くふさふさの尻尾が、そっと母子の体を包み込んでいる。
母子がいつ、どんな形であの世へ旅立つのかは、まだわからない。でも今は、こんなにも優しいオオカミに守られ、心穏やかに過ごせているのだから、きっとすごくいい旅立ちを迎えられることだけは確かだ。コロもこれで一安心だろう。シングルマザーは、人間の世界でも動物の世界でも、やはり様々な面でつらいことも大変なことも多い。
もちろん三佳の胸には、まだまだ一緒にいたい気持ちもある。けれど、輪廻の輪をくぐり、再びこの世で巡り合えることこそ一番の望みであることも変わりはない。
「なんか、一気にペットが増えたみたい」
三佳の明日の飯の権利を握っているのがこの白いモフモフなのは重々承知だ。しかし、こうも毎日毎日オオカミの姿を見せられては、ペット感覚も染みついてしまう。
クスリと笑って、三佳はようやく手元のパソコンに向かいはじめた。まったりとした昼下がりの空気感に思わず仕事の手が止まってしまっていたが、三佳まで一緒にうたた寝をしてしまえば、『早坂ハウスクリーニング』が開店休業状態になってしまう。
――こんな自分でも、早坂が頼りにしてくれている。
たびたび怖い目には遭わされるけれど、三佳はそのことが何より嬉しく、また、少しずつだがこの仕事に対してのやりがいを感じられるようになってきたのだ。
みんな、どんな夢を見ているのかな。
盛夏を過ぎた午後の空には、ほんの少しだけ秋の気配が混ざりはじめていた。
【了】
それからは強制的に送り込まされたとおり、空き家で仏壇にのしかかられたり、ビルのフロア掃除で死にかけたりと、果たして早坂に拾われて幸運だったのか、はたまた、そうではないのか……三佳はなかなかに考えものの日々を送っている。
そういえば、ユウリの写真を食べられたあともまた、悲惨だった。案の定、しばらくしてお腹が痛くなった早坂に、一晩中、看病に付き合わされたのだ。
三佳は、半分は一気に詰め込んだ塩大福のせいだと今でも思っている。大好物といっても個数に問題がある。そりゃ、胃もびっくりするだろう。……いくら〝あやかし〟でも。
ついでに言うと、夜の〝掃除〟に行くたびに早坂が口にする『ものに肩入れしすぎるのは野々原さんの長所であり短所ですね』という台詞は、そのときのものだ。
ひどい腹痛に唸りながら、それでも勝ち誇ったように言った早坂の真意は謎のままだけれど。でも、少しずつ件数をこなしてきて思うのは、やはり三佳にはそう簡単に割り切れないこと。そしてそうは言っても、早坂も実は三佳の肩入れ度合いをまんざらでもなく思っているんじゃないかということだ。
じゃなかったら――。
現在、八月下旬、午後二時の昼下がり。
「な、なんてハートウォーミングな光景……」
まだまだ盛夏を思わせる日差しが下ろしたブラインドから規則的な横縞になって降り注ぐ、事務所内のいつものソファーの上で。もはや怒る気も失せるほど、幸せそうにだらけきった格好でうたた寝を決め込む白いモフモフの傍ら。
「ふふ。こうしてたら、仲睦まじい親子にしか見えないんだけど」
三匹のタヌキの母子がモフモフに寄り添うようにして、安心しきった顔で寝ている姿なんて見られるわけがないと思う。
その姿を見て、三佳はこういうのが幸せっていうんだろうなぁと、しみじみ感じ入る。と同時に、どうしたって、ほんと所長って面倒くさい性格をしてるよねと思ってしまい、口元にわずかに苦笑を浮べずにはいられなかった。
三佳の盆休み終了とともにコロたち母子が東京へ出てきて、今日でちょうど一週間。遊びたい盛りのマルとチビは、最初こそ今までの自然あふれる環境から一変した都会の様子に静かにしていたが、半日もすると事務所内で大暴れの体を見せた。書類はぐしゃぐしゃにするわ、お茶っ葉はふっ散らかすわ、さっそく買ってきた早坂の大好物、老舗和菓子店『あずま屋』の塩大福を勝手に食べてしまうわで、てんやわんやの大騒ぎだったのだ。
そのときの早坂の落ち込みぶりは尋常ではなく、三佳が無言で財布を手に『あずま屋』まで走ったのは言うまでもない。真っ青になってしきりに謝り倒すコロを前にしては、怒るに怒れなかったのだろう。母子の境遇を思えば、食べたいときに食べたいだけ食べさせてやりたいという情も湧くというものだ。……それが、いくら大好物であっても。
