カタブツ図書館司書は不埒な腰掛け館長に溺れる

白野よつは(白詰よつは)

文字の大きさ
26 / 26
■エピローグ

■エピローグ

しおりを挟む
 屋上のチャペル会場に、列席者たちの幸福に満ちた声が弾む。
 五月下旬の最終土曜日の今日は、春の終わりと夏のはじまりの中間のような陽光も相まって、ここに集まった誰の顔にも大輪の花が咲いていた。
 そんな彼らが今か今かと待ちわびているのは、もちろん新郎新婦の入場だ。
 純白のウェディングドレスに身を包んだ新婦と、同じく白のタキシード姿の新郎。さぞかし綺麗で、それでいて、この良き日の門出にふさわしい姿だろう。
「綺麗だよ、紗雪。誰がなんと言おうと、君は世界で一番綺麗な花嫁だ」
「ありがとうございます。でも、颯さんこそ世界で一番格好いい花婿です」
 扉の前で登場を待ちながら、真鍋と紗雪はお互いを見つめ合い、微笑み合う。
 目の前にあるこの扉が開けられれば、五月の眩しい光の中、自分たちのためだけに集まってくれたたくさんの人たちの笑顔と祝福の声がいっせいに湧きあがるだろう。
 ――あれからちょうど一年。
 真鍋と紗雪は今日、めでたく夫婦になった。

 真鍋が正式に『ひたちのもり図書館』の館長になってから間もなく、二人はお互いの両親へ結婚の挨拶に行った。僕にすべて任せておけばいいと真鍋が言っていたとおり、彼の両親はすでに紗雪のことを知っていて、挨拶とはいっても本当に形だけのものだった。
 真鍋本人からも、彼の祖父――相談役となった青柳館長からも紗雪の人柄は聞いていたようで、むしろ真鍋の両親は『こんなにいいお嬢さんは颯にはもったいない』なんて言って手放しで褒めたりするので、紗雪のほうが返す言葉に困ってしまうくらいだった。
 紗雪の両親もそれは同じだ。結婚の意思を携えて改めて挨拶に来た真鍋に『本当にうちの娘でいいんですか?』と真剣に聞き返す始末で、逆に真鍋に『紗雪さんほどの女性がどこにいるというんですか』と説き伏せられる一幕もあった。
 兄夫婦も紗雪の結婚を心から喜んでくれて、とりわけ菜穂は思い入れも一塩のようだった。『おめでとう、紗雪ちゃん。式の準備、私にも手伝わせてね』とポロポロ涙をこぼして言って、ありがとうとはにかむ紗雪の体をぎゅっと抱きしめる。
 自分が結婚したときと重なるものが多かっただろうし、紗雪があまり実家に顔を出さないのはもしかしたら自分がいるからかも、なんて思っていた部分もあったかもしれない。
 たとえそれが紗雪の思い過ごしだったとしても、そうではなくても、そんなことはどうでもいいと心の底から思う。もう本当に、どっちでもいいし、どうでもいい。
 だって、抱きしめられたときの彼女の体が少しだけ震えていた。それは菜穂がどれほど紗雪のことを思ってくれているかという、彼女の心の表れだ。
 紗雪が勝手に抱え込んでいた菜穂へ対してのわだかまりなんて、最初からほんの少しだってなかった――そう素直に思ったし、その思いが胸の中にすとんと落ちていった。
 真鍋がそんな紗雪たちに温かな目を向けていたのは言うまでもない。
 そうして両家、兄夫婦ともに二人の結婚は祝福、歓迎されることとなり、紆余曲折なんて言葉とは程遠い道のりを経て、今日の結婚式を迎えている。
 ひたちのもり図書館のみんなだって、もちろんそうだ。両家に挨拶を済ませ、婚約したタイミングで朝礼の場を借りて真鍋から報告したのだけれど、誰も反対なんてしなかったし、紗雪が一人で仕事をしているときや、館内のどこかを通りがかったり更衣室へ出入りするときも、真鍋との結婚にネガティブな声はたったのひとつでさえ聞こえなかった。
 特に住吉さんはまるで本当の娘のように結婚を喜んでくれて、紗雪の手を取ると『おめでとう。とってもお似合いの二人よ』と、目を細めて笑ってくれた。
 人一倍、紗雪のことを気にかけてくれていて、水城が異動になってからは彼の分まで本当に頭が上がらないほど世話を焼いてくれたから、そんな紗雪の結婚は感慨深いものがあったんだと思う。
 職員の中には二人の結婚を――とりわけ真鍋の心を射止めたのが紗雪だったことへ対して複雑な思いをする人もいるかもしれない、なんて不安もあったけれど、それもまったくの杞憂だった。それは一も二もなく水城のおかげで、彼がひたちのもり図書館に残していったもの、紗雪に残していったものの影響がとても大きかったことを意味している。
 水城を介して紗雪の人柄や人となりを知ってもらったのも、もちろんだけれど、紗雪も水城を介して職員のみんなを知っていき、今では堂々と輪の中に入っていけるようになった。それは水城が紗雪に〝自分に自信を持つこと〟を教えてくれたからに他ならない。
 この話をしたら真鍋にまたやきもちを焼かれてしまうけれど、真鍋と向き合う決心がつけられたのだって同じだ。髪を短くして、めいいっぱい着飾って、気合いを入れて。そうしてつかんだ今がある。水城には本当に感謝の言葉しかない。

「行こう、紗雪。みんなに世界一の花嫁の姿を見せびらかしてやろう」
「はい」
 もう一度、微笑み合うと、真鍋が誇らしげな表情で前を見据えた。紗雪も隣の真鍋を誇らしげに見つめ、目の前の扉が開けられるのを待つ。
 やがて合図とともに扉が開くと、とたん、万雷の拍手が紗雪たちを包み込む。
 両家の両親、真鍋の祖父である青柳相談役、兄夫婦、真鍋の友人たちや仕事で懇意にしている人たち、ひたちのもり図書館のみんなに住吉さん、それに水城の姿もそこにはあって、彼らの拍手と歓声に迎えられながら、紗雪たちは笑顔で一歩一歩、足を進める。
 紗雪の顔にはもう、自分に自信が持てなかった頃の面影は少しもない。あるのは心からの満面の笑みと、その下に忍ばせた、真鍋が言う〝世界で一番綺麗な花嫁〟の自信だ。
「式が終わったら真っ先に紗雪を抱きたい。いいだろう?」
「な……っ!」
 けれど、真鍋が吐息混じりに耳元でそんな台詞を囁くので、紗雪の顔は真っ赤に染まった。
 どうして真鍋はこんな大事なときにそんなことを言うのだろうか。
 でも――もちろん返事はイエスしかない。


【END】
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...