そうして一週間が経った今では、午後からは仲睦まじく四匹で昼寝をする姿がもれなく見られるようになった。うるさいだの僕はひとりが好きなんですだの、なんだかんだ文句を言いつつも、けして邪険にしたりしないところを見ると、早坂はただ、なんとなく思っていることと反対のことを言ってみたいだけの天邪鬼なのが、よくわかる。
その証拠に……。
「んもう、みんな可愛すぎなんだけど」
オオカミ化した早坂の白くふさふさの尻尾が、そっと母子の体を包み込んでいる。
母子がいつ、どんな形であの世へ旅立つのかは、まだわからない。でも今は、こんなにも優しいオオカミに守られ、心穏やかに過ごせているのだから、きっとすごくいい旅立ちを迎えられることだけは確かだ。コロもこれで一安心だろう。シングルマザーは、人間の世界でも動物の世界でも、やはり様々な面でつらいことも大変なことも多い。
もちろん三佳の胸には、まだまだ一緒にいたい気持ちもある。けれど、輪廻の輪をくぐり、再びこの世で巡り合えることこそ一番の望みであることも変わりはない。
「なんか、一気にペットが増えたみたい」
三佳の明日の飯の権利を握っているのがこの白いモフモフなのは重々承知だ。しかし、こうも毎日毎日オオカミの姿を見せられては、ペット感覚も染みついてしまう。
クスリと笑って、三佳はようやく手元のパソコンに向かいはじめた。まったりとした昼下がりの空気感に思わず仕事の手が止まってしまっていたが、三佳まで一緒にうたた寝をしてしまえば、『早坂ハウスクリーニング』が開店休業状態になってしまう。
――こんな自分でも、早坂が頼りにしてくれている。
たびたび怖い目には遭わされるけれど、三佳はそのことが何より嬉しく、また、少しずつだがこの仕事に対してのやりがいを感じられるようになってきたのだ。
みんな、どんな夢を見ているのかな。
盛夏を過ぎた午後の空には、ほんの少しだけ秋の気配が混ざりはじめていた。
【了】
0
お気に入りに追加
20
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おおかみ宿舎の食堂でいただきます
ろいず
キャラ文芸
『おおかみ宿舎』に食堂で住み込みで働くことになった雛姫麻乃(ひなきまの)。麻乃は自分を『透明人間』だと言う。誰にも認識されず、すぐに忘れられてしまうような存在。
そんな麻乃が『おおかみ宿舎』で働くようになり、宿舎の住民達は二癖も三癖もある様な怪しい人々で、麻乃の周りには不思議な人々が集まっていく。
美味しい食事を提供しつつ、麻乃は自分の過去を取り戻していく。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

大神様のお気に入り
茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
有沢真尋
キャラ文芸
☆第七回キャラ文芸大賞奨励賞受賞☆応援ありがとうございます!
限界社畜生活を送るズボラOLの古河龍子は、ある日「自宅と会社がつながってれば通勤が楽なのに」と願望を口にしてしまう。
あろうことか願いは叶ってしまい、自宅の押入れと自社の社長室がつながってしまった。
その上、社長の本性が猫のあやかしで、近頃自分の意志とは無関係に猫化する現象に悩まされている、というトップシークレットまで知ってしまうことに。
(これは知らなかったことにしておきたい……!)と見て見ぬふりをしようとした龍子だが、【猫化を抑制する】特殊能力持ちであることが明らかになり、猫社長から「片時も俺のそばを離れないでもらいたい」と懇願される。
「人助けならぬ猫助けなら致し方ない」と半ば強引に納得させられて……。
これは、思わぬことから同居生活を送ることになった猫社長と平社員が、仕事とプライベートを密に過ごし、またたびに酔ったりご当地グルメに舌鼓を打ったりしながら少しずつ歩み寄る物語です。
※「小説家になろう」にも公開しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる